vs『パクリ禁止』ザ・パトランプ
三日目、明け方。
『無人の王城』レジェンド前。
「偽物にも本物になる意志がある、ということだぜ」
灰色の少女はそう言った。何者でもない少女。真正の偽物であり、それ故に足掻き続ける。
「偽物と本物、何が違う?」
緋色は質問を投げた。朝日を背に、困ったような表情を浮かべられる。両者の間には、隔たる崖。
超人的な身体能力を持つ二人ならば、少し無理をすれば飛び越えられただろう。
「突き付けられる視線が違う」
困ったような表情のまま、少女は端的に答えた。
灰色と、鮮やかな赤。少女はもうボロボロで、まともに動けないことは一目瞭然だった。
だが、少女は助けを断った。敵陣営だからという冷たい拒絶ではない。近付けば危ないということを全身で示していた。
(それでも踏み込んで行かないから、偽物なんだろうな……)
緋色は自嘲する。
オーロラ体、偽物の自分。本物の緋色は、一体どんな行動を取ったか。
「人が、他人が決めるのか」
「そうだ。人は独りでは成り立たない」
話し相手になって欲しい。そんな灰色の少女の言葉。彼女の言葉は、まさに運命的だった。
人は独りでは成り立たない。
少女は誰かを思い出し、緋色も誰かを思い出した。どちらも、皆が本物と称する圧倒的な存在だった。
「……ったく、大元がやられれば俺もこんなもんか。おにーさんはまんまとやられてくれるなよ」
撒き餌にかからないことに痺れを切らしたか。ソレが岩陰から頭を出した。
「いいか。おにーさんが戦うのは、偽物を根絶する正義だ。狙われるってことは、おにーさんにもそれなりの事情があるんだろ?
偽物は劣っているから悪いんじゃない。本物を貶めすから悪いんだ。偽物で終わってしまうことは、滅せられるべき悪だ。
俺は、偽物のまま終わっちまった。でも、おにーさんの歯車には、本物の意志を感じる。見せつけてやれよ」
誤魔化しはきかない。悪を糾弾する正義が姿を顕す。頭部のパトランプがくるくる回る。
「応よ」
「偽物でも、本物だってある。頼むから――証明してくれっ!!」
悲痛な声を上げながら、赤い正義に抵抗する。だが、敵わない。あっという間に取り押さえられる。
「来るな! こんな姿を……偽物の末路なんか見ないでくれ!」
「……君の言葉は、俺の歯車を回した」
僅か数分の仲。それでも、掛け替えのない会話だった。灰色の少女が、肉体を崩していく。
偽物が、悪が、正義に連行される。
「名前を聞きたい」
この胸に刻み込むために。
「――
それが少女の最期の言葉だった。赤いパトランプが、軽々と崖を飛び越える。
偽物を糾弾する、赤い光。
『緋色、デュエルが成立した』
無言で構えを取る。
これは、偽物が本物になる戦いだ。
◇
緋色と同じくらいの身長に、スラッとした手足。洒落たスーツできっちり決めたその男。目を引くのは、頭部の巨大なパトランプだ。
「――――」
糾弾する赤い光は、やけにキレのある動きで言葉を伝えてくる。音にしなくても分かる。
伝わるとは、不思議なものだ。悪意ではなく、敵意。正義の意志が緋色に突き刺さる。
「俺は、悪か」
「――――」
本物からあぶれた、紛い物。謎の何たらとか称される、偽物。元の世界には、オリジナルの緋色がいる。オリジナルのディスクがいる。
「俺は偽物か?」
パトランプの拳。腕いっぱいで受け流す緋色が、腰を落とす。重心を下げる。もう片方の腕で掴まれたのだ。
投げられないよう、抵抗する。
「俺は悪いのか?」
互いに、密着して組み合う。引いて、押して。まるで柔道の泥試合だった。
