1-22 ペットを飼いました

 公園の木陰は、この町で一番の癒しスポットだと俺は思っている。ここで寝転がってみる青空は素敵だ。まるで雲の上で眠っているような感覚になる。

 もうお昼が近づいている。今から帰ってもレインに酷く怒られそうな気がするので、どうせ怒られるなら今日一日好き放題しようかなと、心の中の小悪魔さんがそう告げている。


 「ああ、俺は今なんて自由なんだろう!」

 「さすがに自由がすぎませんか?」


 頭上から悪魔の声が聞こえた。

 視線を向けるとレインがいた。パンツが見えそうですよ?


 「お前、神出鬼没すぎない?」

 「シャンと公園に遊びに来たんです。ついでにサボり魔を捜しにも着ました」

 「そのサボり魔とやらは見つかった?」


 冗談半分に言うと脇腹を軽くつま先で蹴られる。


 「悪かったよ。かわりにシャンと遊ぶから許してくれ」

 「その必要はないです。シャンはいまフェンリルのフェリちゃんと遊んでいますから」


 レインの視線の先にはキャッキャウフフとシャンとフェリちゃんが戯れているのが見える。

 フェリちゃんはこの近隣では有名な野良フェンリルで、大きさは大型犬サイズぐらいだ。俺からしたら普通の化け物にしか見えない。

 けれど、異世界民からしたらアイドル犬ならぬアイドルフェンリルのようだ。どんな感覚をしたらあれをアイドル視できるのだろうか?


 「シンヤさん、もしかしてお酒飲みました」

 「ノンデナイヨ」

 「顔が赤いですよ」

 「レインに見惚れていたのさ」

 「あは、嬉しいですけど正座してください」

 「はい……」


 嗚呼! なんたる不運だろうか! せっかくの気ままな時間だったと言うのになあ! まあ、100%俺が悪いのだけれど、いいじゃない、偶には羽目を外したって。これでも知らない所で子守をしたり遊んだり泣いたり笑ったりしているのだよ? 立派な父親を全うしているじゃないか。俺としては花丸をあげたいところだね!


 結局、自分がいかに父性を発揮しているのかを伝えぬまま正座に移行する。これって完全に尻に敷かれているのかしら? これはいけないです。ここはガツンと昭和の頑固おやじよろしくのスタンスで行こうじゃないか。


 「シンヤさん、まだ隠していることありますよね?」

 「てやんでぇバーローちくしょーっ!」

 「ありますよね?」

 「……サボって新しいスキルの検証をしてました」

 「詳しくお聞きしましょう」


 俺の昭和おそまつギャグは通用しなかったので、正座のまま検証結果を報告する。


 「なるほど。そのスキルのおかげで朝のクエストも早く終わったわけですね。それはいいとして、どうして検証するのにピールとおつまみなんですか?」

 「自分へのご褒美?」

 「あなたは馬鹿なOLですか」


 酷い言いようである。彼女は全国の馬鹿なOLに謝るべきである。


 「パパなんでせーざしてるの?」


 フェリちゃんと遊び終えたのか、いつの間にかシャンが戻ってきていた。

 子供に一番見られたくない絵面で迎えることになってしまった。これでは父としての威厳やら今後の教育に影響が出てしまうかもしれない。ここは一発昭和の頑固おやじスタイルで行っちゃうわよ。


