リベンジ! たんたかたん学再試験! ① ~汝の力を示せ~
それを一言で表すならば、地獄の門であった。
分厚い岩石でできた観音開きの扉には、悪鬼の憤怒の形相が大きくひとつ彫り込まれている。赤黒く塗料を塗りたくられており、その剥げ加減が彫刻の悪鬼のおぞましさを助長していた。扉の下の僅かな隙間からは、頭蓋骨の眼窩を空気が流れるような寒々しい隙間風の音。如何にも胡乱な雰囲気が、この扉を通る者に訪れる不幸を予感させる。
そして、扉には張り紙がされてあった。
マジックペンで『たんたかたん学 再試験会場』と書かれていた。
再試を受けに来た
再試験――――
それは前期の期末試験で不合格になってしまった学生のための救済措置である。
春学期、出席日数がギリギリな状況ながらも期末試験だけは受けた弥助だったが、結果は不合格。一応、それでも再試を受ける資格はあった。友人を頼りつつそれなりに準備し、ここへ来たのだが……
「えっ……ホントにここが会場で合ってる? どう見てもこの先で閻魔大王か何かに舌とか抜かれそうな感じがすごいんだけど……」
「ムッ! 君は、斉川君ッ!」
後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには長身痩躯の男子学生の姿。
彼は裏サークル〝ヒーローズ〟のレッドであり、今日も真っ赤なヒーロースーツを纏っていた。
「赤崎先輩!? ああ、そっか。そういえば先輩は、人助けをしすぎて講義に来られない日が多い関係で……」
「ウム……この科目は二年次に履修したが、単位を落としてしまったのだッ。三年生になった今度こそはと思ったが、期末試験は不合格。だがッ! 私は決して諦めないッ! 燃える心で、必ず再試験を打倒してみせるぞッ!」
進夢は拳を握り、白い歯をきらめかせて笑った。弥助はそんな熱血漢に若干のついていけなさを感じながらも、しかし、と思う。
会場のこの禍々しい入口を見る限り、この先にはおそらく何かとんでもないものが待ち受けている。
今からヤバイものに立ち向かわなくてはならない中で、ヒーローズ最強の実力者とも噂される進夢が一緒にいてくれるのは僥倖といえるだろう。
「よしッ! それでは行こう! しかしものすごい扉だなッ! ハッハッハッハ!」
「ま、待ってくださいぃ~!」
弱々しい声にふたりが振り向くと、ひとりの少女がぱたぱたと走ってきていた。
黒髪の頭に犬耳を生やした、雅な着物姿の女子学生であった。
「きみは確か、学食ストリートにある料亭の!」
「はわわ……わたくしの料亭をご存じなのですか? あ、ありがとうございます。わたくしが料亭〝はるあかり〟の若女将……
犬耳を、ぴくくっ!とさせながら、恋春光は淑やかにその場で正座し、座礼した。
「土下座!?」
「落ち着きたまえ斉川君ッ! これはジャペァニーズ・最敬礼だッ」
「そ、そっか。いえ、単位がほしくて教授に土下座しまくった記憶がよみがえって、つい……」
「どんな学生生活を送ってきたのだッ……?」
ちょっと引いてる進夢。しかし気を取り直して、座礼中の恋春光のもとへ進夢が屈み、声をかける。
「立ってくれ、犬塚さんッ。君なりの丁寧さなのだろうが、私たちは少し困ってしまうぞッ」
「はわ、申し訳ございません……つい癖で……」
「これから、ともに再試を受ける仲間なのだろうッ? ならば目線は私たちと合わせようじゃあないかッ!」
「は、はいぃっ!」
「でも、意外だなあ。犬塚さん、頭良さそうな雰囲気だけど、再試なんだ」
「はい……料亭でのおつとめが忙しく……い、いえ、これは言い訳ですがっ」
「あはは、それは仕方ないよ。サボって再試になった僕よりはマシだよ」
「さてッ! それでは、ゆこうじゃあないかッ!」
「待たれい~」
三人の背後から、ひょろめいた老人の声。
振り向けばそこには、甚平を着て杖を頼りに歩く、禿頭の老爺がいた。
床に引きずるほどに長い白髭を片手で撫でつけながら、老いによりおぼつかない足取りで歩いてくる。
「わしも、ひっしょにやらせてくれんかのお」
「あ……えーと、おじいさん? ここはぽん大生が再試を受ける会場で……」
「わし、ぽん大生じゃぞい~」
「えっ?」
白髭の仙人じみた老爺は、好々爺然として「ほっほ」と笑い声を立てた。
「わしこそは、ぽんぽこ大学が創設ひゃれた年から百年以上在籍している学生。七億七千七百七十七万七千七百七十七不思議のひとつ……人呼んで〝百回留年している長老〟じゃい。よろひく~」
「実在したんだ!?」
「なんということだッ! 生ける伝説との邂逅! 私はいま、猛烈に感動しているッ!」
「はわ……すごいです……!」
「いや、冷静に考えると百留って相当アレなような」
「ひょっひょっひょ。てれるぞい~」
(褒めてないんだけど!?)
