vs『女王ペンギン』ルンタッタ

 二日目、朝。

 『未来の英知の残りカス』フロント・ライン。


「……もう餌はないぞ」

「だあ、だあ!」


 うようよ徘徊するゾンビたちと飛び跳ねる謎の魚を片っ端から捕食した巨大ペンギン。七メートルを越す巨体は流石にスケールが違う。

 エシュは入り組んだダンジョンを拠点にし、この巨大ペンギンルンタッタをやり過ごしていた。


「だああ!」


 両翼を上げてきゃっきゃとはしゃいでいるのは、餌をバラまいたからだけではなさそうだ。懐かれたものである。


「悪いが、動かなければならなくなった」


 この巨大ペンギンを完全に撒いてしまえない理由。

 既にデュエル開始のアナウンスは鳴っていた。初日正午から夜を徹しての鬼ごっこ。エリアを越えてしまうと脱落になる。だが、デュエルの間に他の代理から横槍を入れられないのは、多いに都合が良い。どうせ回収対象もすぐ隣のエリアにいるのだ。

 しかし、事情が変わった。このエリアを動かなければならない。それには、デュエルの決着が必要だった。


「だあ?」


 ルンタッタが首を傾げながらエシュに抱き付いてくる。というか、のしかかってくる。

 エシュは律儀に受け止めた。頭部の骨が圧壊しないように、腕を伸ばす。膝がガクガク笑っているが、十トン超の重量を受けきっていた。


「どうどう、どーどー」


 テンション高めな女王ペンギンを宥める。曲がり角から心配そうに顔を覗かせる手下ペンギン(メス)に手を振って無事をアピールした。

 そのまま腕一本で元の体勢まで押し戻す。


「ベルはどこだ?」

「だあだあ、だあー!」


 お腹の下部分をぺちぺち叩く南極生まれのルンタッタちゃん。暑くないのかな。ベルは飲み込んじゃったんだね。

 エシュが自分のベルを見る。


「……見るからに身体に悪いぞ。多少の異物でどうにかなる身体じゃなさそうだが、もし毒や爆弾物だったらどうする気だ」


 怒られてしゅんとなる。

 手下ペンギンもぱたぱた慌て始めた。


「大丈夫だ。半日動き回ってこれだけ元気なら毒の類は心配いらない」


 手下ペンギンがほっと胸をなで下ろした。女王ペンギンも嬉しそうにエシュにじゃれつく。のしかかる。


「どうどう、どうどう。どーどー! どう!」


 エシュ、頑張って支える。


「だが、爆発でもされたら敵わん。破壊する」


 すっと重心を落として密着する。腕を伸ばし、力を伝えやすいように掌を密着させる。


「ぬ――――っ」


 放つ。

 が、届かない。厚い脂肪に阻まれて衝撃が伝わらない。もう一発。ルンタッタの身体がびくりと震えた。妙にふにゃけた表情で身体をくねらせる。

 さらにもう一発。

 びくん、と女王ペンギンの身体が跳ねた。紅潮する頬を両手で抑えながら、熱っぽい視線を落とす。のしかかる。エシュの苦悶の声が分厚い肉体に覆い尽くされた。最後の一発。ずしん、とルンタッタが跳ね上がった。


「……どうどう、どう」


 ふにゃあと蕩ける巨大ペンギンをエシュが助け起こす。勝利のアナウンスが耳に入った。無事にベルは破壊できたみたいだ。


「きゅー! きゅー!」


 何やらルンタッタが甲高い声を上げる。骨の下から頬を掻きながら、エシュは一言言った。


「……念のため、治療する。こっちに来い」







 毒も扱えば薬になる。晴れて毒沼エリアに移動したエシュは、はしゃぐペンギン女王を力ずくで宥めていた。沼は、宝庫だ。とにかくたくさんのものがある。エシュは自身の知識と経験から必要なものを取り出したに過ぎない。


「それに、回復力は貴女の傑物だ。敬服する」


 生命力の高い巨体には、さほど影響のないことだったのかもしれない。だが、ルンタッタは気に掛けてくれたことが嬉しいのだろう。両翼をぱたぱたさせてはしゃぐ。のしかかる。どうどう。


(さて、動き回ってくれるなよ――アイダ)


 このエリアを根城にしていたはずの妹分を、急ぎ探さなければ。進むエシュを追おうとするルンタッタが、ぶるりと止まる。足踏みしながら短く啼いた。


「ああ、下しを混ぜた。ベルの破片はまだ残っているから全て出すといい。その間の女王様は、君に頼んだよ」


 のしのしと沼の奥に引っ込んでいくルンタッタについていく子分ペンギンに片手を振る。

 きゅぅ、と啼きながらペンギンは嘴を掲げた。


 

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