vs『狩り鳥』トトトニス

 二日目、朝。

 『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♥陣営の『狩り鳥トトトニス』とのデュエルが成立しました』


 巨大ペンギンと別れて僅か。

 デュエル開始の合図があったが、敵の姿は見えなかった。戦場は枯れ木すらない沼地だが、霧が立ち込めてんどうにも見通しが悪い。

 それらの状況で、エシュは狩りをするタイプだと半ば決め打っていた。


(初手はなんだ)


 それで傾向が分かる。隠れて狙うのならば一撃で仕留めたいはずだ。

 矢か。ナイフか。打撃か。槍か。サーベルか。銃弾か。砲弾か。トラップか。はたまた霧に紛れて薬物でもまくか。

 斜め左前方、一筋の閃光。その瞬きを感じてエシュが大きく上体を逸らす。


「……矢。や、か……?」


 ずば抜けた動体視力を持つエシュだったが、常識が足を引っ張った。あんなにピカピカ光っているのが弓矢のはずがない。思考が硬直する。

 足を引っ張って、止まってしまった。


「ぐ…………っ」


 雷の矢。やや下方に修正されたそれが、エシュの腰に直撃する。身体の中心部。全身に痺れが駆け抜け、肉体が硬直する。


(マズい……!)


 狙いを理解したときにはもう遅い。無理矢理振り向いた先、迂回するように背後を見る。

 音はなかった。

 おかっぱ頭の初老の男。長い鉤鼻と顎が目に付いた。興奮しているのか、大きく真ん丸の目が見開かれていた。右手の山刀マチェットをちょうど振り下ろす瞬間。



「さあ――私に死を見せとくれ」



 左足。辛うじて動いた指先が体を開かせる。半身のまま、薄皮一枚先を通り抜けたマチェットには目もくれない。回避は予想外だったのだろう。トトトニスの動きが一瞬止まる。


「ああ、見せてやる」


 それでも、『狩り鳥』は歴戦のハンターだった。片翼を凌がれてももう片方。左の鉄杖を突き出す。肋骨の下。骨のない柔らかい部分。

 一秒、それだけ稼げれば十分だった。

 マチェットを突き刺すのにはそれだけあれば十分。怯めばよし、退いてもよし。しかし、エシュは向かっていった。


「その身に刻め」


 エシュは、読み切っていた。

 打撃点がやや下にズレる。ちょうど腹筋の位置。鉄杖と腹筋の均衡。マチェットよりも、エシュの膝の方が速かった。


「な――にっ」


 トトトニスの理解を超える。堅牢な膝突きが、鉄杖を砕いていた。骨の下で男が笑う。

 攻守逆転。仰け反ったトトトニスの、肋骨と腹筋の間。エシュの貫手が貫通していた。声を上げる間もない即死だった。

 倒れた男を見下ろし、エシュはぽつりと呟いた。



「悪い、気付かなかった――ベル、そこにあったのか」







 魔法、というらしい。自然のエネルギーを広く活用する術を持つエシュにも知らない技術だった。


「荒唐無稽も現実になれば笑えんな……」


 威力の低いスタン用ならば良かったものを。もし、即死級の威力があれば危なかった。ここは異世界。眉唾であったが、自身の知る常識では語り切れない世界らしい。

 認識を改めなければ。奪ったマチェットを担ぎながら、エシュは沼地に踏み込んでいく。

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