vs『当たり屋』イッテーナ・ドコミテヤガルフ

 二日目、昼前。

 『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♦陣営の『当たり屋イッテーナ・ドコミテヤガルフ』とのデュエルが成立しました』


 敵が見当たらない。そんなことを思いながら、エシュは通行人とぶつかった。


「ぎぃぃいやあああぁぁ――――!!!!」


 通行人が悲鳴を上げた。肩が強めにぶつかったくらい。エシュはびくともしなかったが、その光景に物珍しさを感じていた。


「痛てえ! 痛てえ! お前さん、どうしてくれてんだ! 慰謝料たんまり払ってくれるんだろうなあ!?」


 男は、血塗れだった。まるでたった今負傷した有り様だった。

 エシュは感嘆する。


「ナイフで切ったか」

「お前の! その! 剣だよ!!」


 右腰に下げた凶器。エシュがオクタヴィアヌスから強奪した逸品だった。非難される謂われなら、ないこともない。


(ぶつかっただけだが)

「ふざけんなよ!! この傷を見ろ! 大惨事だよ!」


 抜いてすらいない剣に視線を落とす。いくらエシュでも鞘のまま斬撃は放てない。

 エシュは頭の骨を押し上げて、その双眸を覗かせる。傷だらけで叫ぶ男は、確かに同情を誘うだろう。しかし、エシュの目はその首から下げたベルに向いていた。


「いいから金払え。ここまでやってただで帰れると思うなよ!」


 エシュは骨を静かに戻した。拳を軽く握る。ベル目掛けて、軽く拳を放った。


「うっっぁあ、

 ぎぃやあああああああぁぁぁ――――!!!!」


 必要以上に派手な悲鳴。男は、エシュの拳を凌いでいた。胸部にヒットしたはずの拳。『当たり屋』は派手に鬱血した右を見せつけながら喚く。


(ベルを、ダメなら心臓を叩くつもりだったのだが……)

「いいから銭払えよこの加害者がっ!!」

「おい」


 ようやくエシュが口を開いた。


「住所不定、連絡先無し。そんな俺にどうやってふっかけるって?」


 直感で理解する。こいつに生半可な交渉は通用しない。だが、それならば他にやりようがある。理解し、方針を変える直前。

 エシュが本当に剣を抜いた。


「上々」


 切れ味に関して、これ以上のものを使ったことはなかった。十一聖王。大層な肩書きだとは思ったが、それに違わない脅威だった。

 腰から上下に真っ二つになったに、エシュは駄目押しの蹴りを放った。上半身が地面に落ちる。

 ベルは、同時に破壊されていた。







「こんなのもいるのか」


 戦地では時々見るタイプだった。戦争の勝利を目的にしているのではない。どさくさに紛れて小さな星を掠めとるタイプ。

 大体賢く、今回もその例に漏れなかった。


「油断ならない」


 だからまともに相手をしない。頭脳勝負で勝てる気はしない。純粋な力で粉砕するのが一番だ。

 ふと、考える。至らない妹分も他陣営の代理として参戦している。こういう絡め手には滅法弱いはずだ。心配である。


(真っ直ぐな奴だからな……裏も面もなく、闇を知らない)


 完全に倒されることはなくとも、酷い目には遭っているかもしれない。彼は彼女の外道の振る舞いを思い出す。屍兵越しに眺めたあの光景。

 前言撤回。

 心配心が砕け散った。

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