2-3 野菜の妖精 2

 ぐつぐつと十分に煮込み終えた、野菜たっぷりキノコスープをお皿に盛って人数分を食卓に並べる。ついでにテーブルの上にベジリスクが鎮座している。


 「あの、その妙な生物は何ですか?」


 ベジリスクの存在に疑問を持ったのかレインが聞いてくる。


 「野菜の妖精」


 「なんですかそれ?」


 「俺もよくわからない。何でも好き嫌いをする子に取り憑くらしくて、シャンのキノコ嫌いをネタに憑いてる最中だ」


 「妖精を幽霊や妖怪の類みたいに言うなブル」


 とにかく気にするなと伝えて、席に座る。


 「ほう、なかなか美味しそうじゃないか」


 「あのねあのね! 野菜はシャンが切ったんだよ!」


 「ええ!? ケガはないですか!? 大丈夫なんですか!?」


 なんかどっかの誰かさんみたいな反応をするレイン。少し過保護が過ぎると思う。


 「大丈夫だよお」


 傷なしの綺麗な指を広げて証明するとレインはほっと胸をなでおろすと、


 「凄いですね。流石はシャンです」


 頭を撫でシャンを褒めてくれる。


 レインに頭を撫でられたシャンはくすぐったそうにして照れる。


 「でも、本当にすごいよ。こっそり練習でもしたの?」


 「ううん。パパの見よう見まねだよっ!」


 そりゃたまげた。


 本当に何でも出来るんだなあ。


 俺達は頂きますをして、食事に口をつける。


 うん。味付けはいつも通りだけれど、なんだか特別に美味しい気がする。


 これが愛情というスパイスか。


 「美味しいです! 流石はシャンですね」


 「食べやすいし文句なしだな」


 「えへへ」


 二人にも好評のようで、いつもより食べるスピードも速い気がする。


 せっかくだし、フェリちゃんにも食べて欲しいし、あとで食欲の有無を聞いてみるとしようかな。きっと、彼も喜ぶに違いない。


 「盛り上がっているところ申し訳ないブルが、キノコを食べて欲しいブル」


 そういえば、この珍獣が来た理由はそもそもの話、シャンがキノコが嫌いだからであって、食べてしまえば大人しく帰ってくれるとのことだった。


 しかし、未だにベジリスクがここにいるということは、シャンが未だにキノコを食べていないということだ。


 現に、シャンは露骨にキノコを避けて食べている。


 「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」


 「うう……でも」


 「頑張ってください」


 「勇者の弱点がキノコじゃ格好がつかんぞ?」


 皆がシャンに注目する。


 それでも彼女はキノコを食べることを躊躇している。


 「そういえば、俺も子供の頃キノコ嫌いだったなあ」


 「そうなの?」


 「うん」


 「どうして食べられるようになったの?」


 「案外あっけない話なんだけど、自分で料理したら食べられるようになったんだ」


 「なんで嫌いなものを調理したんですか」


 母親がキノコを好きだったから。


 体調を崩した母を元気づけるために作ったんだっけ。


 我ながら健気だと思う。


 「あー、とにかく。自分で作ったものって、嫌いになれないと思うんだよね。一生懸命作ったなら尚更だと思うし、粗末にしたら、努力が無駄になるって思うと嫌でも食べちゃよ。だからね、きっと食べれるよ」


