1-23 優秀な男の娘メイドを雇いました!

 フェンリルことフェリちゃんは俺に対して異常なまでに従順である。

 朝は優しく肩をゆすって起こしてくれる。クエストをする際も無償で協力してくれる。小腹がすいたらお菓子を作ってくれる。なんか知らんがトイレについて来てくれる。お風呂では背中を流してくれる。夜は俺が寝るまで傍で微笑んでくれる。 

 つまり四六時中べったりである。

 どうしてそこまで尽くしてくれるの? と聞くと、


 「命を救われたから、ボクの命はご主人様のモノです」


 そう答える。


 俺としては自由にのびのびと生きて欲しいのだが、本人曰く、これがフェリちゃんにとっての自由らしい。難儀なものである。

 この子は俺が知る生命体のなかで誰よりも可憐で美しく気遣いも出来るパーフェクトな存在だ。レインやララファのような外見は良くても中身が悪魔という詐欺はない。


 しかし、性別は男。いや男の娘だ。

 これを詐欺だと言われれば、まあ人それぞれでしょ? としか言いようがない。

 けれど、俺は愛の名の下に性別など些細な装飾品にすぎないと思う。だって、可愛いければ何も問題ないよね。ちなみに可愛いとは見た目だけの話じゃなくて、性格やしぐさの総称と俺は考えているので、見た目かわいければオッケー、ズッコンバッコンみたいな大学生の思考は既に捨てている。


 とまれ、かわいい子に四六時中付きまとわれるというのは心が休まらない。何より悪魔的なのが、ララファがフェリちゃんにメイド服を着るように命じたことだ。しかも特注品で、フェリちゃんのだけミニスカートの仕様となっている。


 「くふふ、シンヤ専属のメイドだ。有難く思え」


 とか面白おかしく言っていた。絶対に遊んでやがる。

 フェリちゃんはかわいいのだけれど、ちょっと、いやかなり変な子だ。


 たとえばこんなことがあった。




 それは日課の朝のクエストを終えて、公園をフェリちゃんと二人で散歩している時のことだ。


 「フェリちゃんって本当にオスなの?」

 「はい。み、見ますか?」


 何を? と聞くような無粋な真似はしない。丁重にお断りする。


 「そっか。なら、フェリちゃんにもわかると思うんだけど、男って生き物は定期的にスッキリしないと暴走しちゃうわけだ。んで、スッキリする時間が欲しいのだけれど……フェリちゃんは先に帰ってくれないかな? その、いろいろアレだし」


 俺の言うことを察したのか、フェリちゃんは頬を赤らめる。


 「その……お手伝い……します」

 「いやいやいや、駄目だから!」


 暴走を促進させる気かこの子は!


 「それならボクも一緒に……」

 「駄目」

 「見るだけなら」

 「駄目」

 「……それならボクの下着を使ってください」

 「え? まじ? いや、駄目だって!」


 嗚呼! 危うく受け取るところだった。


 「フェリちゃんは男フェリちゃんは男フェリちゃんは男フェリちゃんは男フェリちゃんは男フェリちゃんは男フェリチャンハオトコフェリチャンハオトコ……」


 呪詛のように男を口ずさみ冷静になる。おーけー。


 「それなら、お店を紹介します」

 「お店? この町にそんな不埒な場所があるの?」

 「はい。夜になると開店するお店がいくつかあるんです」


 なるほど、夜はシャンの面倒を見なければいけなかったから、街に繰り出すチャンスがなくて、夜遊びなんて異世界に来てしてなかったな。


 「つうか、なんでフェリちゃんがそんなの知ってるの?」

 「ご主人様のために調べておきました。その、そういう時のために」


 女性では理解できないところまで手が届くとは、つくづく有能なメイドである。


 「……詳しく聞こう」


 フェリちゃんの情報によれば、えちいお店は種族ごとにあるようで、妖精、エルフ、亜人、竜人、天使に悪魔と何でもござれのバリエーションであった。つうかこの町いかがわしいな。


 「凄い……なんて不道徳なんだフェリちゃん!」

 「あ、ありがとうございます……褒めてるんですか?」

 「もちろん!」


 歓喜のあまりフェリちゃんの手を握ってしまう。


 「ああ、ごめん」

 「い、いえ……」


 何というかこそばゆい。

 この感覚が息をつく間もなく襲ってくるのだ。普通の成人男性なら抱きついてチュッチュしているところだけれど、俺は何とか踏ん張っているのだ。何かしらの平和賞を受賞させるべきだと思う。


