1-24 夫婦の絆は鎖でつながれました!

 昇格戦の参加登録を終えて、迫る戦に向けて俺達は改めてチームワークについて考えることにした。なんだかんだ毎日を家族として過ごしているのだから、問題ないだろと思っていたのだが、まるで駄目だった。


 「シンヤさん、そっち行きました」

 「え? どっち?」

 「パパはんたい!」


 ララファ邸には中庭なんてものがあって、しかもサッカーが出来そうな広さの園庭だ。

 俺達はそこで蝶を捕まえようとしているのだが、これがなかなか上手くいかない。いや、俺の動きはアクティブなんですが、指示する人間がダメダメなんですよ。


 「相変わらずチームワーク無いなあ、あいつら」

 「そうですね。僕とご主人様だったらもっと上手くできますよ」

 「うんうん。フェリちゃんとだったら、もう10匹は捕まえてるね」


 俺の言葉にレインが反発する。


 「あら、私だって指示出す相手がシンヤさんじゃなかったら100匹超えてますよ?」


 いや、流石に100匹は無理があるだろ。そんなにいたら気持ち悪いから。


 「つかまえた! みて、パパ、ママ!」

 「ああ、シャンはすごいなあ」


 蝶を捕まえたシャンが喜んでいるが、なんだかなあである。

 そもそもなぜ蝶を捕まえているのかと言うと、これはララファの言うチームワークを高める特訓だそうだ。しかも、単純に捕まえるのではなく、レインの指示に従って、目隠しされた俺が指示通りに捕まえるといった手順を踏まなければならない制約がある。


 「子供が捕まえたと言うのに、お前らいい大人が捕まえられないだなんて情けない話だな」


 ララファが、淡々と煽ってくる。


 「蝶を捕まえるぐらい自由でいいじゃない。わざわざ指示に従って動くだなんて効率が悪いんじゃないかな? だいたい目が見えないんだよ? 無理無茶無策!」

 「そうですね。個々で動いた方がたくさん捕まります」

 「チームワークの練習って言っているだろ。数の問題じゃない」

 「あ、ボクも捕まえました。褒めてくださいご主人様」

 「フェリちゃんはかわいいなあああ!」


 とりあえずフェリちゃんの頭を撫でておく。


 「なにかコツとかないんですか?」


 珍しくレインがララファに享受を求めている。


 「もっとお互いを信じろ。尊重し合え」


 そう答えが返った来るが、ふわっとしていて結局わからない。


 「えー、信じるってシンヤさんをですか? 平気で浮気するような人ですよ」

 「……あのことまだ怒っていらっしゃるのですか?」


 以前、俺がサキュバスにえちいことをしてもらおうと目論んでいた。彼女が言っているのは恐らくそのことで、結果的に失敗に終わったのだけれど、というかフェリちゃんに阻止されたわけだが。よくよく考えて、最低だなあと我ながら反省したものだ。


