1-38 受け継がれる草むしり

 「なるほど、あの絵本の魔法を真似たというわけですか」


 ようやく落ち着いたレインは、俺の説明を受け入れて納得をしてくれる。


 「ところで、もとに戻れるの?」


 「うーん。魔術構成を逆向きにすればいけるかも。でもねっ! あたしはもとに戻る気はないよ。だって、大きくなればパパとママの役に立てるんだもん! 一緒にお仕事出来るんだよっ!」


 「シャン……」


 単なる遊びではなく、彼女は彼女なりに考えて行動した。しかも、俺達のためにだ。

 その事実に思わず涙ぐんでしまう。


 「そうなんだ……でもね、これからは相談して欲しいな。シャンがいきなり大人になったりしたら困惑しちゃうよ」


 「そうですね。それに役に立つとか、そういうことは気にしないで欲しいです。シャンがしたいことを支えるのが私たちの役目ですから」


 「うん、ありがとう……パパ、ママ」


 成長しようが、すごい魔法を使えようが、この子は俺達の子供だ。


 「お、なんかいまの俺達、親っぽいぞ」


 「親なんです。いい加減自覚を持ってください」


 「ちゃんと自覚してるよ。それに、俺だって自立しようと考えてるよ。王都に行ったらさ、自分達のお家に住もうよ。このままじゃ駄目な気がするんだよね」


 俺は考えていた仄暗い家族計画を二人に説明する。

 それはもう、かつてないほど情熱的な想いをぶつけるように言うのだが、


 「なるほど……それはまた苦労しそうですね。どっかの誰かに甲斐性があれば大賛成なのですが。さすがにマイホームは夢見すぎですね」


 夢でご飯は食べれませんと一蹴されるわけですね。


 「駄目かな……?」


 「シャンは賛成! みんなで頑張れば、なんとかなるよっ!」


 「シンヤさんは夢が多すぎるのが問題なんですよね。まあ、別にいいですけど」


 なんとか二人の了承を得ることができた。


 「くふふ、それならいい物件があるぞ」


 知らぬ間にララファが介入してくる。いつからいたかのか知らないが、俺達の話を聞いていたようで、何やら怪しい提案をしてくる。


 「それって大丈夫な物件なの?」


 「うむ、その家に住んだものは次々と姿を消していくのだが……」


 「案の定いわくつき物件じゃないですか」


 「まあ、話は最後まで聞け。知り合いの不動産屋のオヤジが困っていてな。希少な買い取り手はいなくなるわ、取り壊そうとすると事故が起こるわで、お手上げ状態らしくて、わたしに調査して欲しいと依頼が届いたんだ。学園に入学するまでの暇つぶしにはちょうどいい話だろう?」


 そんな危ない暇つぶしはこちらからお断りです。ここは拒否しましょう。


 「ちなみに、報酬のその家は二階建て庭付きだぞ」


 「おいおい、このビックウェーブに乗らない手はないぜ」


 ごめんなさい、一発ノックアウトです。

 レインは明らかに嫌そうな顔をしているが、こんな素敵な話は今しかないのだ。少しくらいリスクを負わなきゃ幸福なんて掴めやしないのだ。


 「わ、私は遠慮しておきますね……非科学的な話に付き合ってられません」


 「いや、まだ悪霊って決まったわけじゃないだろ……つうか、もしかしてレインっておばけとか苦手なタイプなの?」


 「そそそ、そんなわけないじゃないですか!」


 わかりやすくどもる所から察するに、どうやらビンゴのようだ。


 「ほー、じゃあ別にいいじゃない。シャンはどうする?」


 「困ってる人がいるなら助けるよっ!」


 「だよなあ。いやあ、これもレインの教育の賜物だねえ」


 珍しく彼女に対して優位な立場に立てたので、おちょくってみるが、大変気持ちがいい。彼女の意外な一面を見つけることが出来て、ちょっと嬉しい気分である。


 「まあ、無理することないよ。俺達で調査するからさ。レインはひとり寂しく宿屋にでも泊まって待っているがいいさ!」


 「こんのお……、もう! わかりました。私も一緒に調査しますよ!」


 レインはやけくそ気味に提案に乗ってきた。


 「よおし、出発は明後日だ。それまでに挨拶回りなりしておけ」

 




