vsP・W・C社長モナリザ・アライ(代理:アルトイリス)

 異世界社長戦争。

 その終了時刻から二分が経過しようとしていた。流し目でモニターの一つを覗くのは、アライグマの獣人。カンパニー現社長。争いは熾烈を極めていた。


 巨大スポンサー『アルトイリス』vsアルファベットシリーズの果ての残骸、オーロラ体。


 釣り合うはずのない両者が、最後の最後に不毛な削り合いを続けている。急遽浮上した問題の結果、ここから24時間の延長が認められている。決断まで、残り三分。


(勝てるわけがない)


 アルトイリス。スポンサーの中では指折りの実力者。カンパニーの戦力でもあれを打倒できる者は限られている。敵対すれば、戦いもせずにただ焼き払うだけだが。

 対するオーロラ体は満身創痍。活動限界はとっくに越えていて、ただ消滅するだけの存在。あんな不安定でおぞましいものを戦争に投入するなど常軌を逸している。オーロラ現象の当事者である故に、一層そう思う。

 手引きしたのは、やはり『道化』か。


(なんなのだ、あいつらは)


 所詮オーロラ体。すぐに脱落すると思っていればこの惨状だ。他にもあの陣営には、かつてカンパニーと敵対した乱入者たちがいる。他ならない『道化』もいるのはなんの悪夢か。せめて死体少女を配下陣営に置いておけたのは幸運なのかもしれない。

 記録を見るとあっさり負けた上にほのぼの遊んでいた。敵に回すと面倒くさいが、味方にしたらしたで本当に役に立たない。


(延長は、無理だ)


 ともあれ、両者ともにこれ以上戦えない。

 たった三分の最終決戦。不思議と、そのモニターに目が釘付けにされていた。







 ウォーパーツの奥の手、というものがある。

 適合率の90パーセントを超えた臨界者のみが引き出せる最終奥義。百パーセントを振り切った融合者もまた。『英雄の運命ヒーローギア』の奥の手、連結結晶。

 絆の具現、関係性の発露。回る歯車が緋色の想いを繋ぎ合わせる。戦って、心を重ねた。そんな者たちの力や技が男の胸に。


「連結結晶」


 『円盤ザクセン・ネブラ』、十全。十の円盤が緋色の支配下を離れる。これは後ろに立つオペレーターの領分だ。


「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あアアアアアア!!!!」


 巨大化したアルトイリスが躍り狂う。蔦が荒れ狂い、樹木がはしゃぎ、花が咲き乱れる。植物女王がその両腕を振るった。大量の蔦が雪崩のように降り注ぐ。緋色も両腕を振るう。


「連結結晶――――振動滅波」


 『宝球コスタリカ』。振動波の群れが蔦の雪崩を打ち砕く。強く踏み込む緋色の右足が虹色に砕けた。補強する歯車。ぎらつく視線を巨大花に向けた。


「連結、結晶――――踏破」


 『韋駄天』。振り撒く花粉がその加速に吹き飛んだ。樹木を蹴り、登り、緋色がアルトイリスの眼前に到達する。アルトイリスの咆哮が緋色をねじ伏せる。


「連結結……晶――――陽炎の槍」


 『灼熱槍ルー』。アルトイリスの巨大光線と鎬を削る。その余波で樹木が燃え上がり、アルトイリスの悲鳴が光線を散らした。破壊の雨が花を焼く。


「連、結……結晶――――唯閃」


 『天羽々斬り』。次元跳躍抜刀、その先。アルトイリスの頭上に跳んだ緋色が、禍々しき黒の刃を、鬼の一撃を降り下ろす。


「全次元切断――絶刀っ!!」

「ぃぃぃイイイイイイろおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 一刀両断。四十メートルの巨体が真っ二つに避けた。が、ベルの反応は依然継続。仕留め損ねたか。分かれた半身同士が蔦で結ばれ、結合する。アルトイリスが妖艶に笑った。


