vsプリンセス・フーダニット(後)

 偽物は、何を偽った物なのだろうか。







「分かったでしょ。一つでも多くのベルを破壊して……消滅する。それがお前たちに与えられた役割なの」


 役割。存在理由。それだけのために生み出された存在。理屈は、そうだろう。だが、感情はどうか。割り切って、納得できるか。


「割り切れる。だから選ばれたのか」


 緋色が口を開いた。感情を切り離して、理屈で物事を捉えられる。そんな情報少女だから目をつけられた。ディスクは、頷かざるを得ない。

 考えるのは、緋色のこと。

 このまま戦い続けるのは、緋色だ。


「…………くるしいよ」


 赤髪の男は、多分、二つ返事で戦場を駆けるだろう。それが分かる。だから辛い。胸が、締め付けられる。心臓を握られたように、苦しい。


「私たちだって、苦しいんだよ」


 出てきたのは、子どものような言い訳だった。緋色が手を握ってくれる。フーダニットは黙ったままだ。埒が空かずに、緋色が口を開いた。


「俺が選ばれた理由は、実力か」


 ぴくり、とディスクの指が跳ねた。ため息をつくフーダニット。眠そうな目で緋色を見上げる。その反応で分かってしまった。正解だ。

 実力が低いから、だ。

 フーダニットの陣営が恵まれているとは思えない。潰されるための弱小チーム。そこにエースクラスの戦力を入れさせるとは思えない。緋色はディスクを見た。

 仕事は、こなせ。視線で語りかける。


「私たちの世界……オリジナルたちの世界に目をつけたのは偶々でしょ。オーロラ体らしいのが他に三体。その中で一番弱い緋色が一番弱い陣営に与えられた」

「……これでも、必死に掴んだ戦力なんだけど」


 不満げなフーダニット。余計に眠そうに見える。


「デビル・メイドとデビル・バトラ……」

「うっわ、パズズとか出てこないで良かったぁ」


 純粋な感想として緋色が言った。あの二体と比べたら、格下扱いにはなるだろう。そして、もう一体。ディスクは何故か物凄い嫌そうな顔をする。嫌そうな声で、心底嫌そうに言った。