「シエラザードの幻術。あれは確かに本物だった。あの心臓を毟り取られるような実感は、確かに本物だった。緋色の痛みだ!」
俺は人間だ。
生きていたんだ。
あの男の叫びが忘れられない。緋色だってそうだった。人形でもなければ、偽物でもない。本物かどうかはさておき、人間ではあったはずだ。
叫ぶ権利はあるはずだ。
「――――」
パトランプが赤く光る。
大きく腕を引かれる。重心が僅かに崩れ、緋色の身体が傾いた。が、何とか踏みとどまった。お返しに力強くで引っ張っても、確固とした重心はびくともしない。正義は揺るがない。偽物を糾弾する赤い光が回る。
「俺は緋色だ」
パトランプに思いっ切り頭突きを食らわせる。僅かに仰け反った隙間に、身体を潜り込ませる。肘鉄を腹部に打ち込み、掴んだ腕を引き寄せる。
一本背負い。空中に投げ出されたパトランプが身を捻る。投げ技から抜け出す絶技。足から着地した彼は、キレのある踊りで緋色を糾弾する。
「地龍!!」
その動きを止めさせたくて放つ震脚。大地を震わせ、しかし軽やかな跳躍に回避される。踏み込み直後の硬直。そこに飛び蹴りが突き刺さる。
「ぐ――――っ! っこんのお!!」
足を掴み、叩き付ける。パトランプの光が点滅した。緋色の顔面に蹴り。派手に吹っ飛んで互いに地面に横倒しになる。
「――――」
「意味は、きっとあったんだ」
ぽつりと、言う。
「……偽物だったかもしれない。でも、きっと意味はあったんだ。ただの偶然で生まれた俺たちだけど、緋色でもディスクでもないかもしれないけど……戦う意味はあったんだ」
パトランプが立ち上がって、緋色が立ち上がった。
ベルの位置は左手首と右手首。奇しくも鏡写しのような。二人が同時に地を蹴った。
「緋色とは違う。俺は緋色だ」
「――――」
打撃の音が木霊する。赤い光が瞬く。
「だったら、証明するよ。見せつける。俺は本物になるんだ」
パトランプの掴み技を弾きながら、打撃を蓄積させていく。パトランプは倒れない。倒れないが、その攻撃はどこか勢いを欠いていた。
「認めさせる、本物だって」
オリジナルの緋色のコピー、では終わらない。それは宣言だった。全く別の緋色になる。横道の英雄譚。
パトランプの下から突き上げるアッパーが、正義の使者を弾く。パトランプは、もう抵抗しなかった。浮き上がった身体に、次々と連撃が叩き込まれた。決意の拳。男は最後の一発を放つ。
「本物を示す――――点拍子」
打撃点は、ベルに。時計型のベルが砕け散る。
ザ・パトランプ。偽物を糾弾する正義の男はキレのある動きで踊った。踊って、踊って。格好良く崖から飛び降りた。きっと、彼は次の戦場でも自分の正義を遂行するだろう。
朝日の輝きが眩しい。目に悪い赤い光が消えたからか。
朝日を背に、緋色が歩き出す。
◇
『スポンサー推薦枠、リンド。♠陣営の候補で、外様の実力者だ。本人のスペックは……正直ダミーデータを疑うよ』
緋色の見据える先、辿り着くのをサポートするのはオペレーターの役目だ。ただのオーロラ体でしかない男を、全ての候補たちに見せつける。本物だと認めさせる。
それが緋色とディスクの戦い。そして、フーダニット姫の戦いとも重なる。
『緋色、手ごわいけど大丈夫?』
「命を賭ける価値がある。それに、雑魚を相手していても意味は無い」
平たく言えば、ボス戦だ。未だ残る、各陣営の強力な代理を打ち破る。存在を見せつける。
『了解。アシストするよ』
「ああ、二人で行こう」
そう言って、緋色は小さく笑った。
◇
『Dレポート』
・カンパニーに本物だと見せつけよう!
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