vsハルファス
「人の道は、踏破の歴史である」
魔神ハルファスは言った。
翠の衣を纏った紅色の長髪と、同じ色合いの紅瞳を持つ女性。老婆のようにしわがれた声が、緋色を掴んで離さない。
「人類最前線、俺はその姿を知っている」
「ほう。だが、踏破の歴史は積み重ねよのう」
弓をつがえるその目に、鋭い光が灯る。
「『
歯車が回る。放たれた弓矢は、歯車の盾を打ち砕いて、緋色の脇腹を貫いていた。これがかつての英雄の力。
「最前線を踏み越え、より先に進もうという意志。それこそが人間の強さの真」
拳を握って前に進む。それしか出来ないが、それが出来る。弓矢を凌ぎながらじわじわと接近する緋色に、ハルファスは口元を歪めた。
「神や精霊に及ばぬ弱き者たち。弱きに叛逆する力のなんと勇ましさか」
槍を構える魔神が迎撃する。緋色の手にはヒーローソード。大剣と槍。その組み合わせに運命を感じて口角を上げる。
「笑み?」
「超えた道だぜ、それは」
歯車が回る。連結する。繋ぎ、紡ぎ、この仮初めの想いの結晶は、それでも本物だと示すために。
「踏破すべきは英雄の道か」
槍使いの英雄がその技量を披露する。縦横無尽の死線引き。大剣と歯車の波状攻撃が尽く潰される。槍の間合いは絶対防御の範囲。魔神の探るような目が徐々に冷めていく。
突如、緋色の膝ががくんと沈んだ。ここまでのダメージは少なくない。体力も相当に消費しているだろう。そう判断して前に踏み込んだ魔神が見たのは――振り絞る笑みを、噛み締める顔。
「笑えって。ここが最前線なんだろ」
消耗は事実。
疲労は事実。
しかしそれは、闘志を折ることには繋がらない。裏拳で槍先を弾き、ぶれた突きをヒーローソードで両断する。魔神が手に持つのは、幅広の剣。ポピュラーなブロードソード。互いに鍔迫り合う。
「ここまで来たか」
そして、多くの英雄が手にした武器だ。三度の打ち合いで緋色は完全に打ち負かされていた。あと四度の打ち合いでその身は両断される。
しかし、剣豪勝負をしにきたのではない。五度目のぶつかり合いでヒーローソードが歯車と散った。吹き荒れる歯車の嵐は魔神の一閃に斬り伏せられる。その先に緋色の姿はない。
「側面「無明」
人の形をとった魔神のミスだった。人体の動かし方、仕組み、そして死角に対して緋色並みの理解を持っている人間は、緋色の知る限り一人しかいない。人類戦士の先を行き、ディスクすら凌駕する極致。
その男が放つ忍術は、英雄の器に匹敵する。魔神のブロードソードが地面に落ちた。拾えない。それはそうだ。両肩が砕けては武器は持てないだろう。
「しまいだぜ、神様!」
きょとんと呆ける魔神に、緋色が飛びかかる。ベルは胸からこれ見よがしに下げている。この位置取りで緋色が遅れを取ることはない。強いて見逃しを挙げるとすれば。
相手は、神だということだった。
「――瞬間築城」
◇
『魔神ハルファスが司る軍事の権能。要塞を創造して、無尽蔵の弾薬と兵装』
「………………つい」
要塞の上で、魔神は両腕をだらりと垂らしたまま舌を出した。幾多もの砲台が緋色を向き、壁から伸びる無数の腕がライフル銃を構える。
神格。その権能。
緋色が真っ先に思い浮かべるのは屍神一派であるが、あんな紛い物とは一線を画している。圧倒的な力を持つ魔神種。率いる悪魔の軍勢を召喚しなかっただけマシなのかもしれない。
『緋色、待ってくれるみたいだけどどうする?』
「やる。ナビを頼む」
『合点承知』
緋色が動き出すのを見て、ハルファスは首を振った。進む方向は、前。迎撃の砲弾が放たれる。
「戦争とは人間の極致。戦乱の果てに、人間は可能性を具現化してきた」
これも一つの最前線。まるでそう言いたげに。
「連結」『結晶』
「『ギア・ネブラ!!』」
歯車が、完全なる円盤に姿を変える。操作は完全にディスク任せ。『円盤ザクセン・ネブラ』と『
「人間は人間と殺し合う。その血塗られた歴史が英雄を生んできた。人間の進化を促してきた」
吟うような魔神に、どうすれば至れるか。砲弾をヒーローソードで両断し、弾丸をネブラが打ち落とす。
「弱さは超剋する。人間はもっともっと強くなる。私はその姿が見たいのだよ」
戦争の具現。緋色は、だからこそ立ち向かわなければならない。
