vsタイクーンエクスキューショナー『滅天』
二日目、昼。
『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。
『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♣陣営の『タイクーンエクスキューショナー『滅天』』とのデュエルが成立しました』
あの空爆の直後。霧の向こうからその怪物は姿を現した。その異様な光景を、エシュは唖然と見上げていた。
まず、デカい。もう目算では何メートルなのか分からない。足は四本、胴体は三つ。日本刀、棍棒、薙刀。そして股間のバルカン砲。
(え……これと戦うの?)
エシュは頭の骨を脱いで、安全そうな場所に置いた。写る視界は変わらない。強いて言えば、移動の振動で股間のバルカン砲が上下に揺れているくらいだ。どうやって狙いを定めるつもりなのだろうか。
「……一応聞くが、あの空爆をやったのはお前か?」
「世界よ、刮目せよ! これが…………最強兵器! タイクーンエクスキューショナー『滅天』だっ!!(※やってません)」
肯定と捉えてエシュがその目を見開いた。直接体験したわけではないが、その肉体と魂には空爆で焼き殺された記憶が残っている。
「――破壊する」
茨の棍棒を横薙ぎに振るう。狙うのは間接部位だ。全力のフルスイング。クリーンヒットした足が彼方に吹き飛んだ。
「………………は?」
あんまりな光景に、エシュが呆けた声を上げた。攻撃した彼が一番驚いている。先だって戦った十一聖王とはえらい違いだった。
「おぅのれぇえ~~!!」
『滅天』から野太い女性の声が響いた。やっぱり、ロボには操縦者がいるものなのだ。股間のバルカン砲がエシュを狙う。
(……マズった)
大地を蹴って可能な分距離を取る。両腕で身体を守り、衝撃に備えた。
だが、足が飛んでバランスを崩すのが先だった。
大音量とともに『滅天』が傾く。股間のバルカン砲がぐわんぐわんと揺れた。発射。照準はブレきっていて真下に。残った足がまとめて爆散した。機体下部も激しく損傷し、不安を煽る警報音が響き渡った。
(どうなっている…………っ!)
機械には疎い。がむしゃらに日本刀や棍棒や薙刀やを振り回す姿に、反応に困った。地面を叩き、衝撃波がエシュを襲う。が、エシュも同じように大地を叩いて相殺して見せた。
余計に損壊がひどくなった。警告音が悪化する。
(一体何が起こっている…………っっ!!?)
傭兵、空前の狼狽だった。
何故か大地に突き刺さったままの股間のバルカン砲が再び稼働し始める。股間の砲身が湿地に突き刺さったまま。機械に疎い野蛮人でも分かる。それは、絶対に、マズイ。
(何事なんだ、これは……)
股間のバルカン砲が爆散した。破片がエシュの頬をざっくりと切り裂き、燃え上がる股間の炎が機体を焼いた。警報音がヘヴィメタルの曲調を奏でて最高にロックだ。
エシュも叫び出したくなってきた。
(異世界とは、ここまで恐ろしいところなのか)
認識が甘かったと反省する。激しいクラシックの警報音をBGMに、エシュは無言で骨を被った。武器を取り落とした腕が謎の盆踊りを披露している。聞きたくない音があった。見たくない光景があった。
だが。
機体から這い出てきた軍服の女を見て、猛烈に嫌な予感がする。女は機体から飛び降り、無駄にキレのある動きでこっちに向かってくる。無駄にでかい胸を揺らしながら、走ってくる。
「逃げろおお!! ばっくはっつすっぞおおおおおぉぉお!!!!」
(爆発オチ――アイダから聞いたやつか!)
湿気た沼地に男女二人。
並んで全速力で走った。
しっとり濁ったあの昼。
忘れない思い出となる。
◆
爆発しなかったのは、何もエシュがゾンビ少女でなかったからではない。充満する湿気が引き寄せた、一種の奇跡だった。
(この辺りにいたのは、事実だったか)
僅かだが、使役された精霊の気配がする。そして、エシュの右手はその大気を掴んでいた。幸運にも辛うじて爆発を防げた。エシュ一人では不可能だっただろう。
運命のタリスマン。
そして、水のタリスマン。
予期せぬ合わせ技が、無駄に発動して、無意味な窮地を救った。現象としては凄まじい出来事なのだが、複雑な気分である。爆発寸前の危険物から少しでも距離を取りたくてエシュは走り続ける。
「ま、待ってくれ!!」
軍服の女が呼び止めた。敵意はない。だが、関わり合いになりたくはない。
「お前、あのゾンビ軍団を潰した奴の仲間じゃないのか?」
「…………………何?」
聞き捨てならないことを言った。エシュが足を止めて軍服の女に向き合う。
「おう、やっとこっちを見たな。私はリク・ヤノミヤ大尉。技術将校である」
「兵隊……その名は、ジパングか?」
ヤノミヤ少尉は大きな胸をふんと張る。両腕を掲げて、天を仰いだ。
「あのゾンビ軍団を我が兵器『滅天』にて絶滅させる気だったんだがなあ! あのいけ好かないぺたんこ姫に全部取られてしまった!!」
「ほう」
エシュが骨を目深に被る。不穏な空気に彼女は気付いていない。
「滅殺! 撲滅! 処刑処刑!! 我が兵器は敵を粉砕皆殺すためにあるのだ!」
「して、その連中はどんな奴らだったんだ?」
「んあ? なんかどこかのお姫様だとか。ちらっと会話を聞いたぐらいだからな。そういえばゾンビの一体を連れ去っていたぞ。青いワンピースの薄汚い雌餓鬼だったな!」
自慢の兵器で粉砕出来なかったのが余程悔しかったのだろう。危険思考の技術将校は地団駄を踏み回った。豊満な胸がぐわんぐわん揺れる。
「最期に聞こう。どうしてそっちに攻撃を仕掛けなかった」
「なんか言うこと利かなくなった! ……ん、最期?」
直後。
軍人の脇腹に、エシュの右腕が突き刺さっていた。貫手、だけではない。その腕が、肉を押し広げて、上へ上へと進んでいく。左の無意味に大きい脂肪の塊を掻き出し、ベルを握り潰しながら引き抜いた。女の身体が横倒しになる。
「我らが兵隊に容赦すると思ったか? その危険思想、誅するに値する」
粘つく視線が死に体に降り注ぐ。怒気に似た黒い威圧。人間離れした化け物の貫禄が死を感じさせる。
「主要な臓器は無事である。動けはしまいが、すぐには死なん。じわじわと出血を感じながら死に至れ」
わざわざ跨いで、エシュが進む。
軍服の女は何か喚いていたが、エシュは耳に入れなかった。
ジェノサイド・ラインのどこかに、爆発寸前の原子力爆弾が放置されている。そこから少し離れた位置に、ゆっくりと死に向かう女軍人が横たわっていた。その異様な光景は、何らかの惨事を想像させるだろう。
真実は、きっと知らない方がいい。
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