vs破滅の花園アルトイリス
三日目、正午。
『伝説が始まってしまった聖域』ナロッシュ。
「来てしまったのならば、致し方ありませんね……」
そうは言われても、緋色はどうやってここに来たのかを説明できなかった。記憶がぶつ切りで気持ちが悪い。それでも、まだ対戦相手と見なしてくれるぐらいには肉体は無事らしい。優雅な女の声は告げる。
「そのお姿、一体貴方に何が…………?」
緋色は不思議そうに自分の左腕を見た。握って、開いて、しっかり動く。しかし、その手は歯車で出来ていた。そういえば、魔神戦のあと妙な高揚感とともに身体に力がみなぎっていた。
ウォーパーツを解除できない。その必要もない。ようやく理解した。
今は緋色自身が歯車だ。
『――融合者、だよ、緋色』
妙に息を切らせながら。ディスクが言った。ウォーパーツとの適合の最終段階。あの人類戦士のみが至った極致に、どうやら緋色は追い付いてしまったらしかった。
「……なんか、感慨深いな」
『絶対に、喜ばしいことじゃないけどね』
かつて融合者への道を蹴った少女が言う。ウォーパーツとの完全適合体。人であることを超越した
およそ人である幸せを享受出来ない身であるが、今さらだ。むしろ今の緋色には都合が良い。
今だから、だ。
「戦うための準備を整えた、かな?」
「……本当に戦うおつもりですか?」
上半身が人間で、下半身が植物の魔物。年頃な少女の顔を見ると和めそうでもあるが、全長五メートルの緑の植物を前に悠長ではいられない。
「失うことは悲しいことです。変わらぬ事は素晴らしい事です」
破滅の花園アルトイリスが両腕を広げた。細い指が妖艶に蠢く。
「数分も待てば、この戦争も終わります。戦う必要などないのです」
全ては変わらないため。変化を排して停滞を愛する。植物少女が恒久平和を掲げた。
「……そんな理想に、至れたら。きっと、みんなが幸せになれんだろうなぁ」
「貴方も、私を笑いますの?」
「笑わないさ。そんな理想を掴むために俺は前に進んできた」
アルトイリスは小首を傾げた。
「貴方は所詮オーロラ体。儚く消える夢の跡。苦しむ必要はありません。我らがモナリザ社長が全てを為します」
モナリザ・アライ。カンパニーの現社長。緋色の後ろで歯車が廻る。
「必要はあった。苦しんださ。痛かったさ。辛かったさ。悲しかったさ。この戦争で色々なものを見た。みんな同じだったんだ。
分かるか――――カンパニー」
両者は見つめ合う。
「立ち止まるなら進めない。前を向かないお前らに明日は来ない。
背負ってんだよ。だから前しか見えねえ!」
アルトイリスが腕を振るう。破滅の種が花開く。緋色は獰猛に笑った。死闘は必死。花畑で散らばる火花。
「我々と今を守り、停滞を賛美しましょう――貴方を平和の礎に」
「見せつけてやる、踏み越える男――緋色だ!!」
『J陣営の『謎の覆面ヒーローH』と、♦陣営の『アルトイリス』とのデュエルが成立しました』
◇
アルトイリスを中心に、無数の蔦が荒れ狂う。虹色の光に包まれながら、緋色は戦場を駆けた。
「オーロラ体の崩壊予兆……そこまでして一体何を?」
「勝つ!!」
ヒーローソード。我が身の一部のように振るう緋色。鎌状の蔦を弾き返し、極太の蔦を両断する。
「ふふ……っ」
手数が桁違い。歯車をククり、それでも防戦一方。アルトイリスもわざと攻勢に傾かない。結果、泥試合が進む。
「そんなので、保つのかしら……?」
緋色の笑みは、空元気だ。いくら融合者だとしても、元の肉体が戦える状態ではない。存在が零れ落ちていくのを感じる。
「ギア・インパクト!!」
一際太い蔦に衝撃を送り込む。一瞬呆けたアルトイリスが慌てて蔦を切り離す。遅れて大地が爆ぜた。
「乱、暴っ!」
崩れた体勢のまま腕を振るう。ヒーローソードの斬撃が道を切り開く。緋色は前に。大剣を突き付ける。
「……っ」
重なる大蔦。その分厚い壁が大剣を凌ぐ。緋色が大地を踏んだ。爆発する蔦の壁。爆ぜた歯車の中心地から緋色が肉迫する。
「ギア――「させない!」
花開く植物少女。
虹色の粉に異物が混ざる。僅かに動きが鈍った緋色が、蔦の大鞭に薙ぎ倒される。
「ごふぅ、ぁあ――! 毒? なんだ、今のっ!?」