 「てやんでぇバーローちくしょーっ!」

 「ママ、パパがへんだよ?」

 「パパはいつも変だよねー。あ、パパが今度ケーキ奢ってくれるって!」

 「わーい! シャンけーきだいすき!」


 なんか勝手に盛り上がっていらっしゃる。くそう明日からクエストの量増やさなきゃ……

 俺が鬱々としていると、「きゃん!」という甲高い悲鳴が聞こえてきた。


 「がははは! 見つけたぜ。伝説の聖獣フェンリル!」

 「この町にうろついていると聞いて来てみたが本当にいるとは驚きだぜ」


 二人組のモヒカン男がフェリちゃんを襲っている。悲鳴の正体はフェリちゃんのものだろう。


 「なんだあいつら?」

 「ハンターを生業にしている冒険者でしょうね。けど町の中での狩猟は禁止のはずですが」

 「要はまともな奴らじゃないわけね」

 「パパ! フェリちゃんがたいへん!」

 「わかってる。助けに行こう」


 動物が痛めつけられる姿は見ていられない。鳴き声を聞くたびに、昔のトラウマがフラッシュバックして、頭が痛む。


 「お前ら何してんだ!」

 「あ? なんだお前」

 「伝説の勇者……の馬車、シンヤだ」

 「町の中の生き物に対する狩猟は禁止のはずです。いますぐやめてください」


 レインも加勢してくれる。


 「だってフェンリルだぜ? Aランク冒険者しか入れない地域の生物だ」

 「そうそう。だいたい、そんな危険な生物いつ暴れ出すかわからないだろ? だから俺達が退治してやろうと思ったわけ。おわかり?」


 相手の暴論さに辟易する。なんだか開き直った様子までうかがえる。


 「だいたい違反行為は、冒険者登録が抹消されるだろ」


 俺が言うと、モヒカン二人は俺の言葉に吹き出す。


 「ぷっ……抹消ね! そりゃ怖い!」

 「何がおかしい?」

 「きっと、彼らは別の国、トップラー国の冒険者ですね」

 「トップラー国?」


 俺の疑問にレインは苦虫を潰したような顔で答える。


 「力があれば何でもありの無法地帯国家。どこの国も入国禁止のはずですが、どうせ不法入国でもしたのでしょうね」


 こんなモヒカンに侵入されてこの国は大丈夫なのだろうか? この分だと他にもいろんな悪い奴が紛れていそうだ。


 「あらら、お嬢ちゃん物知りだね。知られたからには生かしておけないよね」


 二人のモヒカンはニヤニヤと笑い出す。


 「力があれば何でもありね。つまりこいつらだったら何をしても良い訳だ」

 「そうですね」


 毎日ララファの特訓でボコボコにされている憂さ晴らし、ではなく修行の成果を試すには丁度いい相手だ。



 スキル「子守」を発動



 とりあえず、これで物理攻撃は無効化できる。しかし、最近ララファとの特訓で気づいたことだが、魔法は無効化することが出来ないようだ。

 相手の武装を見ると、短刀と杖を装備している。二人組から推察するに前衛と後衛で別れているのだろう。

 そうなると、気をつけるべきは魔術師のほうか。


 「レイン、魔術師のほうは任せた」

 「はーい」


 気の抜けた返事である。

 けれど、彼女の性格は短い期間のなかで把握できている。普段から感情を表そうとしない彼女は、怒っている時なんかもへらへら笑っている。

 しかし今は無表情。言葉だけで感情を隠そうとしている。


 結論、レインはかなり怒っている。


 そうとわかればこっちも徹底的にやってしまおう。

 俺は何も考えずに短剣男に向かってダッシュする。

 男は無防備な俺をあざ笑うかのように、首筋に短剣を突き付けてきた。

 だが、


 「なに!?」


 短剣は俺の皮膚を抉るどころか、刃先をこぼれさせる。

 相手に構うこと無く、俺は拳を相手の顔面に叩きつける。


 「ぐあっ」


 目標の相手が殴られた反動で尻もちをついた。やっぱりダメージは低いようで気絶までには至らない。


 「なんだこいつ!? 剣をはじきやがった!」


 相手が驚いている隙に、俺は男の顎に渾身の蹴りを加える。

 すると、今度は白目をむいて倒れてしまった。どうやらひとり潰したようだ。

 それを見たもうひとりの仲間が慌てて詠唱を行う。


 「炎の神に問う。我に――――」

 「あは、遅いです。トップラー国の魔法いただきますね」


 相手が詠唱を終える前に、レインが魔方陣を書き込む。


 「そんな馬鹿な!?」


 驚愕の声と共に一瞬で男は炎に包まれる。

 なんともあっけない終わりだった。


 「お前、殺したりしてないよな?」

 「さあ? 大丈夫じゃないですか?」


 レインが倒した相手を見るが黒焦げで、誰だか区別がつかない状態になっている。本当に大丈夫なのだろうか?


 「まあ、いいじゃないですか。一件落着です」


 笑顔でそんなことを言う。どうやら気分がスッキリしたようだ。


 「つうか、こいつらどうする?」

 「結構な騒ぎになりましたし、そのうち憲兵さんが来ると思います。それよりもいまはフェリちゃんです」


 フェリちゃんの様態を見ると、腹部に酷い裂傷がある。恐らく刃物で切られた後だろう。血が止めどもなく溢れていて、いつ失血死するかわからない状態だ。


 「パパどうしよ……フェリちゃんしんじゃうの?」


 シャンが心配そうに俺の瞳を見つめている。


 「レインは回復魔法とか使えないの」


 彼女は静かに首を振る。

 医療知識なんてないが、このままにしたら死んでしまうのは確実だろう。正直、医療施設に搬送するまで生きているかも怪しい。今にでも意識を失くしてしまいそうなほど弱っている。


 「とにかく、治療できる場所に運ぼう」

 「でも、運んだころには……」


 レインはその先の言葉を言わない。それは酷く残酷なことだから。


 「それでも、運ぼう。このままじゃあんまりだ」


 すると、シャンが泣き出してしまう。俺らの空気を察したのかもしれない。

 レインがなんとかあやそうとするけれど泣き止まない。

 俺も子犬を父に殺されたときはあんな風に泣いた。脳裏にあの日の光景が嫌でもよぎってしまう。ここで助けられなければ、シャンに同じ思いをさせてしまう。それだけは絶対に嫌だ。


