vsフリードリヒ

 まさに巨体。五メートルを超える機体がじっとりと緋色を見下ろしていた。そのプレッシャーに、思わず足がすくむ。


「貴様が――我が敵手か」

「しゃべるのかっ!?」


 轟、と突風が吹き荒れた。

 十一聖王の一角、フリードリヒ。その背から翼状の骨組みが広がっていた。


『……飛べたりもするみたいだね』


 翼だけではない。その背には八本の短剣。飾りではないだろう。短刀八刀流。しかし、まず手に持ったのはビームハンドガンだった。ディスクの声が飛ぶ。熱源反応。緋色の背筋にぞわりと波打つ何か。


「まずは、小手調べである」







 ピクセル地帯が半分蒸発した。大雑把な範囲攻撃を全力で避け続ける緋色。このままではどう考えてもじり貧。


「さっきの奴らみたいに武装を尽かせて……!」

『ダメ。機内の永久機関が無尽蔵に稼働する』

「そこだけ破壊して、エネルギー切れを撃ち合う」

『厳しい。装甲も見たことない特殊な金属で物理耐性が高い』


 じゃあ、どうする。

 消去法で答えは出てきた。


「『近付いて殴り合う!!』」


 決死の突撃。あの大型の機体だ。最接近してしまえば、ウォーパーツ込みの緋色に分があるかもしれない。連発されるハンドガン。もはや残っている倉庫はない。


「あそこに飛び込む勇気が欲しい……!」

『だったら行こう! オーダー、突貫!!』


 むりくりで機動力を上げていた歯車が軋みを上げた。まっすぐ向かってくる緋色に虚を付かれたか、フリードリヒの攻撃が一瞬遅れる。それは博打だった。その一瞬で危険域を駆け抜ける。


『インターバルは読めている』

「ほう」


 フリードリヒは引き金を抜いた。ビームハンドガン。圧倒的な光量に対抗するのは、徹底した蛮勇。

 拳を握る。歯車が補強する。そして、殴る。


「ギア・インパクト――!!」


 真っ正面からの激突。緋色が吠えた。レーザーの質量に飲み込まれる直前、真上から閃光が煌めく。


「ギア・ネブラ、十全!」

『ネブラ・レーザー!!』


 重なり育む。絆の砲口。『英雄の運命ヒーローギア』の連結結晶で『円盤ザクセン・ネブラ』の十全を再現、増強し、円盤が砕ける勢いでぶっぱなす。

 究極の力業に、光がねじ曲がった。 


「ヒーローソード!!」


 もう一発の、一瞬先。歯車の大剣がハンドガンを両断する。二発目は絶対に受けきれない。だからその引き金の二度目を引けないくらいの距離まで詰める必要があった。

 ディスクが計算し、緋色がぶっぱなす。

 どちらも一人では及ばなかっただろう。だが、二人なら。


「来たか、ここまで」

「ようやく立てたスタートラインってか!」

『緋色、私たちを見せつけよう!』


 きっと、戦える。







 十一聖王、フリードリヒ。

 その真骨頂は、両手の武装によるヒットアンドアウェイ。即ち、さっきまでは本当に小手調べ。死合いは苛烈を極めた。胸にデカデカと埋め込まれているベルが、近くて遠い。


「ギア・ゲイン!」

『押しきって。勝機はそこしかない!』


 緋色がさらにギアを上げる。フリードリヒが砕けた短剣を緋色に投げつけ、視界を奪ってアンカーで離脱する。翼がぐわんと広がった。風圧が緋色を縫い付ける。


「逃がすかよ。連結結晶――唯閃!!」

『緋色……それって!?』


 次元跳躍抜刀。ヒーローソード版。

 翼が根本からバキバキに砕け散った。中途半端に飛翔が阻害されて十一聖王が墜ちる。追撃、勢いに任せた大剣の降り下ろし。二本の短剣に阻まれて相殺。その全てが砕け散る。


「舐めていたぞ、人間!!」

「俺もよく分かんねえよ!!」


 血走った目で緋色が吠えた。連結結晶、コスタリカ。振動波が古代の特殊金属を沸騰させる。だが、フリードリヒは止まらない。


「ギア・インパクト!!」

「させん!!」


 起き上がる勢いで拳を弾き飛ばす。残りの短剣は二本。ハンドガンも翼も潰えた。装甲は歪な凸凹に包まれている。しかし、ベルは無傷。屹立する姿に敗北の色はなし。


「どうした人間、立たないのか?」


 血を吐き、悶える戦士。ウォーパーツのオーバーヒート。火を吹く苦痛に緋色は転がった。


『やっぱり連結結晶の多用は人体に負担が大きすぎる……』


 だが、とディスクは続けた。


『届く。緋色のギアは、あいつに届く!!』


 だからやれ、と。

 緋色は歯を食い縛って立ち上がる。理由があれば人は立ち上がれる。闘志が男を動かした。


「ほう、やれるようには見えんが」

「悪いな、待たせた」


 フリードリヒは、短剣を上段と中段に構える。緋色が深呼吸をして息を整えた。空くのは下段。脚部狙いか。しかし、あの構えは明らかにカウンター狙い。飛び込んだら最後、一対の短剣が降り注ぐ。


