1-26 Eランク歓迎会
Eランクに昇格したことは俺の中で大きな喜びだった。
なんたって、今までの俺のお仕事なんて、公園の草むしり、近所の迷いベヒーモスの捜索、土木作業と現代的に言えばフリーターのような生活で貧しいものだった。
けれど、今日からは違う。俺はEランクであれど、立派な冒険者の仲間入りを果たしたのだ。
これからは広大な大地を駆け巡り、異形の怪物ども相手に剣を持って立ち向かうのだ。まさしく勇者としての大いなる一歩ではないか!
期待に胸を膨らませてやってきたのがお馴染み、有象無象が連なるギルドである。
これからはここにいる汗臭いマッチョマンともお仲間だ。この前までは、彼らが怪物との戦いの話を酒の肴にして楽しんでいるところを、くそう、と席の片隅で眺めていたが、これからは俺もその椅子に座ることが出来るのだ。彼らとも仲良くせねばなるまい。
冒険者に必要とされる要素、それは秀でた戦闘能力ではない。みなさんお馴染み、コミュニケーション能力だ。
おすすめの狩場だとか、素材の在処。こういった情報を得るには、人との繋がりである。現代ならばネットなんかを利用すれば容易に手に入るのだが、この世界にそんなものはない。
結局、どの世界でも人との交流は不可欠なのである。
今日、ギルドにやってきたのもその一環で、初心者冒険者交流会なんてものが集会場で模様されるらしい。
要はEランクへと階級が昇格した人を祝う会だそうで、昇級のたびに模様されているものらしい。
そして、これを企画しているのは以外にもララファなのである。
さすがはA級冒険者さん。初心者冒険者への配慮が垣間見えるなあ。と感心していた俺はララファを見直したのだが、
「みんなで汚い酒を飲む席がほしい」
企画理由があきらに自分のためのもでガッカリである。つうか汚い酒ってなんだ。祝杯の場で絶対に口にしないでほしいものだ。
ちなみにレインとシャンは欠席でレイン曰く。
「そんな汚い場に行ったらシャンに悪影響が出ちゃいます」
とのことだ。彼女たちにとってギルドはゴミ屋敷か何かなのだろうか?
集会場に入るとムワッとした空気が迎えてくれる。
汚い空気でむせ返りそうになるが、
「E級昇格おめでとう。シンヤくん」
サララさんのおかげで深呼吸することが出来た。母性充填完了の瞬間だった。
「ありがとうございます。これでようやく町からでることが出来ますよ」
「これからが大変なんだから、浮かれてばかりじゃダメですよ。でも、まあ、今日くらいはいっぱい浮かれてくださいね。それじゃ」
そう言って、まだ仕事があるのか、サララさんは俺を残してどこかに行ってしまう。
一人取り残されそわそわしてしまう。
今日ここに来たのは他の冒険者と交流を深めるためなのだが、正直言って俺は営業向きの性格ではない。こういう仕事は他の誰かに任せたいところなのだが、知り合いには人格破綻者しかいないせいで自然と俺に役目が回ってきてしまう。
しかし、こうして見るとギルドには様々な人がいる。
既にアルコールで出来上がっていて盛り上がっている人間。
なぜこの場に来たのかわからない、隅で寂しく飲んでいるリザードマン。
酒臭い息を周りに吐き散らすドワーフ。
数少ない女性冒険者を既に射止めているエルフ。
なんか知らんがパンツをばら撒いているララファ。
さて、どれに話しかけよう?