 「別に怒ってないです。どうしてシンヤさんなんかに怒る必要があるんですか?」


 と最近はこんな感じで取り付く島もない。

 こんな関係でお互いを尊重するだなんて、無理な話である。


 「ええい! もう一回いくぞ」

 「……わかりました」


 俺は気合いを入れて目隠しをつける。

 集中だ、集中。全神経を耳に集めるのだ。


 「左に蝶がいます!」

 「よっしゃ! この! この! 捕まえたら蝶野って名前にしてやる!」


 虫取り網をしっちゃかめっちゃかに振り回す。


 けれど、


 「駄目ですね」


 とレイン。


 目隠しを外せば、蝶はひらひらと舞い踊っている。なんだか馬鹿にされた気分だ。


 「もう、左ってどれくらい左なのさ!」

 「真横ですよ。そもそもそれを伝えたとしても、シンヤさんの振り回し方じゃ捕まるわけないです。叩き殺す気ですか?」


 何も解決することなく俺達はただ怒る。これでは先に進まないとわかっているのだが、こうすることでしかお互い分かり合えないようだ。


 「終わりだな。お前ら、本当に夫婦なのか? なんだかお互いの嫌な所にしか目がいってない倦怠期のカップルみたいだぞ」


 ララファの言っていることは的を射ている。そもそも俺達の関係は期間限定でレインを彼女だとか嫁だとか、そういう目で見たことがない。

 きっと、レインも同じ思いだろう。


 「特訓する前にお前ら仲良くすることから始めろ。とりあえず手を繋げ」

 「えー、なんでさ」

 「いいから」


 小学生でもあるまいに、なんかドキドキするなあ困ったなあ、と思いレインの顔を見ると嫌そうな顔をしている。ムカつくので俺も全力で嫌な顔をした。

 彼女の手は年相応に柔らかく、強く握ったら壊れてしまいそうなほどきめ細やかな小さな手だ。お察しの通り女子の手など、フォークダンスやらイベントでしか触れて来れなかった童貞にとってドキドキフェスティバルである。


