1-27 ドラゴンを討伐しちゃいました! 1

 ギルドにはたくさんの冒険者が招集された。

 俺の横にはレインとシャンもいる。

 そして、いつも見る顔のやつもいれば、見たことのない冒険者もいるのだけれど、さっきまでの喧騒は嘘のように静かだ。弓を思い切り引っ張たような緊張感があり、今にも弾けそうで危なっかしい印象がある。


 ララファが指揮を執り、緊急クエストの内容を説明している。

 A級モンスターは普段この近辺を徘徊したりはしない。本来、上級のモンスターは魔王の城の近辺にいるらしく、この町は魔王の城から随分と離れている。


 だから、上級モンスターを狩るB級以上の冒険者の殆どはこの町を離れて、よその国などに行く。つまるところ、この町には高ランク冒険者が不足しているのだ。

 今回のような事例は今までになく、精々、C級のワイバーンが関の山だったらしい。

 それがどうしたことか、今回に限って、しかもA級であるレッドドラゴンが目と鼻の先を飛んでいるらしい。

 

現状、この町に在籍している冒険者は、


 F級 500人

 E級 300人

 D級 150人

 C級 70人

 B級 5人

 A級 1人


 大雑把な人数でこれぐらいらしい。

 A級のドラゴンは大抵、A級冒険者がチームを組んで挑むレベルらしく、この町の戦力では絶望的だった。D級、E級クラスは殆ど戦力にならないと言っていい。

 けれどララファは、


 「安心しろ。この私がいるんだ。レッドドラゴンなど、どうとでもなる」


 彼女は胸を張ってそう主張する。

 元勇者パーティである彼女の言葉には不思議な力があるのか、それに感化された多くの冒険者たちに活気が戻る。少し場の雰囲気も明るいものとなった。

 

 そんな中でララファは作戦を説明しだす。

 レッドドラゴンは空中からのブレスを主体とした攻撃を得意とするモンスターで、現状の戦力ではブレスを完封するのは不可能と彼女は言う。


 この戦いの戦法は単純明快。やられる前にやれ。

 ドラゴンタイプのモンスターは硬い鱗で覆われているため、物理的な攻撃の類が通じないらしく、基本的な戦術として魔法で応戦し鱗を剥がしていく。次に剥がれた部分の柔らかい皮膚を集中的に攻撃し致命傷を与えていくのがセオリーなようだ。


 「レッドドラゴンはまず地上には下りてこない。だから、空中から叩き落す必要がある。そのためには全員の魔法で同時に攻撃する。心配するな、当てれば落ちてくる。そしたら私が前線で戦う。B級は魔法で後方支援に専念しろ。C級以下は、クエストの参加は各自の意志に任せる。逃げても構わない。家族がいるならそっちを優先しろ」


 彼女の声はギルド全体に響く。

 その声を聞いて、情熱的な目をする者、俯く者、辞退を申し出る者。辺りには様々な感情が渦巻いていた。

 俺はどうしたものかと考えていると、


 「そして、シンヤ、レイン、シャン、フェリ。お前たちは私と共に前線で戦ってもらう」


 ララファが俺達の方を見て言う。

 えらく大層な役所を任せられてしまった。

 もちろん、周りはざわつき始める。何せE級に昇格したばかりで、右も左もわからない若造だ。彼らの疑問は当然である。


 「あらあら、これは責任重大ですよ」


 レインが俺を煽るように言う。彼女は相変わらず飄々としていて、頼もしいのだか、頼もしくないのだかよくわからない。


 「俺は別にいいけど、シャンも連れて行くの?」


 「むしろこの戦いのカギを握るのは、勇者であるシャンだ」


 その言葉を聞いて、再びどよめきが起こる。


 「あの子が勇者?」「そんな馬鹿な」「まだ小さな子供じゃないか」「かわいい」「冗談がすぎるぜ」「食べちゃいたい」


 そんな声が無数に聞こえてくる。誰だよ、食べたいとか言ったやつ。

 その声の波をかき分けるように、ララファが言った。


 「それに、シンヤのスキルはシャンがいないと発動しないものもある。その子がいないと、お前も全力が出せないだろう?」


 ララファの言う通りで、俺のスキルは発動に条件があるものばかりだ。特に、使い勝手のいい「子守」なんかはシャンがいないと使えないのである。

 シャンの力を借りなければならないほど、現状は切迫してしまっているようだ。


 「それとも、シャンを守る自信がないのか?」


 ララファは煽るように言う。

 その言葉に多少なりともムッとはするが、実際問題どうなのだろう?

 こういう場合は娘の門出を祝うのが親の役目なのか。それとも娘はやらん! と奇天烈なオヤジを演じるのが正しいのだろうか?

 俺が悩んでいると、


 「まあ、さっきも言った通り逃げても構わない。無理強いはせん」


 ララファはそれだけ俺に伝えると、集合時間と場所を示す。

 うじうじ悩んでいる猶予はないのだろう。


 「あまり時間もない。日が沈むまでには覚悟を決めろ」


 その言葉を残し、多くの冒険者を連れて彼女はギルドを後にした。

 取り残されたのは、俺達を含めた低階級の冒険者だった。



 ☆



 しばらくすると、残された冒険者たちはそれぞれの決意を胸にひとり、またひとりとギルドを後にしていく。クエストに挑むも、避難するのも自由だ。今出ていった若いお兄さんはどちらを選択したのだろう?

