1-37 おっきくなっちゃいました!

 治療術師から絶対安静の命が下ったため、しばらくの間、俺の代わりにレインが働くこととなったのだが、これが中々精神的につらく申し訳ない気分になってしまう。


 昔はヒモな人生に憧れたりもしたが、実際に当事者になってみると、自分の情けなさに嫌気がさすものがある。世の中のヒモ男子の精神構造はどうなっているんだ?


 ということで、体が動くようになってからは、フェリちゃんの代わりにシャンの世話を引き受けた次第である。


 「しかし、世話と言っても何をすればいいんだ?」


 「なにすればいーんだ!」


 結局のところ、家事洗濯はフェリちゃんがやってくれるし、食事だってララファの専属コックがやってくれるのだ。

 結論から言うと、特にすることが無い。


 今まで意識していなかったが、いろんな人に甘えすぎだと思う。普通の家族はもっと忙しくあるべきで、俺の今の環境はイージーモードと言っていい。

 これは王都に引っ越すにあたって、いろいろ考えなおす必要があるぞ。なんというか、今の俺は自立できない実家暮らしの哀れな男、みたいな情けなさがある。


 これで家族を養っているだなんて言った日には、世間様から指を指されて笑われて馬鹿にされてしまう。もっと立派にならなければいけない。

 多少、生活が窮屈になっても、今の流されるような環境は改善すべきだろう。その分、今よりも頑張らなきゃいけないけど、腐っているよりはずっといい。


 そうなると、夢はでっかくマイホーム。二階建てで庭付きが理想的だ。あまり考えたくないが、数千万単位でお金が飛びそうな淡い夢。

 多少、貯金が出来てきたところであるが家を買えるほどのお金などある訳が無い。

 悲しいかな、現実はワンルームマンションが関の山だ。


 「お引越しするけど、シャンはどんなお家に住みたい?」


 すこし不安になって聞いてみる。


 「パパとママ、みんなといっしょなら、どこでもいいよ」


 「おお……」


 くそ……ちょっと涙ぐんでしまった。


 噴水付きの豪邸とか言い出したらどうしようかと思ったが、なんと天使なのだろう。こんな奇跡のような子を不幸にさせてはいけませんな。


 「シャン。俺、一生懸命頑張る! 努力するからな!」


 キラキラな未来に思いを馳せると、不思議とパワーが湧いてくる。生前では得ることの出来なかった情熱が俺の体を熱くさせてくれる。


 「うん、がんばってゆーしゃになってね」


 「お、おう……」


 そういえば、そっちの目標もあったね。そもそも王都に行く理由はそれがメインな訳なので、学園に入るのだから、むしろ収入源は落ちてしまう。

 夢のマイホームは程遠そうだ。



 昼が過ぎると、しくしくと雨が降り始めたのか、窓ガラスに水滴が付着している。


 「おえかきするっ」


 シャンは紙をいくつか持ってきて、俺にそう言って何かを書き始める。


 「なに描くの?」


 「まほう」


 「魔法?」


 抽象画でも描くのだろうか? うちの娘は芸術家としての才能もあるのかもしれない。

 鼻歌を歌いながら、さらさらと真っ白な画用紙に魔方陣を描きこんでいく。


 ああ、俺も小学生の頃に自作の魔方陣でやったな。五芒星のセンスのかけらもないやつで、出来上がったら錬金術師ごっこを始めるのだ。そして、術が暴走して、腕や足が無くなったかのような叫びで、「持っていかれた…………っ!」と叫ぶのである。我ながら馬鹿だと思う。