『…………緋色、どういうつもり?』

「シエラザードの幻術を思い出した。俺には味方だけじゃなくて、敵もいた」


 悪い、と緋色は血を吐き出す。



 信じている。知っている。彼らは強い。

 緋色が両手で掴むのは、大得物のランス。

 歯車が回る。カタカタ、と軋みを上げる。

 虹色の粉末が舞った。


『――オーダー』


 その姿が、まるで待てを強要された子犬のようで。ディスクは、そういえば彼はそんな奴だったと思い出す。


『思いっっっきしぶちかませ!!』

「行こうぜ、ドラグニール!!」


 脚力を補強されたランスチャージ。中段の短剣がそれを弾き。回るようにもう一方の短剣を突き向ける。

 ランスが自壊した。


「っ」


 多節昆。打撃九連発が短剣を叩く。先に武装を壊すつもりだ。前に出るフリードリヒの、緋色がスイッチを会わせる。


「ギア・ゲイン」


 跳ぶ。潜り込む腹部。


「ギア・インパクト!!」


 カウンター。機体が浮き上がり、フリードリヒの両手がだらりと下がった。


「それだけか?」


 無表情な機体。だが、緋色には笑っているように見えた。多節昆を引っ提げて追撃に跳ぶ。上を取ってからの乱れ撃ち。


「何度も通じん」


 足から着地した直後。昆の節目が短剣に捉えられる。妙技。そのまま振り回して緋色を地面に叩きつけようとして――短剣もすっぽ抜けた。


「なっ!?」

「それ、俺も同じことやって同じ目に遇った」


 何故かしたり顔で緋色は笑った。ボキボキになったランスが歯車に分解され、緋色の元に集う。互いに無手。しかし、体格差は歴然。緋色は右手首のベルを見せびらかした。

 その行為、フリードリヒは理解した。


「やる気か」

「ああ――素手喧嘩ステゴロだ」


 互いに見るも無惨なボロボロの姿。虹色の粉末がそよ風に舞う。緋色は、もう肉体が限界だった。しかし、だからこそ至る境地もある。


「勝つ気なのか」

「獣は、噛むんだよ」

『緋色……まさか』


 大きく頷いた。ウォーパーツの完全解放のまま、ほぼ半日もの間屍神と戦い続けたあの境地。

 男は戦士だった。

 そして、男は獣だった。

 人は誰だって獣になれる。


「レグパって男に言われたんだ」


 追い詰められて、それでも食らいつく。戦い続ける。相手を下し、屈服させるまで続く。


「俺も――――獣なんだって」


 はっしゃぐような笑み。拳を固く堅く硬く握って前に出る。フリードリヒが放ったのは蹴りだ。この高低差、拳の乱舞は不利。

 緋色は、スライディングで足下を潜り抜けた。蹴り上げの下。足裏に拳を合わせる。


「おぅらあ!!」


 重心が崩れた。足を伝い、ガードされた胸には目もくれずに、目指したのは顔面。力任せの蹴りがフリードリヒを転がした。

 相手を屈服させる。負けさせる。倒す。気迫が緋色を後押しする。


「まだぁ!」

「まだだ!」


 同時に叫ぶ。打撃、打撃。打撃。打撃の嵐。立ち上がるよりも先に、フリードリヒは拳を放ち続けた。緋色は食らいつく。勢いでごり押せない。やがて、徐々に押され始める。


「楽しかったよ、人間」

「終わらせんなあ!!」


 ギア・パージ。

 ウォーパーツ解除のエネルギーがフリードリヒの両腕を弾き飛ばした。だが、生身。ここまでヒーローギアあってこその攻防。その効力が途切れて、凸凹の金属の上を転がる。

 それでも止まらない。四つん這いに進み、ベルへと拳を叩きつける。


「かってえええ……っ!?」

「ぬん!」


 起き上がる機体。しかし、緋色のがむしゃらな蹴りに再び叩きつけられる。


「どこに、こんな力が残って……!」

「ららららららああああああ――――!!!!」


 拳のラッシュ。巨大で頑丈なベルに浴びせる闘志の雨。赤髪の獣は吠えた。咆哮を上げた。フリードリヒは、もはや抵抗せずに両手両足をだらりと広げた。ベルにヒビが入る。

 このまま戦えば、きっとフリードリヒが勝つ。しかし、この勝負は。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――!!!!!!」



 血を吐きながら咆哮を上げる、緋色の勝ちだ。

 ベルが砕け散った。緋色がべたりと地面に転がる。フリードリヒは、その男の姿を見る。


「はは……やってみるもん、だな…………」

「うむ、人間というのは真解せんな……」


 きっと、十一聖王は苦笑していた。

 獣は咆哮を以てして、機械の王に存在を示したのだった。







『魔法研究名誉顧問、ビンイン・ジ・エンペラー。♥陣営の候補で、自身も最高位のヴァンパイア……もう自分で戦えよこいつら』


 ある種投げやりとも取れる言葉。今はより差し迫った問題があったのだ。


『緋色、本当に大丈夫なの……?』

「ああ。不思議と痛みはないんだ」


 左手を振りながら緋色は答えた。。あの戦いの途中、虹色の粉末と溶けて消えたのだった。


『オーロラ体。その活動限界が近付いているのかも』

「……最期までもたないって線もあるわけか。お前は大丈夫なの?」

『今のところは』


 次に争うのは、強大な力を握るビンイン陣営。

 底知れず、不気味で、抗えない。圧倒的な王から見て、果たして消え行くオーロラ体はどのように見えているのだろうか。

 違った。どのように魅せるのか、だ。


「……勝負だな」

『行こう、緋色。私たちの全てを叩き込むんだ』


 社長戦争、三日目。

 戦争の終わりが近付いていた。







『Dレポート』

・ソリティア陣営に見せつけた!

 

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