 どちらにせよ俺の答えは一つである。


 「俺達も行こうか」

 「あ、国外逃亡ですか?」


 俺の言葉に対して、レインが茶化してくる。


 「馬鹿言え。ドラゴンとやらをぶっ飛ばすに決まってるじゃないか。こんな都合に良い、とっておきの場面が用意されたんだ。乗らない理由はないよ」


 「ボクはご主人様に従います」


 こんな状況でもフェリちゃんは相変わらずである。


 「シャンもゆーしゃかんばる!」


 そして、当の勇者様もこの様である。

 大人しく、静かに過ごす時間も貴重なものだけど、、少しくらいリスクを負うような生活こそが俺達の絆を深くするのだと思う。


 「よし、行くか! この町の平和のために!」


 俺の言葉に皆が頷いてくれる。

 しかし、反論する人もいた。


 「兄ちゃん本気か? 本気でドラゴンと戦うって言うのか?」


 それは一緒にお酒を飲んだ親父の言葉だった。


 「ありえねーぜ! だってA級だ! 無茶にも程がある!」


 そして、親父と口論していた金髪の兄ちゃんも反論する。

 彼らの意見はもっともだ。俺達は毎日、草むしりだとか、警備のような誰でもできるような仕事しかしなかった底辺冒険者だ。


 まあ、シャンは勇者で、レインもすごい力があって、フェリちゃんも聖獣だ。だからこそ立ち向かえる。

 俺にあるのは、この子達を守りたいだなんていう青臭い信条と偏った能力だけだけれど、俺はそれで十分だと思う。求めるべき何かがあるというのは生きる活力になる。


 「どんなに小さくても、やれることはやるべきです。俺からしたら今回の件なんか、荷が重くて嫌になるけど、これはちょっとしたスパークなんです。毎日、同じことを繰り返してたら狂いますよね?」


 これは金髪の兄ちゃんの受け売りだ。

 間が途切れないように俺は続ける。


 「でも、死にたくもないです。いざとなったら逃げてやります。守りたいものは守ります。人間は生きてこそです。死んだら終わりですからね。どんなに醜くても俺は生き延びてみせます」


 これは親父の受け売り。どうも俺は影響されやすいのがいけない。


 「すごい統一性のない生き方ですね」


 レインが微笑むように言う。

 まったく、主役らしく、俺がそれっぽいこと言ったのに台無しにする娘である。


 「とにかく、俺達は最強だ。負ける気なんかしないよ」

 「ボクも家族に入れてくれますか?」


 フェリちゃんは心配げに俺を見つめる。


 「もちろん。俺のペットだし」

 「ありがとうございます。ご主人様」

 「シャンもシャンも!」


 仲間外れにされたと思っているのか、ピョンピョンと跳ねて俺に縋りついてくる。


 「頼りにしてるよ」


 そうしてシャンの頭を撫でる。


 「ズルいです。ボクも撫でて欲しいです」


 とフェリちゃんが言う。

 これでいい。この日常が俺達の武器だ。


 「あんたら一体何者なんだ?」


 親父は俺達に向けて問いを投げかけてくる。


 「どこにでもいる普通の家族さ」


 俺はそう言い残して、ギルドを後にした。




 「ようやく来たか。遅いぞ」


 西に向かって太陽がこくりこくりとする時刻に、俺達は集合場所である町の正門にやってきて、早速お叱りを受ける。でも、ララファはどことなく嬉しそうな表情を浮かべている。


 ザっと見て、集まった冒険者の数は50人程度だろうか? これだけいれば何とかなりそうな気もするけれど、これが初の討伐クエストなため、勝手がわからない。それに半分は魔術師と偏った編成で、その内前衛は三分の一にも満たない数である。

 もちろんE級は俺達だけだ。他に見知った顔は見受けられない。


 「ドラゴンは現在アンフェル平原で旋回をくり返している模様です!」


 門番の一人がそう告げ、それを聞くとあたりがざわめく。

 アンフェル平原は町を出たことのない俺でも知っている。この町の近くにある森林地帯を抜けた先にある場所で、そこには初級のモンスターが生息しているため、E級の冒険者の間からは聖地と言われているらしい。


 平原のような開けた場所なら戦いやすくもなるが、森林地帯のような鬱蒼とした場所まで進行されれば、圧倒的に不利な状況になってしまう。

 ドラゴンの気が変わらないうちに森林地帯を抜けることが最良であり、この機会を逃せば最悪のシナリオが待っているだろう。

 準備も整い、出発の合図が下る。


 「待ってくれー!」


 すると、後ろのほうから声が聞こえた。

 声の主は、D級の親父と金髪の兄ちゃんだった。


 「俺達も連れて行かせてください!」


 彼らは必死にララファに訴えている。それもそうだ、C級の冒険者すら躊躇し、辞退する人もいるなか、各下である彼らを受け入れてくれるとは到底思えない。

 けれどララファは、


 「お前たちは補給チームに入れ、決して前に出るなよ」


 そう言って向かい入れてくれる。


 「シンヤたちは前衛なんだから。そんな隅っこにいないでこっちに来い」


 言われた通り、俺達は大軍をかき分けて先頭に立つ。誰もかれもが注目していて、なんだかヒーローになった気分で恥ずかしくなる思いだ。

 けれど、浮かれている場合ではない。ヒーローになれるかはこれからの戦い次第なのだ。気は抜けない。


 息を整える暇もなく俺達は出発をした。

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