 とりあえず、ドラマなんかで見かけるような、布を患部に巻きつける方法で止血まがいのことはした。けれども、すぐに布が赤く染まってしまう。

 時間を止められるチートでもあれば……世の中の主人公が羨ましい。

 俺はフェリちゃんを持ち上げる。すると、ある考えが思い浮かぶ。


 「シンヤさん! もしかしたら」

 「ああ、たぶんいけるかも」


 レインも同じ考えが閃いたのか、俺はアイテムストレージの画面を開いて、フェリちゃんをその中に収納する。


 「あ、フェリちゃんがきえた!」


 とシャンが驚く。


 朝に実験したアイテムストレージの結果は、ストレージ内の品質を維持する。という結論に至った。確信はないけれど、今はこれに賭けるしかない。


 「シャン、フェリちゃんは必ず助ける。だから泣かないで」

 「ほんと?」

 「うん、ほんと。嘘だったらケーキ奢るから」


 俺が言うと、シャンは泣き止んでくれた。


 「いや、それはもとからの約束ですよ」


 レインはうるさい。


 少なくとも、彼女の笑顔は救えた。なんとしてでもフェリちゃんを救わなければ。


 「この町で一流の治癒術師を雇っている場所と言えば、やはりあそこですね」


 レインはそう言い、俺達は速足でその場所に向かった。



 ☆



 一流の治癒術師を雇っている場所とはララファ邸で、俺達はララファに頼んでフェリちゃんを直すように懇願した。

 結果言うと、フェリちゃんは助かった。


 助かったのだが、


 「助けてくれてありがとうございます」


 なぜか犬耳……いや、狼耳娘に変身していた。

 フェンリルの頃のサファイアブルーの毛並みが引き継がれているのか、彼女の髪の毛は青く水晶のように輝いていて美しい。


 「それでララファ、これはなんよ?」

 「ん? 一流の呪療術師に頼んで治した結果だが? 何か問題あったか?」

 「大問題! 俺が頼んだのは一流の治癒術師! なんで呪ったの!?」

 「呪うなんて人聞きが悪い。どうせ治すなら可愛くメイクアップしたいだろ。それにフェンリルになることだって出来るんだし問題ないだろ」


 どうやらこの人に一般的価値観を論じても駄目なようだ。


 「まあ、助かったことだしいいじゃないですか」


 レインは呆れたように言う。

 それにしても、さっきからフェリちゃんの熱っぽい視線が気になる。さっきからずっと俺に縋りついて離れない。


 「あの、ボクをご主人様のペットにしてくれませんか?」

 「ペット!? いや、それはフェンリルとして? それともフェリちゃんとしてかい?」

 「ご主人様のお好きな方で、ボクはかまいません」


 ぽっと頬をピンク色に染めるフェリちゃん。

 なんだろう、このときめき。異世界に来てからというもの、毎日労働と子育てで疲弊しきった俺の心に潤いを与えてくれるのだ。かわいいぞフェリちゃん!


 「あ、頭撫でていい?」

 「ご主人様が望むなら……」


 慎重に、ガラス細工を扱うように彼女の頭を撫でてみる。


 「お……おお!」

 「く、くすぐったいです」


 ピンと張った耳がかわいい。フリフリと嬉しそうになびく尻尾もかわいい。声もかわいい。この子の世界はかわいいで出来ている。


 「なに二人の世界に入ってるんだ?」

 「シンヤさん、顔がにやけてますよ」

 「パパのかおきもちわるい」


 三人から冷ややかな視線を貰う。何よりシャンの純粋な言葉はダメージがでかい。


 「あの、ボク、ご主人様の中にいたときに感じたんです。何が何でも助けたいって気持ちが……ご主人様の熱いものが僕の中に流れ込んできたんです。すごく嬉しかったです。ボクご主人様の命令だったら何でもします。だからお願いします!」


 「よーし、今日からお前は俺のペットだ! 決定、反論は聞きません!」


 嗚呼! この子はいちいち官能的だなあ! 二人きりだったらエキサイトしているところだぞ!


 「下心ですね」

 「そういう性欲が強いところもわたしは好きだぞ」

 「うるさい黙れ違いますう。またハンターに狙われるかもしれないじゃない? そういう不埒な奴らから守らなきゃだよ。シャンもそう思うよね?」

 「うん、わるいやつらからまもる!」


 シャンが俺の口車に乗ってくれると、


 「まったく、世話はシンヤさんがしてくださいね」

 「ふむ、理想の夫婦にはペットは付き物だしな。わたしは賛成だ」


 必然的に二人も首肯せざる得なくなる。シャンは正義。


 「ありがとう二人とも。やったなフェリちゃん!」

 「は、はい! ありがとうございます!」


 ああ、ハーレムだなんてようやく異世界らしくなってきたぞう!


 「ちなみにフェリちゃんはオスだぞ」


 ララファがなにか言う。

 うーん? オスってなにかな? サイヤ人の挨拶かしら?


 「フェリちゃんっておとこのこなんだ!」


 シャンが言う言葉を頭の中で整理してみる。


 「あ、男の娘ね。いける」


 とりあえず現実逃避してみることにした。

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