vsプリンセス・フーダニット(前)

 三日目、黄昏時。

 『無人の王城』レジェンド。


「…………で、どうすんだ。使うのか、これ」


 フーダニットへの直通電話。珍しくディスクが考えあぐねる気配。緋色は返事を待った。時間はある。必要なのは、覚悟だけ。


『今さら、かな』

「そうか」


 真実は重かった。潰れそうな重圧に、二人はやるせない無力感に打ちひしがれる。無力感。何をしても無駄だという諦念。


「……俺は、アタックしてみてもいいと思うぞ」

『緋色?』

「足を出さなきゃ進めない。こんな状況でも、きっとそうだ」

『緋色』

「俺は……お前と戦えて良かったと思ってるよ」


 沈黙。消沈ではなく、思案だった。その証しに、思案の時間はきっかり一分間。現場でそれ以上の長考はしない。ディスクが決めたルールだったはずだ。


『やろう。場合によっては殺し合いになる。準備はいい?』


 返事代わりに、緋色はコールボタンを押す。ベルを近付けて、三者間通話。だが、長いコール音が続くだけ。



「ひょっとして、寝てる?」

『…………叩き起こすまで続けて』







「…………なに」


 星空の空間。まるで夢の中のようにふわふわと頼りない。

 身を固くする緋色の目の前、少女がいた。一メートルを過ぎたくらいの身長。こめかみの黒い角、腰の辺りから生える蝙蝠の羽が人外であることを示していた。そして、頭に乗っかる小さな王冠。それは高位の身分を示すものだというのが緋色の感覚。


「フーダニット」


 隣を見て、緋色はびくっと跳ねた。

 小柄、黒髪、青いゆったりした服。見慣れたはずのポニーテールがゆらりと泳いだ。ヒーローコード、ディスク。頼れる相棒バディの姿があった。


「ああ、緋色。ここは一種の幻術空間みたいだね。本体ではないけど、ネブラの情報干渉を用いれば、精神に攻撃は与えられる」


 シエラザードのときのように、と。

 フーダニット姫は、眠そうな目をごしごし擦った。状況が分かっていないのか、やつれた顔を前後に揺らす。ディスクの目が据わった。はっきりと宣言する。



「今ここで――フーダニットを処刑出来る」



 フーダニットの頭が止まった。細めた目で、侵入者二人を睨めつける。緋色は、自然体のまま気を巡らせていた。何か起こせばすぐに対応する。気迫が彼を包む。


「なんなのだ、お前らは」


 フーダニットは、まず侵入者の素性を問うた。


「緋色」「ディスク」


 小首を傾げられる。心当たりがなさそうな。そういえば、登録名は違うんだった。


「謎の覆面「オーロラ現象の、と言えば分かるだろ?」


 ディスクが口を挟む。フーダニットの目が見開かれた。

 謎の覆面ヒーロー、とか自分で名乗りたくなかった緋色はほっと胸を撫で下ろす。別に覆面を被っているわけでもなし。ディスクも自分でとか名乗りたくはなかったのかもしれない。


「お前らが、そうか。なんでここに?」

「お前! 自分であれだけ戦わせておいて!」


 何度も死にかけた緋色は、しかしその辺の反応は淡白だった。死にそうな目に合うのは、慣れっこだ。一種のPTSDらしいのだが、あまり実感が湧かない。生き残る実力も意志もあるし、それで構わないぐらいにしか思っていない。

