vs???
二日目、朝。
『円なる湖』クリスタルレイク。
「おう、ゆっくり休めよ」
想定通りに行かないものだ。戦場というのは、いつだってこんなはずじゃ無かったことの繰り返し。謎のマッスルパワーで勝利をもぎ取った緋色は改めて実感する。
『うん……ごめん』
涙やら汗やら涎やらナニやらで全身べとべとの脱水症状となったディスクは、取り敢えず回復した。水分を補給し、シャワーを浴びて。そのダメージは思っていたよりも甚大だった。ただでさえ徹夜明け。今後のことも考えて休息を取ることにした。
「おやすみ」
『ねむねむ。ちゃんと潜伏して、何かあったら絶対に叩き起こしてね』
ね、の時点で睡眠に落ちた。体力も気力もごっそり持っていく恐ろしい敵だった。まさかオペレーターに攻撃が加えられるとは。無事を噛み締めて緋色は後ろを振り向く。
「何かあったら、ね」
何かあった。というか、いた。
緋色でも気付くような接近に気付かなかったのは、彼女もそれほどの消耗ということか。白い皮膚の、顔のない人間のミイラのような見た目。薄っすらと積もる筋肉の鎧は、どくどくと脈動していた。敵意。分かりやすい感情。
『J陣営の『謎の覆面ヒーローH』と、❤陣営の『???』とのデュエルが成立しました。カウントダウンを開始します』
はっと緋色が辺りを見回した。ディスクがダウンした今、緋色に直接音声を伝えているのだろう。こんなアナウンスだったのか。
ゼロのカウントと共に、緋色は大地を蹴った。
◇
伝播する筋肉の波動は、ソレに新たな機能を恵み与えた。即ち、筋肉。それが無いために自由に身動きすら取れなかったソレは、戦争開始時に雑に湖に投げ入れられていた。水槽に培養されていたソレには、とても良い環境だっただろう。
「………………………………………」
だが、ただ居るだけでは戦争を勝ち抜けない。戦わなければ。そのための手段を得なければ。
『反転』という魔法。
ダメージを受ければ回復し、その度に機能を拡張していく。そうして、ソレは戦うための筋肉を得た。自力で動くための物理的な力。
「掌波」
叩き込まれる掌底が、その物理エネルギーを全身に伝播させていく。波が、裏返る。全身が活性化し、足が自然と前に出る。
「龍打点」
足と同時に出した肩が拳で砕かれた。脆い肉体、しかしそれだけでは終わらない。ゴキリゴキリと骨が蠢く。繋がれた片腕、両腕の脅威に、緋色は焦りの顔を浮かべた。
「これはちょっと……キツイな」
物理攻撃は効果が薄いか。しかし、緋色にはこれしか無かった。振るわれる腕をかい潜り、背中いっぱいで当たりに行く。
「龍鉄甲――っ」
ゴキン、と骨を砕く感触がした。
バランスを崩したソレに、ハンマーのように振り下ろす打撃。下がった頭を膝が砕き、それでも再生しようとするソレに、引き絞った拳がめり込んだ。
「龍牙、剛槍っ!」
肉体が、内側から喰らい尽くされるように軋みを上げる。一息で呼吸を整えた緋色が、敵を見た。
「へえ――何だよ、それ」
完全に決まったはずの攻撃。それでも肉体の再生を続ける。いや、違う。再生ではなく、再構成。
緋色が大地を蹴った。ソレは唸る豪腕をストレートに放つ。揺らぐ空気。緋色は突撃のエネルギーを全て下に向けた。
「――地龍」
震脚。大地を揺らされて、重心が揺らぐ。失速した拳を蹴り上げ、緋色は掌底を放、っ
「――っな」
下に向いた力を上乗せるような、まるでハンマーのような打撃。緋色の右腕が軋みを上げる。
「んと――ぉ!!」
打撃の一点は、支点。衝撃を受け流すように縦に一回転する緋色。その踵が、ソレの肩に叩き込まれた。
