夢と夢
A.s
不透明
結局、将来の夢はただの空想に過ぎない、そんなことを悟ったのは最近だ。
日本は異常気象を起こしていると思う。でなければ、こんなに暑いわけがない。
都会はもちろん暑いが、東北のでもこんなに暑いのか。湿度が高いのだろうか。いや、それにしてもこんなに暑くなかった気がする。
今はお盆であり、帰省のために家族と数年振りに訪れたこの地だが、一刻もはやく自宅の冷房が効いている空間に帰りたい。
3日は叶わぬ夢だが。
「なあ、なんでこの家には冷房がないんだ?」
「そりゃあ、東北で暑くなったのなんてここ数年だからねえ」
正直、本当にきつい。夏休みは冷房の効いた家から出ない生活をしていたから余計に。
暑くなった、と言っているが祖母は涼しい顔で裁縫をしている。やはり慣れなのか。
「てかアンタは、一緒に畑さ行かなくてよかったのかい?」
「暑いのにその上日差しを浴びるとか嫌に決まってんだろ……」
自分はこの暑さでまいってるのに、父と母と弟は祖父と一緒に畑に行った。キュウリを取るらしい。俺と同じ環境にいたのに、特に母。
本当に暑過ぎて、一番風通しのいい茶の間で寝転んでいるが、普段やり込んでいるソーシャルゲームなんかもやる気が出ない。個人的には重症。お陰で娯楽はない、いや、やる気がないだけ。
祖母は黙々とテーブルで作業しているが、その様子をしばらく眺めていると思い出したように顔を上げて口を開いた。
「ああ、そういやこの家、最近出るんだよ」
「は?何が?虫?」
「そんなの今に始まったもんじゃないよ!じゃなくて、幽霊だ」
幽霊?この祖母はそんな非科学的なものを信じるような人だったか?自分は信じない派だ。
「一応聞くけどどこら辺が?」
「それがな、視線を感じるんだよ。台所でも便所でも。しかもオラだけでねぐ、爺ちゃんもだ。只事じゃねえだろ?」
祖母は真剣な顔つきで、右手の人差し指を立てながら喋った。
唖然とした。それは幽霊か?
混乱したが、頭に一つのことわざが浮かんできた。
"幽霊の正体見たり枯れ尾花"
夏休み前、授業でやったやつだ。幽霊の正体は花でした〜のやつ。
「ふーん、それは大変だなー」
「なんだい、他人事だと思って。あと二回はここに泊まるんだからね、痛い目見るよ」
少し不機嫌になられたが、信じろという方が無理がある。気のせい、としか言いようがない。
「そうだ、そういえばアンタ、今年は絵描く道具もってこねかったのか?なんかいっぱいあったじゃないか」
ドッと心臓が跳ねる。出来れば触れて欲しくない話題だ。
「…そういう時だってあるよ」
「ええ?あんなに夢中になってたのにかあ?昔から暇さえあれば漫画描いてたじゃないか」
ああ、嫌だ。元々居心地が悪いのにもっと悪くなってしまった。心が締め付けられる。
居ても立っても居られなくなって思わず、起き上がり立ってしまった。
「あ、えっと、トイレに行ってくる」
「ああ、そうかい。廊下は滑りやすいから気をつけな」
しどろもどろになりながら答えて、そのあと祖母が言ったことなんて耳に入らなかった。
夢に敗れたのだ。
昔から、漫画が好きで、どんな漫画でもページをめくるたびにドキドキした。どれだけ嫌なことがあっても、この時だけは違う世界にいる気分になれた。
自分も人をわくわくさせる漫画を描く、そう思ってた。
でも現実は厳しかった。
絵は評価されることの方が多かった。
問題はストーリーだった。
何度も漫画雑誌に投稿したり、なんなら持ち込みだってした。でも、毎回講評されることは同じだ。
「絵は上達してるけどね…、ストーリーがさ…」
内容はどうであれ、絶対に言われるワードだった。これが面白いと思って描いてることを何度も何度も否定されるのはとても辛かった。成長してないことを意味しているから。
そして、気づいたら、ストーリーが何も思いつかなくなってしまった。
所謂スランプなのかもしれない。でも、自分は高校三年生。そろそろ夢から醒めなければいけない。
諦めるには丁度いい時期だ。
落ち込み、思わずため息が出てしまう。
「はー…」
「ダメだよ、ため息」
いきなりどこからか声が聞こえた。しかも、年端もいかない女の子の声。
目線を真下から上に上げると。
女の子がいた。
「うわあああああああああ!!」
驚いた勢いで足が滑った。幻覚?幻聴?で転ぶとか情けない。でも後ろに倒れるのに身を守る手段はない。ああ、祖母がなんか言ってたよなあ。廊下が滑りやすい?これか。
見事に後頭部から廊下に叩きつけられそのまま意識がフェードアウトした。
「…きて、ねえ、おきて」
徐々に意識が覚醒するのが分かる。
自分を起こす女の子の声が耳に入る。
…女の子?
