1-28 ドラゴンを討伐しちゃいました! 2

 森林地帯は足場が悪く、絡みつく草木のせいで歩きづらい。そのせいか普段よりも体力が持っていかれてしまい、湿った熱さのおかげで、シャツが汗でへばり付くのを気持ちの悪い気分で受け止める。


 シャンはフェンリルになったフェリちゃんに跨り、まるで遠足にでも行くようにはしゃいでいる。

 何度か休憩を挟むのだけれど、これがはじめての冒険である俺達にとっては難儀なものだった。

 レインも随分と息が上がっている。表情には出さないが、彼女にも疲れが出ている。

 すると、


 「これ、使ってください」


 神官の女性が、青い液体の入った小瓶を渡してくれる。


 「これは?」

 「元気が出るお薬です。飲んだらかなり楽になると思いますよ」


 そう言って微笑んでくれる。俺が学生だったら惚れていたところだ。


 「ありがとうございます」

 「奥さんにもどうぞ」


 レインにも提供してくれる神官さん。俺が独身だったら結婚しているところだ。

 瓶のふたを開けて一口で煽る。


 「うお、おおおおおおお!」


 俺が飲んだのを見て、レインも飲む。


 「これは、すごい。シャッキリしますね」


 飲んだ瞬間に体が軽くなり、力が湧いてくるのである。


 「私の手作りの体力増強剤です。効果あってよかったです」

 「これはすごいや! もう一本貰えませんか?」

 「はい、構いませんよ」


 神官さんは嫌な顔せず、俺にもうひとつ魔剤を渡してくれる。

 そうしてもう一杯。


 「うっひょおおおおおおおおおおお!」


 なんてエネルギッシュなんだ! アルコールとは別の快感がある。例えるなら全身の毛穴から射精したような感覚である。


 「あ、でも明日になったら疲れがぶり返すので気を付けてくださいね。二本だと神経が断裂するかもです」

 「うわああああああああああああああ!」


 俺は絶望した。


 「うふふ、冗談です」


 神官さんは満面の笑みで地獄の言葉を発する。この人は腹黒いタイプな気がする。

 俺達のやり取りを見ていた後列の人達からドッと笑いが起きる。


 「戦う前から死ぬんじゃねえぞ!」「骨は拾ってやるからな!」「シャンちゃんを僕に下さい!」とこれから戦いに行くと言うのに、陽気に声をかけてくれる。もしかしたら冒険に不慣れな俺に気を使ってくれているのかもしれない。なんか最後の方に変な声も聞こえたが気のせいだろう。


 「ところでララファはレッドドラゴンと戦ったことあるの?」

 「もちろんだ。まあ、あの頃は勇者の野郎がワンパンで倒すもんだから何の経験にもならなかったがな」

 「じゃあ、まともに戦うのは今回がお初なの?」

 「そうだ」


 きっぱり断言する。

 なんだか不安になってきた。


 「それにしても、どうしてA級のドラゴンがこんな田舎町に来るのかな?」

 「わたしが知り合いの魔王に頼んで持ってきてもらったのだ」

 「は……?」


 わーお。このロリは何を言っているのでしょう?


 「この町の冒険者はどこか緊張感が抜けてるのでな。つまるところ意識改革だ。ついでに昇格祝いの出し物と思って用意したのだが、E級はお前らしかいないなあ。残念だ」


 前から思っていた事なのだが、ララファは脳味噌に蛆がわいていると思う。一般的倫理観ってやつが欠けている。

 それに驚くべき発言はそれだけじゃない。彼女は魔王と知り合いと語っていた。


 「だいたい魔王って勇者の敵じゃないか。ララファは魔王と面識あるの?」

 「うむ、そもそもマオちゃんは勇者パーティの一人だった」


 彼女は俺の常識を覆すようなことを言う。俺の知ってる魔王は世界を征服しようとたくらむ悪の象徴たる人物だ。それが勇者と共に戦うとは驚きだ。

 しかし、最近の魔王事情も変わってきているのかもしれない。萌えの記号に使われたり、魔王が転生したり、ライダーになったりと魔王業界にもいろいろあるのだろう。世の中ってやつは常に変化を求めているものだ。その反動が異世界にも押し寄せているのかもしれない。


