ヘヴン・オア・ヘル! ラーメンバトル with サッカー部一年生!

 ぽんぽこ大学、デデドン通り。

 通称〝学食ストリート〟では、夏休みの間も営業する学食が多い。

 学生や職員の他にも、他県や海外から観光気分でやってくる学外の客も珍しくなく、むしろ夏休み期間中の方が賑わっているとすらいえるかもしれない。


 ただでさえ狭い学食ストリートが客でごった返すと、人ひとり通ることさえ難しくなってくるのだが……

 そういう意味ではかなり迷惑な、幅を取り過ぎる客がいた。


 ぽん大サッカー部の一年生、巨大ガマガエルの蝦蟇と、スフィンクス像のスフィンクスである。


 蝦蟇もスフィンクスも、高さは二メートル。スフィンクスに至っては、四メートルもの奥行きがある。完全に通路を塞ぐ大きさであった。他の客は迷惑そうにしてはいたが、しかしスフィンクスの姿を見るというのは貴重な体験である。物珍しそうにしながら、通路に横たわるスフィンクスの上を乗り越えて先へ進んでいく。


 蝦蟇とスフィンクスがいるのは、オムライス専門店〝たまご大王〟のカウンター席であった。


「ゲコ」

「…………」

「ゲコゲコ、ゲコ?」

「…………」


 蝦蟇はカエル語を喋り、スフィンクスは石像なので喋れない。だが不思議なことに、ふたりは意思疎通ができているようであった。


 注文したオムライスをぺろりと平らげた蝦蟇は、今は水かきのある前足で器用にスマホを操作している。


「…………(蝦蟇君、それはSNSを見ているの? という意味の沈黙)」

「ゲコ!」

「…………(そうなんだ。みんなはそろそろ来そうかい? という意味の沈黙)」

「ぷるぷる! きーたよっ!」


 わるくなさそうなボーイソプラノの声がして、蝦蟇は振り向く。

 そこには、わるくないスライムと、手が千手観音みたいにいっぱいある奴と、水色の肌の宇宙人少女がいた。

 ぷるすけと、観音開かんのんびらきボサシと、ラヴ・オーオオであった。


「ゲコ! ゲコ! ゲコォ!」

「…………(噂をすれば、だね。という意味の沈黙)」

「ぷるるぷる!」

「南無阿弥陀仏」


 蝦蟇が鳴き声を上げ、スフィンクスが沈黙し、ぷるすけが飛び跳ね、ボサシが合掌する。

 愉快な仲間たちを見渡して、ラヴは思った。


(改めて思うけど、サッカー部の一年生って、なんかやばいなあ……)


 今日ここに集まったサッカー部員たちは、全員が一年生。せっかくの夏休み、同級生のメンバーでどこかに遊びに行かないかという話になっていた。そんな中、ラヴがまだ学食ストリートで食事をしたことがないという事実が判明。なんやかんや話しているうちに、一年生のみんなで学食ストリートを冒険してみようということになったのであった。


「ぷるる、がまくんとフィンはもうごはんたべちゃったの?」

「ゲコ。ゲコゲコ」

「…………(私は食べていないよ。石像だからね。という意味の沈黙)」

「そっかあ。がまくん、くいしんぼうだもんね。オムライスたべたのに、まだたべれるなんてすごいね」

「南無妙法蓮華経」


 ラヴは、(三人ほど何言ってるのかわからない人がいる……)と思いながら、「じゃあ行こっか」とメンバーを促した。

 狭い通路を進んでいく。先頭をぷるすけ、その後ろを蝦蟇、ボサシ、ラヴ、スフィンクスの順に列になった。


「なんかおすすめの学食とかあるの?」


 ラヴの素朴な質問。真っ先に答えたのは蝦蟇だった。


「ゲコ。ゲコゲコゲコ。ゲコゲコ」

「……なんて?」

「ぷるぷる! 『おれはがくしょくストリートのじょうれんだから、おすすめしたいみせはいくつもあるぜ』だって!」

「通訳ありがとう。なんか、初心者向けの学食でお願いね」


 話しているうちに〝阿鼻叫喚! 地獄ラーメン ~キミハ食イ尽クスコトガデキルカ?~〟というラーメン店に到着した。


「初心者向けって言ってんでしょ!!」

「ゲコゲコ」

「そっちじゃないって! ぎゃくだよ、ラヴちゃん!」

「あ、左側じゃなくて右側?」


 視線を右へ移すと、そこには〝極楽浄土! 天国ラーメン ~アナタハ召シ上ガルコトガデキマスカ?~〟という店があった。


「どちらかがパクリ!!」

「やいやいやい! 今日こそ決着をつけてやろうじゃねーか、ゴラァ!」


 前方から大声。見れば、道のど真ん中で、金棒を持った筋骨隆々の赤鬼と、頭上に光輪を浮かばせた天使が向かい合って言い争っていた。赤鬼は黄色と黒の腰布を巻いた姿で、天使は純白のローブを纏っている。


