vs『商標登録済み金属生命体』DrP

 二日目、朝。

 『円なる湖』クリスタルレイク外れ。


「…………、……」


 うららかな陽気。落ち葉の下で潜伏を続ける緋色。いけないと思いながらも、うつらうつらと船を漕ぎ始めていた。ひんやりとした土が心地好い。

 コーラが飲みたい。唐突にそう思った。


――――デッデーデレデッデーデレデッデーデレ♪


 もそり、と緋色の赤髪が揺れた。騒がしい。騒がしいから、コーラが飲みたい。シュワっと弾けるあの炭酸。口内にべとりと張り付くしつこい甘さ。

 コーラが、飲みたい。

 あの、赤いレーベル。


「ごっぶぅぅああ――っ!!?」


 なにか凄まじい力で蹴り上げられた。落ち葉が発破のように跳ね上がり、口に入った泥土にむせ、赤い唾液とともに吐き出した。


「……え? え? は……?」


 緋色は動転しながら周囲を見回した。状況不明。デュエル成立の電子音を聞き逃していたが、気付かない。


「何が、起きた……? おい、ショート」

『むにゃむにゃ……ぺぶしっ』

「起きろって!!」


 警戒。確認。

 周囲に人影なし。緋色は赤髪をがしがし掻きながらため息をつく。


「気のせいか……?」


 それはともかく、コーラが飲みたい。緋色は歩き出す。確かこっちに村があるとディスクが言っていたはず。ぼんやりとした目のまま歩き出す。

 近くの大木にぶら下がっていた、銀色メタリックなマッチョメンには気付かない。







 二日目、朝。

 南西部、畑。


「コーラ、コーラ…………」


 ふらつく足で、赤髪の男が進む。首をカクカク揺らしながら、うわ言のように呟く。


――――デッデーデレデッデーデレデッデーデレ♪


 緋色が足を止めた。この胸がざわめくBGMは。さっきも聞こえた、ような気がする。


「ああ…………コーラ。あの、赤いラベルぐあっ!!?」


 背中に強烈な衝撃。緋色がのたうち回る。


「え、なに…………?」


 周囲を見渡す。何もない。誰もいない。やはり気のせいだったか。緋色は再び歩き出す。

 足元の不自然な銀色に、彼は気付かなかった。







 二日目、昼前。

 『裏切り村』ソウ付近。


「コーラ、コーラ…………っ」


 メガネメガネ、のニュアンスで緋色が地面に這いつくばる。求めるコーラは得られず。腐葉土を脆くも握りしめる。


――――デッデーデレデッデーデレデッデーデレ♪


 土を固め、コーラの形を作った。赤い短髪を揺らして満足そうだ。緋色は手のひらに切り傷が入っているのに気付いた。赤い血が滴る。それを土コーラへと降り注ぐ。


「ああ、コーラだぁ! この赤いラベるぅぅらあ――!!?」


 上から凄まじい衝撃を受けた緋色が首まで埋まる。柔らかい土のお陰でダメージ自体は大したことないが(ホントかよ)、首から上だけが出ているこの格好は、いささか不格好が過ぎる。


『………………なにやってんの?』


 ようやく目覚めたオペレーターの声。


「調先生…………コーラが、飲みたいです」

『なにやってんのっ!?』


 ディスク先生が叫んだ。この世界に来てから色々あったが、その中でも一番の異常事態だ。状況がおかしいのではない。緋色がおかしい。


――――デッデーデレデッデーデレデッデーデレ♪


 緋色が、穴から這い出てくる。


「コーラが、飲みたい。あの、赤いラ『は?』


 低い声に思わず動きが止まる。緋色だけではない。そのすぐ後ろでぶん殴る体勢のメタリック生命体も。


『コーラと言えば、青でしょ。

 赤と青があるけど、明らかに主流派は青だよ。レーベルを隠してどちらが美味しいか民間人に判別させる実験があったの知らないの? 科学的に証明されているんだよ。市場上のシェアを見ても一目瞭然。数字が証明している。数字は嘘をつかない。だからコーラと言ったら青なの。寝惚けたこと言わないで。ひょっとして本当に寝てた? そりゃ私が不甲斐ないのも分かるけど、二人ともダウンしたら意味ないじゃん。だからコーラが赤とか言い出すんでしょ? いい、コーラと言えば青。良い筋肉している方。分かったらちゃんと頷いて。うんうん、良く出来ました。さすが、緋色だよ。今度一緒にコーラ飲みにいこうね。はい。

 後ろ、二歩、190の首元』


「龍王掌波っ!!」

「シュワーー!!」


 炭酸が抜けていく音がする。緋色の掌底がベルを粉砕した。メタボリックな生命体がベコボコに凹む。


――――デッデーデレデッデーデレデッデーデレ、ペッシマァン♪

「シュワーーーーーーー!!!!」


 商標登録された金属生命体が、コーラを吹き出した。赤いラベルではなく、青いやつ。緋色は天を仰いだ。シュワシュワと炭酸が弾ける。


「コーラ、コーラだぁ!!」

『うん、そうだね。コーラはやっぱり?』

「青いやつ!!」


 緋色が少年のように無邪気な笑みを浮かべた。謎の金属生命体も心なしか嬉しそうだ。二人で肩を組んで踊る。両手を繋いでぐるぐる回る。赤い髪でもいいじゃない。今日もいい日だコーラがうまい。


「ありがとう。ありがとう! またな!!」

「シュワーーー!!!!」


 ベコボコの身体のまま、生命体は去っていった。きっと、コーラがなくて困っている人たちを救いにいくのだろう。

 彼も、まさしくヒーローと呼べるのかもしれない。



「さあて、俺たちも頑張るか」

『……本当に、私が寝ている間に何があったの? え、本当に大丈夫なの?』







『Dレポート』

・コーラは青!

・コーラは、青!

・コーラはははコーラは青!

・青! コーラ!

・ココココココココココココココココココココk青!





























 結論から言うと。

 全然大丈夫ではないし、寝ている余裕など全く無かった。一秒たりとも目を離すべきではないという当初の方針こそが、唯一の正解だったのかもしれない。

 が、情報のプロである彼女でも、異世界に対するデータは圧倒的に足りていなかったのだ。正確な分析など出来るはずも無かった。












 

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