「ここまで、かしら?」

「へ、正気に戻ったか……?」


 両足を虹色に散らせた緋色が地面に転がる。制御を離れた歯車が緋色の肉体から溢れ落ちた。右腕一本、さてどう戦う。


「久方ぶりに本気で戦えましたわ」

「……そういう奴は、タイテイまだやれるんだよ」


 歯車の結晶。緋色が立ち上がる。融合者はウォーパーツとの完全融合体。緋色の意志が折れなければ、彼は戦い続ける。それでも、限界は目前に見えていた。砕けかける歯車に、緋色は目を落とす。


「悪いな、ヒーローギア。もう少し耐えて……一緒に散ってくれや」


 開けた焦土で、遥か頭上のアルトイリスの顔もよく見える。猶予はない。緋色は跳んだ。


「無意味。不変こそが到達、至上の高み。これ以上何ができるのですか?」

「そんな志じゃあ上には行けないぜ。すぐに追い付いてやる。が見てきた世界があるんだ」


 蔦が、樹木が、花が。色鮮やかな世界が緋色を押し潰しに来る。緋色は、言った。


「いくぜ――――連結結晶!!」


 歯車は廻る。連結する。繋がる。より大きな、大きく。


「せかいにつぶれなさい」


 幾つもの木材が蔦に飛来した。その内の一つがアルトイリスに届く。不審げな表情が、信じられないものを見た。


劫焦炎剣レーヴァテイン!!」


 女王の絶叫。燃え盛る炎剣がその身に投げつけられた。業火が植物女王を苛む。暴れまわる蔦が何かに触れた。完全に風景と同化していたのは、爆弾。爆炎が樹木を焼き、その巨体が堪らず動き出す。

 踏み出した一歩は、バナナの皮にスッ転んだ。


「ドッキリ大成功、ってな!」

「この……っ!」


 転んだまま顔を上げたアルトイリスは、謎の光に心を捕らわれる。全身が発熱し、顔が真っ赤に茹で上がった。胸がドキドキ。かぶりを振って蔦で叩き潰す。何度も執拗に。その光から同じような蔦が伸びて、鞭と鞭とが衝突した。

 ペプシを一服した緋色は超人的な瞬きでアルトイリスの動きを止める。念動力に強化されて殺到する蔦に植物女王が飲まれ、それでも生える大樹が全てを消し飛ばす。


「ここまで、よ」


 陽光の一撃。チャージを隠していたアルトイリスが上手だった。緋色が反応する間もなく光線に押し潰される。その身がじわじわと蒸発し、火の粉となって散って、発火して、アルトイリスにまとわりついた。


「義ぃぃぃぃや嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼――――!!!!」


 熱い。痛い。熱い。熱い痛い痛い痛い熱い痛い熱い熱い痛い。

 苦痛に精神が焼かれ。気付くと、右腕の間接を極め伏せられていた。赤いパトランプの逮捕術が、一切の身動きを封じる。


「ベルは、どこだ」

「はっ……幻…………?」


 精度が高すぎて完全に翻弄されていた。ここまで完膚なきに制圧されては身動きが取れない。だが、四十メートルの巨体ならば話は変わる。腕を折りながら強引に立ち上がり、再び蔦の嵐が投げ出された緋色を襲う。踏ん張りの効かない空中では回避不能。

 だが、巨体のアドバンテージは覆される。


――――やっちゃえ、平均化アベレージ!!


 蔦が空振りする。目の前に同じ大きさの緋色がいた。混乱しながらも攻撃を続ける。短刀八刀流。その全てを捌きながらも、拮抗。平均化が解けてアルトイリスが再び巨体を取り戻す。それに合わせて緋色が大地に手を合わせた。

 瞬間築城。

 聳え立つ城塞が巨大花を討つ。だが、それを上回るアルトイリスが強引に破壊を。


「そろそろ……おわらせます、わよ」


 ちょうど、残り一分。


「――――――」


 口から言葉が出ない。発声機能が失われていることに緋色は気付いた。

 アルトイリスの全身が発光する。今までと比べ物にならないエネルギーの奔流が肌を焼いた。ここまでひっそりとチャージを続けていた。その大破壊の予兆に、緋色の魂が震えた。


