2-2 野菜の妖精
「ぶはははははは! 何ですかその格好っ! あっひゃ! ひーっ! 似合わないです、滑稽です、哀れです! あははははは!」
「うっせえ……」
フェリちゃんのためにお粥を準備している最中、不運なことに他の女共に見つかってしまい批評というか罵りをうけてしまう。
「流石にわたしも擁護できんな」
「え? そんな酷い……?」
「シャンは、新鮮で、いいと、思う……よ?」
「そんな苦しい顔してまでフォローしなくていいからね……」
鏡で自分の姿を確認した時、確かに不格好でくさくさしたけど、他人から評価されて事実を再確認するとよりきついものがある。
「それで、どうしてこんな愚かなことをしてるんです?」
「フェリちゃんが風邪を拗らせたんで、俺がお世話することになったの」
「それと執事服の関連性は……?」
知るか。ノリじゃぼけ。
「フェリちゃんは大丈夫なの?」
シャンは心配そうに聞いてくる。
「うん。ただの風邪だと思うよ。今は寝てるけど、あとでシャンもお見舞いに行こう。きっと喜ぶから」
「うん、わかった!」
無理をしなければ王都につくまでには治るだろう。
それまではなんと罵られようとサポートしてやるんだからな。
「ふむ、フェリちゃんがいないとなると食事の準備は誰がする?」
ララファの言葉で皆が口を閉ざしてしまう。
「え? シャンはともかく、お前ら女子力皆無なの?」
「何ですかその馬鹿な単語。料理の不出来で私の戦闘力を測らないでください」
「いや戦闘力の指標じゃないから」
「まあ、丸焼きにすれば何でも食えるだろ」
ああ、フェリちゃんがいないだけで生命の危機が迫るとは思わなかった。
この二人に任せたらそれこそ人生とサヨナラバイバイだろうな。
「俺が何とかするよ」
「大丈夫なんですか……?」
「ふっ、お前ら独身男性を舐めすぎだ。男が料理をするときはモテたいときか、独りの自分を誤魔化すときなんだぜ? つまりそういうことだ」
「安心していいのか悲しんでいいのか複雑です」
「不純な理由しかないのが涙をそそるな」
「パパかわいそう……」
三位一体の感想で何よりなのですが、ここは素直に喜んで欲しいところです。
「大したものは作れないから我慢してよ」
「あ、シャンもなにか手伝いたい!」
シャンが嬉しい提案を申してくれる。
こういった何気ない日常を手伝ってもらえるのは存外に嬉しいものである。
子供のうちは何事も挑戦だ。チャレンジ精神を積み重ねて自信をつけることが何よりも大事だと思う。大人になってからじゃリスクが大きくて中々むつかしい。
「ありがとう。それじゃお願いしようかな」
「うん、おまかせ!」
将来はシャンの手料理をご馳走になれたら幸せだなあ。とか夢想しながら俺は調理の準備を進めた。
☆
料理人を立候補した俺であるが、作れるレパートリーは多くはなく、素材も限られたものしかないので、自由が利かない。
ちなみに材料は全て俺のアイテムストレージに保管されているため、鮮度は何日経とうと維持されている。便利すぎるぜ馬車スキル。
まあ、都合よく歩く冷蔵庫にされてしまっているわけですが。
「見た感じ野菜が多いし、野菜ときのこのスープなんかがオシャンティーでいいんじゃないかな? 女性にはヘルシーで受けも良さそう。あと調理楽だし」
「キノコ苦手だよー。タケノコのほうが好き」
キノコの単語を聞いてゲッソリなシャンである。
俺もたけのこ派です。
「好き嫌いをすると野菜の妖精に怒られちゃうぞ」
「野菜の妖精ってなに?」
俺もよくわからんが、俺が子供の頃トマトを赤い悪魔と拒絶し、好き嫌いをしていたことがある。その際に母親からよく言われた謎の存在である。
「野菜の中に宿る……妖精だよ。食べてくれないと、泣いたり怒ったりして恐ろしいことになるんだよ。たぶん」
アイテムストレージから食材を出しながら思いついたことをベラベラと並べる。
「ふーん」
すっげえ信じてなさそうな声で返事をする愛娘さん。いよいよ子供騙しが利かなくなるお年頃なのだろうか? 女の子は成長が早いって言うし考え物だ。
「ほ、本当だよ? いるからね野菜の妖精」
「……」
いよいよ黙ってしまった。
妖精作戦失敗だろうか?
「もしかして、ピーマンの横にいるこの子が妖精さん?」
シャンの指さす方に目を向けると、二頭身ほどの緑色のポンチョのような物を羽織った、女児受けのよさそうなモフモフ星人が座って俺を睨んでいる。
なんだ……こいつ?
「カロリーセロリーベジタブル! 野菜の妖精ことベジリスクだブル!」
「どちら様ですか?」
「野菜の妖精だブル!」
なんかうざい語尾で主張してくるこいつが野菜の妖精?
