スーサイド! 物理的干渉が幽霊の『死』に与える影響!

 彼女は泣いていた。

 そして、走っていた。


(死んでやる)


 彼女の頭の中で、数分前の情景が甦る。

 ぽん大入学当時から気になっていた男子学生がいた。

 何度か食事に誘ってはみたが、断られっぱなしでとりつく島もない。

 それでも諦めずアプローチし続けたが、先程、遂にこう言われた。


〝あのさ――悪いけど、おれはきみと付き合うつもりはないんだわ〟


(死んでやる……)


 彼女は泣きながら走っていた。

 ぽん大の七号館の屋上を目指して階段を駆け上がっていた。

 目的はひとつ。

 屋上から飛び降りるのだ。


〝えっ……ど、どうして? せめて、理由だけでも……〟


 それは失恋の記憶。

 彼の言葉が頭蓋の内側で反響する。

 記憶の中の彼は言った。


〝だってさあ――きみ幽霊じゃん〟


「死んでやるっっ!!」


 屋上に辿り着き、そのままの勢いで飛び降りた。

 幽霊なのでふわふわとゆっくり地上に落ちていき、まるでメリーポピンズのような優雅さで地面に着地する。


 彼女――――幽ノ宮かすかのみやみれいは、人目もはばからず泣き叫んだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」






 幽ノ宮みれいは、幽ノ宮三きょうだいの末っ子である。

 長女・シラヌイを姉に、長男・霊太郎を兄に持つ彼女は、兄姉と同じく白装束を着て周囲に人魂を浮かばせるステレオタイプな幽霊だ。しかしながら、そんなダサい格好は嫌だと、幽霊なりの可愛い系コーデを追究してきた。

 白装束は牡丹柄の浴衣っぽくアレンジ。

 人魂にはひとつひとつにリボンを結んで、にっこりマークの顔を描いた。

 そんなふうに可愛くあろうとしてきた彼女は、いつしか自分の容姿に自信を持つようになってきたのだが、だからこそ今回の失恋は堪えたようであった。


「こうなったら~……!」


 泣きはらした目で、みれいは今飛び降りた七号館よりも更に高い建物を見上げる。

 それは、ぽん大のシンボルのひとつ、大観覧車であった。


「重りを付けた上で……あそこから飛び降りてやる……!!」

「待ァちたまえ」

「ああ゛!?」


 気取った声に振り向くと、そこには、ボッサボサの長い黒髪をして煤だらけの白衣を着た、いかにもマッドサイエンティスト然とした女が立っていた。

 不摂生による目の下の隈がかなり大きい。手にはバインダーボードを持ち、今もカリカリとボールペンで何やら書き込んでいる。

 みれいの知らない女だった。

 女はみれいの剣幕に恐れる様子もなく、誰も聞いていないのにべらべらと自己紹介を始める。


「小生は天才寺てんさいじ夜々子よよこと申ォす者。研究のために四徹したときは雰囲気のせいで亡霊に間違えられたこともあったが、ドン学部ドゥン学科のれっきとした学生であり、ジャンジャカジャン学のゼミに通うれっきとした理系である」

「はあ……? 知るかよ何なんだよあんたは……!!」

「ところで本題に入るが」

「入るな!!」

「小生はゼミで幽体力学の研究をしていてねーェ。君が屋上から飛び降りるところを見てピンときたのだ。是非、小生の研究に協力してくれなァいだろうか」

「誰が協力なんかするか……!! わたしは忙しいんだよ帰れ……!!」

「死ねるぞ?」

「は?」


 天才寺夜々子は笑った。

 欠けた黄色い歯が見えた。


「小生の実験モルモットになってくれさァえすれば、君は死ねるのだ。〝現世からの物理的干渉が幽霊の『死』に与える影響〟……それが小生の執筆予定の論文である」

「よおおし……!! 協力するから死なせろ……!!」


 みれいは自棄になっていた。

 この日から、みれいと夜々子の二人三脚の研究が始まった。


 数々の自殺未遂が繰り広げられていく。


 首つり。ギロチン。吊り天井。十字架での磔刑。大量のハリネズミによる頬ずり。メガンテ。ガソリンかぶって天ぷらを調理。汚え花火。吉田沙保里とのガチバトル。尊すぎる百合マンガ。レベル5デス。理想を抱いて溺死。壁の中にテレポート。

 あるときは、遺跡探検中に転がってきた巨大な岩の球に潰された。

 あるときは、スイカ割りをしている海水浴客の近くで砂に首まで埋まって待機した。

 またあるときは、サワガニに唇を挟まれて「いてて」ってなった。


 そして研究は、遂に大詰めを迎えていた……!


「幽ノ宮。いけるかね?」

「うん……。……ねえ、天才寺」

「何だ」

「地球って……こんなに綺麗なんだね……」


 ぽん大で夏休み中だけ貸し出している宇宙船に乗り、みれいは溜息をついた。この地球で、たくさんの自殺未遂をした。死ぬために、遺跡探検や、海水浴や、さまざまな場所に行った。

 そしていつも傍らには、夜々子がいた。

 彼女はもはやバディであった。


(まあ、コイツがわたしをどう思ってるかはわから亡いけど)


 夜々子に向き直る。


「さあ……、最後の実験を始めよう……」

「元よりそのつもりだ。くゥ~! 小生、胸の高鳴りが止まらない!」


 最終自殺未遂は、宇宙船から降りての単独での大気圏突入であった。

 ハッチから飛び出し、みれいは地球の重力に従って一直線に落ちていく。

 全身が断熱圧縮により高温になり、燃え上がるのを感じる。


天才寺アイツの仮説が正しければ、わたしはこれで、霊的物理的強度の摩耗? がどうとかで、死ぬ)


 体をくるりと回転させ、落下しながらも地球に背を向け、宇宙船を見上げる。


(でも、幽霊は幽霊だ。この世に未練があるかぎり、幽霊は成仏し亡い)


 レンタル宇宙船に乗った夜々子は、いまごろ、興奮しながら凄い勢いでノートに数式を書き殴っているのだろう。

 みれいは、そんな彼女を見ているのが割と楽しかった。


(そしてわたしは、気づいたんだ)


 そっと微笑む。


(あのバカとの研究の日々が、未練生きがいになっていたんだ、って――――)






 ジャペァン国の夜空に一条の流れ星がきらめいた。

 それが実は大気圏に突入する幽霊だったことは、バディのふたりしか知らない。

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