第6話 影(トオル視点)
最初に校舎を探索したとき、空いてない部屋がいくつか存在した。当然、昇降口もそのひとつだが、調理室、被服室、多目的室、図書室、音楽室だ。俺とレンが所持している鍵はそのうちで、多目的室、図書室、音楽室の3つだった。
「さすがに昇降口の鍵は無いか……。」
ここでその鍵があれば、この校舎から出られたのに……。無論、午前2時で止まっているここで、この校舎から出られたところで終わるのかと言われたら、分からない。
レン「とりあえず、1番近い図書室に行ってみよう。」
レンは、地図を見ながらそう言った。ケントが想いを打ち明けてくれてから、レンはもとの元気を取り戻したように思える。正直、親友のカイトが死んで、レンが自殺を図らないか心配ではあったが、それは大丈夫そうだった。
ナノ「トオル。」
図書室に向かう途中、ナノが俺の名前を呼んだ。
「何?どうかした?」
ナノ「地下で助けてくれてありがと……。」
地下で助けた?自分では正直、体が勝手に動いたため、助けたつもりはない。なにより、
「多分、ナノが行くより俺が行った方が可能性が高いと思ったからだよ。けど、結果的にはケントのおかげで全員逃げられたんだ、礼ならケントに……。」
俺が行ってたら、エミも俺も助からなかった。悔しいが、それほどまでに俺はみんなに対して無力だ。
ナノ「気付いてないみたいだけど、トオルが常に冷静でいてくれることはみんなにとってすごく力になってるよ。」
冷静か……。みんなが思ってるほど俺は冷静になれていない。
「ありがと……。」
図書室に着いたときには、我ながら重苦しい声でそう答えていた。
ケント「おいトオル!さっさと中見るぞ。」
ケントにそう呼ばれて手がかりを探し始める俺に続いて、ナノとエミ、レンも探し始める。だが、地下で鍵を見つけて、そう簡単に出すつもりもないらしい。結局図書室には何も無かった。
レン「鍵がかけられているからって、その部屋に何かがあるわけじゃないのか……。」
ナノ「とりあえず次は、ここから1番近い音楽室に行ってみよ。」
ナノの提案に賛同するように、ケントは扉を開け、暗く先の見えない廊下が見える。は?
「ケント!早く閉めろ!」
俺の声に反応し、ケントはすぐに扉を閉める。それと同時に地下で聞いたあの足音が近付く。
レン「トオル!急いでそこの本棚でバリケードを作るぞ!」
レンに言われた通りに、俺とレンは2人で本棚を持ち上げて、扉の前まで移動させる。扉が叩かれる衝撃で、扉をギリギリまで抑えてくれていたケントが足をくじいてしまう。
ケント「痛っ!」
「ケント!?」
俺とレンはケントに肩を貸して、エミとナノの案内で、何とか隣の司書室から外に出て離れることができた。
レン「おい、こんなとこで怪我なんてしたらこの先……。」
とてもケントを支えながらあいつから逃げるのは無理だ。だからといっておいて行くわけにもいかない。
ケント「気にすんな、もしものときはおいていけ。お前らが逃げる時間くらいは稼いでやるよ。」
「カイトのこともある。お前1人に背負わせるわけには……。」
ケント「平気だっつってんだろ!」
ケントが怒るのも無理はない。今のは完全に俺の失言だ。レンにカイトのことを気にさせてしまう可能性もあるし、なによりケントの覚悟を無駄にすることになる。
ケントに謝ろうと思い向きなおると、エミがケントを叩いた。急なことだった。
ケント「は?」
エミ「ケント君の覚悟は分かった。私たちを守ろうとしてくれていることも嬉しい。けど、最初から逃げることを諦めるのはやめて。お願いだから最後まで逃げて……。」
ここに来てから、初めてエミが他人に感情をぶつけたと思う。ケントは照れ臭そうにして、話をそらす。
ケント「そういえばトオル。お前さっきよく奴が来てるってわかったな。」
図書室でケントが扉を開けたとき、いつも通り奴の姿は見えなかった。足音も聞こえていない。みんなは何も気付いていなかった。