 「つうかそのマオちゃんもよく応じてくれたね」

 「黒い勇者を倒して、目的もないから毎日暇にしているそうだ。ははは、面白い奴だろう?」


 全然面白くないし、迷惑千万だ。俺達は魔王のお遊びで恐怖に震えていたのか。そう考えると実に魔王らしい行いをしているじゃないかマオちゃん。会う機会があればウンコでも投げつけてやろう。


 「それにシャンの勇者の力を引き出すためでもある。家族の愛でのほほんと育つのもいいが、白い勇者に育てるためには世のため人のために行動させねばな」

 「まったく強引がすぎる。逃げてたら勇者失格だったじゃないか」

 「くふふ、わたしは来ると信じていたぞ。あ、ちなみにこれは皆にはオフレコで頼む」


 人差し指を口に当てる姿がチャーミングだなあ。


 「言ったらブーイングの嵐だよ……」




 そうして、茶番から心を切り離して、無意識に歩くころには、森を抜けることが出来ていた。

 ドラゴンが待つアンフェル平原に到着した我ら一行である。


 そこには夢に見ていた広大な景観が広がっている。どんなに目を凝らしても先に見えるのは、青々とした風情のある草原だ。

 俺達はその広い大地に足を踏み入れた。そして新たな冒険に思いを馳せ一歩踏み出した。そのとき、突然の突風が体に打ち付けられた。


 風圧で俺はバランスを崩し、尻もちをついてしまう。立ち上がろうとしても、暴風のせいか立ち上がることが出来ない。まるで大地震が起こったかのような衝撃だった。

 周りの人達も俺と同じように、地面に手をつき何とか飛ばされないように必死にしがみついている。


 空気が大地を揺るがし鼓膜を震わせている。


 何かが爆発したような衝撃で、視界を確保することすら難しい。何とか顔を挙げて、空を見上げる。そこで俺は目を疑った。

 灰色の空は掻き消え、赤い鱗が世界を覆っていた。


 「きたか」


 ただ一人、無事に立っているララファがそれに向かって呟く。

 そして鼓膜をつんざく轟音。何かが俺達に対して咆哮している。


 そこでようやく事態に気付く。レッドドラゴンが俺達の上で旋回をしている。まるで、品定めでもしているかのように、ゆっくりと見据えている。


 「態勢を立て直せ! 敵は目の前に来ている!」


 ララファが叫ぶ。

 けれど、圧倒的なエネルギーの前に立ち上がれる者は少数で、俺も「子守」を発動させ、なんとか立ち上がることが出来た。

 これがA級モンスターの力なのか。


 「おー、どらごんさんだ!」


 誰もが事態の変貌に動転しているというのに、シャンには変化が見られない。流石は俺の娘だ。頼もしい限りである、


 「風の聖霊よ、契約のもと我に自然の導きをあたえよ――――」


 ララファが詠唱すると、浮かび出た魔方陣から竜巻が巻き起こり、ドラゴンに向かって放たれ、風圧でドラゴンの態勢が崩れる。


 「今のうちに魔法を準備しろ。一斉攻撃でやつを叩き落とした後、前衛は私と一緒に行くぞ。シンヤ、行けるな?」


 「ああ、定時は過ぎた」

 