 「ご主人様はどの種族がお好みですか?」

 「ううむ悩ましい。ちなみにオススメってある?」

 「……聖獣フェンリルとか」

 「却下で」

 「うう……」


 涙目になる姿もキュートだ。


 「エルフはどうですか?」

 「エルフかあ、見た目のわりに年食ってんだよなあいつら。綺麗だけど婆さんとえちい事するのはなあ……倫理的になあ……」


 「天使はどうでしょう?」

 「うーん。十字架にぶっかけるのはちょっと……俺のばあちゃんクリスチャンだし」


 「竜人は?」

 「喘ぐたびに火を吐かれそう。こわい」


 「……亜人でどうでしょう」

 「なんか知らんが殺されそう。イントネーション的に」


 「もしかして、ご主人様怖気づいてます?」

 「バカな! だって俺大人よ? 大人の男よ? えちいお店なんかで怖がる要素なんてありません!」


 無実を主張するも、フェリちゃんはジト目で俺のことを見ている。


 「いや、なんと言うか後ろめたいんだよね。あいつらに内緒でそういう店行くの」

 「それじゃあ、サキュバスなんてどうですか? 予約を取れば、お店に行かなくても夢の中までデリバリー出来ます」

 「ふむ、サキュバスか……確か夢の中で悪魔が理想の相手に化けて出てくるやつだよね。それなら寝ている間に済むし、レインたちにも怪しまれない。実に合理的じゃないか」


 「よろしければ予約はボクが取りましょうか?」

 「いいの?」

 「はい。なので、ご主人様の好みを教えてください」

 「……せっかくだし……ロリ?」


 「シャンちゃんみたいな子ですね」

 「おい! ちげーよ! 流石にペドすぎるっていうか、そもそも娘! そんな目で見たことないからやめよーね!」


 「じゃあ、程よいロリですか?」

 「うん。まあ、適度に」

 「レインさんみたいな?」

 「いやいやいや。あいつロリじゃないから。ただの貧乳だから、盆地だから」


 「あ、ララファ様ですね」

 「うーん。性格がロリじゃないからなあ」


 すると、フェリちゃんが火照った顔で、


 「もしかして……ボクぐらいですか?」


 上目遣いで聞いてくる。犯罪的です。


 「あー、……うん」


 魅力的過ぎて思わず肯定してしまった。


 「……わかりました。そしたらそのように予約しておきますので、ご主人様は今夜寝ているだけで大丈夫です。ボクに任せてください」


 「あ、ありがとう。なんか緊張するな。あ、そうだフェリちゃんも一緒に予約したら?」

 「ボクはご主人様がいれば、それでいいので……」


 果たしてどういう意味なのだろうか? 深くは聞かないでおこう。

 嗚呼、なんか異世界に来て一番テンション上がってるよ、俺。


 ☆


 その日の夕飯はやたらと豪勢で、尾頭付きの刺身や、どこぞの魔獣のステーキ、カニ鍋だったり、フルーツの盛り合わせやら普段よりもリッチな品ぞろえとなっている。


 「これはいったい? 何か行事でもあるの?」


 ララファに聞くと、


 「フェリの歓迎会をしていなかったからな。せっかくだから、今日は豪勢に迎えてやろうと思ったんだ」


 ふん、と鼻を鳴らし答える。


 「うわあ、流石は金持ちですね」

 「フルーツいっぱい! すごーい!」

 「ん? フェリの姿が見当たらないが、シンヤなにか知らないか?」

 「え? あ、いや、そのー、ちょっと買い出しに行かせてるんだよねー」


 えちいお店の予約に行かせてるだなんて口が裂けても言えない。


 「しっかり手懐けてますね。関心です」

 「勝手に懐いてるだけだよ」

 「パパ、フェリちゃんなにかってくるの?」


 シャンが純粋な目で俺に聞いてくる。


 「うぐ……」


 そんな目で俺を見るな。やめろ、シャンは一生知らなくていい世界なんだ!

 嗚呼! なんだか罪悪感が半端じゃないぞ。けれど、もう後には引けない状況だ。それに童貞を卒業する大事な大事なアタックチャンスじゃないか。恐れるな、飛ぶんだ!


