第11話 記憶(トオル視点)

俺らが体験した『さよなら』は、いつだって残酷だ。誰にも気付いてもらえずに孤独死したサクラ。訳もわからずパニック状態のまま襲われたリョウタ。

愛する人の手を掴んだがために死んだカナ。その愛する人を目の前で失い自殺を選んだカイト。想い伝えることもできずにいたケントの前で、ケントの想いを聞くこともできずに死んだエミ。俺の自己満足が殺したレン……。

未だにほとんど脱出の糸口をつかめていない俺らに対しては、あまりに多くの命を失った。まだ何なのかもわからない影から逃げてるだけで、俺らは6つもの存在が失われるのを目撃した。守る手段も守れた命も存在しない。守りたいものはいつだってそこにあったのに、最期は呆気なく消えてゆく。


「絶対に生きて帰ろう……。」


誰に言ったわけでもなく、俺はその独り言を、自分に言い聞かせるように発した。

このまま全員が殺されたとすれば、俺らはどこに存在するのだろう?今いないみんなは、親や友達からどう認識されるのだろう?もしかしたら誰の記憶の中にも存在しないかもしれない。今さらそうなってもおかしいとは思えない。ここまであったことが全部非現実なものだから。

だからせめて俺の記憶の中で生きていた証を残すためにも、俺は絶対死にたくないと思えた。

それでもやっぱり、寂しいよ……。


(ケント視点)


始めは誰が殺されたとか、気にする余裕もない。ずっと実態のない空想上のものに怒りをぶつけて、何からも逃げてきたんだ。人の死はそう簡単に忘れられる悲しみではない。昨日まで普通にいた人がいない喪失感、それが自分の中で大きな存在であればあるほど、その喪失の穴は大きい。カナが死んだときに自覚したその喪失感は、カイトが死んだときには無視できないほどのものになっていた。正直笑えた。あれだけあいつらなんか知らないと、どうでもいいと割り切ってきたのに俺は、自分が思う以上にあいつらに依存していた。あいつらの存在が自分の中で大きくなっていた。

けれど、自覚してしまえばあとは簡単だ。みんなを大切にする気持ちに従う、それだけでいい。それだけでちゃんとみんなの死に向き合える。

そして俺は、これからもずっとエミのことを愛し続けられる……。

レンの死から少し経ったあと、俺たちは音楽室の前にいた。


トオル「随分と遠回りしたな……。」


隣で肩を貸してくれていたトオルが語りかける。

図書室から音楽室に辿り着くまでに2人の命が奪われた。あれからそれほど時間は経っていないが、確かにトオルの言う通り俺たちは遠回りをした。


ナノ「早く調べよ。またあれが来るかも……。」


中に入ると、ピアノ、机とイス、吸音構造の壁、音楽関係の偉人の肖像画、高校に入学してからは使用したことはないが明らかに音楽室とわかる、まだ使用されているとも思える教室だった。


ナノ「このピアノ……。」


ナノは不思議そうにピアノに触れる。ナノ……。俺は彼女の名前を知っている。最初から知っていた。けれど、俺は彼女のことを知・ら・な・い・。接点がないのだ。最初は何も気にならなかった。恐怖や怒りからもあるが、自分と接点がないことに何の疑問も持たなかった。しかし、自分の中のみんなの存在の大きさを自覚したとき、同クラスであるはずのナノとの接点がないことへ疑問が生じた。


「トオル……。」


その疑問が消えてくれないどころか、むしろ大きくなっていく。どうしても伝えなければいけない気がして、俺はトオルを呼んだ。


トオル「どうした?」


「お前ってクラスにいるときのナノのことを覚えてるか?」


そう聞いた瞬間にピアノの音が聞こえる。

チャリンッ。真ん中の机に鍵が落ちてくる。ナノはピアノの前で無表情に立っている。


「何……で……?」


突然、窓から照らされていた満月の光が遮られる。


トオル「ナノ!ケント!」


トオルが鍵を取り、俺とナノの腕を掴み出口に走る。


「痛っ?!」


急に走り出したために、足の怪我が痛む。

俺はトオルの手を払い扉から廊下へトオルとナノをつきとばし、中から扉の鍵を閉めた。


トオル「なっ?!ケント?ケント!おい!」


外で扉を叩いて呼びかける声が聞こえる。


「いいから早く行け!俺にかまってる暇があるならさっさとここから出るために逃げろ!」


トオル「ふざけんなよ!お前も一緒に逃げなきゃ……、お前も絶対生きるって約束したんじゃねーのかよ!」


バーカ、エミに助けられたから俺は今ここでお前らを助けられるんだよ。

けどまぁ……、こんなことがバレたらエミに怒られるかもな……。怒ってくれるだけ幸せなのに、もうこんな行動に怒ってくれることもないのか……。

影は窓からすり抜けるように侵入し、俺を覆う。

向こうで会えたら、今度こそちゃんと自分の気持ちを伝えよう……。


(トオル視点)


「ケント……?おい、ケント!ケント!」


もう扉の奥からの返事はなかった……。

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