 だから、隣の少女はこんなに怒っているのかもしれない。


「……それはすまなかったと思っている」


 気まずそうに、少女姫は目を伏せた。すまなかった、で済む話ではなかった。緋色はディスクの指が動くのを見た。手を繋ぐように、動きを止める。


「――だが、違うだろ。お前らは違うだろう?」


 ディスクは冷静さを取り戻したようだ。深呼吸して、フーダニットを睨む。見極めなければ。続く言葉は。


「オーロラ体の! ただこの戦争のためのお前らは! 私のため! 王国のために死ぬまで戦うべきなんだ!」


 その逆ギレとも見える激昂に、ディスクが手を下さなかったのは。半分は、繋いだ手が邪魔になったから。

 そして、もう半分は、合理的判断だと納得してしまったから。







 オーロラ現象。

 その発端は、カンパニーが起こした一つの事件にあった。前社長を抱き込んだライバル会社を潰すために仕掛けた一大虐殺ショー。アルファベットシリーズと称される殺戮兵器で一般人を殺して遊ぶ、ポイントゲッターバトル。


「それだけじゃ、なかったんだな」

『うん。乱入者たちが全てをぶっ壊したらしい』


 だが、重要な部分はそこではなかった。

 ライバル会社、異界電力の中枢たるパラダイスエンジンシステム。その稼働と乱入者騒ぎが絡み合い、大事件が起きた。

 ソレが、即ち。


『オーロラ現象。現実が乖離して、複数層の異界が場を満ちていた。イフの世界が積み重なって、解離していく』

「端的に」

『同じ場所で、全く違うことが起きた。同じ人間が、全く違う行動を取っていた』


 緋色は首を捻る。


『無限にパラレルワールドが展開される場。あの一部分だけそんな異界に成り果ててしまった。収束したのは奇跡か、はたまたカンパニーの実力か』

「それが、今回の戦争に何の関係があるんだ?」


 データを漁る、無機質なタイピングがベルから聞こえる。


『カンパニーは、オーロラ現象を人為的に生み出す実験を始めた。パラレルワールドの掌握……異世界神がどうとか、いきなり抽象的になってよく分からないや』


 そこは簡単に流される。重要なのは、その先か。緋色の背に妙な悪寒が這った。直感が告げている。ここから先は知らない方がいい、と。


『検体を使った……というか人体実験。それもあるけど……信じられないことに、無差別に、異世界に放射したっていう実験がある』


 もう止められない。

 緋色は腹を括った。


「……浴びると、どうなる」

『存在が乖離する。といっても、本体に影響があるわけじゃない。ある時の選択を、別の選択した。そんな感じのパラレルな存在が別の異世界に生まれるらしい。……成功率はあんまり高くないみたいだけど』


 つまり。


「俺たちは」

『オーロラ体。そう呼んでいるらしいね、カンパニーでは。私たちはのオーロラ体』


 緋色は、大きく背伸びをして天を仰いだ。全ては、偽物だった。そう突き付けられる。暗い喪失感に、緋色は顔を覆った。


『この社長戦争のために、複数のオーロラ体が生み出された。私たちは、そのうちの一つってだけ。そこまでして戦力が欲しかったんだろうね』


 幻術使いシエラザード。

 あの恐ろしい幻術を思い返す。あの幻たちは、本物の幻だったのだ。記憶はあっても経験はない。生まれて二日の緋色。でも、そこで抱いた感情とは。実感とは。


『……緋色、こわいよ』


 ディスクが、らしくもない弱音を吐いた。


『私たち、なんだったんだろうね……』







 死ぬまで戦うべき。

 命じられたことは、正しい。そのためだけのオーロラ体だ。パラレルな存在。本筋から外れた、別にいなくなってもいい存在。


「フーダニット、聞きたいことがある」

「……言ってみて」


 緋色も、気になっていた。気にしないように躍起になるぐらいには、気になっていた。しかし、同時に答えも予想出来ていた。だから、その先には暗闇しかない。


「私たち、オーロラ体は――この戦争が終わったらどうなる?」


 フーダニットは、口をつぐんだ。躊躇う理由があるのか。彼女の中で、そんな理由があるのだろうか。




「三日も経てば……オーロラ体は消滅する。理由は分からないけど、オーロラ体は長く現界できないらしい、わ」



 目を伏せながら、フーダニットはそう言った。

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