vsプリンセス・フーダニット(後)
偽物は、何を偽った物なのだろうか。
◇
「分かったでしょ。一つでも多くのベルを破壊して……消滅する。それがお前たちに与えられた役割なの」
役割。存在理由。それだけのために生み出された存在。理屈は、そうだろう。だが、感情はどうか。割り切って、納得できるか。
「割り切れる。だから選ばれたのか」
緋色が口を開いた。感情を切り離して、理屈で物事を捉えられる。そんな情報少女だから目をつけられた。ディスクは、頷かざるを得ない。
考えるのは、緋色のこと。
このまま戦い続けるのは、緋色だ。
「…………くるしいよ」
赤髪の男は、多分、二つ返事で戦場を駆けるだろう。それが分かる。だから辛い。胸が、締め付けられる。心臓を握られたように、苦しい。
「私たちだって、苦しいんだよ」
出てきたのは、子どものような言い訳だった。緋色が手を握ってくれる。フーダニットは黙ったままだ。埒が空かずに、緋色が口を開いた。
「俺が選ばれた理由は、実力か」
ぴくり、とディスクの指が跳ねた。ため息をつくフーダニット。眠そうな目で緋色を見上げる。その反応で分かってしまった。正解だ。
実力が低いから、だ。
フーダニットの陣営が恵まれているとは思えない。潰されるための弱小チーム。そこにエースクラスの戦力を入れさせるとは思えない。緋色はディスクを見た。
仕事は、こなせ。視線で語りかける。
「私たちの世界……オリジナルたちの世界に目をつけたのは偶々でしょ。オーロラ体らしいのが他に三体。その中で一番弱い緋色が一番弱い陣営に与えられた」
「……これでも、必死に掴んだ戦力なんだけど」
不満げなフーダニット。余計に眠そうに見える。
「デビル・メイドとデビル・バトラ……」
「うっわ、パズズとか出てこないで良かったぁ」
純粋な感想として緋色が言った。あの二体と比べたら、格下扱いにはなるだろう。そして、もう一体。ディスクは何故か物凄い嫌そうな顔をする。嫌そうな声で、心底嫌そうに言った。
「………………………………………………ゾン子、いや屍神アイダ(※本物です)」
緋色は聞かなかったことにした。
ディスクは言わなかったことにした。
フーダニットは空気を読んだ。
「分かったでしょ。一つでも多くのベルを破壊して……消滅する。それがお前たちに与えられた役割なの」
もう一回、言う。覆らない現実。だが、緋色とディスクを取り巻く現状は分かった。聞かされたことは分かった。次は聞くべきことだった。
「なんで、そんなに必死なんだフーダニット」
緋色は言った。事情を聞きに来たのだ。フーダニットはどうして戦っているのか。それを聞きに来たのだ。
「……話す必要なんてない」
「ここで殺して終わりにしてもいい」
ディスクがドスを利かせる。珍しい声を聞いた。
「…………カンパニーが、私の国を滅ぼした」
緋色だけではなく、ディスクまでもがきょとんとした。これはカンパニーの次期社長を決めるための戦い。てっきり、権力狙いの野心家だと予想していた。
「これは、復讐だ」
その言葉に、緋色の全身が掴まれた。力強い、骨を被った大男の腕。呪いの言葉が緋色を掴んで離さない。
大丈夫、錯覚だ。
緋色は冷や汗を拭って、前を見た。ディスクが手に力を込める。大丈夫、と。
「私はカンパニーを乗っ取って、全てをぶっ壊す。そのための駒、そのための社長戦争」
放たれるのは、ただひたすらの憎悪。殺気にも似たソレは、プレッシャーとなって二人を襲う。こんな小さな少女が、ここまでのプレッシャーを。
「家族を殺された。目の前で殺された。なぶられて殺された。国を滅ぼされた。みんな死んだ。ぜんぶこわされた。もうかえってこない」
小さな目で、強く睨む。そこに光はなかった。深く深く、黒々とした奔流が渦巻いている。世界を、呪う。
呪いは、想いで、集えば神だって生める。
「……勝算は?」
ディスクが言った。
「ない。ないけど、戦う」
フーダニットは言い切った。
「代理は、私たちの他にもいたんでしょ」
「……みんな、よく戦ってくれている。私は、彼らに、ちゃんと感謝している」
揺れる瞳に、光が灯った。強い光だ。
危うい綱渡りだった。どちらに落ちるか。光か、闇か。事情を聞いてみろ、という暗殺者の言葉は適切だった。この光景を見て、判断を下すのだ。
