vs『極普通』アベレージ
ディスクは、手を止めていた。
「これ、こんなことって…………」
普通化、一般化。チート能力の総帥がこんな化け物を飼い慣らしているとは、なんたる皮肉だろう。緋色も、ディスクも、積み重ねてきた人間だ。その力は、後天的に死に物狂いに掴み取った力。
そんな前提が崩れる。モニター越しに普通化が及ばなかったのは不幸中の幸いか。
「緋色、気を付けて。技術や知能も平均化される。恐らくウォーパーツの発動も出来ない」
『うん!』
(え、なにそれかわいい……)
知能が低そうな返答にディスクが戸惑う。囲む三体のウレスジたち。それらがまともな知能を持ち合わせているとは考えがたい。
(まさか……)
嫌な予感がする。
『ようし、もう俺もどうなっちゃうか分かんないぞ!』
敵の男が重そうなライフルを投げ捨てる。たぶん、理由は重いからだ。
『勝負勝負!』
画面の向こうで緋色が無邪気なステップを踏んだ。彼にもこんな微笑ましい時期があったのだと想像するとほっこりするが、きっとそれどころではない。
「他の陣営が避けていたのって、強敵だからというより…………」
不確定性は大きすぎるから。どんな強者も負ける可能性があるし、どんな雑魚でも勝つ可能性がある。そして、こんな奥地まで来られる代理は、大体が前者だろう。
『ようし、行くぞ! ひーろーぎあああ!!!!』
「ダメだこれっ!!」
◇
ウォーパーツはもちろん不発だった。あれえ、と首を捻る緋色に、アベレージが拳を突き出す。
「くらえ!」
なんか出た。小型の火の玉が緋色に向かう。食らうと熱そう。そんな風に考えた緋色は、横に逃げた。
「こっちもくらえ!」
ファイアーボール。のろのろ動く火の玉を避けるのにわけはない。アベレージは再びファイアーボール。緋色も負けじと応戦する。
『……緋色、よぅく聞いて。たぶん冷たいのも出せる。というかなんでも出せそうだから、試してみて』
「うん!」
右腕を振るったら、冷たい風がファイアーボールを消し去った。目を輝かせた緋色が大地を踏みしめると、小型の石礫がアベレージに飛んでいく。
「ばーりあ!」
両腕を胸の前でクロスさせ、石礫が砕け散った。
「あーそれずるーい!」
『緋色くん、火の玉投げてみて』
うん、と赤い球体を飛ばす。
『次、風』
わかったー、とつむじ風。ファイアーボールが増進してアベレージに突っ込む。だが、狙いが逸れて横を抜けていった。
「おねえさんすごーい!」
『えっへん! 緋色きゅん、あのベルを壊したら勝ちだから頑張っ、回避!!』
反応できない。横っ面を白い鞭のようなもので叩かれ、緋色が転がった。
『ウチの子に何するのっ! ……って、それ…………!』
アベレージの右肩から、なにかが生えている。うねうねした、白い触手のような。見間違うはずもない。ウレスジの触手そのものだった。
「……大丈夫、だよ」
起き上がって、トントンと跳躍する。頬が腫れているが、本当に大丈夫そうだ。ディスクは即座に全身を観察するが、触手は見つからない。
(感染……? 緋色はまだ大丈夫。二人を分ける差はなに?)
「なーんかでたー!」
白い触手が再び緋色に伸びる。反射的に伸ばした手が、触手を掴む。ただの条件反射。緋色はそのままぐいっと引っ張る。
「これでもくらえ!」
バランスを崩すアベレージに火の玉。右腕に着弾。火傷痕がほんのり赤い。熱そうだ。白い触手がもう一本。緋色は手を離して両腕を前でクロス。
「ばーりあ!」
『え……緋色すごい』
触手が横に弾かれた。触手がさらに二本。バリアで弾き、石礫を右足に命中させた。
「やったあ!」
「いたいいたいいたいよお!!」
アベレージが転がり回る。
外見は平均化されて見分けがつかない。能力は平均化されて把握できない。技術は平均化されて泥沼だ。知能は平均化されて見るに堪えない。
だが、平均化されていないものがあった。それが二人を分かつ差だ。
「いたあいよおおお――――!!!!」
アベレージの背中から無数の白い触手が這い出した。まるで爆発するような有り様だった。呼応するように、緋色の両肩から触手が二本生える。
触手同士の応酬。明らかに緋色が不利だが、火の玉が、冷風が、つむじ風が、石礫が、他にも色々なものが互角まで持っていく。その目には、何かがみなぎっていた。
『緋色……』
所詮オーロラ体。エピソード記憶は平均化していないという推測は、何の展望も示さなかった。紛い物の記憶にどれだけの意味がある。それが戦況を左右するものか。
違う。ディスクの分析は踏み込んだ。何がある。何かがある。緋色の今の姿は。その目には。
『緋色が……頑張っている』
触手がアベレージを飲み込んだ。対照的に、緋色は触手を引き抜いた。こんな借り物の力なんていらない。積み重ねてきたものは、確かにあるのだ。紛い物の記憶なんかじゃない。
この、二日間は。
『緋色、頑張って! 頑張って!!』
応援する声に背中を押されながら、緋色は走った。大量の石礫が触手を弾き、つむじ風に押されたファイアーボールが道をこじ開ける。冷風が地面を凍らせ、緋色が滑った。
その目には、勝つ意志がみなぎっていた。分かつ差は、戦う理由。勝利への執念だ。
殺到する触手群。
「『ばーりあ!!』」
弾かれる。
緋色が拳を握った。紛い物の記憶でも、確かに根底にあるものがあった。拳の握り方は、あの燃えるような背中に教わった。ディスクも、緋色に教わったのだ。繋がり連なるこの縁こそが。
「みせつけるんだ! 俺たちは! 本物なんだ!!」
全身全霊、存在を乗せた拳がベルを打ち砕いていた。同時、アベレージの肉体が完全に触手に飲まれて押し潰される。
『全ての才能』ウレスジ。正真正銘の怪物たちが動き出した。平均化が解ける。すぐ近くにいた緋色が最初で、ウレスジたちはまだだ。
「『
そして、歯車が連なり、大剣へ。
「ヒー、ロー」
ウレスジたちの平均化が解ける一刹那前。ぐるっと一回転斬り伏せる。
「ソオオオオオオオオオオオド!!!!」
風が、遅れて舞った。浮き上がる衝撃に、緋色は二本の足を踏みしめた。重心は安定している。白と紫の残骸がバラバラに降り注いだ。
「見たか」
緋色はヒーローソードを天に掲げた。誇示するように。示すように。どこかで見ているはずのリンド候補に言い放つ。
「これが――――緋色だっ!!」
◇
『研究開発部部長、ソリティア・ウィード。♣陣営の候補で、サイボーグとナノマシンの開発の第一人者だね。かなりのイケメン、掛け値抜きの天才。司令塔には持ってこいだ』
次の標的を見据えて緋色は頷いた。
「なんか、お前と重なるな」
『そう?』
「見た目よし、頭よし。多分なんか変人なんだろ」
『…………最後のがなければ満点なのにぃ』
くつくつと緋色が笑いを噛み殺した。
ボス戦その2。今までかなり綿密にディスクが避けてきた、ロボットやサイボーグなどとぶつかることになる。生身の緋色では、どれも厳しい相手だ。
しかし、避けては通れない。
「なぁに、全力でぶつかって死ぬならそれもいい。とにかくやっちまおうぜ!」
『どうせなら、最後までやる。死なせない。任せてね』
応、と。
緋色は再び歩き始めた。
◇
『Dレポート』
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