第12話 ゲーム(ナノ視点)
私は常にそこにいる。木造の2階建の校舎にいる。
私は常に誰かといる。面識はないのに私はその人達を知っている。その人達も私を知っている。ひとつの教室で目を覚ますと、一緒にいる人達は必ず記憶に存在する。その記憶と同じ形で、相手の記憶にも私が存在する。私とそこで出会い、関わった人は必ず近いうちに殺される。そして私だけを残してまた同じことを繰り返す……。今まで誰も脱出したことはない。
私がここに存在している限り、この《ゲーム》は終わらない。そしてまた目が覚める……。
もう何度誰かの死を見たのか思い出せない。ある教室で目を覚ますと、また新しい人達がそこにいる。8人、いつも決まって10人前後だ。
サクラ、クラスのリーダーで正義感が強い。
エミ、気が弱いがかなりの努力家。
カナ、勘違いされやすいほど素直。
ケント、過去のせいで荒っぽい性格。
リョウタ、内気で大人しい。
カイト、サクラと同じリーダーで信頼が厚い。
レン、人を理解してあげようとする人。
トオル、誰よりもみんなの幸せを願う。
エミはケントが気になっている。カナはカイトが好き。ケントはエミが好きで、カイトはカナが好き。レンはカイトが大切で、カイトも同様。ケントはカイトやレンに感謝している。
私はみんなの記憶の中では、カイトが好きであり、レンに好かれており、エミの友達で、トオルに好かれている。
やることはいつも一緒だ。みんなと一緒に脱出をめざす。みんなに逃げてもらうために導く。みんなの記憶の中に存在するナノをただ演じるだけ。
それだけだったのに……。
その人は初めての死を前にしても優しい。襲われている人、焦り追いかける人を助けようとする。私を守って自分を犠牲にみんなを逃げさせようとする。そしてみんなの憧れ……。
私はカイトのことが好きでなければならない。そうでなければ矛盾によって記憶が狂うから。自分がみんなといた存在でないことが気付かれるから。
それでも私は好きになってしまった。数多くの死と隣り合わせ、これからも向き合わなければならないこの状況の中で、その人は初めて私を含め全員を守ろうとしていた人だった。
だからどうしても逃げてほしかった……。
(トオル視点)
影が俺たちを襲う前、最後にケントが言った言葉が頭から離れない。クラスにいた頃のナノは、俺が初めて恋をした人物であり、カイトに恋をしていた人だ。
けれど一度気にすれば、自分の頭の中でのナノは消えてゆく。みんなとのやりとりを細かく思い出すと、俺が愛してたはずの人物はどこにも存在しない……。
ケントから返事がなくなってから、俺とナノは昇降口の前にいた。ナノが音楽室でひいたピアノにより落ちた鍵は昇降口の鍵であった。
考えればおかしな点はいくつも見つかる。
地下を探していたとき、何も見つからない部屋の本棚に気付いたのはナノだ。
総合管理室を見て鍵があるかもと気付いたのもナノ。
地図も見ずに図書室から一番近いのが音楽室だと、その音楽室に昇降口の鍵があると、全てナノは知っていた。君はずっと俺らを導いてくれていた……。
「ナノ……、君は、誰……?」
ナノは諦めたような表情で俺を見る。
ナノ「私はみんなの記憶の中に、統一して作られた存在……。ここに来た人と一緒に逃げることを何度も繰り返した。誰も守れたことはないけど、みんなを導くためにナノのふりをしてる人。」
驚くことはなかった。ナノが俺たちと一緒に過ごしていた人ではないと考えたとき、同時に俺たちを殺そうとしている人ではないと言い切れたから。
けど、もし本当にそうなら……。
「俺ら全員がナノに対して抱いている感情も、全部作られたものなのか……?」
この感情が作られたものなら俺は……。
ナノ「そうだよ。全部作られた感情。」
「俺は……、俺はナノが好きだ……。ずっと好きで、絶対守りたいと思った。これも……、作られた感情なのか……?」
そう伝えた瞬間、ナノは涙を流す。何で泣いてんだよ……。
ナノ「私も……、私もトオルが好き……。」
え?何で……?だって……。
「何で……?だってナノはカイトのことが……。」
ナノ「それは作られた記憶……。けど、私は……、トオルのことが好きになっちゃった……。だからみんなに気付かれちゃった……。」
泣きながらナノはそう言う。
ナノ「それでも私は、トオルのことが……、好き……。」
涙を流しながらそう言うナノが愛おしい。訴えかけるようにそう伝えてくれたナノを守りたいと思い、衝動的に俺はナノを強く抱きしめる。
遠くで足音が聞こえる。奴が近付いているとはっきりわかる。それでも俺はナノを離さない。
ナノ「トオル……、ありがと……。」
ナノはそう言うと、開いた昇降口から俺を外へそっと押し出す。
「ナノ?どうして……?お前まで死んだら俺は……!」
ナノ「ごめんねトオル……。私はここから出ることはできないから……。トオルだけは、逃げて……。」
「ナノ?!ナノ!」
違う……。この気持ちは作られたものじゃない。ここで出会って、エミを守り続けようとしたナノを、俺に死んだら嫌だと伝え、大切にしてくれたナノを、俺は好きになった……。記憶の中じゃない。ここで存在していたナノに俺は恋をした。
必死にナノの手を掴もうとするが、届かないどころか離れてゆく。そして意識が遠のいてゆく。
目を覚ましたとき、俺は自分の部屋のベッドで横たわっていた。外は明るく、俺は朝を迎えていた……。
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