 「どうせ、お酒を買わせに行かせてるんですよ」


 レインは呆れたように話を繋いでくれる。


 「あはは、そうなんだよ。やっぱり飲まなきゃやってられないよ」

 「へえー、おさけっておいしいの?」

 「いや、シャンが飲んでも美味しくないんじゃないかな?」


 それにしてもいつからお酒がおいしいと思うようになったのだろう? 子供の頃に舐めたことあるが、すぐにぺっぺと吐き出してしまった。

 きっと、年を取ると心も舌も不純になるんだろうな。


 「シンヤはせっかちだな。せっかく年代物の地酒を用意したのにな」


 するとララファが一升瓶を俺の前に掲げて見せる。


 「おお、いいの? なんか高そうだよ?」

 「かまわん。こんな時ぐらいしか活躍できないからなこいつは」

 「シャンものんでみたい」

 「シャンはジュースで我慢しようねー」

 「ぶー」


 刻々と時間が過ぎていく。すると、


 「ただいま帰りました。……ってすごいですね。何かのパーティですか?」


 本日の主役であるフェリちゃんがようやく帰ってきた。


 「今日はフェリちゃんの歓迎会です」

 「フェリちゃんおめでとー!」


 シャンは歓迎会の意味を理解していないのか、謎のお祝いをする。


 「そんな、ボクなんかに気を使わなくても」

 「フェリは大事な私の部下だからな。これぐらいしてやらねば」

 「ありがとうございます。嬉しいです」


 フェリちゃんは笑顔で言う。


 「ところで……予約はうまくいった?」


 耳打ちでフェリちゃんに例の件について聞いてみる。


 「バッチリです」


 グッと親指を突き立て自信満々の様子。これは期待できそうだ。


 「何の話をしてるんですか?」

 「あははははは、何でもないさ! 今日はいっぱい楽しもうねって語り合っただけだよ! 情熱的だろう? あはははははははは!」


 レインに知られたら八つ裂きにされそうなので、笑ってごまかす。




 ああ、待ち遠しいなあ。お酒って飲んでも大丈夫なのかな? 眠りが浅くなるらしいし夢も見やすくなるのかしら? あ、このお肉美味しいなあ……でもドキドキしちゃって味が分からなくなってきたよ! いやあ、参ったなあ! お酒がおいしいなあ! カニもぷりぷりして最高だ。あ、シャンがお酒をジッと見つめているぞ? こら、駄目だぞ。こんなの飲んだらララファみたいに頭がおかしくなっちゃうんだから! え? おかしいのは俺だって? 当り前じゃないか、だって酔っているのだもの。世界は煌めいているのだもの! そうさこれが異世界さ! 万歳! 異世界万歳! 天皇陛下万歳! 恐怖の大王万歳! 今夜、俺は童貞を失くすのだ! でもいいの? これでいいの? こんなことで大事にしてきた童貞を失くしてしまって本当にいいの? このまま守り続けたら魔法使いとして開花するかもだよ? あ、でも手から火なんか出したら火傷しそうだしやっぱり童貞捨てよう。そうしよう。あはは!




 「シンヤさん大丈夫ですか?」

 「うん、お酒おいしいたのしい」

 「駄目そうだな。フェリ、シンヤを部屋に連れてってやれ」

 「はい。行きましょうご主人様」


 どうも、頭がふわふわして状況が理解できない。もしかして、淫魔が俺に何かしらの呪いをかけているのかもしれない。だとすればこのまま乗っかってしまおう。夢で一緒に踊りましょう。



 ☆



 朝チュン。俺の意識が薄っすらとあけるとそんな単語が思い浮かぶ。

 昨日の記憶がないけれど、俺はふかふかのベッドの上で寝かされていた。そして横に誰かが寝ている。もしかしてまだ夢を見ているのだろうか?


 なんとなくその子を触ってみる。真っ白な肌に華奢な体、サファイアブルーの長い髪が印象的だ。


 「ご主人様……くすぐったいです」

 「……………………ああ、おはようフェリちゃん。……あれ?」


 なして君がここにいる?


 「ちょちょちょちょちょちょ! なんでフェリちゃんが!? サキュバスは? ロリロリなサキュバスたんはどこなの?」


 「いませんよ」


 フェリちゃんが一言答える。


 「なぜ?」

 「予約してませんから?」

 「あ、そうなんだ……なぜ?」

 「売女ごときに、ご主人様の体を好きにさせる訳ないじゃないですか」


 この子は何を言っているのだろう? なんだか目の奥が泥のように濁っていて底が見えない感じがする。


 「いや、でも、記憶があいまいだけど、昨日、急に眠くなったんだ。あれってサキュバスの能力とかじゃないの?」


 「ご主人様のお酒に睡眠薬を入れさせていただきました💛 手に入れるの大変だったんですよ」


 昨日席を外していたのは、えちいお店の予約に行ってるんじゃなくて、薬を調達しに行ってたのか。なるほどなあ。


 「ああ、なるほど。なんか懐かしい感覚だと思ったら……っておい! なんでそんなことしたの!?」

 「ご主人様がスッキリしたいと申しておりましたので、ボクが……えへへ」


 えへへじゃない。えへへじゃない。何したの? どうしたの? 嗚呼! なんで記憶がないかなあ! 勿体ない!


 「で、何したの?」

 「ヒミツです」


 なんて滅茶苦茶な子だろうか。もしかしてフェリちゃんはヤンデレってやつなのかもしれない。男の娘でケモ耳でメイドでヤンデレ? 設定盛りすぎだろ。


 「そういえば、さっきレインさんが呼んでましたよ」


 一瞬、彼が何を言っているか理解できなかった。


 「………………………ねえ、睡眠薬ありったけ頂戴。一生眠っていたいんだ」

 「駄目です。勿体ないですから」


 みんな、お酒を飲むときは気を付けよう。


 あーあ。

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