 「よしよし。それじゃあこれをつけてっと」


 カシャッ、と金属が擦れる音がした。腕に硬いものがはめられている。

 よく見ると俺とレインの繋いだ手の腕に手錠がはめられている。


 「あの、これはなんですか?」

 「お前ら、これを付けて生活しろ」


 恐ろしいことをサラッとララファが言う。


 「まともに身動きが出来ないんですが」


 レインが抗議の声を上げる。


 「そりゃそうだ。手錠でお互い繋がれているんだし」

 「あはは……さすがにきついですね。一日中シンヤさんなんかと繋げられるのは」

 「一日? 蝶を捕まえられるようになるまで外す気はないぞ」

 「冗談だよね? 俺死んじゃうんだけど」

 「ああ、我ながら素晴らしいアイデアだなあ。二人の仲は鎖で繋がれ引き裂かれることはない。なんてロマンチックなんだ。シャンも喧嘩する二人は見たくないだろ?」

 「うん。けんかだめ」


 シャンにまで見捨てられてしまっては、もう逃げ道がない。


 「それでは二人が繋がれている間はボクがシャンちゃんの面倒を見ます」

 「くふふ、それじゃあ仲良くやれよ。そうだシャン、フェリ。今から私と名物スイーツを食べに行こうか?」

 「うん!」

 「お供します」


 ララファはシャンとフェリを連れてそのまま町へと繰り出してしまった。

 残されたのは俺とレインの二人だけ。


 「まじかよ」

 「まじですね」


 しばらくの間、お互い目を合わせずに無言で立ち尽くすしかできなかった。





 太陽がウトウトしはじめる夕暮れ時。

 何もすることのない俺たちは、とりあえず繁華街を歩いていた。何も知らない人から見たら特殊性癖のカップルにしか見えないだろうから、なるべく距離を取って歩く。


 状況が悪いのか、お互い口を開くことをしない。普段なにを喋っていたのだろう? どんなに考えてもレインと喋ることがないのだ。これでは友達以下、知り合い未満である。


 「シンヤさん、歩くの速いです」

 「これが俺の普通の歩行スピードなの」

 「なら私に合わせてください」

 「なんでだよ。レインが合わせればいいだろ」


 やっとの会話が喧嘩。

 無視して俺が右に曲がろうとすると、ピンと手錠の鎖が張り、繋がれた左腕が引っ張られてしまう。

 どうやらレインが左に曲がろうとしたのが原因らしい。


 「俺、こっちに行きたいんだけど」

 「私はこっちがいいです」

 「いや、そろそろお腹すいたし、こっちにおいしいお店があるんだよ? お肉だよ? 肉!気が利くでしょ?」

 「脂っぽいのは気分じゃないです。それにこっちだっておいしいワッフルがあります。シンヤさんも食べたいですよね?」

 「夕飯に甘ったるいのとか食べてらんないよ。それに甘いのそんな好きじゃないし」


 ぐぬぬとお互い引っ張り合う。


 「とことん気が合いませんね、私達!」

 「本当だね。とりあえず今回は譲ってよ!」

 「いやです。シンヤさんのおすすめはなんか体に悪そうです」

 「甘いものは太るよ」

 「別腹なんで大丈夫です」


 全然大丈夫じゃないと思うが、言っても聞いてくれなさそうだ。


 「じゃあ、こうしよう。お肉を食べてスイーツを食べる」

 「それ、より太ると思うんですが」


 確かに俺も下手な食事をしたら危ない年頃だし、その案はナシだ。

 けれど、このままでは埒があかない。どうしたものかと考えていると、


 「なら、曲がらずまっすぐ進みましょう」


 とレインが提案する。


 「まっすぐね。じゃあ、まっすぐ進んで突き当たりの店に入ろう」

 「わかりました。その案でいきましょう」


 ようやく方針が決定し、俺たちは微妙な距離感のまま歩き出した。

 さすがは繁華街なだけあって道はそこそこあり、その道中に俺の行きつけであるお肉屋さんがあった。


 「あそこのベヒーモスの肉おいしいよ。もう、あそこにしようよ」

 「突き当りまでの約束ですよ」


 こちらのお腹はぺこぺこだというのに、頑としてその態度を崩さない。


 そのはずが、


 「シンヤさん、シンヤさん。あそこのカップル限定デラックスパフェ食べてみたかったんです。いきませんか?」


 手錠を引っ張りながらありえない提案をしだす。


 「手錠のカップルなんかお断りだろ。突き当りまでいくぞ」


 そんな会話を数回繰り返し、ようやく突き当りに来たのだが、繁華街から逸れてしまったのか、急に人気のないスラム街のような場所に来てしまった。


 そして目の前にある店がまた異常だった。



 モンスターレストラン「デスピエロ」



 ようやくたどり着いたお店は名前の通りスプラッターな雰囲気で、何かの生物の血があたり一面に飛び散っている。ご丁寧に血のような赤で「ようこそ!」と書かれている。どこに連れて行くつもりだろうか?


