二章
2-1 旅立っちゃいました!
ついに王都に旅立つ日がやってきた。
一般庶民ならば、馬車で数か月の旅路であるが、俺達の頼れる親分ララファ様曰く、飛空艇を使えば10日ほどで到着できてしまうそうだ。
俺のありふれたファンタジー知識からすると、木造の船体にプロペラが複数ついていて、何かしらの魔石で浮遊する不思議なお船、というのが飛空艇の言葉からのイメージである。
出発の準備が整った俺達が連れてこられた場所は、何もない草原で、想像するようなお船は見受けられない。
「飛空艇はどこにあるの?」
「これから呼ぶ」
ララファは首に下げたホイッスルを吹くと、ぴゅーッと甲高い音が木霊する。
笛の音に呼応するかのように白い雲が渦を巻いて形を作っていく。
そうして出来上がった姿は巨大な白いクジラのように見える。
「あれがララファの言ってた飛空艇なの?」
「うむ。わたしの契約聖獣のクジラんくんだ」
聖獣ということはフェリちゃんと同じ部類なのだろうか? だとすれば、異常性癖が何かしらあるかもしれない。
『お久しぶりでんす、ララファさん!』
頭上から快活な声が響く。恐らくクジラんくんの声だろう。
「三年ぶりぐらいか。申し訳ないが王都まで乗せてってくれないか?」
『バリバリお任せください! そちらの方々もでしょうか?』
「ああ、頼む」
はきはきとしていて礼儀が正しい印象のクジラんくん。どうやら正常な心の持ち主らしく、ご主人様に交尾を仕掛けてくるような変態ではないようだ。
これは躾け方の問題なのだろうか? フェリちゃんも忠実であるが、誠実ではないからな。今度ララファに躾け方を教えてもらおうかしら?
「ところでどうやって乗るの?」
シャンが疑問を口にする。
『しばらく目を閉じていてください。僕の中に導きます』
ララファが目を閉じるのを確認し、俺も閉じる。
草原では小鳥の声と風の音が聞こえていたのだが、目を閉じてからしばらくすると、辺りが無音となり、体全体が温かいものに包まれる。
『バリバリ完了です! もう大丈夫ですよ』
そう言われて目を開けると、草原の景色は一変し、真っ白な空間に立っていた。
「ここは?」
「クジラんくんの中だ」
横にいたララファが答える。
「もしかしてこの真っ白な空間で10日間も過ごすんですか?」
「俺は発狂する自信あるぞ」
一色しかない空間に長時間閉じ込められると、精神に異常をきたすと聞いたことがあるが、今がまさにそんな状況だ。周りに人がいる分マシかもしれないがキツイものはキツイ。
「くふふ、クジラんくんを侮るなかれ。わたし好みのコーディネートを頼む」
『バリバリお任せください!』
クジラんくんの合図とともに、真っ白な空間はララファ好みの赤一色に彩られる。
「これなら大丈夫だろう?」
「いや、悪化してるから、赤だけに」
赤すぎて発狂度数が急上昇している気がする。
「もっと普通にしてよ、ララファさん」
流石にシャンからもクレームが入る。
「むう、勇者様から進言なら仕方あるまい」
うんうんと悩んだ挙句、七色のソファーや木造のテーブル、土留め色の壁など、ララファにとっての普通で部屋が作られていく。
「よし」
何が良しなのか、ララファはガッツポーズを決める。
「統一感なさすぎですね」
「まあ、白一色よりはマシだ」
「見てくださいご主人様、窓から外が見えます」
フェリちゃんに促されるように小窓を覗くと、眼下には山々が通り過ぎていくのが見える。サラマンダーより、ずっとはやい!!
「あたしも見たい見たいっ!」
シャンを抱っこして窓の外を見せてあげると、「おー」とか「はやーい」と子供らしい純粋な感想を頂く。
キッチンもあればお風呂やトイレをも創造してしまうクジラんくんの世界。
この分なら不自由なく王都まで行けそうだ。
☆
最初の3日ぐらいは景色を見て楽しんでいたけれど、5日目が経過したあたりで流石に飽きがやってくる。
昼飯を食べた後、俺は用意された自室で生産性もなくゴロゴロとしていた。
隣にはフェリちゃんが佇んでいるが、基本的に俺の身の世話でしか能動的に動かないので、何もすることが無い現在は物言わぬ人形と化してしまっている。
もっと自分のために動けばいいのにと、何度か言っているのだけれど、そのたびに「ボクのしたいことはご主人様のお世話です」と言い返されてしまう。
「暇だね」
俺はフェリちゃんに毒にも薬にもならない話を投げかける。
「ボクはご主人様を見ているだけで満足です」
「そっかー」
相変わらずぶれない彼である。
誰かに構ってもらおうと思ったが、シャンはララファに剣術を教わっていて、巻き込まれるのが嫌なので撤退。レインは読書をしていたので、揺すったり突っついたりして邪魔したのだが、「死んでください」と冷酷に突き放されてしまった。
なので、俺はこうして泥のようにベッドで横たわるしかなかった。
「けほっ……けほっ……」
俺がゴロゴロしていると、フェリちゃんが静かに咳をする。
「大丈夫? もしかして風邪?」
「いえ、大丈夫です」
毅然な態度を崩さずに答えてくれるが、顔がほんのりと赤くエロい。
ベッドから起き上がり、彼のおでこに手を当てて熱の確認をしてみる。
「うーん。すこし熱いかも?」
「おでことおでこ、ごっつんこがいいです」
謎の要求である。
しかも風邪気味のくせに、やけに生き生きとした表情だ。
俺もやぶさかではないので、ごっつんこを試みると、
「はうっ……!?」
「熱っ!!」
ごっつんこした瞬間に、フェリちゃんの顔がぼふんと沸騰したかのようにアツアツに仕上がってしまう。
これは重病だ。間違いない。
「今日は休んだ方がいいよ」
「ですが、お仕事が……」
「体調を整えるのも仕事のひとつだよ。それにシャンに風邪がうつったら大変だ……そうだ、今日は主従逆転して俺がフェリちゃんの面倒を見るとしよう」
いつもお世話してもらっているお礼だ。
それに暇だし。
「ご主人様がボクのお世話ですか?」
「今日はご主人様禁止で。名前で呼んでくれ!」
「よろしいのですか……?」
「むしろ呼んでほしい! 媚びるようなまなざしで上目づかいでお願い!」
すると、
「し、シンヤくん……?」
「ぐはっ……!」
ぶふっ……!
げぶうっ……!
ずばあっ……!
「も、もういっかい……お願いします」
「……シンヤくん?」
「ぐおおおおおおおおおお!」
胸が破裂してしまいそうなもどかしい感覚でビクビクしちゃう!
「はあ……はあ……危険だ! 中毒性があるぞ」
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「ちっがう! すぃんやくんって呼んでおくれ!」
「申し訳ございません」
「ああ! 今日の俺はフェリちゃんの、いやフェリ様の下僕ですから、言葉遣いも気をつけていきましょう!」
なんか妙なスイッチが入ってしまい、俺達はノリノリで呼び方から性格までを改竄し、主従関係を修正していく。
そうして出来上がったのが、
「シンヤくん、のど乾いたよー。お水が飲みたい」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
フェリちゃんの要望は俺に専属の執事を演じて欲しいとのことで、何故か彼が持っていた高身長イケメンや白髪老紳士のみに許された執事服を着せられる羽目になった。
これが意外に楽しい。
あと甘えてくるフェリちゃん、改め、お嬢様がかわいい。
お嬢様らしくフェリちゃんはわがまま娘を演じている。もしかしたら素なのかもしれないけど、彼も心なしか楽しそうにしている。ロールプレイはお互いが楽しんでなんぼだ。
指示通り、俺は水を取りに向かうため踵を返す。
しかし、上着の裾をつかまれ引き止められてしまう。
「お嬢様……?」
「ひとりぼっちは……や」
目線も合わせずぽつりとお嬢様が言う。
鼻血が出そうです。
「すぐに戻ってまいります。帰ってきたらずっと一緒です」
「……ほんと?」
俺はこくりと頷く。
「他の女のところに行ったりしない?」
他の女とはだれのことを指しているのだろうか? クジラんくんの中で限定するのであれば、随分と絞られるわけだけど。
「私はお嬢様だけのものです」
「ふーん」
あら、全然信じていない顔していらっしゃる。
「そ、それではしばらくお待ちください……」
俺は逃げるように部屋を後にした。
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