vsシルフィウム

 二日目、正午。

 『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♥陣営の『シルフィウム』とのデュエルが成立しました』


 ジャージを巻き付けた両手を握って開く。やや鈍い痛みが走ったが、戦闘に影響はないだろう。そのタイミングに合わせて、その悪魔は姿を表した。


「興味深いことをしてたね、君」


 クセっ毛に、顎髭。ダルダルのシャツにジャケットと、どこかだらしのない容姿。彼はエシュの仙術に興味を示していた。


「何でもない、ただの経験則だ」

「どれだけ積み重ねればそこまで至れるのかな?」


 首を捻って両腕を広げる。滲み出る底知れなさ。奇襲を仕掛けてこなかったのは、余裕があるからなのか。


「そこにあるものを加工すれば別のものが出来上がる。それを応用させれば色々出来る。お前は詳しいだろ?」

「まあね。僕が植物に理解があるってどうして分かったのさ?」

「ただの勘だよ。危機感と言ってもいい」


 エシュは、立ち上がって十一聖王の剣を抜いた。素手では勝てない。そう理解したからだ。


「何を以てそう理解した?」

「理解を待っては戦場では死に至る。経験則だ」


 男、大悪魔シルフィウムはその両腕から植物の蔦を伸ばした。しなりを持って跳び跳ねるそれは、エシュの剣と拮抗した。その先端は硬く、鋭い。


「ほれほれ、そんなもんじゃないでしょ?」


 踏み込んだエシュが蔦を一閃する。先端以外はそれほど強度は無かった。蔦の群れが襲いかかるが、その出所は両腕のみ。見切りはそう難しくはない。

 剣を振るい、切り裂きながら、エシュは縦横無尽に動き回って攻撃を捌いている。にんまりとその光景を見ているシルフィウムは何を考えているのか分からない。


「まだまだいくよ――魔界植操術」


 上空に何か放り投げた。それは魔界植物の苗床。過剰に注ぎ込まれる魔力は、即座に巨木へと成長させる。蔦の群れが一斉に引き、現れる巨大な影にエシュの足が止まる。

 樹槍空誕。

 大木の鋭い根が、圧倒的な質量を伴って降ってきた。エシュは刃を上に、持ち手を地面に、剣を構える。じゃがみこんでの抵抗。スケールの大きい樹槍に地力で対抗する。


「ぬ、おお、おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――!!!!」


 切っ先が大木に刺さり、十一聖王の剣はそれでも耐えきった。エシュの全身がガタガタと震え、筋肉が膨張する。その怪力の骨頂を発揮し、全力を以てして剣を持ち上げる。

 まさに破竹の勢い。あの大木が真っ二つに裂けた。


「おいおい、マジか」

「ぬぅん!!」


 その片方を掴んでぶん回す。シルフィウムを横薙ぎに粉砕しようとしたが、手応えは全くなかった。適当に投げ捨てて、エシュは頭の骨を外す。


「それ、取っちゃうのかい? 似合ってたのに」


 声は地中から。大地の下に逃げられたか。辺り一帯に蔦を忍ばされ、動きを読まれていた。

 潜層探知、地割根操、そして散霧空毒。撒かれた毒霧もまとめて薙ぎ払っていた。


「見えにくいので、な」


 骨を丁寧に地面に置いた。その男の顔は、彫りの深い偉丈夫のもの。顔の上半分が火傷跡に覆われ、底知れない威圧感を発していた。


「じゃあ何で被っているのさ」

「我々は秘密が多いのでな」


 エシュが剣を振るうと、その剣先がぽろりと零れた。流石にあの質量をまともに受けて無事ではいられなかったらしい。しかし、その鋭い切っ先は十分実戦で通用する。


「へえ。じゃあ僕もそろそろやっちゃおうか」


 地面からシルフィウムの姿が這い上がってくる。茨の鞭を支えに空中にその身を固定する。左右二本ずつ。茨棘海原。