「暗闇というか影というか……、ずっとそうだったんだ。カナが襲われたときも、地下で追いかけられて、エミが襲われそうになったときも、多分、リョウタが襲われたときもそうだったんだと思う。あいつがいるときは真っ暗で先が見えなくなるんだ。」
だからこそ、俺は得体の知れないそいつに恐怖を感じている……。姿が見えるのと見えないのとでは、感じる恐怖が全く違うように思う。それは確かな距離が無いからなのか、エミを助けようと思ったとき、そのどこまでそいつが来ているか分からない恐怖から、俺は死を感じた。
レン「そいつが近付いて来ているサインは足音だけじゃなかったのか……。」
そしてそいつは、話すことも、逃げる手がかりをゆっくり探すことも許してくれない。たとえ、ケントが怪我をしていても……。
エミ「ねぇ……。あれ……。」
エミが指差す方は紛れもなく、闇に包まれていた。
ナノ「は、早く!離れよ!」
だが、ケントは足が想像以上に痛んだのか、その場から動けずにいる。
レン「ケント!」
レンがケントを呼ぶのと同時に、俺とレンはケントに向かおうとするが、
ケント「こっち来んな!」
何こんなときまで強がってんだよ。心ではそう思っているが、俺とレンは、ケントの気迫に一瞬怯む。だがただ1人、気にもせずにケントの方へ走る。
「エミ?!」
エミ「ちゃんと逃げるから、先に行って!」
エミはそう言って、ケントをすぐそこの教室まで連れて行き、すぐに扉を閉める。
ここまで頭の中で全く違うふたつの考えが入り混じったことは、今までに一度もないだろう。俺はそいつに、こっちに来るなと思いつつ、ケントとエミの方へは行くなと願っていた。結果だけを言えば、正直分からない。影は間違いなく俺らのもとへ近寄っている。けれど、2人が入った教室は闇に飲まれていて、助かったとも言い切れない。
レン「おい!」
レンの呼びかけにも気付かないほど、俺はずっとケントとエミのことを考えていた。
レン「おい、トオル!」
不意に手を掴まれ止まる。
レン「もう追って来てねーよ。」
いつから追って来てなかったのか、俺は自分自身が何から逃げていたのか。分からない……。
「あ……、ケントとエミは?!」
ナノ「分からない……。」
狭い校舎だ。今から向かえば合流できるかもしれない……。
「行かなきゃ……。」
勝手に足は動いた。ケントとエミが隠れた教室の方へ、一歩ずつ、ゆっくりと……。何かを確かめるように、躊躇しては踏み込んでいくように。
レン「やっぱりな……、トオル……、お前狂ってるよ。」
は?俺が狂ってる?何言ってんだよ……。
「だって、ケントとエミが……。」
何かを訴えかけるように、あるいは何かに縋るように、俺はレンに言った。
ナノ「トオル……。君の中の〈トオル〉はどこにいるの?」
唐突に言われたその言葉の意味が分からない。俺の中の俺?
レン「サクラが死んだとき、お前は誰よりもサクラのことを思って下ろしてあげることを真っ先に提案した。リョウタが死ぬ前、ケントに離れないように注意をした。カナが連れ去られたとき、追いかけたカイトを心配して走り出した。地下でエミが転んだとき、助けようとしたナノを止めて自分が行こうとした。今だって、離れたケントとエミのことを考えている。お前がみんなのことを大切に思ってることは分かる。」
今のレンの言葉に何も感じることはなかった。それ故に、狂ってる理由が全く分からなかった。
レン「だけどお前……、自分が生きるために逃げたことあるか?」
自分が生きるため?俺は確かに得体の知れない何かから逃げている。恐怖も感じている。けれど、そこに少し違和感を感じた。
ナノ「トオルは誰かが自分の前で死ぬことから、誰かを失うことから逃げてるんじゃないの?」
俺は自分自身のことを何も分かっていなかった。みんなと必死に生きているふりをして、俺の中では、俺はとっくに死んでいたんだ……。
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