「人間は強くなる。けどな、力だけじゃないんだ。握った拳で解決できるほど、戦いは甘くないんだ」
ネブラ・レーザーが砲台を破壊していく。だが、これだけの物量。円盤は一枚、また一枚と破壊されていく。
「人間は争うぞ」
「けど、争いを止める強さも持っている」
ディスクの十指が動く。彼女の役目は後方支援。緋色が前に進むのだ。彼女は道をこじ開ける。
「高いとこから見下ろしてるお前には分かんないよ。英雄たちが、どんな気持ちで戦っていたのか」
「お前に分かるのか」
「最前線を踏み越える、それが緋色だ」
答えになっていない答えを投げつけて、緋色は跳んだ。城塞の壁を蹴り上る気だ。ネブラが足場と浮いて、赤髪の英雄が駆け登る。
「緋色……そうか。その瞳を、もっと近くで見せてみよ」
「争いを無くす進化。人を救うってそういうことだろ! 敵を殴るのは簡単だ! 俺はその手を繋ぎたいんだ!!」
大言壮語も甚だしい理想論。しかし、掲げなければ何も始まらない。全てはそこから始まるのだ。無理だダメだと切り捨てるものを、男はひっ掴んで駆け出した。
切り離すのは、持ちきれないからだ。
諦めるのは、弱いからだ。
強くなろう。体を鍛えて、心も鍛えて。見てきた背中があった。託された情熱があった。隣に立ってくれる少女もいた。今度は自分達が示す番だ。ずっとずっと強くなろう。圧倒的で、人を救えるように。
人はそれを、
「ヒィィロォォ、ソォォォォオド!!!!」
魔神がその身体を半身にずらした。神が道を空けたのだ。戦争の具現が真っ正面から両断される。魔神ハルファスが大口を開ける。禍々しい黒い砲弾。隙だらけの緋色に照準を合わせる。
『させないよ』
一人じゃない。
連結結晶を通じたハッキングが『ヒーローギア』を動かした。大剣が破砕するように飛び散る。緋色はその身を委ねた。直撃。連なる歯車たちがその威力を減衰させ、残りのネブラが。
『ネブラ・ミラー!!』
破砕と共に跳ね返す。魔神は両腕を上げようとして気付いた。上がらない。魔神は嬉しそうに口元を歪めた。来る。
左の拳を引き絞り。
真っ直ぐに。
真っ正面に。
「その目、その魂――――まさしく本物だ」
その拳は、ベルごと魔神を貫く。ハルファスは抵抗しようかとも思ったが、甘んじてその一撃を受けることにしたのだった。
◇
「拳を握る。それが才能とはな」
「昔からそれは得意だったんだ」
大の字に倒れる魔神は満足そうだった。見下ろす緋色は対照的に不機嫌そうだった。遊ばれていたのがすぐに分かった。
「くは、くはは。それは愉快だのう……だが、それではどうする?」
魔神は不可思議な浮遊で体勢を戻した。ハルファスの見る先、緋色の左腕が転がっていた。虹色の粉末として虚空に溶けていく。
「神様にはもしかしたら分からないのかもしれない」
同時に、全身から虹色の靄を発する緋色。今度は後悔なく、にっかりと笑った。
「人間の腕って、二本あるんだぜ」
一瞬呆けた魔神だが、突き出された右腕を見て笑い声を上げた。その身が羽根と散っていき、最初に見た黒い鳩へと姿を変える。と喧しい羽音を上げてどこかに飛んでいった。
『緋色……お疲れさま』
「応、ありがとな」
オーロラ体である彼の肉体は、既に崩壊を始めている。それでも戦いはまだ終わらない。戦える。緋色は右の拳をぐっと絞めた。
◇
『現社長、モナリザ・アライ。♦陣営の候補で、アライグマの獣人。生物兵器や遺伝子改造が専門領域らしいよ』
『あとは、社長だけあって対人スキルは高いみたい。部下にも慕われてる。堂々と平和主義を掲げているところを付け入られたんだね』
『緋色、ウォーパーツはもう解除して大丈夫だよ』
『……そうなの? うん、重心がおかしくなってるから転ばないでね』
『うん、そうだね。こわい、こわいよ。でも緋色は止まらないんでしょ。私は隣に立つて決めたから』
『死ににいくんじゃない。この命を使うんだ。私たちは本物だったって示すんだ』
『えへへ、お互い揃ってボロボロなのがらしいよね。次で正真正銘最期だよ。時間的にも、肉体的にも』
『だから、さ』
『緋色……ねえ、緋色…………?』
『緋色――――……』
◇
『Dレポート』
・ビンイン陣営に見せつけた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます