1-40 最初の町と最後の思い出

 酔い覚ましに、俺は外で涼んでいた。

 満点の星空が俺達の門出を祝福してくれているようなキラキラ。

 うつらうつらとしてくる。少し、というかかなり飲みすぎたようだ。

 今にも意識が途切れそうになった、その時、


 「パパ発見!」


 シャンが俺のもとに駆け付けてくれる。


 「ああ、おはよう。今日もいい天気だね」


 「もう、飲みすぎだよ」


 「いいじゃないか。これが大人だ素晴らしかろう」


 「えー、なんかやだ」


 心底嫌そうな顔だ。こんな父でごめんなさい。


 「他の皆は?」


 「ママは食器を片づけしててね、ララファさんはパンツのベッドで寝ちゃってる。フェリちゃんはパパの使ってた食器を大事そうに舐めてたよ」


 「みんな楽しそうで何よりだ。シャンは俺の介抱?」


 「うん。あ、あとね、お願いがあるんだっ」


 「なに?」


 「おんぶして!」


 「えー、なんでさ」


 「最後にこの町の中を歩きたくなったんだ」


 「それならおんぶしなくても良くない? いまの俺はフラフラで危ないよ」


 倒れでもしたらシャンが怪我をしてしまう。


 「じゃあじゃあ、酔い覚ましの魔法をかけてあげる」


 「そんなのあるの!? 魔法って便利だなあ」


 シャンは俺の前で魔方陣を指先でなぞって形成する。これは母親譲りってやつなのだろうか? なんかいいね、こういうの。

 魔法の効果がかかったおかげで、体が軽くなる。


 「うわ、効き目バッチリ。これでいつでも飲みまくっても大丈夫だね」


 「体には良くないからダメだよっ!」


 ぷんすかと怒られてしまう。

 けれど、それが嬉しくてたまらない。


 「いいよ、ちょっと歩こうか」


 俺はしゃがみ、彼女を促す。

 シャンもそれに答えてくれるように、背中に乗ってくれた。


 「どこか行きたい場所はある?」


 「んー? 神殿とか」


 「絶対ダメ。あそこの階段死んじゃうから。それにシャンは重くなってるし!」


 「重くないよっ! 成長しただけっ!」


 「おんなじだよ」


 「全然違うよっ!」


 彼女の主張がよくわからない。乙女心ってやつなのかもしれない。


 「神殿以外でなにかない?」


 シャンはしばらく逡巡すると、


 「前の家がいいな。パパと初めてあった場所」


 「わかった。そこなら近いし良いよ」


 しばらく歩いていて、やはり彼女は重くなったと感じる。

 成長したからだと思うけれど、なんというか、それだけじゃなくて、俺の気持ちというか器というか、人間性だと両手から溢れてしまいそうだ。


 いつか、背負いきれなくなる時が来るのかもしれない。

 きっと、その時は背負わなくてもよくて、しっかりと自分の足で歩いて行けるのだろう。一人前の勇者として自立していくのだ。


 胸を張って見送れる自信はないな。寂しいもの。

 通りすがりに、公園があった。あそこは確か、シャンとベヒーモスの肉を食べたとところだった気がする。


 「また、あそこでお肉食べたかったなあ」


 「シャンってお肉大好きだよね」 


 「うん、パパが初めて教えてくれたことだから」


 「そっか」


 ああ、なんだか涙が出てきたぞ。最近の俺は涙もろくて仕方ない。


 「どうしたの? お鼻ズビズビだよ。風でも引いた?」


 「そうかも」


 そうこうしているあいだに、目的地の場所に到着する。

 相変わらず貧相でぼろっちい。

 でも、ここには幸せがたくさん詰まっていた気がする。

 中に入ると、寂れているが、ほんのりと生活感が残っている。


 「王都に言ったら、またこんな家に住むかもしれないけど、いいの? シャンが良ければこの町でのんびり過ごしてもいいんだよ?」


 「あのねっ、あたしはねっ! 何もないのってなんだか苦手なの。目の前のモノを必死に追いかけていたいな。たとえ掴めなくても、追い求めることが大事なんだっ! パパは賛同してくれる?」


 「そうだね。平穏もいいけど、波乱万丈のほうがかっこいい」


 「カッコイイとかで決めちゃうんだ」


 「そうなの。それが男の子」


 バカみたいな思想だけれど、大事なことだと思う。


 「……変なこと聞くけどさ、俺ってシャンの父親なのかな?」


 「えー、当然だよっ! どうしてそんなこと聞くの?」


 「だって、誰かを育てるだなんて、一生ないと思ってたんだ。一人でのんのんと過ごして、誰にも知られず死んじゃうと思ってた。今でも自信なくて、こわい」


 本心を口に出してみると、体が強張ってしまう。

 だけど、


 「大丈夫だよ。たぶんね、みんな、知らない所で繋がってると思うんだ。今日みたいにいろんな人がいて、嬉しいことも辛いことも平等に分け合えるんだよ。本当にひとりぼっちの人なんていないと思うよ」


 シャンは俺の手を握って、固まった心をほぐしてくれる。

 ああ、俺は情けない男だ。


 「あまり無理しないでね」


 「無理するものだよ。俺の母親はそうだった」


 シャンは転がっているおもちゃを眺めては懐かしんでいる。

 俺は、特にないかな。

 今が最高で、やり直したいだとか考えたこと無いし、人生の懐古はあまり好きじゃない。

 だって、今が一番楽しんだもの。いつもそう思う。


 「そろそろ帰ろうか。みんな心配してるよ」


 「うん。ありがと、お願い聞いてくれて」


 シャンは俺に満面の笑みを見せてくれる。


 「これぐらいお安い御用さ」


 「じゃ、またおんぶしてー」と言いながらシャンは俺の背中に飛びついてくる。

 今日はやたらと甘えん坊な彼女であるが、まんざらでない自分も大概だなと思う。これが親バカってやつだとしたら、少し誇らしく思っている俺は上等なバカなのだろうな。

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