1-39 送別会してくれました!

 市街地から裏路地に入りギルドの前までたどり着くと、扉の前にサララさんがいた。


 「あ、おかえりなさい」


 「え……? た、ただいま」


 なんという事だろうか。サララさんは仕事から帰った夫を待っていたかのように、笑顔で俺達を迎えてくれる。これは半分告られているようなものだ。


 「サララさん、休憩ですか?」


 「いえいえ、皆さんをお待ちしておりました」


 「俺達をですか?」


 「はい、どうぞ中へ。ララファさんとフェリさんも来てますよ」


 彼女に連れられて中に入ると、相変わらずの喧騒なのだけれど、雰囲気がいつもと違う。

 いつも傷だらけで貧相な木製のテーブルが置かれているのだが、今は白いクロスが貼られていて、ビュッフェ形式で食事が置かれている。まるでパーティのようだ。


 「何かのお祝いですか?」


 俺は隣にいるサララさんに聞いてみる。


 「送別会です。この町から出るの明日からですよね?」


 「へ……? もしかして俺達の送別会ですか?」


 いきなりのサプライズに面を食らってしまう。


 そして、声に促されるように近づくと、


 「お、やっと主役が来たぜ」「おせーぞ!」「ま、主役が来る前から始めてるんだけどな、ガハハハッ!」「シャンちゃんともう会えなくなるなんて、死んでまう!」


 すでに出来上がっている荒くれ共はテーブルを囲んで俺達を迎えてくれる。


 「おーん! 久しぶりだなあ!」


 「おおーん! 久しぶりの出番だ!」 


 「おおおーん! 元気にしてたか!?」


 熊男三人組が、まるで顔なじみのように絡んでくるのだが、俺は彼らを知らない。何かのクエストで一緒に仕事をした仲だろうか?


 「お、おう……久しぶり。元気そうでなにより」


 当たり障りのない言葉でお茶を濁して、逃げるように別の席に移動する。


 「いまの毛だるま知り合いですか?」


 「いや、知らない」


 「二人とも酷いよ……」


 どうやらシャンは彼らの顔を知っているようだ。やはり何かしらのクエストで一緒だったのだろうな。ドラゴン討伐の時にいたかもしれない。


 「私は知り合いに挨拶してきますんで、シンヤさんもお友達と飲んできたらどうですか? 積もる話もあるでしょ?」


 「飲んでいいの?」


 「悪酔いしない程度には」


 まさかの飲酒の了承を頂き、無言でガッツポーズをしてしまう。


 「パパ、良かったねっ!」


 「生きててよかった……」


 「大げさですよ。それじゃ、くれぐれも明日に差し支えないようにしてくださいね」


 レインはシャンを連れて行ってしまう。

 くぎを刺されたからには、悪酔いグループの群れには入れないようにして、大人の香りが漂うお酒を静かに飲むとしよう。

 集会所の奥の方の席を目指して歩いていると、


 「ママが恋しいよ……子宮に戻りたいよお……お前もそう思うよな、シンヤ」


 悪酔い代表に捕まってしまう。


 「ああ、離してくれカイト。今日の俺は大人なんだ」


 彼は俺の飲み友達で、最近では彼女も作らずにおぎゃっている男だ。


 「うそだ。俺達はいつまでも赤ちゃんなんだ。大人になったら、もう母乳は飲めなくなるんだぞ? 変な冗談はよしてくれ……」


 彼は泣きながらお酒が入った哺乳瓶をちゅぱちゅぱしだす。

 すごくキモイと思う。

 俺は彼を無視して、行こうとするのだが、


 「ここは地獄の三丁目!? へいサノバビッチ、地獄をたのしんでるか!?」


 デスピエロの店主が立ち塞がり、


 「おうおう若いの、おじさんの話を聞いておくれ」


 「こんなおっさんのくたびれた話よりも、俺のロックな生きざまを聞いてくれよ!」


 いつだかの歓迎会で知り合った、D級のおじさんと金髪の兄ちゃんも俺を取り囲んでくる。


 「ははは、人気者ですな」


 その輪の中にリザードマンのジャックさんもいた。


 「いや、今日はお酒は控えめにしようとしてるんですよ」


 「そんなちょっと先のことに考慮した生き方なんて、らしくないっすよ!」


 これは金髪の兄ちゃん。


 「今日ぐらいはいいじゃないの。二日酔いをしない程度に潰れちまおう」


 これはおっさん。


 「でもなあ、怒られるの怖いんですよ」


 「奥さんに怒られるとか、羨ましすぎる! めっちゃ母性感じるじゃねえか」


 「それに、今日のために年代物のお酒を仕入れてきたのですよ。どうですかな? 80年代物のブドウ酒ですぞ」


 そう言ってジャックさんが一升瓶を掲げて見せてくる。

 くそう、俺の鋼の意思がほだされていく。


 「ま、まあ少しでけなら……」


 そう、少しだけ。

 少しだけ飲むのだ。それでおしまい。


 「ぐははは! 今日はレアな食材で調理したから堪能して死にやがれ! 名付けて、ドラゴンの胆ったれ! FOOOOOOOOO!」


 「ドラゴンって、この前みんなで倒した奴ですか?」


 「あの時の祝杯がまだでしたからな。ついでにやってしまいましょうぞ」


 「どうだシンヤ。今日ぐらいは赤ちゃんに戻ってみても」


 みんな、すごく情熱的に誘ってくれる。

 なんだか、胸の奥がカーっと熱くなって嬉しい。


 「まあ、いいか。これでも二日酔いになったことないんです」


 そう言うと、みんな喜んでグラスにブドウ酒をガンガン注いでくれる。

 だから、飲んで、飲んで、飲みまくる。

 飲むたびに、体が熱くなって、アルコールが体の中に回り始めるのを感じる。


 素晴らしい! 俺は今生きているのだ。

 みんな、この優しき世界でアルコールに酔わされている。

 流石はデスピエロの店主のロックンロール料理だ。ドラゴンの胆ったれはお酒に合って、グラスを傾ける手が止まらないのです。


 楽しい。

 楽しいなあ。

 この世界に来て、俺はいま、一番楽しんでいる。


 異世界で憧れていた大冒険とか、魔法とか、そんな非現実的な摩訶不思議アドベンチャーなんかよりも、ずっと現実的で、たのしい。


 「おいおい、もうブドウ酒無くなっちまったじゃねえか」


 誰かだ悲しみの声をあっげるが、


 「まだまだありますぞ」


 また誰かが期待に応えてくれる。

 だから飲みます。飲みまくるのです。

 この世のすべてのアルコールを体内に取り入れれば進化する気がする。


 ああ、幸せだなあ。

 ちょっとした付き合いだったけれど、いろんな人から、たくさんの言葉を貰った。


 素晴らしきかな異世界。


 正直、この町から離れるのは名残惜しいな。

 まだ、ゴブリンすら狩ってないのに。

 こんな体たらくでいいのだろうか?


 でも、俺はみんながニコニコしてくれていれば、それで良いのだと思う。

 きっと、明日は二日酔いだろうな。

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