vsビンイン陣営、『帝王の見えざる私兵たち』ユンラン

 三日目。

 『芸術の頂上たる城』美術城イクリプス。


『そういえば、私と緋色って会ったことないんだよね』

「…………?」

『いやさ。オーロラ体って生まれて2日じゃん。私たち、直接顔を会わせたことないんだな、て』

「どうした急に」


 戦場で、妙に感傷的である。彼女にしては珍しい。緋色はしばらく考えて、やっぱり単刀直入に行くのが一番だと気付いた。


「どうした?」

『………………。私も活動限界が近付いているらしい。正直、動揺している。平常心平常心』


 出来るはずが無い。自分の肉体が崩れていく姿を見て冷静を保っていられる。

 それはもはや人間ではない、化け物だ。


「無茶するな」

『緋色のため。させてよ』


 霧が濃い。城に近づくにつれて、霧が濃くなっている。何か、ある。ディスクのナビはだった。


「会いたい、か…………俺もだ」

『緋色もやっぱり不安?』


 霧の中を歩きながら、緋色は頷いた。先の見えない道。今の状況とよく似ている。


「不安だ」


 言い切ることに躊躇いはなく、歩くことはやめない。


「でも、最前線に道はない。俺が踏み越えた先が道になる」

『……うん、そうだったね。道があれば私も歩けるよ。追いついて、ちゃんと隣に――』


 緋色の右足が跳ね上がった。何かを蹴り上げた感触。右腕に三本の赤い線。対応しきれなかった。


『え……?』







 心理的動揺は死角を作る。この霧の中、視界が効かないのは当然。例外があるとすれば、存在。


――――最後の一滴まで。


 呻くような声が響いた。緋色が上げた両腕が鉄球を受け流す。骨が軋みを上げて緋色は歯を食い縛った。足を蹴って地面に転がる。すぐ上を鉄球が通り抜け、起き上がろうとする足が切り裂かれた。


「ヒーロー、ギア……!」

『霧を晴らして!!』


 動こうとした緋色の頭部が鉄昆に横殴りにされる。ウォーパーツ発動時の隙を狙われた。可能な限り温存してきたはずだが、それでもデータが取られるくらいには使ってしまったか。


『緋色! 緋色っ!!』


 小型の歯車が周囲を飛ぶ。弾かれる金属音。円周上に広げながら、緋色は次撃を待った。攻められない。


「敵は……なんだ?」

『霧……多分ヴァンパイアだ。ビンイン陣営の私兵だったはず』


 ベルの反応はない。代理登録されているはずだったが、これも作戦のうちか。

 ウレスジ、アルファ・ウォリアーズ、そしてユンラン。各陣営ともに勝ちを見据えた兵器を投入してきている。サイレントキリング。どうやって歯車包囲を抜けたか、ユンランが緋色の首筋に鋭い爪を突き立てる。


「逆龍暴示」


 首筋から血を垂らしながらのカウンター。タイミングが遅れた。敵の身体能力は予測以上。地面に転がった大柄な男を逃さない。


「地龍咆哮!!」


 震脚をどてっぱらに直接ぶち込む。肉が爆ぜて、大地が砕けた。


「そこ、ギア・ショット!!」


 一瞬霧が晴れ、敵の姿を捉えた。やはり複数か。軽い音に首を傾げる。


『ダメだ、誘われた!!』

(錘……?)


 認識が遅かった。歯車を飛ばした方向から返ってきた金属の塊が緋色の左肩に叩き込まれた。絶叫を上げる緋色に、ディスクが敵の分析を焦る。


『霧の中、前方距離二百! 初手方向検討、右方に敵影の可能性あり!』

「ごふぁ――!」

『――え、どうしてっ!?』


 攻撃は真下から。突き上げるような一撃を、まともに心臓に食らう。踏みつぶしたはずのユンランが不気味な笑みを浮かべた。その姿が掻き消える。


『……離脱? どうして…………ヤバいっ!!』


 緋色が膝を付いた。痛覚が視界を焼き、霧どころか何も見えない。我武者羅に歯車を展開して回復までの時間を稼ぐ。


『緋色、こいつらウォーパーツの発動限界まで引っ張る気だ!!』

「は――――対策してくれるなんて、有名人になったじゃねえか」


 バン、と左腕を地面に叩きつける。闘志は衰えない。


「ギア・パージ!!」


 破裂。その衝撃波は霧を祓い、視界を確保した。だが。


『いない……とっくに離脱している。本気で殺しにきている……っ!』


 霧に紛れたヒットアンドアウェイでじわじわと嬲り殺す。統率された完璧な行動。ビンイン・ジ・エンペラー。夜闇の帝王自身が手掛けた私兵たち。

 霧が、立ち込める。


「オペレーター、どうする?」

『……………………退避。さっきのはヴァンパイアの再生能力。敵数も不明。打つ手がない』

――ほう、逃げるのか人間。


 その声に、緋色は、ディスクは、身を震わせた。死を纏ったかのような深淵なる声。見上げた先、血のように紅い瞳をした鳩が一羽。


――向かっていく姿、それが堪らなく人間らしかったのだが。


 しわがれた老人のような声。

 緋色が拳を握った。右に一歩。鎖付きの錘が通り抜け、それを掴んで引っ張る。


「くっ、強ええ!?」

『緩めて! その先に一体いる!』


 綱引きの均衡が崩れた一瞬。緋色は大地を蹴った。その拳が女のヴァンパイアの顔面を打ち抜く。投げつられる鉄球を潜り、立ち上がるヴァンパイアを回し蹴りで吹き飛ばした。


――よいよい。ずぅと見ておったが、やはり貴様らが一等よ。


 鳩が羽ばたいた。ただの一振りで霧を消し飛ばし、緋色を囲むように動いていたユンラン五体が露わになる。緋色が構えるより先、無数の弾丸がヴァンパイアたちを消し炭にした。

 鳩が高らかに笑った。その嘴には、ベルが。


『……死と破壊の公爵、軍事を司る魔神ハルファス。同じビンイン陣営のはずなのになんで……?』


 鳩はくつくつと嗤った。


――あの愚者から横取りしたいがためよ。


 そして、本命のように言うのだ。


――人間よ、神を打倒せよ。

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