vs最低限戦闘的な死刑囚たち
二日目、昼。
『裏切り村』ソウ。
『以上が、この代理戦争のルール』
言語の一定の法則が文法をなす。日本語に近い語法だったためか、取っ掛かりがあれば解読は早かった。質のいい睡眠で思考がより冴え渡っているのかもしれない。まだ完全に読み取れるものではないが、何となくのニュアンスは読み取れる。
(ご丁寧に辞書まであったしね……暗号の速見表かと思ってたけど)
何をやらせたいのかは大体分かった。モニターの向こうのディスクの表情は、固い。読み解いた文章が事実であれば、わざわざ違う言語を用いていたのはただの事故か怠慢だ。他にもいるらしい代理には、しっかりと翻訳されたものが与えられているものと願っている。
(……理不尽)
他の、代表。
彼らがどのような経緯でこの戦場に立っているのかは分からない。しかし、この二人のように、意に沿わずに立つには過酷すぎる戦場だった。
(緋色はやっぱりおかしいし。何もかもがおかしい。なんで、訳の分からないやつに戦わされなければならないの)
静かな怒り。他の代理のデータに目を通す。ざっくりとしたものが多く、これだけでは役に立たない。現場での分析は必須となる。
「…………これは、どういうことだ?」
緋色の声に、ディスクは目からハイライトを落とす。感情を一度シャットダウンしてストレスを軽減させるためだ。
『彼も社長戦争の代理。同じJ陣営だよ』
青髪の男性が横たわっていた。その身体は滅多刺しにされていた。殺されたのだ。乾いていない血液から見て、死期からそんなに時間が経っていない。
「やった奴が近くにいるな」
緋色は獰猛に笑った。ディスクは無視して周囲をモニターする。
『緋色、君もこうなる可能性があった』
「俺は、死なねえ」
『そうだね。私が死なせない』
空気を切る刃物。緋色は振り返りざまに蹴り上げた。
「な――っ!」
「甘い」
ひょろ長い男の顔面に、拳がめり込む。敵意。緋色が距離を取った。
取り囲む男は、三人。どれも凶悪な顔つき。そして返り血。痛ぶって殺した証。そう、彼らは殺人鬼。
「こいつも代理だ。ベルがある」
「さっきの雑魚みたいにやっちまうか」
「目標数への足しになる」
「あの化け物みたいなでか女が消えて助かった」
「ここいらは代理がうじゃうじゃいるからな」
男たちが下卑た笑みを浮かべる。ナイフに、拳銃。人を殺すための道具。それを揃って緋色に向けていた。
「「「殺せ」」」
◇
サイッテンゲン・セントーは絶句した。食糧の強奪から戻ってみれば、仲間たちが全滅していた。思わず立ててしまった足音に、赤髪の怪物がこちらを振り向いた。これで不意打ちの目は消えた。
「お前、こいつらのボスか?」
ベルを見せながら男は笑った。挑発だ。代理の誰かだろう。しかし、セントーは既に及び腰になっていた。隙を見た三人が我先にと逃げ出す。
猛禽類が獲物を狙うような目。睨まれた蛙のように彼は動けなくなっていた。代わりに、巨大な棍棒を振り下ろす。
「ボスかは知らんが、一番強い」
ぐにゃり、と赤髪が笑った。その目は、セントーではなく棍棒を見ていた。二メートル近くある巨体ではなく、力の象徴たる棍棒に。品定めされている気分のようだった。粘っこい視線が絡みつく。
「っ!」
速い。
懐に入る前に反応出来たのは、彼が口だけではない猛者の証だろう。大振りの棍棒は、あっさりと赤髪を叩き飛ばした。
「信じられん……」
クリーンヒット。身体を見てもダメージは入っているようだった。しかし、二本立ちで仁王立ち。そのタフさが底知れぬ威圧を生んでいた。
『緋色、そいつはベルを持っていない』
「放っておけば、村が焼かれる」
『緋色、負傷が激しい。一旦退こう』
「ここで逃がせば大勢殺される」
『緋色、さっきから君は武器しか見ていない』
緋色が大地を蹴った。瞬歩。再び振るわれる棍棒。今度は届かない。肘に蹴りがめり込んだ。
「うっぐ……!」
腕が痺れて棍棒を取りこぼした。慌てて取り出したナイフは防刃手袋にへし折られて、顎下に一発入れられる。
「お前、結構やるんだな」
口の端から血を垂らして、緋色は言った。狙ったカウンターは読まれていた。シビアなタイミングだったが、紙一重の差で緋色が勝ったのだ。
そこからは、まさに一方的。まず両脚を潰されて殺人鬼が転がった。馬乗りになった緋色が殴る。殴って、殴る。降参しても、泣き叫んでも、殴り続ける。オペレーターからの電子音声は耳に入っていないみたいだった。
(なんで、なんだろうな……)
人を殺した。たくさん殺した。であれば、人に殺されるのは当然の報いだった。しかし、最後に浮かんだのは、疑問だった。
(なんで、オペレーターが一番悲惨な声を出してんだろうな…………………――――)
◇
『緋色』
ぼんやりとした視界に、光が差した。
『緋色、緋色。ねえ、緋色』
その手は真っ赤に染まっていた。腕の中でうようよと蠢く何かを感じて気持ち悪い。まるで何かが身体を乗っ取っているような感覚。
『緋色、ねえ、緋色ってば』
「…………………ああ」
巨漢の棍棒使いの上で、緋色は空を仰いだ。真昼間の陽射しが僅かに差している。全身がぶるぶると震えた。
『もう、死んでるよ』
「ああ」
少しの間、記憶が飛んでいる。だが、その感触は拳が覚えていた。亡霊のような足取りで緋色は立ち上がった。ふらふらと村の外へ。
「村は無事か?」
『うん。他の強盗は村の人が何とかしてた。鍛えているみたいだったね。それでも手に負えない四人を、緋色が倒したんだよ』
「そうか…………………よかった」
村の入口に、一人の男が仁王立ちしていた。真っ黒な肌に、スキンヘッド。三メートルもありそうな体格は、とても人類にカテゴリーできそうにない。
「つらいか、おぬし」
緋色の双眸が男を見上げた。
男には、目が一つしかなかった。
後編に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます