vs『エターナルレベルアッパー』シン=ムラサメ
二日目、午後。
『古城』ファンタズマゴリア。
『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♠陣営の『『エターナルレベルアッパー』シン=ムラサメ』とのデュエルが成立しました』
戦争を喰う、と表現するらしい。
どの勢力にも属しているわけでもなく、ただただ戦場を荒らし回る化け物。戦士たちが全滅し、更地と化した戦場を去っていく。
そんな、災害みたいな化け物。
(昔、そんなことを言われた)
茨の鞭を失って、エシュは無手だった。だが、それは相手も同じ。顔以外の頭部を鉛で覆われた男は異様な雰囲気に包まれていた。
男だ。
背はエシュよりも低い。身体つきは細いが、引き締まっている。顔も肌も青白い。全てに疲れ切った表情。
「戦場に何を求める」
「この音を消してくれ!」
悲鳴のような声に、エシュは口を閉ざした。会話が通じる相手ではない。妖精少女を逃がしてきて正解だった。
「解った」
エシュが真っ直ぐ歩いてくる。ムラサメは甲高い咆哮とともに腕を伸ばした。
互いに手を掴む。
両手で握手、という和やかな状況ではなかった。ミシミシと骨が軋む。握力で潰し合い、腕力でねじ伏せ合う。
(この、細身の、肉体に――)
どうしてここまでの力が。
腕四つの潰し合いは、傭兵が劣勢だった。怪力。大地を踏みしめた仙術。より力を伝播させる技術。その全てを以て、ようやく釣り合う。
「し――っ!」
姿勢を崩したのはエシュ。腰を落とし、下から突き上げるようなタックル。
ムラサメの身体が持ち上がった。大地を砕く踏み込みとともに、恐るべき叩き落としが炸裂する。
「音を!」
手が離れた。驚嘆すべきことに、ベルは右手の示指と中指の間にあった。
肉が弾け、骨が砕ける。だが、その傷は瞬時に修復され、ムラサメが跳ね上がった。
「消してくれ!」
鉛頭による頭突き。エシュは半歩下がっていなした。左腕の骨が軋みを上げる。その痛みに、骨の下で唇を噛んだ。
「おぉ――――っ!」
上限のない男の顔を、思いっ切り殴りつける。肉が弾け、骨が砕ける感触。再生。
本体を狙ってもキリがない。エシュは右手のベルに狙いを定める。
(――――――っ)
這うような連撃。防御を抜いて集中する乱打は全てが弾かれた。反撃に蹴り飛ばされて気付く。この戦術は、自分と同じだ。注意を引き付けて攻撃を誘導する。
追い詰められて視野が狭まっている。エシュは一度距離を取った。
(ベルは何が何でも守る、か)
ムラサメが捨て身の特攻。その腹部を蹴り上げるが、構わずに向かってくる。ベルは守ってもその身は守らない。
(まるで獣だな)
鉛の頭突きが左腕をへし折った。戦っていく中で、文字通りレベルアップしていく。
その顔面を蹴り上げようとして、鉛の顎に防がれる。骨の下でエシュの目が見開かれた。
「――っ、ぅあ」
ムラサメの貫手がエシュの心臓を貫いていた。急激な圧力が体内の血液を逆流させる。骨の中からドス黒い血液がだらだら流れ落ちる。
言うまでもなく、即死だった。
◆
不死身の死体。
怖いもの知らずの傭兵が怖れているものが一つある。死ぬこと。死を誰よりも畏れるその男は、果たして死者か生者か。死に誰より敏感で、生に誰よりも貪欲な男。彼が抱く究極の恐怖。
究極の恐怖は、人の本性を浮き彫りにする。
◆
「おおおおおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお――――――!!!!!!!!」
獣の咆哮が木霊した。放った貫手が根本から引きちぎられて、ムラサメが初めて表情を変えた。
叩きつけられる腕を無視してもう片方を伸ばす。その指が食いちぎられている間に片腕が再生。視界から獣が消えた。ムラサメの直下。その両の手刀が両足を薙いでいた。獣の咆哮がうるさい。右手のベルを揺らしながら攻撃を誘導するが、その胴体が貫手の連発で滅多刺しにされた。
骨を被った獣が雄叫びを上げる。