 「そっかあ……シャンもそういうごっこ遊びを覚えたか。いい歳になったら二度と出来ない遊びだから、今のうちに楽しむんだよ」


 覗いてみると、シャンが描く魔方陣は随分と本格的なもので、俺のチープな五芒星なんかとはレベルが違う完成度だった。


 「おおお! カッコイイじゃん! 中二心をくすぐられるデザインセンスだ。ここの意味不明な文字とかそれっぽいね。ねえ、どんな魔法なの?」


 「パパうるさーい」


 テンションマックスな俺に対してクールなシャンである。


 「ごめんなさい……」


 反射的に誤ってしまった。娘こわい。

 しばらくすると、


 「できたっ!」


 と言って、俺に掲げるようにして見せてくれる。


 「それでそれで! どんな魔法なのさ?」


 「えっと、【すくすく】ってまほうだよっ!」


 「何それ……?」


 魔方陣の完成度に反して、気の抜けたネーミングセンス。俺だったら【ギガブレイククラッシャー】とか【ガガブロスディビジョン】って名前つけるのに……勿体ないなあ。


 「あのね、ママによんでもらったえほんでね、でてきたまほうだよ!」


 「そうなんだ」


 「つかってみるっ!」


 「……え?」


 シャンが魔方陣に手をかざすと、画用紙から描かれた絵が浮かび上がって赤い光を放つと、彼女の体を包みこむように飲み込んでいく。


 「ちょっ……ごっこ遊びじゃなかったの!?」


 「えへへ」


 あまりにかわいく微笑むものだから、これから爆発しても許します。

 魔方陣の光量が増していくと、網膜を焼き尽くすような赤が視界を埋め尽くし、目が開けられなくなり瞳を閉じる。視界を閉ざしてもなお、瞼の裏は大火事で瞳が熱くなったような感覚さえある。


 「パパ、もう大丈夫だよ」


 「え……? 爆発とかしない?」


 「何言ってるの? それよりも見て見て! 大成功だよっ!」


 シャンが嬉しそうに報告するので、恐る恐る瞼を開く。

 すると、目の前に全裸の少女がいた。


 「えへへ、凄いでしょ? 本当はもっと成長させるつもりだったんだけど、まだ9才ぐらいが限界みたい」


 「すみません。どちら様ですか?」


 「えー、シャンだよ。そんなに見た目変わってないと思うけど」


 「ごめん。俺がついて行けてないだけだ」


 やはり、目の前の少女はシャンのようで、特徴的な長いブロンドの髪とくりりとした蒼い瞳を見れば、すぐに合点がいった。


 急成長にしても流石に成長が早すぎる。特に胸の成長が顕著ですね。


 「パパ、どこ見てるの?」


 「いや、母親には似てないようで良かったよ」


 つまり父親似と言うことか。

 俺もおっぱいないけど。


 するとガチャリと部屋のドアが開かれると、


 「いやあ、雨に嫌気がさして帰ってきちゃいました………………なるほど」


 雨に濡れたレインが部屋に入ってくる。何に納得したのだろうか?


 「いや、これは違うからね。断じてあなたの想像する行為に及んでいたわけではございませんから、どうか安心してください」


 「わかってますよ。ところで何処から誘拐してきたんですか?」


 「全然わかってなくない? この子はシャンだから。ほら、親なら見ればわかるでしょ?」


 俺に言われて、レインはシャンをじーっと見つめる。


 そして、胸を見て体を硬直させる。


 「……いや……た、確かに似ていますけど……違うのでは……?」


 「落ち着け、現実から目を逸らすな」


 「いやいや、私は至って冷静ですよ。だって、普通に考えてありえないです。成長しすぎじゃないですか……私が同い年の頃なんかうんともすんとも言わなかったんですよ?」


 「ツッコミどころはそこじゃないと思う」


 「あーあー、聞こえませーん!」


 閉店ガラガラと完全にシャットダウンする彼女であるが、


 「ママ、おかえりなさい」


 とシャンから良いボディブローが入ると、


 「あ、アハ……アハハ……た、ただいま……」


 残酷な現実を受け止めたのか、レインは明後日の方向を向いて返事をした。


 「……それで、どんな魔法で胸を成長させたんですか?」


 今度は現実に抗おうとしていた。

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