第9話 最後の言葉(トオル視点)

目の前で誰かを失うことが怖い。俺の恐怖の対象が変わったのはいつだろう。サクラやリョウタが死んだとき、もうすでにそう思い始めていた。けれどまだちゃんと自分の中に死への恐怖はあった。おそらくエミを助けようとしたときだろう。あのときの俺は、自分でも分からないほど無意識だった。


レン「トオル……、そろそろ合流しよう……。」


レンが俺に気遣うようにそう語りかける。けれど、レンの顔はどこか青ざめている。


「どうした?」


レン「いや、何でもない……、おそらく俺の思い過ごしだ。」


レンの様子は少し気になったが、俺たち3人はケントとエミがいるはずの教室を目指した。廊下を歩いていると、近くでどこかを叩く音と叫び声が聞こえる。


ケント「クソっ!」


「ケント?!」


どうしてそんなとこにいるんだよ……?


レン「おい、どうしたんだよ?」


レンが絶え間なく壁を殴り続けているケントを止める。レンに抑えられこっちを向いたケントの目には、涙が流れている。


ケント「エミが……、クッ……、エミが俺を助けて……、死んだ……。」


ナノ「嘘……でしょ……?だって影は私たちを追ってたんだよ?!」


影はいつまで俺たちを追ってたんだろう……。


「エミは?」


どんな顔をしていたのか分からない。けれど確信した。今俺の中に恐怖がいる。俺は自分のことを考えられなくなったのか……。


ケント「奴はエミを覆ったと思ったらすぐに目の前で消えた……。」


あくまで1人ずつということか……。


ケント「俺は……!ちゃんと、伝えたかった……、あいつが頑張る姿を見て、俺があいつをどう思っていたか伝えたかった……!伝えようとしていたのに……、俺は……、最後まで何も……伝えられなかった……!」


これから先、二度と伝えることのできない辛さは俺には分からない。けれどケントがどこまで想おうとも、それがエミに伝わることはもう……。

そして奴は無情にもまた俺らを襲う。不気味な足音と視認できるほどの影。こいつは俺らの感情、想いなんて知らない。考えない。ただ自分が決めたルールのもとで俺らを殺す。いい加減うんざりだ。どうせこのまま逃げてもまた誰かが失われてゆくのを見るだけだ。なら、カイトの死から前を向いて立ち上がったレンや、エミに生きると誓ったケント、俺が失いたくないナノのために俺はもうここで……。

地下でエミを助けに行ったときと同じだ。無意識のうちに体は動く。影は俺らに近付き、俺は目の前に死を感じた。不思議と恐怖は感じなかった。そしてそっと影に身を委ねるように歩いた。これでいいんだ。


レン「トオル!」


レンが俺の体を引き寄せる。そして俺に最後の言葉を伝え、俺を勢いよく押し出す。

あ……、レン?やめろ……、また……、俺は……。


「レン!!」


レンは俺を助け、影に飲まれる。エミと同じだ。遺体はない。けれど確かにそこに感じていた体温は、薄暗い廊下の冷気に掻き消された。


「何で……、俺はもう……、誰かを失うのを見たくないのに……、どうして……!」


やるせない気持ちから感情が昂ぶる。すると突然ケントに殴られる。


ケント「俺言ったよな、エミに想いを伝えられなくて辛いって。」


そうだ。何も伝えることができずに終わるのは、その先どうしようもないほどの後悔が一生続くはずだ。


ケント「てめぇも誰かに大切だと思われてんだろ!少なくともレンはそう思ってた、だから助けたんだろうが!」


今の俺はどこまでも、自分のことを考えられない存在になってしまったのか……。友達の方が大切。聞こえはいいが、それは何よりも友達のことを考えていないということだ。自分の存在が無ければ、相手との友達関係もないものだと気付いていないことだ。


ケント「残されたんなら、死んだ人のためにも足掻いてみろよ!残されるのが嫌だと知ってんなら、自分以外のやつがそういう思いをしないように、誰かを残さないように必死に生きろよ!」


ありがとう、ケント……。おかげで目が覚めたよ。


ナノ「私……、トオルが死ぬのは、やだよ……?」


ナノは泣いていた。思えば考えたこともなかった。自分を大切に思ってくれる人なんて、自分のために泣いてくれる人なんて、こういう状況でもなければ気付かないのだろうか。


「俺の自分勝手がお前を殺した……。たった今自分のせいでお前を失って、正直死にたいとも思った……。けどお前が助けてくれたのに死ぬなんて、それこそ最悪なやつだよな……。レン、最後にお前が言ったことはちゃんと俺に伝わったよ。ありがとう。」


考え方によっては、それこそ虫が良すぎる話かもしれない。レンが助けてくれたから生きる。どうして自分が生きるためにレンを犠牲にしてしまったんだろう……。考えるほど、後悔が襲いかかる。けど、ケントやナノが言ってくれた言葉やレンが伝えてくれた言葉だけで十分だ。それだけで十分俺は生きたいと思えた。


レン【俺はトオル……、お前に憧れてたよ】


ありがとう、レン。俺もお前に憧れてたよ、お前に出会ってからずっと……。

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