「ら――ぁ!!」
空中のまま、もう一蹴り。砕かれた肩が再構成される前に畳み掛ける。
空振り。膝を落としたソレは、大地を踏みしめ、前へ。背中いっぱいで当たりに行く。
「……っ!?」
空中で踏ん張りが効かない。投げ出された緋色は、軋む肉体を静めて、辛うじて受け身を取った。
「何が何だか全然分かんねえが――よく分かった」
赤髪の男が立ち上がった。二人。
構えは同じ。力も同じ。全く同時に大地を蹴った。
緋色vs緋色。
対戦開始。
◇
拳を受け、ソレは肉体を組み替えた。技を受け、ソレは貪欲に飲み込んだ。熱意を受け、ソレは意志を持った。
伝播し、正反対に隆起する。まるで合わせ鏡の拳と拳。ソレは、緋色の姿形に至り、その技を身につけた。
「はっ、やるじゃねえか!」
転がるように追撃を避ける緋色。放たれる震脚から逃げるため、腕一本で肉体を跳ばす。
あの鉄壁メイドに比べれば、まだまだ青い。それでも、喰らい尽くす意志だけは離さない。
「大地天龍」
あの構えは掌底。技だけ喰らっても、経験と勘は養えない。
「逆龍暴示」
後の先、カウンター。
叩き、放たれる拳。ソレが放ったのは、後の先の後。カウンター潰しの力業。
掌底が緋色をねじ伏せた。
(同等――違う、コイツは…………)
段々強くなっていく。吸収し、組み替えて、緋色のさらに先へ。
緋色は認識を改める。自分を超えていく強敵。果たしてどう戦うか。
「ねじ伏せる――!!」
答えは明快、成長前に叩き潰す。
叩き込まれた掌底をひっ掴む。緋色が吠えた。軋む肉体を抑えつけ、バランスを崩したソレに、大蹴り。
「まだだっ!」
震脚を地龍で相殺。迫る右ストレート、しゃがんで回避。振り下ろされる打撃。肘でのカウンター。曲げた膝をそのまま伸ばす、頭突き。よろめいたソレの右足を、左足で制する。
「二点掌握、トリガーセット」
左の襲撃。足元を揺らされて上に逸れる。ソレは、目を見開いて緋色を見た。その顎下に手刀が入り。上に崩れた重心に掌底が突き刺さる。踏ん張りが効かない。追撃。ソレの両肩に打撃が入り、反撃の腕がだらりと下がる。後ろに退避しようとした足が勢いよく踏みつけられ、前のめった顔が頭突きで弾かれた。
無意識無限。
隙だらけのソレに、次々と緋色の打撃が撃ち込まれていく。反撃できない。コンボの様に決まっていく連続技は、緋色が研鑽の果てに磨いた人技の粋。
放つ。
撃つ。
掛ける。
叩く。
弾く。
ド、と鋭い打撃がソレの脳を揺らした。どろりと粘つく目が捉えたのは、研ぎ澄まされた呼吸を吐き終えた赤髪の男。
「龍神掌波――――二拍子」
大地が鳴動し、風が止まった。最後の一撃が、ソレの全身に破壊力を伝えていく。余った衝撃が足を伝って大地に流れた。ぽかりと大口を開くソレは、緋色の顔をずるずると崩していく。
「あばよ、楽しめたぜ」
どろりどろり。
緋色には何が起きているのか分からない。だが、一つだけ分かる。勝利の実感は、他でもない男の拳が味わったのだ。
全身を駆け巡る衝撃は、ソレの核とベルとをまとめて破壊していた。だから緋色は、ただ背を向けて片手を上げる。
『勝者――――J陣営の『謎の覆面ヒーローH』』
乾いた電子音が耳につく。そういえば覆面なんてしてないんだけど、という突っ込みは疲れたのでやらない。
◇
『Dレポート』
・オペレーターが休養中!
・緋色も休もう!
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