vs『因果応槍』キドニード=ボルドドルガル

 二日目、夕方。

 『人工自然公園』エルフ・パーク予定地。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♥陣営の『『因果応槍』キドニード=ボルドドルガル』とのデュエルが成立しました』


 燃え尽きた木々を抜けた先、巨漢がいた。

 大柄なエシュよりも背が高い。そして、太く厚い。全身の切り傷、指も何本か欠けている。それでいてボロボロのレザーアーマー。エシュからしてみれば異様の一言だった。


「なにか用かい? これからエルフちゃんたちと遊びにいくんだけど」


 右目のアイパッチ。左目だけでエシュを見る。

 エシュは男が持つ武器に目をつけた。一メートル半の大槍、その両端が諸刃になっている。見たことのない形状だ。


「デュエル成立のアナウンスだ」


 男はつまらなさそうに双頭槍『カルマ』を構えた。無手のエシュはその構えを分析する。重心は安定してブレがない。しかも、エシュの構えを見てにったりと笑みを浮かべてきた。


「君からなら、痛くなさそうだ」


 素早く近付き、エシュは足元に潜る。キドニードは双頭槍を縦に構えた。疑念を抱くエシュが脇腹に蹴りを打ち込む。キドニードが槍をずらす。腿を押さえられて蹴りの威力が落とされるが、問題なくレザーアーマーの隙間に突き刺さった。


「うっっほ――ぅ!」


 何故か上がる嬌声にエシュは戸惑った。背後に回り込む。後ろ手の突きを蹴り上げた。その精度の高さに怯み、一度後退する。

 やはり異世界は分からない。


「ん? もっと来てよ」


 その言葉の終わりには、エシュはもう走っていた。突き出された大槍の上に乗って大跳躍。背後に放たれたもう一突きを蹴り落とし、背骨を狙って拳を放つ。

 今までほとんど動かなかったキドニードがゆらりと前に出た。回避には至らない。それなりのダメージは入ったはずだ。肉が抉れて血が滲んでいる。しかし、涎を垂らしながら浮かべる喜色はなんだ。気色悪くて後退する。


「これは、痛い」


 マゾヒスト、という言葉をエシュは知らない。だが、目前の男が痛みに快楽を見出だすことは理解した。しかも死なない程度に減衰する技術がずば抜けている。下手に攻めても逆効果だ。そう判断したエシュは相手の動きを伺った。狙うのは、カウンター。


「なんだよ、来ないのかい?」


 キドニードは残念そうだ。しかし、エシュには彼を悦しませてあげる義務はない。無言で出方を探っていると、キドニードは双頭槍を水平に構えた。



「――『カルマ』!」



 その一撃は、完全に理解を超えていた。

 エシュが呻き声を上げて蹲る。何が起きた。背中に何かしらの攻撃を受けた。。理解は後回しだ。理解を待てば戦場では致命。顔を上げた先の槍先に、改めてそう実感する。


「おぉおう――!!」


 エシュが吠えた。半歩引いて突きを凌ぎ、双頭槍をひっ掴む。怪力無双が二百キロの巨漢を持ち上げた。流石のキドニードも目を剥いた。だが、戦い慣れているだけあって対応は速い。

 双頭槍を手離し、自由落下で降ってきた。重力加速度を加えた驚異のボディプレス。自分も痛いが、相手は潰れる。まさにキドニードにうってつけの大技。


「し――――っ!」


 が、相手が悪かった。傭兵にとって、降ってくる巨漢はただのデカい的だった。鋭い貫手が土手っ腹を貫き、叩きつけて骨格を粉砕する。

 如何にマゾヒストとはいえ、死は悦べない。キドニード左目を見開いたまま絶命していた。あまりの衝撃で右目のアイパッチが外れる。


「そこにあったのか、ベル」


 やはりこの戦争の参加者は色々と考えている。ベルを破壊されたら負け。であれば、悟られないような、もしくはエシュのように狙われることを利用するような位置が適している。

 それでも。ベルか死か、を選ぶなら前者を選ぶ方が利口だとまでは気付かなかったみたいだ。


「難儀なものだ」


 ベルを砕き、エシュは双頭槍『カルマ』を持ち上げる。

 ちょうどいい重さだと思った。







 エルフ、という生き物をエシュは知らない。

 目の前の光景に、言葉を失った。進んだ先、歪な自然の中の異様な集団。人間にしては耳の長い美男美女たち。その周りには血痕があちこちに広がっていた。一様に虚ろな視線を向けてくる。


「……………………」


 エルフ、という生き物をエシュは知らない。

 だから目の前の集団がエルフなのかどうかは分からなかった。そもそも生き物だと感じなかった。生気を感じない虚ろな目。共食いをする生き物はいくらか知っているが、ここまで淡々にソレが行えるものなのか。

 また、一体喰われた。

 見ると、彼らの周囲にはきちんと食料が置かれていた。それなりに消費されてもいた。けれど、どうやら同量の同族も喰われているようだった。明らかに自然に反している光景。他の食料と同様に同族を消費している。


「……………………」


 集団の端っこに、怯えた目を見せる少女を見つけた。エシュはゆっくりと手を伸ばす。だが、間に合わなかった。同族の少女たちに皮を剥がれ、食事にされる。ほんの数分間の出来事。食事を済ませた彼女たちは、じっと動かずに虚ろな視線を向ける。


(今のは、生きていた…………)


 エルフ、という生き物をエシュは知らない。

 だから今喰われたのがエルフだということも当然知らなかった。淡々とその場に存在する奴等は、彼女たちの皮を被っているのに過ぎない。


「どうなっているんだ、この世界は…………」


 終わりのあやか、という現象をエシュは知らない。

 ただ、殺到する虚ろな視線に、呆然と立ち尽くしていた。

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