 スキル「残業クロノスの声」発動



 時間が過ぎるたびに、体の中のエネルギーが増幅されていく。

 「レイン!」

 俺は彼女に手を差し出すと、彼女も無言で握り返してくれる。


 スキル「経験は記憶の父知恵の母」発動


 彼女とも感覚を共有する。レインの魔法の知識が頭の中に知識として刻まれる。

 レインが魔方陣を描き出すと同時に、俺も自然と指が動き出す。

 後衛の人達も魔法の詠唱をしている。


 「よし! 同時にドラゴン目掛けて放つぞ! 撃てっ!」


 ララファの指示で全員の魔法が放たれドラゴンに着弾する。

 多くの爆発で煙の中からドラゴンのうめき声が聞こえる。


 「やったか!?」


 誰かが言う。まじやめろ。

 案の定、煙の中から現れたドラゴンは何もなかったかのように姿を現すと、大きく広げられた口をこちらに向ける。

 瞬間、吐き出されたのは炎だった。

 ドロリとした赤黒い炎が飛来し俺達を飲みこむように迫る。


 「編成を崩さずに後退だ!」


 ララファがそう指示するが、目の前の猛威に臆した低階級の冒険者は散り散りになり逃げまわる。普段戦闘になれている者でも、その光景と目の前の敵の存在でパニックになり陣形が乱れてしまう。

 炎が地面に着弾すると、草木に引火して、盛大に燃え上がると炎の壁が作られ、形成を崩したパーティが分断されてしまう。

 たったの一瞬で、半分以上の戦力を失ってしまった。


 こうなっては蹂躙される一方だった。

 ドラゴンは所かまわずにブレスを吐き続ける。現状、逃げ回ることしか出来ずに防戦一方の状況だ。魔術師が懸命に攻撃するが、ダメージを受けている様子は見受けられない。

 子供に踏まれる蟻のような気分だ。


 「うーむ。やはり無理か」


 俺の横でララファが知れっとした顔で言う。


 「ええ……来る前の自信は何だったの?」

 「そんなものハッタリだ。レッドドラゴンを撃ち落とすにはA級の魔術師が10名以上必要だからな。最初から無理なのはわかっている。だが安心しろ。撃ち落としたらわたしがボコボコにしてバーベキューにしてやる」


