第7話 大切と思う儚さ(ケント視点)
エミ「ちゃんと逃げるから、先に行って!」
エミはそう言うと、俺を目の前の教室に引っ張り、中で身を潜めた。
影は、足音とともに過ぎ去り、俺らは何とか追われずに済む。
「何で俺のとこに来たんだよ!あのまま逃げればお前ら4人は追われずに……!」
自分の足の痛みのことを考えても、この先逃げ切れる自信はない。
エミ「最後まで諦めないでって、私言ったよね?」
エミはまた泣いている。すぐ泣くのはこいつの悪い癖だ。
*
高校に入学してから、よく校舎裏で泣いている奴を見かける。決まって木曜の昼休み、体育の時間の後だ。そいつは同じクラスで、9人しかいないため、嫌でも目に付く。
「お前、何でいつも泣いてんの?」
よくもまぁ初めてかけた言葉なのに、お前呼ばわりやタメ口ができたと思う。けれど、挨拶とか、同い年のくせに初めて会った時の謎の敬語とか、そういったものに心底うんざりしていた。
エミの俺に対する第一印象は最悪だっただろう。俺の言葉に一瞬耳を傾けてはいたが、俺を一瞥するとすぐにまた、泣き出してしまう。めんどくさい、それが俺のエミに対する第一印象だった。
サクラ「あんた、どうして体育はいつも見学するの?」
女子学級委員のサクラが俺に疑問を投げかける。
「どうでもいいだろそんなの……。」
カイト「どうでもよくないだろ。体が弱いわけじゃないんだから、授業はまじめに受けろよ。」
めんどくさい……。どうしてそんなに熱くなれるんだよ。うざい。そう思いながら、結局それから教室に帰る気になれず、屋上で寝ることにした。
エミ「あの!」
突然呼ばれて少し驚く。
「何だよ、なんか用?」
エミ「運動を教えてくれませんか?カイト君がケント君は運動神経がいいって……。」
うざい。余計なことを話すカイトも、全て鵜呑みにして突っ込んでくるこいつも……。
「とりあえず走りまくれば?体力つくし、基礎とか身につくんじゃね。」
適当に答えた。何も考えず、ただ1人にしてほしかった一心で、彼女をあしらった。けれどそいつは、俺の言うことも鵜呑みにしては、次の日も、その次の日も放課後にずっと走っていた。俺はただ屋上でそれを見ていた。
木曜日、いつものように体育をサボって、俺は屋上でグラウンドの様子を見ていた。
「リレー……。」
中学の頃なら、率先してアンカーを引き受け、優勝したときに起こるみんなの歓声が好きで、ずっと陸上部で走り続けてた。
ぼーっとそんなこと考えながら見ていると、4チーム中で1位からビリまで一気に抜かされた奴を見つける。
「あいつ……。」
それはエミだった。あいつが泣いていたのはこれが理由か。苦手な分野で団体戦を行う。それは、側から見れば、みんなでやれば心強い、力を合わせれば超えられない壁はない。そのような明るい場面だけが見える。けれど、群れの中に入れられた小動物が、周りの者たちに恐怖を感じないわけがない。
エミは、こうなることが分かっていたから泣いていた。そして、必死に足を引っ張らないよう努力していた。同じクラスの奴らならエミの努力を知っている。数ヶ月とはいえ、エミのことを少しは理解している。何より、全員が根っからいい奴らだ。だが……、
他クラスA「ぶっちゃけあいつがいなけりゃ勝てたよな。」
他クラスB「迷惑だから見学しててほしかったわ。」
体育は他クラスとの合同で行われる。9人クラスでできる体育が限られてしまうからだ。
自然と体は動いていた。1ヶ月近く、俺はエミの努力を見ていた。俺が適当に誤魔化すために発した言葉を、一瞬の疑いもなしに信じて走り続けてた。それも知らない奴らがエミをバカにしているのを我慢できなかった。努力が評価されずに報われない終わりを迎える。まるで昔の俺を見ているようで、妙に腹立った。
カイト「おい……、やめとけよ。」
ふいにカイトが、他クラスの奴らを殴ろうとしている俺の腕を掴んだ。
カイト「お前の過去は知ってるし、奴らに腹立てるのも分かる。けど、ここで殴ったら負けだ。」
中学最後の陸上総合大会。全国を狙えるタイムを持っていた俺は、県を決めた後、必死に練習をした。結果は、疲労の蓄積による肉離れで予選落ち。張り切りすぎたんだ。
他中の生徒A「ケントってあの10秒台の?」
他中の生徒B「怪我をして予選落ちだって。」
他中の生徒C「調子に乗ってアップしなかったんだろ。どうせ自業自得だよ。」
同じ中学の同じ陸上部だったカイトは、近くの奴らのその話を聞いていた。
カイトはあのときから、俺を気にしていてくれていたのか……。
*
エミと隠れていた教室を出ると、トオル達が逃げた方から足音が聞こえる。あの足音だ。
「早く逃げろ!」
俺はエミの背中を押した。
「悪い……。俺も諦めるつもりはねぇ。けど、どうしても、もうこの足は動かねぇ。だから、早く!」
それに俺はきっと屋上からエミのことを見ているときから……。不意に突き飛ばされた。影とは逆方向に。
「エミ!!」
俺は彼女に必死に手を伸ばした。けれど無情にも影は彼女を覆う。
エミ「ちゃんと……、生きてね……。」
いつも泣いてばかりだった目の前の存在が失われる瞬間、最後の彼女の表情は笑顔だった……。
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