「フーダニット、私はこの場でお前を処刑できる。そうすれば苦しみもなく、代理も戦う必要がなくなる」
ディスクは、試すような口調で言った。
「ない。どんなことになっても戦う。何人死んでも止まらない。絶対にカンパニーは潰す。
――――もう二度と、絶対に、あんな暴虐は許されない!!」
フーダニットの小さな身体から、涙がぼろぼろと溢れた。魂の叫びだった。錆び付いた金属に、油を差したように。ぎちりぎちりと歯車が回り出す。
「ショート」
懐かしいあだ名だった。
「勝算を計算してくれ」
「悲観するほど悪くない。数ではまだ不利な盤面だけど、他の陣営は主力級がいくつも落ちている。今のペースでは間に合わないかもだけど、スパートを掛ければ無理じゃあない。
アグニカポイントは単純な勝利数だけじゃない。その点でこの陣営の不利は決定的だ。打開策は一つ、見せつける。圧倒的で、誰も文句が言えない結果を突き付ける。全滅させる勢いが必要だ」
フーダニットの目が見開かれる。
「端的に」
「勝てる。勝つ!」
ディスクの両目が忙しなく動き回る。膨大な計算式、そこに勝利の目は確かにあった。戦うことは無駄ではない。その事実が小さな姫の胸に波紋を起こす。
「俺たちで勝率を上げていく」
「合点。サポートするよ」
やることは決まった。あとは、やるだけ。
「なんで……急に」
理由も動機も分からない。だけど、何故かノリノリで戦う二人の姿。
「「歯車が回った」」
手を離して、拳を合わせる。
理由とか、どうでもいいや。戦いたいから戦う。自分の歯車を回していけ。
「なんとかしたいんだろ、カンパニーって奴らを」
緋色の手が、小さな姫の頭に置かれる。その泥臭い熱意が緋色の心に火をつけた。復讐だけじゃない。だから、戦ってもいいと思った。
「…………ふん」
縮こまるように目を背けられる。頭をがしがし撫でて、緋色は満足そうに微笑んだ。目でディスクに合図を送る。聞きたいことは聞けた。そろそろ夢から覚める時間だ。
「でも、マッチングはもう少し考えて。勝てる確率を少しでも上げるために。でも、ガンガン攻めていこう」
「……うん」
星空が沈んでいく。精神を飛ばしての通話。元の身体では、数秒も経っていない刹那の夢見。まるでシエラザードの幻術のようだった。もしかしたら、根っこは同じなのかもしれない。
「……フーダニット」
最後に、緋色が振り返った。
「俺に、言いたいことはないか?」
「……………………別に、ない」
そうか、と緋色が苦笑する。前を向く姿は、少し残念そうだった。月が落ちて、星が砕ける。
謎の覆面ヒーローと謎の美少女オペレーター。二人が最後の最後に少し後ろを見た。小さく手を振っているフーダニットの姿。二人が、最期に見たフーダニット姫の姿だった。
◇
『緋色?』
「……応」
薄い、白いカーテンが目に染みる。もう、陽が登る頃合いだった。曙光に紛れて、一匹の蝙蝠が飛んで来る。
「なあ、俺はお前と戦えて良かったと思ってるよ」
『さっき聞いた』
「……もう一回ぐらい言わせてくれよ」
『何度でも聞きたい』
頬を染めながら、緋色は蝙蝠に手を伸ばした。何となく、あのフーダニットの羽に似ていたから。蝙蝠はぽんっと音を上げると、一通の手紙となった。
『伝書蝙蝠? ちゃんと手書きで、なんかロマンチック』
「……汚くて読みにくいな」
――――フーダニットより。
そう書かれていて、二人は目を丸くした。精神通話からまだ一分も経っていない。ということは、その前からこれを書いていたのか。緋色だけが特別扱いなわけがない。となると、生きている代理全員分か。
『だからあんなに眠そうだったんだね』
そう思うと、胸が熱くなる。緋色は、たどたどしく手紙を読み上げた。謝罪と感謝、そして鼓舞。拙いながらも、王の行動だった。
そして、その締めの文が。
『ヒーローは、困っている人を助けてくれると聞きます。
私は、今本当に困っています。
だからどうかお願いします。
私を――――助けてください』
読み上げて、緋色は丁寧に手紙を折り畳んだ。
「……なんだ、言えんじゃねえか」
『だね』
空を見上げる。光が満ちた。朝日だ。三日目、社長戦争最後の日。
決戦の陽が登る。
◇
『Dレポート』
・フーダニット姫と謁見した!
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