 「その前提が無理なのですが……」


 流石のレインも呆れ果てているようだ。


 「だから、そこで勇者様の出番だ。シャンにさっきの一斉攻撃を真似させる」

 「へえ、どうやって?」

 「それはお前ら夫婦で考えろ」


 あ、この人上司にしたくないタイプの人だ。俺の会社の上司にもいました。


 「ほら、早くしないと次の攻撃がくるぞ!」


 そう告げる頃には、ドラゴンが次の攻撃の態勢に移っていた。

 冷静に後退し対応するのだが、火が燃え広がり行動できる範囲が徐々に狭まっていく。このままでは退路が無くなり、めでたくバーベキューになるのはこちらだろう。


「わたしが何とか抑えるから、お前たちは勇者を目覚めさせることに尽力しろ。補給班はありったけのマジックポーションを持ってわたしに浴びせ続けろ!」


 攻撃はララファが担い、他はサポートに徹している。

 怪我人の治療、消火活動、補給活動。皆が町を守るために尽力してくれている。

 俺達も見てるだけじゃいられない。


 「とにかくシャンをその気にさせなきゃ! なんかご機嫌グッズとかないの?」

 「ある訳ないじゃないですか」


 バッサリである。


 当のシャンは疾走するフェリちゃんに跨り大変楽しそうである。よくまあ振り落とされないものだ。

 まずはドラゴンに興味を向けることが先決だ。


 「フェリちゃん、シャンをこっちに!」

 「かしこまりました」


 流石フェリちゃん。超優秀。

 シャンを受け取り、片手で抱っこする。右手にシャン。左手にレイン。イコールとても走りにくい。これが剣と盾なら多少は様になるのだろうな。


 「ねえ、シャン。さっきみんなでやった魔法うてる?」

 「まほう?」

 「そう魔法。あの空飛ぶトカゲにぶっ放してほしいんだ」

 「まほーって何?」


 なるほど、まずそこからかあ。いや、俺も魔法とかよくわからんけども。


 「手から出す、すごいやつだよ」

 「シンヤさん。もしかして飲んでます?」


 横から馬鹿にしたような口調で突っ込みが入る。


 「そんなこと言っても、俺は魔法の根源とか理解してないし」

 「根本なんかどうでもいいです。シャンには抽象的な説明で伝わります」

 「へえ、例えば?」

 「キラキラなビーってやつです」

 「お前飲んでる?」


 なんだキラキラなビーって。


 「おー、キラキラなビー! シャンできるよ!」


 どうやら通じたらしい。流石は生みの親である。


 「漫才してないで何とかしろ!」


 ララファはひとりで懸命に魔法を連打してドラゴンを抑えているが、声のトーンからして相当にきつそうだ。ゲーム的に言えばMP切れそうである。


 「よっし。キラキラなビー任せた!」

 「うん、キラキラ!」


 と言うと、先ほどの全員分の魔方陣が空間を踊る。


 「うっわ……」


 俺は思わず引いてしまった。


 「くふふ、さすがは勇者。そうでなくてはなあ!」


 シャンは満面の笑みで魔法をぶっ放す。


 「ビイイイイイイー!」


 圧倒的光量がドラゴンに襲い掛かる。さっきと威力が違うのか、一発当たるたびに轟音を響かせ、まるで爆弾が爆発したかのような衝撃がこっちにまで伝わってくる。

 さらに、恐ろしいことに一つの魔法空中で分裂し雨あられとドラゴに降り注ぐ。


 何度も、

 何度も、

 何度もマシンガンのように魔法は絶え間なく放たれる。


 魔力の奔流がドラゴンの体を打ち付けると、鱗は剥げ、翼はぼろ雑巾のように形を崩していく。もうこの子ひとりでいいんじゃないかな。

当然飛行能力を失ったドラゴンは地に落ちてくる。


 「チャンスだ。いくぞ」


 ララファの合図と共に、俺、レイン、フェリちゃんが突進する。

 まず先手に躍り出たのがフェリちゃんだった。

 さすがは聖獣と言うべきか、迅雷のごとくドラゴンに駆け寄り、ドラゴンが墜落する最中、目にもとまらぬ速さで鱗の剥げた皮膚を引き裂いていく。


 そして落下するドラゴンの真下にはララファが立っていた。


 「刮目しろ! これが、代々伝わる必殺奥義!」


 すると、ララファの右手が黄金色に包まれる。


 「パラディンパンチ!!!」


 ララファが珍妙な技名を叫びながら、ドラゴンの懐に抉り込むようにアッパーを放つと、小さな体のどこにパワーがあるのか、ドラゴンは空中に打ち上げられる。


 「ほら、行け! バカ夫婦!」

 「うるさいロリゴリラ!」


 思考と能力を共有している俺達は言葉を交わさずに次の行動に移す。

 レインから流れてきた思考は、ゼロ距離で同時にありったけの魔力をぶっ放すと実にシンプルな攻撃方法だった。

 俺とレインは同時にジャンプし空中に舞い上がり、同時に魔方陣を描く。

 この魔法は近距離型の「インパクト」という凝縮させた魔力を衝撃波にして、一定範囲内にダメージを与える魔法のようだ。


 「いきます!」


 レインの合図と共に、ドラゴンの腹に潜り込み、俺達はゼロ距離で「インパクト」を同時に発動させる。


 発生した青白い衝撃波は、鼓膜が破れてしまいそうな轟音と共に目の前で爆発する。まだ意識があるのか、ドラゴンは攻撃を食らうと、酷い声で雄たけびをあげる。だが、確実に弱っている。


 その証拠に、飛行する力が残されていないのか、ドラゴンは慣性に身をゆだねるように墜落していく。

 効果は抜群だ。


 俺達が反動で地面まで真っ逆さまに落ちていくのをフェリちゃんが途中で救出してくれる。


 「ありがとう、フェリちゃん。どうする? このまま突っ込む?」

 「いえ、一度陣形を整えましょう。下も消火活動をしているようですし。何より深追いは禁物です。撃退できただけでも儲けものです」


 レインに言われて下を覗くと、数人の魔術師が消火のために水の魔法を使っているのが見える。おかげで、分断された戦力が徐々に戻りつつある。

 俺達も合流するために、ララファのもとに戻ることにした。

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