2(後)


 JR大阪駅構内一階にはコインロッカーのめぼしい設置場所が十一箇所あったが、亮介の渡してくれた鍵に合うロッカーを捜し出すのには、番号札のおかげでたいした手間も掛からなかった。


 使用料金から計算して、最後にこのロッカーに鍵が掛けられたのは十二日前で、上島の遺体から見つかった新幹線の切符が発売されたのと同じ二日であろうと推測できた。西川か杏子か、どちらかがこの駅で切符を購入し、そしてこのロッカーに何かを入れて鍵を掛けたのだ。果たして、中身は何か。二人の男が死に、女が子供を捨てて姿をくらますほどの代物。その女の部屋を荒らした作業着の男は、間違いなくこの鍵を捜していたのだ。

 胡散臭さがプンプン臭って、扉の隙間から漏れてくるようだった。

 白い手袋をはめた鍋島が鍵を回し、取っ手を手前に引いた。三人は一斉に中を覗き込んだ。

 中には鍵を付けたままのアタッシュ・ケースが入っていた。

「絵に描いたように怪しげだぜ」

 芹沢はにやりと笑って隣の萩原に振り返った。「安っぽいテレビドラマみてえだろ」

「まあな」萩原はいささか呆れ顔で芹沢を一瞥した。

「麻薬か拳銃、金か株券か権利書か、それとも──」

 鍋島はケースをそっと手前に引き出し、ロッカーから半分ほど出したところで耳を近づけた。「爆発物ではなさそうや」

「そうだったらとうの昔にドカンと来てる」と芹沢。

「どうする? この先の交番ハコまで持って行ってから開けるか?」

「まさか。ここは東梅田署の管轄シマだぞ」

「せやな、やめとこ。話がややこしなる」

 鍋島はケースを抱えて歩き出した。「車の中で見よう」


 刑事たちの後を追うように歩きながら、萩原が言った。

「なあ、俺にも見せろよ」

「何で。見てもしゃあないやろ」

「いや、中身が金か有価証券やった場合、おまえらがネコババせんとも限らんやろ」

「人聞きの悪いこと言うなよ。俺たちを何だと思ってるのさ」

 芹沢は不愉快そうに萩原を見た。「言っとくけど、今こうやってるあいだは俺はもちろん鍋島だって、あんたの友達ダチでも何でもなくて刑事なんだからな。公務執行妨害でしょっ引くことだってできるんだぜ」

「お巡りやから危ないんや。何しろ昨今の警察は、犯罪者顔負けのタチの悪いのが勢揃いやからな」

 萩原は皮肉たっぷりに言うとにやりと笑って芹沢を見た。「自分、マンションのローンがたっぷりあるんやろ?」

「……鍋島、さすがにおまえの友達だ。ロクなやつじゃねえ」

 芹沢は萩原を睨みつけたまま舌打ちした。「銀行の野郎は、貸すときにだけやたら腰が低くて、あとはめっぽう高飛車なんだよな。てめえの金でもねえのによ」

「債務者による健全な返済が行われるように指導するのは、債権者である銀行の役目や」萩原は負けじと言い返した。

「安心しな。あんたんとこではビタ一文借りてねえよ」

「何やったら、肩代わりさせてもらいましょうか?」

「……おまえらさっきから何言うてるんや」

 鍋島が呆れたように二人を見た。


 駅を出た三人は市バスの案内所の前に停めておいた車に乗り込んだ。芹沢が人気ひとけのないところまで走らせ、サイドブレーキを上げた。

 助手席の鍋島が膝の上にアタッシュ・ケースを置き、隣の芹沢と後部座席の萩原は彼がケースに付いていた鍵を回すのをじっと見守った。

「開けるで」

 鍋島は二人を見た。その顔には、クリスマス・プレゼントをもらった子供がそのラッピングを解いて箱を開ける直前のような、わくわくした期待の色が見て取れた。

 ケースが開き、三人は同時に首を伸ばした。

 中には、黄土色のパラフィン紙で包んである、一辺が15cmから17cm前後の三角形の物がちょうど六個、二列にきちんと並べられていた。

「……サンプルだな」

 芹沢が上半身を起こして呟いた。

「え? 分からん。何やねんこれ?」

 萩原はしつこくその包みを見つめた。

「今朝、俺が挨拶がわりにあんたに突きつけたもんだよ」

「……拳銃か?」

 萩原は言うと、芹沢に向けていた視線を再び包みに戻した。

「──ま、これじゃローンは返せねえよな」芹沢は言った。「それとも、これ持ってあんたの銀行に押し入ってやろうか?」

「……亮介は、こんなもんを必死で守ってたことになるのか……」

 萩原は溜め息をついた。

「ああ。鍵さえ持ってたら母親が戻って来るって信じてたんやからな」

 鍋島が受けた。「それが何の鍵なのか、何が入ってるのかなんてことまで考えんと」

「仕方ねえよ。あいつにとっちゃ、鍵は自分たち兄妹と母親をつなぎ留めておく唯一の希望だったんだから」

 そして三人はほぼ同時にやりきれない溜め息を漏らした。

 鍋島が包みの一つを手に取り、丁寧に紙をはがした。

 中からは銀色に輝くリヴォルヴァー式の拳銃が現れた。

「 “ルガー”や。GP100やな……」

 そう言うと鍋島は弾丸の装填部分を外し、中に弾丸が入っていないことを確かめた。

「なあ、これって、もともと東条組のもんだよな」

 芹沢がおもむろに言った。

「ああ。これをサンプルにして密造するんやろ」

「だったら、何で作業着の男はこれを捜してたんだ?」

「そいつにとっても必要な物やったからや」

「何で必要なんだ?」

「それは──」

 鍋島は顔を上げて窓の外を眺めた。考えているときの顔だった。芹沢はじっとその顔を覗き込んだ。どうやら彼には答えが分かっているようだった。

「──そうか。町工場の親父や」鍋島は窓を見たまま呟いた。

「ああ」と芹沢は頷いた。「ただのストーカーなんかじゃねえ」

「確かに、こんなもんを西川と杏子に横取りされたんでは、その男も慌てるよな」

「男は慌てるけど、四課や銃対課だったら大喜びだぜ」

 芹沢はケースの中のサンプルを眺めて言った。「しかも、俺たちにゃまるで関係のねえ代物さ」

「それはどうかな」鍋島はちらりと芹沢を見た。「このまま俺らが一気に挙げてやれば、連中、喜ぶどころか膝叩いて悔しがるのと違うか?」

「俺とおまえでか?」

「その気になれば、やれへんこともないぞ」

 芹沢は包みを見つめたまま腕を組んだ。しかしやがて小さく笑うと、上目遣いで鍋島を見て頷いた。

「……乗るぜ、その話」

 鍋島もにやりと笑って頷いた。そして今度は、さっきから黙って自分と芹沢の話を聞いている萩原に振り返り、妙に晴れ晴れとした笑顔で言った。

「上手いこと行ったら、おまえには府警本部長から感謝状が出るぞ」

「……ありがたい。再婚のときの条件が格段に良うなる」

 萩原は白々しく喜んで見せた。


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