「………………………………………………ゾン子、いや屍神アイダ(※本物です)」


 緋色は聞かなかったことにした。

 ディスクは言わなかったことにした。

 フーダニットは空気を読んだ。


「分かったでしょ。一つでも多くのベルを破壊して……消滅する。それがお前たちに与えられた役割なの」


 もう一回、言う。覆らない現実。だが、緋色とディスクを取り巻く現状は分かった。聞かされたことは分かった。次は聞くべきことだった。


「なんで、そんなに必死なんだフーダニット」


 緋色は言った。事情を聞きに来たのだ。フーダニットはどうして戦っているのか。それを聞きに来たのだ。


「……話す必要なんてない」

「ここで殺して終わりにしてもいい」


 ディスクがドスを利かせる。珍しい声を聞いた。


「…………カンパニーが、私の国を滅ぼした」


 緋色だけではなく、ディスクまでもがきょとんとした。これはカンパニーの次期社長を決めるための戦い。てっきり、権力狙いの野心家だと予想していた。


「これは、復讐だ」


 その言葉に、緋色の全身が掴まれた。力強い、骨を被った大男の腕。呪いの言葉が緋色を掴んで離さない。

 大丈夫、錯覚だ。

 緋色は冷や汗を拭って、前を見た。ディスクが手に力を込める。大丈夫、と。


「私はカンパニーを乗っ取って、全てをぶっ壊す。そのための駒、そのための社長戦争」


 放たれるのは、ただひたすらの憎悪。殺気にも似たソレは、プレッシャーとなって二人を襲う。こんな小さな少女が、ここまでのプレッシャーを。


「家族を殺された。目の前で殺された。なぶられて殺された。国を滅ぼされた。みんな死んだ。ぜんぶこわされた。もうかえってこない」


 小さな目で、強く睨む。そこに光はなかった。深く深く、黒々とした奔流が渦巻いている。世界を、呪う。

 呪いは、想いで、集えば神だって生める。


「……勝算は?」


 ディスクが言った。


「ない。ないけど、戦う」


 フーダニットは言い切った。


「代理は、私たちの他にもいたんでしょ」

「……みんな、よく戦ってくれている。私は、彼らに、ちゃんと感謝している」


 揺れる瞳に、光が灯った。強い光だ。

 危うい綱渡りだった。どちらに落ちるか。光か、闇か。事情を聞いてみろ、という暗殺者の言葉は適切だった。この光景を見て、判断を下すのだ。


「フーダニット、私はこの場でお前を処刑できる。そうすれば苦しみもなく、代理も戦う必要がなくなる」


 ディスクは、試すような口調で言った。



「ない。どんなことになっても戦う。何人死んでも止まらない。絶対にカンパニーは潰す。


――――もう二度と、絶対に、あんな暴虐は許されない!!」



 フーダニットの小さな身体から、涙がぼろぼろと溢れた。魂の叫びだった。錆び付いた金属に、油を差したように。ぎちりぎちりと歯車が回り出す。


「ショート」


 懐かしいあだ名だった。


「勝算を計算してくれ」

「悲観するほど悪くない。数ではまだ不利な盤面だけど、他の陣営は主力級がいくつも落ちている。今のペースでは間に合わないかもだけど、スパートを掛ければ無理じゃあない。

 アグニカポイントは単純な勝利数だけじゃない。その点でこの陣営の不利は決定的だ。打開策は一つ、。圧倒的で、誰も文句が言えない結果を突き付ける。全滅させる勢いが必要だ」


 フーダニットの目が見開かれる。


「端的に」

「勝てる。勝つ!」


 ディスクの両目が忙しなく動き回る。膨大な計算式、そこに勝利の目は確かにあった。戦うことは無駄ではない。その事実が小さな姫の胸に波紋を起こす。


「俺たちで勝率を上げていく」

「合点。サポートするよ」


 やることは決まった。あとは、やるだけ。


「なんで……急に」


 理由も動機も分からない。だけど、何故かノリノリで戦う二人の姿。


「「歯車が回った」」


 手を離して、拳を合わせる。

 理由とか、どうでもいいや。戦いたいから戦う。自分の歯車を回していけ。


「なんとかしたいんだろ、カンパニーって奴らを」


 緋色の手が、小さな姫の頭に置かれる。その泥臭い熱意が緋色の心に火をつけた。復讐だけじゃない。だから、戦ってもいいと思った。


「…………ふん」


 縮こまるように目を背けられる。頭をがしがし撫でて、緋色は満足そうに微笑んだ。目でディスクに合図を送る。聞きたいことは聞けた。そろそろ夢から覚める時間だ。


「でも、マッチングはもう少し考えて。勝てる確率を少しでも上げるために。でも、ガンガン攻めていこう」

「……うん」


 星空が沈んでいく。精神を飛ばしての通話。元の身体では、数秒も経っていない刹那の夢見。まるでシエラザードの幻術のようだった。もしかしたら、根っこは同じなのかもしれない。


「……フーダニット」


 最後に、緋色が振り返った。


「俺に、言いたいことはないか?」

「……………………別に、ない」


 そうか、と緋色が苦笑する。前を向く姿は、少し残念そうだった。月が落ちて、星が砕ける。

 謎の覆面ヒーローと謎の美少女オペレーター。二人が最後の最後に少し後ろを見た。小さく手を振っているフーダニットの姿。二人が、最期に見たフーダニット姫の姿だった。







『緋色?』

「……応」


 薄い、白いカーテンが目に染みる。もう、陽が登る頃合いだった。曙光に紛れて、一匹の蝙蝠が飛んで来る。


「なあ、俺はお前と戦えて良かったと思ってるよ」

『さっき聞いた』

「……もう一回ぐらい言わせてくれよ」

『何度でも聞きたい』


 頬を染めながら、緋色は蝙蝠に手を伸ばした。何となく、あのフーダニットの羽に似ていたから。蝙蝠はぽんっと音を上げると、一通の手紙となった。


『伝書蝙蝠? ちゃんと手書きで、なんかロマンチック』

「……汚くて読みにくいな」


――――フーダニットより。


 そう書かれていて、二人は目を丸くした。精神通話からまだ一分も経っていない。ということは、その前からこれを書いていたのか。緋色だけが特別扱いなわけがない。となると、生きている代理全員分か。


『だからあんなに眠そうだったんだね』


 そう思うと、胸が熱くなる。緋色は、たどたどしく手紙を読み上げた。謝罪と感謝、そして鼓舞。拙いながらも、王の行動だった。

 そして、その締めの文が。



『ヒーローは、困っている人を助けてくれると聞きます。

 私は、今本当に困っています。

 だからどうかお願いします。


 私を――――助けてください』



 読み上げて、緋色は丁寧に手紙を折り畳んだ。


「……なんだ、言えんじゃねえか」

『だね』


 空を見上げる。光が満ちた。朝日だ。三日目、社長戦争最後の日。

 決戦の陽が登る。







『Dレポート』

・フーダニット姫と謁見した!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る