 「……ここ入るんですか?」

 「……約束だし。ほら、一部のファンに人気ありそうじゃない? それに今の俺たちにぴったり! 手錠カップルなんて店主も驚くに違いない!」

 「そうですね。恐れる事ないですね!」


 もう、やけくそである。

 意を決し、扉を開ける。ギィ、と扉の軋む音がする。


 「BOOOOOOOOOO!! 来たかクソッタレ! ここが地獄の一丁目……」


 見なかったことにして扉を閉める。

 チラ見だが、店主らしき男はあきらかにイカれていた。


 「どうしたんですか? なにかいました?」

 「マチェット二刀流のホッケーマスク被った巨漢のおっさんがいた」

 「そんなB級ホラー映画みたいな店主がいるわけないじゃないですか……」


 レインは俺の言葉を信じてないようで、よせばいいのに自分の手で扉を開けてしまう。


 「ヘイ! ビッチ! 何しにきやがった!?」


 今度は逃がす気がないのか、扉の目の前で店主が構えていた。


 「……二名です。夕飯を食べようかなと……」


 つい答えてしまった。


 「あちらの席にどうぞ!?」


 なぜか驚いた口調で店主が言う。

 ご丁寧に店主は俺たちが座りやすいように席を作ってくれる。実はいい人なのかもしれない。

 しかし、予想通り他に客の姿はない。店主も俺たちの来訪に戸惑っているのだろうか? 落ち着かない様子で何かの肉を切り刻んでいる。


 俺たちはしずしずと席に座る。


 「シット! シット! シット!」


 厨房から店主の叫びが聞こえるが、無視しよう。


 「とりあえずメニューを見ましょう。もしかしたら料理はまともかもしれません」

 「そうだね。見た目で判断するのはよくないよね」


 俺たちは気を取り直してメニューを開いてみる。


・ゴブリンのお頭揚げ

・スライムの丸焼き

・クソ蛙のハンバーグ

・オークはファックオフ


 俺たちはメニューを閉じる。


 「なに食べる?」

 「食欲がなくなりました」

 「俺も……」


 メニューが4つしかないうえに、どれもこれも食欲の湧かない名前である。オークはファックオフなんてもはや罵倒で食べ物とは思えない。

 だからといって俺たちは席についてしまった。普通のお店ですら帰りづらいというのに、ここで帰ったら店主にファックオフされそうだ。


 俺たちが頭を抱えていると、店主がこちらに来た。


 「どれに!?」

 「ひっ……! はい?」

 「どれにする!?」


 恐らくメニューの事を聞いているのだろう。


 「私はクソ蛙のハンバーグで!」


 しまった。一番安全そうなものをレインに取られてしまった!

 いや、同じものを頼めばいい話なんだけど、めっちゃ店主俺の事見てるんだもん。なに頼むかすごい楽しみにしてそうなんですもん。マチェットをキンキン奏でているんですもん。


 普段から客なんて誰も来ないだろうから、店主だって腕によりをかけておもてなしをしたいに決まっている。そんな店主の希望を打ち砕いていいの? 駄目だよね。


 「……スライムの丸焼き」


 俺は負けた。苦渋の決断である。


 「クソ蛙!? スライム!? ファック!」


 店主は厨房の中へと消えていく。


 「おいおい、やべーよ。怒ってたよ。絶対怒ってたよ……もっと作り甲斐のあるメニューを欲してたんだよ絶対」

 「だ、大丈夫ですよ。少なくともハンバーグは作り甲斐あると思います」

 「だよなあ……俺なんてスライム焼くだけだろうし」


「ファイヤあああああああああああああああ!!! FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 あ、でもなんか楽しそうに焼いていらっしゃる?

 その後も厨房から罵倒の声が絶え間なく響いてくる。

 俺たちはただ、黙って終焉の時が迎えるのを待つことしかできなかった。


 そうして、


 「クソ蛙!? スライム!? シット!」


 テーブルの前に頼んでいたものが来るのだが、


 「あれ? いい匂いがします」

 「おお、スライムから甘いにおいが……」


 不思議なことに美味しそうなのだ。


 思いがけない事態に、思わず店主の顔を見る。仮面のせいでその表情はわからないけれど、きっと、微笑んでいるに違いない。


 「ファッキュー……」


 ああ、俺の勘違いだったわ。


 だけど、


 「「いただきます!」」


 腹の根はこんな状況でも歓喜の声をあげている。俺達は本能のまま動いてしまう。

 そして、かぶりつく。


 スライムはまるでゼリーのような触感、甘味だった。

 しかも、普通のゼリーとは違って、口に入れた瞬間ゼリーが溶けていくのだ。

 おかげで後味もさっぱりしていて丁度いい。


 「あの、シンヤさん」

 「なに……?」

 「あ、いえ。何でもないです」


 レインがもの珍しそうにスライムゼリーを見ている。


 「いいよ、別に」


 俺は彼女にスライムを差し出す。


 「いいんですか?」

 「甘いのそんなに好きじゃないし」


 このゼリーに関しては別だけど、まあいいか。


 レインは素直に受け取ってくれた。

 食べた時の表情の変化が何というか傑作だった。普段から何を考えているかわからない子だけど、甘いもので一喜一憂できる、一般的な女の子の心があるのだなあ。

 すると、レインも自分の食べていたクソ蛙をこちらに差し出してくる。


 「私、脂っこいの苦手なんです」

 「その割には結構食べてるね。おいしかったんだ」

 「いいから食べてください」

 「ありがとう」

 「いいえ、こちらこそ」


 俺達は仲直りするように分け合った。

 おいしいって素晴らしいなあと俺は思った。

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