とりあえず最後のはない。
いつもの俺なら食いたいものを食って、さっさとお暇するのだが、今日に限ってはダメだ。これからの冒険者人生に左右する問題だ。ここで頑張らねば家計に響くかもしれない。
さっそく気合を入れ直し、俺は行動を起こすことにした。
作戦① 既に出来上がっている人間に混ざる
やはり酒の席なのだから、アルコールで狂った人間と接するのが常套手段だと思う。やつらは思考能力が低下しているので、知り合いでもない俺なんかに対しても寛容的に受け入れてくれる。
俺の隣にいる無精ひげの親父は楽しそうに語る。
「俺はD級冒険者なんだよ! すごいだろ? ああ、確かにララファ様のようなA級冒険者なんかと比べたらカスもいいところさ。けれども、俺のすごさは位で決まるすごさじゃあない。冒険者で一番死亡率の高い階級がどこか知ってるかい? E級? A級? いいや、違うね。D級さ。D級冒険者ってのは冒険に慣れ始めて気が緩む時期なのさ。だから、今の自分ならもっと、強いモンスターを倒せるだなんて意気込んで、結局死んじまうやつばかりなのさ。だけど、俺は違う。断じて違う。クエストのたびに、回復薬はありったけ持って行って、自分の身の丈に合ったモンスターを狩る。そんな毎日さ。だから、収入なんてE級の君たちと対して変わりはしない。けど、やっぱり人間健康が一番さ! 健康である限り人生の半分以上は幸福でいられるんだよ!」
酔っぱらいはとにかく声がでかく、話が長い。
親父の話はタメになるが、俺はいい加減切り上げて次に行きたいのだけれど、親父の熱弁は止まることを知らない。
俺が相槌をうちながら話を聞いていると、親父の話に切り込んでくる人がいた。
「いいや、オッサン。オレは違うぜ!」
派手な金髪の若い兄ちゃんが言う。
「冒険者はもっと無謀に生きるべきだぜ。オレたちは生きるために冒険してるんじゃないんだぜ? 夢とか、愛とか、そんなキラキラした未知の世界を求めて冒険するんだ。死ぬのを恐れてちゃ、いつまでたっても手に入らない。そんなの生きてる気がしないぜ! まるでゾンビだ! 毎日おなじことをくり返す人生なんて狂っちまう!」
金髪の兄ちゃんは親父に対して反論をする。
結果、酔っぱらい同士の喧嘩が始まってしまうのだ。
相当まわっているのか、お互い舌がもつれていて何を言っているのかわからない。
俺は置いてきぼりである。チャンスなのでそろそろお暇しよう。
作戦その② 片隅のリザードマンと仲良くなろう
男なら、だれでも孤高という言葉に憧れるものである。
いまだに片隅でぶどう酒をちびちび飲んでいる一人のリザードマンに俺は目を付けた。
きっと、彼は孤高の冒険者に違いない。それならば独自の攻略法、お役立ち情報を知っているはずだ。
ソロの冒険者というのは非常に稀である。その理由は死亡率が高いうえに、チームで動くよりも効率が悪いことだ。
もちろん報酬は一人で総取り出来るというメリッドがあるが、命を懸けて孤高を気取る人は少ない。
そんな彼に話しかけるだなんて、頭のねじが数本抜けてるよ! と言われても反論できないけれど、何事も行動である。
なんてたって俺にはとっておきの作戦があるのだ。
「フェリちゃん!」
「お呼びでしょうか、ご主人様」
俺が呼ぶと、彼がどこからともなくやってくる。
「……本当に来るとは。どこにいたの?」
「ご主人様が浮気をしないか影で見張っていました」
なるほど。これから行動は気を付けよう。
「あそこにいるリザードマンと交流しようと思うのだけれど、手伝ってくれる?」
「もちろんです。ご主人様の命令ならば何でもボクはする覚悟です。ですけど、見るからに堅物ですよ? 話しかけた途端斧で頭をかち割られそうです」
「大丈夫さ。おさんぽ作戦なら」
「おちんぽ作戦?」
「ちげーよ。おさんぽ作戦!」
おさんぽ作戦とは、俺が現代社会人だった頃、合法的に少女たちに近づくために使った荒業の名称である。
生前、俺は犬のブーちゃんを飼っていて、休日の夕暮れ時によくお散歩に連れて行ってあげていた。公園にはたくさんの家族が日向にいて、俺とブーちゃんは日陰からその光景を眺めるのが日課であった。
けれども、一瞬だけ日向を浴びれる瞬間がある。
純粋無垢な女児が、
「さわってもいいですか?」
と俺に聞いてくるのだ。
もちろんそれは犬のブーちゃんに示す言葉であり、断じて俺に触りたいわけではない。けれど、不思議なことに、それだけで一般女児と交流できてしまうのだ。
日本では成人男性が無闇に少女に近づくことはご法度であり、最悪の場合逮捕という結果になりかねない。だが、このおさんぽ作戦ならばギリギリ合法なのである。
「つまるところペットの力で篭絡するのだ」
「なるほど、さすがご主人様。才気煥発ですね」
「そこで、フェリちゃんにはフェンリルになってもらって、俺とおさんぽする。そして、あのリザードマンに近づいて交流をするのだ」