「かわいい!」
「……そうかな?」
まん丸黒目ですっげえ睨んでくるんですけど。
「えっと、何かいりようですか?」
「キノコを嫌う子供がいるとの報告を受けたブル! ちゃんと食べるか監視に来たブル!」
「もしかしてあたしのこと?」
「ヘルシー!」
なにその返事。肯定の意味?
「さささ、ちゃっちゃと調理して食べるブル! まだキュウリ嫌いのシュバルツ君やアボカド嫌いのシュライガーちゃんのとこに行かなければならないブル!」
「そうなんだ。大変ですね」
急かされるまま、俺はピーマンを切ると、
「ブルううううううううううううううう!!!」
「わっ!? なに!?」
「右腕! 右腕が切れたブルううう! いだい、いだいブル!?」
「パパ、もしかしたら野菜とベジリスクさんの痛覚が直結してるのかも!?」
シャンが意味の分からないことを口にする。
試しにもう一度ピーマンを切ってみる。
「ああああああああ!! また右腕がブルったぶうううううう!?」
「……大丈夫ですか?」
「ブル……ブル……ヘルシー。問題ないブル……ただ、切り方が下手だとダメージがそのまま入るのだブル」
どうやら俺が下手なのがいけないらしい。
なんか悔しいぞ。
「パパ! もっと丁寧に切ってあげて!」
「そう言われても……」
切るたびに発狂されてはこちらもすくんでしまう。
今度は慎重にピーマンに刃先を差し込む。
「ブルブルブルブル……ブルブルブルブル」
うまくいったのか、マナーモードのように震えるベジリスク。
「今度はうまくいったか」
「全然上手くないブル! つうか時間ねえっつてんだからはよ切り刻めブル!」
丁寧にやったにも関わらずベジリスクからクレームを吐かれる。
くたばれ妖精。
イラっとしたので残りをみじん切りで処理する。
「べじたぶうううううううううううううううう!?!?!?」
「ガハハハッ! これで貴様の右腕は機能しないに違いない! 次はどこがいい? キャベツか? それともニンジンか!?」
「玉ねぎだけは……玉ねぎだけは優しくしてブル!」
「そうかそうか、目に沁みさせてやるぜ」
「かわいそうだよ! シャンがやるよ!」
こんな醜悪な妖精に対しても慈悲深いだなんて何と良い子なのだ。
「だけど、包丁は危ないよ」
「もう過保護だよ。最近は剣の練習してるから大丈夫っ!」
剣と包丁の使い方なんて全然違うと思う。
けれど、確かに過保護も良くないとも思う。せっかく手伝ってくれているのだから無下に扱うのも駄目なのだろう。
「本当に大丈夫……?」
「大丈夫っ! ほら、貸して」
勢いに負けて、シャンに包丁を渡す。
「猫の手! 切るときは猫の手だからね!」
「それぐらい知ってるもん」
「指切っちゃダメだよ!」
「わかってるよ」
「ゆっくり! ゆっくり切ってね!」
「パパうるさいー」
そんなこと言われましても見てる側からしたらドキドキなんだよ。
シャンが玉ねぎをサラッと両断する。
「うわっ! 大丈夫っ!? ちょっと危なくなかった? 危なかったと思う!」
「だから大丈夫だって……それにベジリスクさんも発狂してないでしょ?」
そう言われれば妖精は静かだ。
「気持ちがいいブル! カロリーセロリーだブル!」
「まじか」
「ね、言ったでしょ?」
えっへんとドヤ顔のシャンは次から次に綺麗に野菜を食べやすいサイズに刻んでいく。
むしろ切るたびに声をあげるのは俺の方で、いつ白く細い指に傷が入らんかヒヤヒヤだ。
「ほら、切った野菜はお鍋に入れてよ」
「う、うん」
結局、野菜はシャンが切り、味付けが俺の担当となった。
野菜の妖精はご満悦のようで、シャンが野菜を切ってからは発狂していない。
野菜を切り終えて、しばらく煮込む。
「あれ? キノコは?」
何度かお玉でかき混ぜてキノコの所在を確認するけれど、見当たらない。そもそも俺も入れた覚えがないので当然である。
「し、しらなーい」
「……シャン、キノコも入れなきゃ駄目だよ」
「えー、だってえ……」
「ブルブルブルブル!? 好き嫌いかブル!?」
さっきまで静かだったベジリスクが反応する。
「ち、違うよ! 嫌いじゃないもん」
「じゃあ、切って頂戴な」
「はーい……」
頬を膨らませブスッとした様子でシャンがキノコを切る。
「ああああああああああああああああ!? キノコがああああああああああ!?
妖精のキノコがああああああああああブルうううううううううう!?」
どうも急所を切ってしまったようだ。大事じゃ無ければいいのだが。
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