頭突きでその身体をどけようとするが、勢いそのままに逃げられる。見切りの精度も上がっている。再生したムラサメの連撃が尽く回避される。耳に殺到する声がやかましい。エシュのカウンターが骨を砕いた。構わず前に進むムラサメの顔面に右手が押し付けられる。上がった顎の下、喉笛が噛みちぎられる。
一瞬の空白。そして再生。
力づくで引き剥がして、投げ飛ばした。四足で着地するエシュは、まるで猛獣かなにかを相手にしているようだった。再び上げる雄叫びにムラサメはたたらを踏んだ。躊躇うような場面じゃない。しかし、その生命力の奔流がムラサメを釘付けにしていた。
獣の雄叫びが響いた。
耳につんざく声がうるさい。
うるさいうるさいうるさい。
「我らは今、運命の交叉路に立っている!」
獣は、戦士だった。
骨を外したエシュが、血濡れの顔をさらけ出した。上半分が火傷跡に覆われた男。その瞳は獰猛に輝いている。咆哮が止み、静寂が満ちた。戦場に立つのはシンプル極まりない、戦士と戦士。
ぶつかり合いの前の静寂。
「音が――――止んだ?」
ムラサメにとって、静寂とはもう二度と手に入らない至宝だった。呪いのような頭のファンファーレが鳴り止んだ。レベルが上限に達したか。いや、上限も取っ払わられたはずだ。ならばなぜ。
エシュが、こっちを見ている。
腕を差し出し、指先で安い挑発を。
「答えは闘争にある」
「お前は、なんなんだ」
獣であり、戦士。
「闘争こそが生である。死からの果てなき逃走が生である。生き抜いたその身に祝福を」
そして。
因果操作は、運命神の権能である。十字の交叉路に立つ男は、運命の岐路に立つ。死を畏れ、生に執着する。そんな戦い続ける者の庇護者。彼は男の呪われた因果を打ち砕いた。
であれば、示すべきことは唯一である。
「シン=ムラサメ、参る」
「来い」
右手の示指と中指の間。ベルをしっかりと挟み込みながらムラサメが地を蹴った。
一足瞬達。ムラサメの右拳をエシュの左が弾いた。骨まで軋むが心は折れない。エシュの身体が反転する。右手の掴み。弾いた勢いのまま一本背負いで大地に叩きつける。
捨て身、否、受け身。
傷の再生と同時にムラサメが蹴り上がる。エシュは両腕でガード。勢いを殺さず後ろに下がった。ムラサメの追撃。視界からエシュが消える。目線を落として影に気付いた。頭上だ。
「ぬぅ――ん!!」
右の掌底が、鉛頭から体幹に降り落ちた。全身が痺れて、脳がふわっと浮遊感に包まれる。一秒未満の気絶。それは致命的だ。エシュが満を持してベルを狙う。
「しゃ――――!!」
「させん!」
左の回し蹴りを右肘で受ける。が、激突の瞬間、蹴りの軌道が真下に落ちた。エシュの身体がぐるんと翻る。右の踵落としがベルごと右手を粉砕した。その一撃は、大地を砕き、ムラサメの身体を吹き飛ばした。
勝利のアナウンスが響く。
「――――完敗だ」
大地に倒れたままムラサメは呟いた。
無限レベルアップの因果からは解放されたが、これまでに上がった能力はそのまま残っている。再び骨を被ったあの傭兵にも劣らない能力を持っていたはずだ。しかし、土壇場でそのアドバンテージは引っくり返った。
「まだだ。道はここから始まる」
傭兵は手を差し出した。彼は強かった。理性が飛ぶような激情に浸かっても、その動きはキレのあるままだった。その力は、きっと自らで積み重ねたもの。だからこその本物で、その身に根付いている。
強くなりたい。
最初はそんな気持ちが確かにあった。
傭兵の手を握り、起き上がる。今からでも遅くはない、と。きっと傭兵はそう言っている。鍛練を。いつ以来かの、清々しい気分だった。祝福され、希望に満ちている。
「ああ、行くよ」
「運命の交叉路を歩め。交わるならば――再び出会うこともある」
骨の下で傭兵が笑った、ような気がする。
ここが二人の別れ道。その後二人の戦士が再会できたのかどうかは、別の物語である。
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