 柄にもなく語ってしまった。


 ちょっぴり恥ずかしい。


 俺の話を聞いてから、シャンはずっとキノコを見つめている。


 それからゆっくりスプーンでキノコを拾い上げる。


 一泊置いてから、覚悟を決めたのか、今まで見たことのない苦しげな表情を振り払って、シャンはキノコを食べた。


 「おいしい?」


 「……おいしくないよお」


 「あはは、よく食べたね、えらいえらい。まあ、歳を取れば味覚が可笑しくなって何も感じなくなるよ」


 「それフォローになってないですよ」


 「おや? 野菜の妖精はどこにいった?」


 そういえばいつの間にかいなくなっている。


 キュウリ嫌いのなんたら君のところにいったのだろう。なんたら君、妖精の発狂でトラウマにならないと良いな。


 「まだいっぱい残ってるからたくさんお食べ!」


 「ぶー、鬼ぃ……」


 ぶつくさ言いながら何だかんだ完食したシャンだった。


 一件落着である。


 「あのシンヤさん」


 「なに?」


 「私、にんじん嫌いなんです」


 「くふふ、わたしはピーマンが無理だ」


 「知らん、食え」


 すると、


 「ブルブルブルブル!? また貴様らブル!?」


 消えたはずの野菜の妖精が再び舞い戻ってきた。


 これはまた時間がかかりそうだ。







 レインとララファを放っておいて、俺はフェリちゃんのもとに向かう。


 フェリちゃんの熱い要望により、彼は今俺の部屋で寝ている。


 そろそろ目を覚ましてお腹を空かせている頃だろうと思い、お盆の上におかゆとスープを載せて部屋に入る。


 「あ、お帰りなさいませ」


 お嬢様のロールプレイはもういいのか、素のフェリちゃんに戻っている。


 「ごはん持ってきたんだけど、食欲ある?」


 「はい、ぺこぺこです」


 「良かった。実は俺とシャンで今日の食事作ったんだよね」


 「か、感激です……」


 滅茶苦茶嬉しかったようで、フェリちゃんは泣き出してしまう。


 いい子すぎる。


 「ご主人様の手料理ご主人様の手料理ご主人様の手料理ご主人様の手料理ご主人様の手料理ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様が手料理……」


 「その様子なら風邪も大丈夫そうだね」


 「確認しますか!? ごっつんこで!」


 「ああ、病気はまだ治りそうもないね」


 なんにせよ元気になって良かった。


 「それじゃ、これ」


 フェリちゃんにお盆を渡すのだけれど、なかなか手を付けようとしない。


 やっぱり食欲が無いのだろうか?


 「食べさせて欲しいなあ」


 またもやお嬢様にロールするフェリちゃん。


 なるほど、看病の定番シチュがやってまいりました。


 こちとら断る理由がありませんです。


 「かしこまりました」


 「ふーふーしてね」


 ぶっふうううう! 男の娘のおねだり堪りませんねえ!


 「FOOOOO! FOOOOO!」


 全力のふーふーをしてアチアチのスープを冷ましてあげる。


 俺がふーふーしたことによって、俺の唾液の一部が食事に混入した可能性がある。大変だよ、その唾液がフェリちゃんの身体に潜りこんで、細胞の一部として活性化するかもしれない。そう考えると興奮する私は正常か? 正常ぞらもし?


 「ふーふー完了だぜ」


 「そ、それでは……あーん……」


 ぱくりと、この瞬間俺とフェリちゃんはひとつになりました。


 アダムとアダムの完成です。


 「お味はいかがでしょうか」


 「セックスした気分です」


 「そうだね」


 ところで味の感想は?


 まあ、いいか。


 俺達は必要以上にふーふーしまくりのデンジャラス。


 フェリちゃんの食欲はイコールで性欲に直結するのだろうか? 食すたびに息が荒くなって、顔は上気して汗ばんでいく。実にエロスだ。


 まあ、風の時は汗をかいたほうが良いとどっかで聞いた気がするので、これはOKなのだろう。健康の証なのだろう。


 「素敵です、お嬢様。まるで発情期の少女のようです」


 「発情期だなんて……そんなあ」


 照れる顔が最高にキュートでございます。


 へへっ穢れてやがるぜ俺達はよお!


 結局、最後まで完食することが出来て、お皿は綺麗な状態となる。


 「おいしかったです。ありがとうございます」


 「これくらい、ごほっ、いつでも、ごほっ、作ってあげるよ」


 あれ? 咳が急に出てきたぞ? しかも鼻の奥がぼうぼうと火照った感じがする。


 これはもしや……


 「ご主人様……もしかして」


 「ごほっ、ごほっ……あーあー……風邪うつったかも」


 「あー……」


 フェリちゃんの体調は一日で改善されたが、俺の方は全快するまでに三日かかってしまたのだった。しかも、俺はみんなから病原菌扱いされ、完治するまで殆ど隔離された形で闘病生活を送るのだった。

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