vsシェリアシャルル

 二日目、昼過。

 『古城』ファンタズマゴリア入口。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♦陣営の『シェリアシャルル』とのデュエルが成立しました』


 争いは既に起きていた。飛び交う火炎瓶を眺めながら、エシュは火の粉の壁となるように身体を前に出していた。


「……異世界はおしょろしいにゃ。あたしはがっかりだよ……」


 エシュの足に擦り寄る猫少女が溜息をこぼす。思っていたのと違う。そんな感覚は分からないこともない。エシュは骨を目深に被って回れ右をする。


「おにーさん、行かにゃいの?」

「通り抜けるのは危険だ。別の道を行く」


 レジスタンスどもが何かと争っている。エシュの危機感が言っている。ここに長居するのは危険である、と。

 エシュは自分に擦り寄る猫少女を見下ろした。肩までウェーブのかかった黒髪から猫耳が生えている。白い肌に白いワンピース。歳は見た目通りならば十と少しか。こんな火事場にいていいような少女ではない。


「うん。あたしも一緒でいい?」


 黒い尻尾がゆらりと揺れる。そういえば、妹分も妙な装飾に執心し始めていた。女の子と猫は親和性が高いのだろうか。エシュは小さく首を傾げる。


「構わん、安全地帯まで護衛する…………と言いたいところだが」


 今度はシェリアが首を傾げた。尻尾をうにうに揺らしながら大男を見上げる。その傍には風に包まれて浮かぶベル。このエリアは直接的な危険に満ちている。しかし、移動するにはデュエルの決着を経なければならない。

 エシュには目的がある。ここでベルを渡すわけにはいかない。


「うにゃ。そうだね」


 聡い少女のようだった。エシュから数歩離れて、はにかむように男を見る。武骨な男は手を伸ばした。


「じゃあ、勝負だよ!」

「違う、そうじゃない」


 聡くても、好戦的なようだった。







「負けられにゃい理由なら、ある」


 俊敏なケット・シーの運動能力。風のように動き回る小柄な身体に、エシュは棒立ちのまま茨の鞭を構えていた。その表情は骨に遮られて見えない。


「あたしは人の強さを信じている。人じゃにゃいものとも仲良く出来る強さを持っている!」


 しなやかな手足による打撃が蓄積する。一発一発は軽いが、それが嵐のように積み重なる。最低限の動きで防いでいく大男。


「人と人じゃにゃいものとが手を繋ぐため! あたしはアライさんを勝たせたい!」


 翻弄し、それでも最後の狙いは読めていた。猫少女の目的はエシュの殺害ではなくベルの破壊。段々と身体の軸から離れてきている右手に、爪を伸ばす。


「だが俺は人間の醜さを知っている。同族であろうと平気で嬲り殺す人間の恐ろしさを知っている」


 身に染みている。魂の髄まで。

 トドメの爪撃は、手首から左手で止められた。わざとらしく右手を揺らされて誘われたと気付く。抵抗しようと暴れるが、ぴたりと空間が固定されているみたいに動かない。骨の下で、果たして男は何を見ているのか。


「人と、「その前に、まずは手近な一歩だ」


 エシュが明らかにベルに顔を向けた。焦ったシェリアが牙を剥く。少女を中心に嵐が舞った。鋭い風の刃。それが放たれる前に、傭兵は力強くシェリアを叩き付けた。


「にゃっ!?」


 少女を守る風精の献身は見事だと言わざるをえない。まともに叩き付けられれば原型を留めない力だった。それほどの怪力をふんわりと受け止める風圧は並大抵なものではなかった。

 並大抵ではなかったが、全力を振り切っていた。


「こちらにも事情がある。譲れないのなら、力尽くで押し通れ」


 ベルを守る風が緩む。

 エシュの右の裏拳が静かにベルを砕いた。







 手足を投げ出したシェリアに、エシュは茨の鞭を振り下ろした。


「…………っ」


 少女は目を真ん丸に見開いていた。飛来した火炎瓶。鞭はそれを的確にはじき返していた。飛んできた方へ逆戻りしていく。


「しまった」


 冗談みたいな神業を見せられて、猫少女は呼吸を忘れていた。今、この男は失敗を悔いていた。見ると鞭の先が燃えている。


「植物だから火は駄目か。迂闊だった」


 強力そうな武器を戦地に投げ捨てる。あんまりの無造作さに、ふざけているのかと思った。気まずそうに首をさすっている姿を見ると本気なのかもしれない。


「あにょ、助けてくれてありがとう」

「君は精霊の類いだろう。であれば我らの庇護下にあるも同然だ」


 言っていることは分からないが、妖精種としてどこか安心を感じるところはある。理由は分からないが、実感として。


「君は大精霊に余程愛されているな。不思議なものだ」


 妹分もそうだった。彼は思い返す。

 理屈はよく分からないが、惑星に満ちる精霊にも好き嫌いがある。あんなロクデナシでも、水の精霊にはカリスマのように慕われていた。逆に精霊にあまり祝福されていない彼にとっては、不思議でしかない。

 それでも、エシュに問題はないが。一人でも戦っていける。だから精霊も力を貸す必要性を感じなかったのかもしれない。


「にゃ。おにーさんも――「行け」


 シェリアは首を傾げた。彼の声は逼迫していた。


「戦乱が止んでいる。何か来る」


 エシュは足止めするようだった。シェリアは一緒に戦うつもりだったが、一睨みで追い返された。生存本能を揺さぶられる威圧だった。


「あの、あたしも……」

「どのみちルールは一騎打ち。無駄である」


 とりつく島もなく、大男は危険に歩き出す。彼には既にアナウンスの音が聞こえていた。もうどこにも逃げられない。


「シルフィヴォドゥンによろしく伝えてくれ」


 傭兵が最後に投げた言葉は、相変わらずよく分からなかった。けれど、風の精霊に愛された妖精少女は、その単語に奇妙な親和性を感じていた。

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