そうだ、自分は女の子の幻覚を見て、転んで。
「おきた?」
視界がクリアになるまで時間がかかるがそこには女の子がいた。
「え、え?」
幻覚ではなかったのか。思わず上体を起こした。そして、また驚いた。
「ここどこだ!?」
「もりのなか」
森はありえない。廊下にいたはずなのに。でも自分が座っているのは草っ原だし、周りは木が生い茂っている。森なのだろう。
そもそも、なぜ会話が成り立っているのか。幻覚ではない説が有力になってしまっている。まさか。信じたくないが。
「幽霊…?」
「ちがう」
無表情なこともあり、その返答には少しホッとした。だが、もっと謎が深まってしまった。
じゃあこの子は?なぜここに?直接聞かなければ埒が開かなそうだ。
「ええと、なんでこんなことになってるか分かる?」
女の子は少し考えながらも真面目に考えてくれている。
「わたしがよんだ」
更に謎が深まった。でも他に解決方法はない気がしてた。勘だけど。
「それは、なんで?」
「わたしはここにいるっていいたかった」
どういうことだろう。さっぱりだ。
それでも、お世辞にも喋ることが得意ではないこの女の子は拙い言葉で話そうとしてくれている。嘘はつかれないと思うので信じることにした。状況は嘘くさいが。
「わたし、さいしょはね、ひとりで、ここにいたの」
「…1人はつらいね」
相槌を打つことにした。
「ううん、さいしょからひとりだとね、そんなことおもわなかった、ひとりが、あたりまえだから」
「あ、そうなんだ…」
下手に相槌を打ってしまい少し申し訳なかったが、女の子にそんな余裕はないのか話し続けている。
「でもね、あるひとのおかげで、ともだちができてね、いろんなところへいくことができたの」
「そうなの?」
「うん。とてもたのしかった。いろんなことしったし、ともだちもふえた。たいへんなこともあったけどね、いまではよかったっておもえるの」
今までのことを思い出したのか、女の子はキラキラした瞳で語ってくれている。この子、こんな表情もできたのか。普通に驚いてしまった。
「でも、その、さいしょのともだちができるきっかけのひとがね、げんきないことにきづいたの。だからげんきにしたいとおもったの」
幽霊とか考えていたことを謝罪したくなるぐらい、いい子ではないか。正体は不明なのがキズだけど。
「さがしてやっとあえたのに…。じかんがないみたい」
何を言っているのだろう。この話は現在進行形ではないはずなのに。でも現在進行形だと、
––辻褄があってしまう。
少しずつ意識がぼんやりしていく。この子のことがわからないまま目が覚めてしまうのは嫌だ。
「おぼえていないかもしれないけど、ものがたりでたのしさをおしえてくれたのは––
「まって!!」
パッと目が開いた。けど視界に入ったのは蛍光灯だ。眩しい。ここは、昼にいた茶の間だ。
「あ、やっと起きたね。廊下滑るから気をつけてっておばあちゃんに言われたでしょ。なんで転ぶかな…」
眉間にしわを寄せた母が、自分が起きたことに気づいて近づいてきた。どうやら起きた事自体は祖母から伝わっているようだ。
「サーセン…」
「長い時間寝てるんだから。もうみんな夜ご飯食べたよ。どうする?」
もうそんな時間か、長い夢を見た、と思い起き上がるとテーブルには一枚の紙があった。
「なに、これ?」
手に取るとそれはとても下手な絵で読みにくいコマ割りの漫画の1ページだった。
「あー、それなんかおばあちゃんが廊下で拾ったって。なんであったかは、分かんないんだけど」
何なら文字も下手で読みにくい。じっくり一コマを読み解いた。読み解けた時、ピンときた。
これは自分が始めた描いた漫画。森に住んでいる女の子が人と出会い、その人と旅をする漫画だ。無我夢中で描いてた上に、幼い頃なので話は滅茶苦茶だった。でも、夢で見てた女の子はこの漫画の主人公。
合点がいった。
瞬間、身体が熱くなった。忘れていた感情がいきなり心に入ってきた。
自分と読み手で成立してるのが漫画じゃないんだ!
気づいてしまったら、もう漫画を描きたくなってしまう。でも色んなことがありすぎてこのままじゃパンクしてしまう。
「ごめん、涼みに行ってくる!!」
「え!?ご飯は?」
「後で食べる!」
素早く靴を履き、玄関から勢いよく飛び出した。
外に出たが、頭を落ち着かせたいのにうずうずしてしまい、結局衝動に駆られ、熱帯夜の暑さも忘れ、走り出した。
そうだ。
ーー走れ、とにかく走れ!
限界は分からない、ゴールもいつになるか分からない。
それまでどんなに辛いのかも分からない。
そういうものだって実感もした。
でも鼓動が弾んで仕方ない。
原動力は自分の心だけだ。
初心に戻った今なら無敵だ。
夢と夢 A.s @steak
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