 翌日になり、俺は最後の挨拶にギルドに訪れた。

 思えばこの町では色んなことがあった。

 一人で寂しく酒を飲んだり。

 みんなで楽しく酒を飲んだり。

 家族を尻目に酒を飲んだり。

 自分へのご褒美に酒を飲んだものだ。


 あれ? 俺って異世界に来たのに、思い出がお酒しかないのだけれど、これでは現実と変わりませんじゃありませんか。

 なので、せっかくだから精神で、異世界らしいことをしたい。


 でも、俺にとっての異世界らしさがよくわからない。

 昔は寝る前に妄想するぐらいには思いを馳せたものだが、実際に来て、いろんな人と出会ったせいか、俺にとっての現実がいまここにある。


 だからなのか、いまいちピンとこない。

 俺は悩んだ挙句、初心に戻ることにした。


 「あれ? シンヤくん。今さら草むしりのクエストなんてやるんですか?」


 受付嬢のサララさんは今日も素敵な笑顔でパーフェクトボディ。見目麗しくて涙がちょちょぎれます。この笑顔が拝めなくなると思うと、心が苦しくなる。


 「ええ、最後なんで、お世話になった町を綺麗にしたいと思いまして」


 「王都にお引越しするんですよね。ちょっと寂しくなりますね。ギルド内じゃ有名なんですよ? 家族で冒険者やりやがって羨ましいぜ、クソがって」


 「完全に悪評ですね。後ろから刺されないようにしなきゃ」


 「あはは、大丈夫ですよ。ここの人達はガラ悪いですけど、悪い人は稀ですから」


 「そこはいないと断言して欲しいところですね」


 一部を除けば治安は良いほうだと思う。美少女に絡むチンピラとかいないのが、心の底から恨めしい限りであります。


 「それじゃ、行ってきます」


 「はい、行ってらっしゃい。あ、おかえりはいつになりますか?」


 「え……? なんか新婚っぽい会話が飛んできたぞ。お風呂の後にサララさんをテイクアウトさせていただきます!」


 「……は?」


 すっげえ躊躇のない渾身の「……は?」頂きました。


 「……この数なら夕方までには戻れるかと」


 怖かったので、まじめに答えておく。


 「わかりました。頑張ってきてくださいね」


 「あ、はい」


 なんだったのだろう?

 まあ、いいか。





 草むしりの主な戦場は公園である。

 今日もギラギラな日差しのもとで、子供たちが元気にキャッキャッと楽しんでいる。


 なんつうか無限のパワーで溢れている。世界平和の象徴だ。

 あの子たちの遊び場を綺麗にする俺はまさしく、スペシャル草むしリスト。世界の平和を守る正義の味方です。手軽い正義で大変よろしい。


 根っこから丁寧にポイポイとお手玉の要領で、アイテムストレージに放り込んでいく。これがあるとないとじゃ天地の差だ。俺が草むしりの英雄として名を馳せたのも馬車スキルのおかげである。