「……なんなのだ、貴様は」

「僕は大悪魔さ。それで理解できないのなら思考を放棄しろ」


 。意趣返しに大悪魔が笑った。六本の茨の鞭を中心に、さらに無数の蔦がエシュを叩く。

 ぎょろりとエシュの目が動いた。視認、先読み、迎撃、反撃。ぼろぼろと壊れていく剣を手に、傭兵が躍り狂う。視野が広がったというのも眉唾ではないみたいだ。


「さて、そろそろ幕引きにしようか」


 茨がエシュを串刺しに動く。奇怪な動きでその尽くを封殺するが、下に写る影に愕然とする。樹槍空誕、二発目。


「ははっ――――潰れちゃいなあ!!」


 右手の布が破れるのを気にせず、茨の一本を引き寄せる。あれらは大悪魔と繋がっている。強引にバランスを崩され、大悪魔が地に降りた。その対応は迅速だった。茨が、全て切り離される。

 エシュは、再び切っ先を向ける。今度は受け止めない。剣が耐えている刹那のラグに、脚力を唸らせて走る。


「来るか、傭兵」


 大悪魔が両腕を前に。その攻撃はもう読めている。両腕から離れた頭上に飛ぶ。背後で巨大な質量が落下した。

 大悪魔がにやりと笑う。

 その頭頂部から伸びた蔦の一突きがエシュの右肩を貫通していた。苦悶の声を噛み殺して墜落する。急所を避けた身のこなしは流石だったが、大悪魔が一手上。蔦は両腕以外からも。全身から蔦を発してトドメの一撃を。



「我が身は、交叉路に立つもの」



 トリックスターの右腕は地面に。砕け散った刃の破片を左手が掴む。偶然、幸運、それは決定打。運命のタリスマン。

 掴む動作の延長に破片を投げつける。額にめり込んだ刃は完全に不意打ちだった。蔦が霧散し、大悪魔の身体が後ろに倒れる。何が起きたのか。理解をしようと悪魔が首を上げようとして。

 馬乗りになったエシュと目があった。


「理解を待ったな。悪いが命取りだ」


 その凶悪なまでの怪力が首を絞めた。魔力で対抗するが、じわりじわりと絞め殺される。植物に割ける意識など残っていなかった。こひゅこひゅ、と何かが抜けていく呼吸。最期の口上すら許されずに、首の骨をへし折られた。


「大悪魔、と言ったか。不思議なものだ。人の姿を取っていれば自ずと殺され方も示してしまうだろうに」


 痛めた右腕をほぐしながら、念には念を込めて、全力の一撃で大悪魔の頭部を粉砕した。

 破壊の余波で、ベルも砕け散っていた。







 色々な敵がいる。これが異世界というものなのか。

 最初の巨大ペンギンの時点で大概だった。ハンターや当たり屋は経験があったが、ロボや大悪魔など理解を越えている。


「……いよいよ楽観出来ないな」


 再び骨を被って、大男は妹分のことを思い出す。負傷した右肩の調子を確認するが、仙術の効果もあって調子はまずまずだった。自分の自然治癒力も中々馬鹿に出来ない。


「――――――ん」


 嫌な臭いが鼻についた。これは火薬の臭いか。それも大量の。

 エシュは茨の鞭を寄り合わせた棍棒を左手に握る。持ち手の部分だけ茨を抜いてジャージの布を巻き付けた簡易の棍棒。それでも、大悪魔の茨は強靭だった。それなりの破壊力が期待出来そうだった。

 ここまで色々と戦ってくれば、流石に慣れてくる。これ以上の驚異も中々ないだろう。次は平静に戦えそうだ。冷静にベルを破壊して、速やかに終わらせよう。

 そう思った矢先。


(……戦争、と言ったらそうだろうな)


 他人事ではなかった。あの方向はエシュが向かう先。大規模な空爆が全てを焼き払っていた。嫌な予感に汗が浮かぶ。空爆程度で殺され尽くされる身ではないが、妹分の安否が心配された。

 やっぱり、心配なのであった。

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