「…………(文化圏ごちゃ混ぜだね。という意味の沈黙)」

「先に店名をパクったのはおめえだ。店ごと木っ端微塵にされたくなけりゃあ、とっとと店仕舞いして学食ストリートから出てくんだな!」

「――――パクったのは貴方でしょう――――道理は完全にこちらにあります――――あなたのそれはただの駄々っ子ですよ――――」

「んだとォ!! 今すぐぺしゃんこにしてやんぞゴラァ!!」

「――――やれるものならどうぞ――――」

「え、ちょっとちょっと! 喧嘩はダメですよ! なぜならボクたちが巻きこまれる!!」


 一触即発の空気の中、ラヴが止めに入った。赤鬼は大きな目玉をギョロリとさせ、天使はほとんど閉じられた切れ長の目を僅かに開け、それぞれラヴという闖入者を睨む。

 ラヴは、その険悪さに(やめときゃよかった)と思いつつも、咳払いをした。


「あなたたち、学食を営業している料理人でしょう。料理人の手は、人を殴るためのものなんですか?」

「ぐぬ……」「――――――」

「わかったら、ここは穏便に済ませましょうよ。落としどころを探しましょう。ね、おふたりとも」

「……なるほどな。確かにその通りだ。俺っちはあくまで料理人」

「――――そうですね――――わたくしも料理人としての自覚が足りませんでした――――」

「わかってくれましたか? んじゃ、ボクらは他に行くところがあるのでこれで……」

「料理人なら……料理で勝負しろ。そういうことだな?」

「は?」

「――――地獄ラーメンと天国ラーメン――――どちらがより美味しいラーメン店なのか――――通行人のあなたがたに審査していただきましょう――――」

「はぇあ!?」

「ぷるぷる! ぼくたち、しんさいんだ!」

「ゲコゲコ~♪」

「般若波羅蜜多!」

「…………(ははは、なんだか面白いことになりそうだね。という意味の沈黙)」

「待って、何でみんな乗り気なの!?」

「ふん。そうと決まればだ!!」

「決まってない」

「――――早速ラーメンバトルを始めましょう――――」

「始めないで」


 始まったのであった。






  ~地獄ラーメンの場合~


「俺っちは地獄の獄卒。閻魔大王に恥をかかせねえために、最強の地獄ラーメンをつくるぜ……!」


 赤鬼は『バシィン!』と自分の両頬を叩いて気合いを入れる。ギョロリとした目で調理場を見渡し、巨大な冷蔵庫をバンと開けた。

 そして、「ぐぬぅ……」と唸る。


「こんな調理設備では……こんな材料では……俺っちの理想のラーメンを出すことはできねえ……!」

「――――――――神が手を貸しましょう――――――――」

「何だ!? 空から声が……!?」

「――――――――神は天上の神・マクィナュニャムニャ――――――――あなたに助言をするために天界から声を届けています――――――――」

「なんで神仏の類いが俺っちの味方をするんだ!? 俺っちは鬼だぞ!?」

「――――――――――――――――――」


 天の声は少し黙った。


「――――――――すみません――――――――話しかける相手まちがえました――――――――」


 天の声は聞こえなくなった。


「何なんだ」

『おうい、赤鬼~』

「ぬっ! その声は、閻魔大王!?」


 店内に置かれた古ぼけたブラウン管テレビに、何やら色白の幼い少女の姿が映る。


『おっ、映りおったのじゃ。地獄直通の、すかいぷ? とやら、電話口の顔が見られて便利じゃのう。む、これ、わしの顔もおぬしに見えておるのじゃ?』

「閻魔様! これはスカイプとは違うといいますか……地獄の不思議パワーによる通信といいますか……とにかく、はい、閻魔様のお姿も映っておいででさあ。こんな赤いだけが取り柄の下っ端獄卒に、どんな御用向きで……?」