こうして、再試に挑む四人が揃った。
常に留年の危機、斉川弥助。
燃える快男児、赤崎進夢。
和風な犬っ娘、犬塚恋春光。
七(中略)不思議の体現、〝百回留年している長老〟。
弥助は息をのみ、かんのん開きの扉の取っ手を掴む。
力を込めて、押し開けた。
錆びた金属の軋む音が耳障りにもギィィと響く。
真っ暗な大部屋。ひとりでに、等間隔に並んだいくつもの燭台へと炎が灯っていく。
ゆらめく炎の光に照らされる、獣の影。
四人を出迎えたのは……
見上げるほどに巨大で、
こちらを睨んで唸り声を上げる、
三頭を持つ地獄の番犬、
ケルベロスであった。
たんたかたん学 再試験
問①
〝汝の力を示せ〟
弥助は部屋を出て扉を閉めた。
「何故閉めるッ!?」
「いや、これ死ぬやつでしょ」
「やばいぞいな~」
「ふぇぇ……こわいですぅ……」
「諦めるなッ! 突破口は必ずあるッ。前進だッ! 私に続けッ!」
「あっちょっ赤崎先輩!?」
進夢が扉をふたたび開き、高さ五メートルはあるであろうケルベロスへと突進していく!
ケルベロスの〝お手〟が炸裂する!
肉球を叩きつけられ、進夢は直立の体勢のまま肩まで床に埋まった!
「赤崎先輩ィィイーーーーーーーッッ!!」
「ひょはははは! おもしろ~!」
「長老!? 何して」
長老が首から上だけを出して埋まっている進夢の顔を覗き込み、手を叩いて笑っている!
ケルベロスの〝お手〟が炸裂する!
長老も埋まった!
「長老ォォオーーーーーーーーッッ!!」
「はう(恐怖で気絶)」
「犬塚さああああああああああああああんッッ!!」
生き残ったのは、斉川弥助、ただひとり。しかし、ケルベロスの凶暴な貌に睨まれ、がくがくと膝を震わせている。
「くっ……ど、どうすれば……そうだ! 僕には黒魔術がある!」
弥助は黒魔術の書をとりだした!
無料お試し期間が過ぎており有料プランに登録しなければ黒魔術は使えない!
お手!
埋まった!
「僕ゥゥウーーーーーーーーッッ!!!!」
「フン……」
ケルベロスが落胆したように鼻息を吹き、人語を喋り始める。
「試験官のアルバイトに応募しタら受かったカラ、張り切って業務をこなソうと思っタものノ……」
(バイトなんだ)
「これほドまでニ手応えのナい相手だったトハな。落胆ヲ通り越しテ、怒りスラ覚えル。オマエたちハ、原石だ。このわんわん程度、踏み越えテみセて欲しカっタ」
(一人称、わんわんなのかッ!?)
「まだチャンスはアる」
のしのしと、床を揺らしながらケルベロスは広間を闊歩する。四人を試すような視線。
「ここカら逆転しテみせロ。オマエたチは、強い。そう信ジろ。オマエたちハ……オマエタチは! 今こノ瞬間だけハ、最強ノぽん大生であルのだト、信じロッ!!」
「最強の……」
呟くような声がした。
「最強の、ぽん大生……」
進夢の声ではない。長老の声でも、弥助の声でもない。
「そウだッ! わんわんは知ッテいる! ぽん大生ハ、山ヲ砕き、海を割リ、すべてを薙ギ倒シ進んでユけるホドの、可能性に満チあふレていルのダとッ!」
「わたくしは……最強。山を砕き、海を割る……」
「い……犬塚さん? 様子が……?」
「なるほどッ。そういうことか……ッ!」
「どういうことなんですか、赤崎先輩!」
「以前、隠しダンジョン攻略RTA実況を見ていた時に知ったのだが……犬塚さんは暗示にかかりやすいのだッ。そのかかりやすさは常軌を逸しており、自分の現実すらもねじ曲げる! つまり……いまの犬塚さんはッ!」
犬塚恋春光が……
冷たい顔で、一言、命じた。
「伏せ」
ケルベロス!
主従関係を完全理解ッ!
「ワフン!」伏せが炸裂!
「ちんちん」
「ワッフン!」ちんちんが炸裂!
「掘れ」
「ワフ~ン」床を掘り、弥助とゾンと進夢を救出!
「それでは、わたくしたちは行きます。あなたはそこで待っていなさい。わたくしたちの邪魔をすれば……わかっていますね?」
「ワン!」
「良い子」
恋春光は冷えた表情に僅かな笑みを浮かべ、ケルベロスの三つ首をひとつひとつ撫でてやると、弥助たちの方へ向き直る。
「さあ、先へと参りましょう」
「すご」
【②へ続く】
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