ギルドでお散歩は少し無理がある設定だが、まあ、異世界だし多少の無理は通るだろう。
「それではご主人様。ボクに首輪をつけてください」
彼は懐から首輪を取り出し、俺に差し出してくる。
「なんでこんなもの持ってるの?」
「毎晩、これをつけてご主人様のことを想っています」
「……そうか」
なにをしているかを聞こうと思ったがやめた。無言でフェリちゃんに首輪をはめる。
なんだか変態プレイをしているみたいだ。いや、公衆の面前で男の娘メイドに首輪をつけるだなんて、誰がどう見ても変態である。
「はやくフェンリルになってもらっていい?」
「もう少し、この余韻に……」
「お願いだから変身して! これ以上は周りの視線がつらいの!」
フェリちゃんは少し逡巡する。
「わかりました」
そういうと、一瞬のうちに人間の姿から狼の姿へ形を変えてしまう。
周りから驚いた声が聞こえたが、俺はリードを掲げて飼い主アピールをする。
それでもざわつきは収まらないが、まあ構わない。
そして、件のリザードマンの前にやってくる。
「フェリちゃんは人懐っこいアピールをしてくれ」
「はい。アピールします」
そう言うと、フェリちゃんは俺に飛び掛かってくる。
「違う! 俺じゃなくてリザードマンさんにアピールだよ!」
「はあ……はあ……っ! ご主人様ぁ!」
フェリちゃんは盛りのついたオスのように、というかまんまそれで、腰を犬の交尾のように俺の尻めがけて打ち付けてきやがる。
「やめなさい! 人前で恥ずかしいでしょ!」
「でもでも! 抑えられないんです!」
その痴態をリザードマンはジッと俺達を観察している。変態なのだろうか?
すると、
「……かわいいですね」
と一言。変態だった。
「え? こいつがですか?」
「はあああああ、ご主人様が妊娠しちゃいます!」
普通にしていればかわいいけれど、今のフェリちゃんはただの野獣で、到底かわいいとは思えない。リザードマンの観点からしてみれば、この飢えた狼がかわいいのかもしれない。生物は不思議に満ちている。
「触ってもいいですか?」
「はい。引き剥がしてください」
未だに俺に覆いかぶさる状態で、フェリちゃんはパンパンしている。その頭を撫でるリザードマン。なんというか傍から見たら異様な光景だと思う。
「私、動物が好きなんですよ」
「相当好きなんですね。俺は嫌いになりそうです」
パンパン! パンパン!
「それに、人間と交尾するファンリルなんて始めて見ました」
たぶん世界初だと思います。
以外にも、リザードマンさんは話しやすい人だった。
なんでも人見知りのようで、みんなの輪の中に入りたいと常日頃から思っているらしいのだが、自分の見た目を気にしているのか、なかなか踏み出すことが出来ないようだ。
フェリちゃんも性欲を吐き散らして満足したのか、人間の姿に戻り、俺達はリザードマンさんと一緒に飲むことにした。
「私はジャックです」
リザードマンさんは名乗ると俺とフェリちゃんも同じようにあいさつをする。
彼はクエストなどをソロでこなすのが主義のようで、周りの冒険者からは「孤高の竜」なんて通りなで呼ばれているB級冒険者のようだ。
そのせいか、こういった飲み会の場に参加するも、周りから恐れられてしまい、悲しいことに一人で過ごす羽目になってしまうらしい。
「私は小心者で、自分から交流するのが怖いのです。ただ、小心者だからこそ、今まで生きてこれたんだと思います」
寂しそうにジャックさんは語る。
「俺で良ければ、相手になりますよ。やっぱり、こういう場は大事ですからね。俺は情報収集だとかのために来てるんですけどね」
「それも立派な理由です。人には小さな努力が必要だからね。特に私達のような冒険者は積み重ねが大事だ。それを忘れたら終わってしまう」
彼はどこか遠くを見て語る。きっと、色々な冒険者の末路を見てきたのだろう。
彼と情報の交換など談笑をしていたのだが、その途中、急にジャックさんの気配が変わる。先ほどまでのおおらかな雰囲気は消え去り、鋭い目つきで何もない空間を見据えている。
「どうしたんですか?」
俺が尋ねると、
「厄災が来る」
そうジャックさんは言った。
すると、
「緊急クエストです! この町にA級モンスター、レッドドラゴンが近づいているとの情報が入りました! 冒険者の皆さんは討伐の準備をお願いします!」
集会所内にサララさんの声が響き渡る。
さっきまでバカ騒ぎしていた筈の冒険者たちは、そのアナウンスを聞いて急に静かになり、あたりが静寂に包まれる。
これが、外の世界の空気なのだろうか。
あのララファでさえ、笑顔が消えてしまっている。
俺はただ、その静かな世界を見つめることしか出来なかった。
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