「カロリングレーザー!!」


 音が消えた。景色が消えた。ただ光だけが満ちる。大地の栄養を根こそぎ奪い取った一撃。緋色は、やはり拳を握るしかなかった。一瞬で蒸発する城塞の向こう側、踏みしめて、放つ。

 連結結晶――『英雄魂ヒーローハート』。


「インパクトぉ――マキシマム!!!!」


 喉からではなく、魂から声が出た。光の柱が上がった。破壊と破壊が練り上がり、天にも登る。存在を示す。

 破壊の三十秒。聖地に光の柱が咲いた。やがて、崩れ、収まり、晴れる世界。無限の拳と無尽蔵の光線。全くの互角、相殺だった。全てを押さえられたアルトイリスの表情が終わる。

 機を伺っていたのは彼女だけでは無かったのだ。


「――――分析完了アナライズ


 


「緋色、行ってえ!!」

――――連結結晶、ネブラ・エンド。


 緋色の背から白い腕が伸びた。、十一番目のネブラ。情報分解の光が植物女王の巨体を解体していく。存在が削り落とされていく。その根元的恐怖に、アルトイリスは最後の抵抗を。


「これが、最期の、連結結晶」


 この声は、ディスクの声だ。巨体を失ったアルトイリスが、最後の力を振り絞って緋色に襲いかかる。しかし、身体は動かない。その四肢は、植物の蔦に絡め取られていた。

 歯車が砕け散る。『英雄の運命ヒーローギア』も限界を越えていた。壊れるウォーパーツに無言の礼を言いながら、緋色は最期の一歩を踏んだ。

 両足と左腕が消えていく。

 辛うじて取れる構えで放つのは、基本にして奥義。


――――掌波


 彼女の全身に衝撃の波が走った。支えを失った緋色がその場に崩れ落ちる。肉体のどこかに隠してあったのだろう。アルトイリスのベルがようやく破壊される。

 同時、社長戦争は終わりを迎えた。







「……やっほー、お疲れ」


 会いたい、だから来た。オペレーター室からでも同じことは出来ただろう。けれど、隣に立つことが彼女の戦いだった。灰色に枯れた植物少女をやるせない目で見ながら、ディスクはすぐ近くに腰を下ろした。


「お互い、ひどい様だね」


 どさくさに紛れて緋色の頭を膝の上に乗せる。

 片腕だけだと苦労したが、それでも大丈夫。虹色の風が舞う中で、二人は顔を合わせた。ディスクも顔面の半分が消失していた。その断面は虹色。痛々しい跡に、緋色は残った右腕を伸ばした。

 彼の口がもごもごと動く。


「もう喋れないのか……残念」


 ひび割れた左手を、相棒バディの額に乗せる。


「なんか爆発して、だから脱出は楽だった。シエラザードの書庫で座標と移動経路は分析済みだったしね……」


 望まれなかった聖地に、虹色の風が渦巻いた。全てを出し尽くした男が微笑みを浮かべた。

 届くか、届かないか。そんなことは些末事。本物だという実感を胸に戦えた。

 だから、きっと満足だ。


――ありがと、な


 そんな声が聞こえた気がした。幻聴だ。


「うん、ありがとう」


 それでも、笑顔が溢れて止まらない。

 緋色が伸ばした右拳に、ディスクの左拳が重なる。熱のある感触を味わい、男の身体は虹色に溶けていった。



「ふふ、おーわった」


 全てを見届けた女が大の字で転がった。身体の欠損が激しく、大の字にはならなかったが。

 まあ、どっちでも。やりたいことは全てやれて満足だった。


「私も楽しかったよ――緋色」



 虹色の旋風がもう一つ。

 互いに寄り添うように。

 午後の木漏れ日に、静かに溶けていった。




















ゾン子

「まだ終わらねえぜ……!」



 一方その頃、話は二日目朝まで遡る。

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