『ふふんじゃ』


 少女閻魔は、大王!っていう感じの赤い服を羽織り、大王!と書かれた冠をかぶって、手に持ったしゃくをふらふらと揺らした。


『〝天国と地獄! ラーメンバトル ~キミハドチラガ美味シイト思ウカ?~〟の話は聞いているのじゃ』

「そんな名前がついてたことは聞いてねえ」

『実は今、地獄で流行しているレシピがあるのじゃ……。ラーメンを超えたと噂される最強のラーメンのレシピがのう』

「ッ! ま、まさか……」


 少女閻魔がニヤリと笑う。

 大王!っていう感じの得意顔で宣った。


『おぬしに! 最強の地獄ラーメンの作り方を教えるのじゃあ……!』






  ~天国ラーメンの場合~


「――――さて――――ひとりの天使として――――天にまします我らの神にさえご満足いただけるほどの、至高の天国ラーメンをつくらなくては――――」


 天使は純白のローブが汚れぬようにしっかりとエプロンの帯を締め、ふんすと息を吐いた。細い目で調理場を見渡し、巨大な冷蔵庫をバンと開ける。

 そして、「――――むむ――――」と呟いた。


「――――今ここには――――わたくしの理想のラーメンを具現するほどの――――調理設備や材料が、足りない――――」

「――――――――神が手を貸しましょう――――――――」

「――――!!――――その荘厳なお声は、もしや――――天上の神・マクィナュニャムニャ様――――」

「――――――――その通りです――――――――神が天から助言致しましょう――――――――」

「――――良いのですか――――この上なき幸甚にございます――――」

「――――――――ええ――――――――それではまず――――――――」


 天の声は気恥ずかしそうに小さく笑った。


「この粛然とした喋り方やめよっか」

「あ、そうですね。今はわたくしたちだけですもんね」

「でさ、神思うんだけどね? 今は〝映え〟の時代だと思うんだ……!」

「映え、でございますか」

「うん。ラーメンを超えたラーメンをつくりたいよね……! そのために……」


 天から光が降り注ぐ。

 ここぞとばかりに荘厳さを取り戻した声が、威風堂々、宣った。


「――――――――あなたに至高の天国ラーメンの作り方を教えましょう――――――――」






  ~ラーメンバトル会場~


 学食ストリート、デデドン広場。

 かつては早食い王決定戦も行われていたその場所は、今日も、暇な学生たちでごった返していた。


 彼らの目的は……天国と地獄のラーメンバトルを観戦することである。


「ポンポコハローユーチューブ。どうも、ぽこどんです。えー今日はね、おなじみぽん大の学食ストリートで料理バトルが開催されるということで! 生配信をね、させていただいております-。司会に任命されちゃったからね、がんばらないといけないわけですけれども!」


 観客の学生たちから「ぽこどん! さっさと始めろ-!」「チャンネル登録解除すんぞー!」などと野次が飛ぶ。ぽこどんは苦笑しながら「さて!」と切り替え、天然パーマの黒髪をかきあげる。


「審査員の方を敬称略でご紹介しましょう! まずは、早食いの名手、巨大ガマガエルの蝦蟇!」

「ゲコ~!」

「続いてなんか手がいっぱいある奴、観音開ボサシ!」

「南無~!」

「エジプトの石像、スフィンクス!」

「…………(よろしくお願いします。という意味の沈黙)」

「わるくないスライム、ぷるすけ!」

「ぷるぷる! しんさ、がんばるよ!」

「サッカーの惑星の姫君、ラヴ・オーオオ!」

「あ、はい」

「以上、五名の方にラーメンを採点していただきます! それでは地獄ラーメンさんと天国ラーメンさん、準備はよろしいでしょうか!」


 ぽこどんが叫び、ステージ上のふたりの料理人に注目を促す。


「おうよッ! 俺っちの〝ラーメン超え〟見せてやんぜッ!」


 腰布を巻いた筋骨隆々の赤鬼が、ラーメン屋らしく腕組みをして仁王立ちをする。


「――――わたくしの〝ラーメン超え〟楽しみにしていてください――――」


 エプロンを巻いた純白ローブの天使が、頭上の光環からの粒子を光らせながら微笑む。


「OK! それでは! 天国と地獄・ラーメンバトル! ッスタートオオオオオオオオオ!!!!」


 赤鬼が、鬼の形相で包丁を引っ掴む!

 天使が、穏やかな微笑のまま材料を並べる!

 審査員たちが、固唾をのんで見守る!

 観客が、興奮して歓声を上げる!


 ぽこどんが、大声で実況する!


「おおっとこれは双方同じような調理法だあっ! 小麦粉をこねてつくった白い生地を麺棒でのばし! のばし続けて、薄くなったそれを畳み! 太めのサイズに切っていく! そして茹でている! 麺を茹でて、茹でて、そしてざるに上げたあっ! あらかじめ用意していたつゆにぶち込む! 四角く切ったあぶらあげを乗せれば! 完成! 双方ほぼ同じタイミングで完成だああっっ!! 審査員の一年生たちに差し出されます! 巨大ガマガエルくんは一気に全部飲み込んだあっ! 手がいっぱいある奴は二本の腕だけ使って食べてて地味! エジプトの石像はそもそも食べれない! わるくないスライムくんは猫舌だから熱そうにしてるね! そしてサッカー姫! 早速インタビューしてみましょう。ラヴ・オーオオさん、お味はどうですか?」

「いやきつねうどんでしょこれ」

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