『……花粉、だよ』
踊るアルトイリスを中心に、煌めきが広がっていく。
惨劇の呪粉。
緋色は血を吐きながら、ふらつく足で立ち上がった。視界がどこか暗い。
「暗くて、見えない?」
時間は正午。陽の光は最頂点。曇り空とはいえ、それなりの陽光が降り注ぐ。
暗い視界の中、アルトイリスの花びらが眩しく輝いた。
「ソーラエンパイア」
圧倒的な光量。圧倒的なエネルギー。破滅の一撃が緋色に殺到する。
「廻れ」
緋色の打つ手は二つ。右か、左か。
「廻れ」
緋色は右を選んだ。ただの直感。それでも、選んだ。
「廻れ――俺の歯車」
拳を握り、放つ。それしか能が無かった。だったら突き詰めるしかない。
どんなものでも、突き抜ければ最前線だ。
「ギア――マキシマム!!」
レーザーを殴り飛ばした。ねじ伏せるのは徹底した蛮勇。光を散らす意志の奔流だった。
真っ正面。驚愕に染まるアルトイリスの顔が見えた。
「――往くぞ」
レーザーは一直線に。だから緋色も一直線に進んだ。
足がふらつく。
視界が揺らぐ。
吐き気がする。
頭痛が震える。
身体が痺れる。
心が塞ぎ込む。
だが、この先にアルトイリスはいるのだ。足を出す。何歩でも、積み重ねる。
「これ――」
アルトイリスの反撃は間に合わない。懐に飛び込む緋色を、まるでスローモーションのように。
「龍、神、咆、牙――――!!」
叩き込む掌底は、衝撃を伝播させる。蔦が一斉に爆ぜた。花畑が一瞬で散った。
赤、黄、青、緑。色鮮やかな風景が、緋色の目に入った。
◇
「はっ……はは…………やった、勝った――――」
もう動けない。
出し切った。両手と両足をだらりと広げながら、緋色はうつ伏せに倒れていた。
強かった。それに、もう限界だった。流石にもう動けない。
「はは、は――――……」
虹色の風。自分はもうすぐ消えるのだ。実感を持って理解する。胸の奥がぽっかりと抜け落ちたかのように。
存在を亡くす。きっと、そういうことなのだろう。
「ショート……調、俺は…………」
薄目を開けて地面を見る。最期は、しっかりと上を見上げなければ。緋色は最期の力を振り絞って寝返りを打った。
緋色の人生とは数奇なもので。
見上げれば、常に超えるべき相手がいた。
緋色にとって、それは『敵』だった。
そして今度も。
「――――は?」
巨大な花が、開いた。
目算でも四十メートルに匹敵する巨大な花。思い当たる相手は、いた。
「破滅の花園、アルトイリス」
不思議とその名が頭に浮かんだ。
緋色は完全に失念していた。これは、戦争だ。ルールのある戦争だった。敵を打ち負かしただけでは終わらない。
「俺の――――負けだ」
覗き込むアルトイリスの顔に、緋色はそう言った。やれることは全てやった。尽くすべき全力は出し尽くした 。
ならば、結果は甘んじて受ける。
「――――諦めんな!!」
懐かしい。とても懐かしい声だった。果たしてなんだったのだろうか。
緋色では、『
緋色では、人類戦士には至れなかった。
それでも。だが。
「緋色の、そんな姿を見せるな!」
その声は、力強い。そして心地良い。
緋色一人では、越えられない壁がたくさんあった。だから二人で至ると決めたのだ。隣に立つ
(そうか、そうだったな…………)
二人で、本物。そうやって人類最前線の先を行ったのだ。
なら。
ならば。
まだ始まってすらいない。ここがスタートラインだ。
「緋色は、強い」
まるで呪文のような言葉。そういえば、一人だけいたのだった。こんな男を、強いと言い切った少女は。
「緋色がいたから私は戦えた。だから隣に立つと決めたんだ」
なら、転がっている場合じゃない。立ち上がらなければ、前に進めない。歯車はまだまだ廻る。
「緋色は、私の
涙が溢れて止まらない。感情を噛み締め、緋色が吠えた。想いは本物で、意志は全力だ。アルトイリスの巨体が僅かにたじろぐ。
「「悪い、待たせた」」
背中を押されたのだ。前に進むのは道理である。破滅の巨大花が光り輝く。
「見てろよ――緋色を見せてやる」
けど、後ろに感じる光の方が、ずっと暖かいんだ。
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