 おかげで手は青臭く、まっくろくろすけだ。


 「おじさん! ボールとって!」


 甲高い声が後ろから聞こえる。

 足元を見ると、俺の足にボールが転がっていた。

 恐らく声をかけてきた子の所有物なのだろう。


 「お兄様とお呼びっ!」


 何故かオカマ口調で返球すると、


 「あはははは、ありがと!」


 笑顔が帰ってくる。


 そういえば、シャンは友達はいるのだろうか? もしいるのだとしたら、引っ越するのは少し残酷なことだと思う。親の都合で子供が振り回されるのは嫌いだ。

 俺の人生は、もう自分だけで構築されていない。家族の人生を背負っているのだから、周りに気を配りながら、もっと泥臭く、必死に生きるべきなんだと思う。


 今日の草むしりは、気持ちをリセットするためのものだ。何回引っこ抜いてもしぶとく生えてくるこいつらのように、俺はなるべきだ。

 生えてこられたら困るのですが。


 「病人、見つけました」


 「パパ、大人しくしてなきゃダメだよ」


 いつの間に俺の背後に回り込んだのか、レインとシャンが俺を叱るようにコミュニケーションを取ってくる。

 内緒で来たのが駄目だったか、体に鞭打ったのが悪かったのかわからないが、汗水たらして労働に勤しんでいるのだから、優しくして欲しい。


 「いや、もう大丈夫だから。草むしりくらい屁でもないね。つうか二人ともどうしてここに来たのさ?」


 「おいおい、レインとシャンだけじゃないぞ?」


 「最近、ご主人様に放置プレイされて堪らないです」


 どうやら、ララファとフェリちゃんも一緒だったようだ。つうか、いちいち息を殺して背後に回り込むのはやめて欲しい。忍者の末裔かなにかかよ。


 「なーにしに来たのさ?」


 「草むしりに来たんです」


 「え? なんで?」


 「パパのお手伝いだよっ!」


 彼女たちの恰好をみると、汚れてもいいような服装で、しゃれっ気が無い。


 「懐かしいな。わたしも低階級の頃によくやったぞ」


 「ボクは初めてです」


 「ふむ、それなら草むしりのプロに教えて貰ったらどうだ?」


 ララファが俺を指さし言う。


 「俺はスペシャル草むしリストだ」


 「手取り足取り教えてください、ご主人様」


 「シャンにも教えてほしいっ!」


 「まあ、別に良いけど」


 そんなに教えるような事はないのだけれど、みんなの期待に応えることにした。

 シャンは呑み込みが早くて、すぐにスペシャル草むしリストとして開花する。逆にフェリちゃんは、本当に手取り足取りでないと理解してくれなかった。


 恐らくわざとだろう。手を握るたびに喘ぐのが股間に響いて仕方ない。

 ララファに関しては流石A級冒険者である。瞬間移動をしながら草むしりに励む光景は異常だ。俺も将来的に出来るようになるのだろうか? あまり真似したくはないものだけど。


 レインは、


 「ああ、腰痛いし指は真っ黒だし低賃金だし、なんでこんなことしてるんですか」


 いや何しに来たのこの人ほんと。

 ぶつくさ愚痴をこぼしながら、ブチブチ雑草を引きちぎっていく。


 「何やってんだよ。根っこ残ってるじゃん」


 「いいじゃないですか。こうして残しておくことで、新たな雑草が生えて、次の世代に繋がっていくんです」


 「繋げちゃダメだから。こんなクソ労働は根っこから引っこ抜いて俺達の世代で終わらせる勢いでやろうよ」


 レインが中途半端に抜いた雑草を丁寧に根っこから抜いて、彼女の目の前に掲げる。


 「こうやって抜くの。手際良いでしょ?」


 「雑草ひとつでイキらないでくださいよ。私だって本気出せばできます」


 俺に挑発されて火が付いたのか、目の前の雑草を強引に引き抜くと、


 「きゃっ……!」


 「うわっ!」


 引き抜いた勢いで土が顔に飛んでくる。


 「お前、結構ポンコツなのな」


 「勝手に変な属性付け足さないでください……あ、シンヤさん泥に顔がついてますよ」


 「俺は泥人形か何かかよ。どこについてんの?」


 「ここです」


 そう言って、両手で俺の頬を引っ張ってきやがる。


 「あれれー? 取れませんねー?」


 「いだい! とるぎないだろ! お前の顔にもついてますよ!」


 ムカついたので、俺も彼女の頬を引っ張り返す。


 「なにするんでふか!」


 「うっさいぼけ!」


 柔らかくて引っ張りやすいなあ! ムカつくなあ!


 「まーた漫才が始まったぞ。仕事は終わったからわたし達はギルドに戻るぞ」


 「お供します」


 ララファとフェリちゃんは俺達を置いて行ってしまう。


 「もう、喧嘩はダメだよっ!」


 そんでもってシャンに𠮟られる始末だ。

 これ以上怒られるのが嫌なので、お互い手を離して、「ごめんなさい」と二人して謝る。


 「あははは! 二人とも変な顔」


 シャンが俺達の顔を見るとお腹を抱えて笑い出す。


 「確かにシンヤさんは変な顔ですね」


 「二人って指名されてるから。お前の顔も変なんだよ」


 改めてお互いの顔を確認する。真っ黒な顔でむすっとしている姿を見て、俺とレインは同時にプッと吹き出してしまう。

 汚れた手で顔を引っ張り合ったせいだろうな。まるで砂場で遊んだ子供のようだ。


 一通り笑い終えて、


 「帰ろ、パパ、ママ」


 「そうですね」


 「一人でやるより疲れた気がする」


 俺達は汚れた顔を水で洗い、清涼な気持ちでギルドに向かった。

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