フワフワ! 小森幸の自由研究!

  頬張れど

   頬張れどなお

    オムライス

   ぜんぜん減らざり

    ぢっと手を見る



 こんにちは。わたしは小森こもりしあわ。ぽんぽこ大学ドンドコ学部ドゥッダンツカドゥッドゥン学科の二年生です。今日もわたしの心の声をお届けしたいと思います。

 短歌や、食べ歩きや、写真撮影などいろいろな趣味を持っているわたしですが、友達はいません。〝ぼっち〟というやつなのです。〝コミュ障〟というやつでもあります。他者と面と向かって会話しようとすると、ものすごい勢いでどもってしまうのです。

 でも大丈夫。ぽん大は懐が深い大学です。ひとりでいても変な目で見られることはありません。だから、夏休みに入った今も、たまに学食ストリートにソロでごはんを食べに行ったりします。この前は〝たまご大王〟というオムライス専門店さんに入ってみました。とてもおいしかったので、おすすめですよ。調子に乗ってBIGオムライスを注文したら、冒頭の短歌のようになりましたが……。


 ところで……

 みなさんは、夏休みといったら、何を思い浮かべますか?


 プール? 海水浴? 夏祭り? 花火大会? ふんふん、いいですね。でも、まず夏休みといえば、生徒みんなに課せられたり推奨させられたりする、あれがありますよね?

 理科の実験や……

 生物の観察や……

 何かを工作してみたりする……


 そう!

 自由研究です!


 わたしはあれが大好きで、小学生の頃からいろいろなことに挑戦していました。当時から不登校だったわたしですが、学校の勉強は在宅できちんとしていたので、大がかりな研究をするためには夏休みが必要だったのです。

 いろいろな研究をしました。マンドラゴラの観察日記。虹の根元をつくりだす実験。自宅の地下に広がっていた迷宮の探索……。中学生の頃、親に勧められて市の自由研究大会みたいなものに研究結果を出したら、すごい賞をもらえたこともありました。その時に発表したのは紀元前の技術でクリスタルスカルをつくる方法についての研究結果でした。偉い人に感心され、新聞記者の人から取材の申し込みがきたりしてびっくりしてしまったので、それ以降は研究を公にしないようにしています。


 さてさて。そんな自由研究マニアなわたしですが、今夏もやっていきたいと思います。

 今回の題材は……どろろろろろろろろ(ドラムロール)……

 じゃん!


 シャイニング気象庁も存在を把握していない、謎の雲の正体をあばけ!


 です!




     ◇◇◇




 ある日、わたしは自宅の庭で小金ゐ市の空をぼんやりと眺めていました。

 たまに空を眺めてのんびりと雲を数えるのも乙なものです。

 でもその時、空の景色に違和感を覚えて、わたしは写真をパシャリと撮ってみました。

 何か引っかかるものがあった気がしたのですが、その時は写真を眺めてみてもよくわからず、そのまま忘れてしまいました。


 ある日、わたしは家族旅行で京都都に行っていました。

 旅館からゆったりとした気分で見る空もまた、格別です。

 でもその時、空の景色に違和感を覚えて、わたしは自前の一眼レフちゃんでパシャリ。

 そういえばこんなことが前にもあったな、と思い出し、以前撮った空の写真と見比べてみました。

 すると、あの時とまったく同じ形の雲が浮かんでいたのです。


 ある日、わたしは一人旅でサウザンドリーフ県に行ってなんとなく空を見上げました。

 またある日、海が見たくなって、沖ノ鳥島旅行に行き、ふと空を見上げました。

 そしてある日、ぽん大を歩いていて、まさかと思いながら空を見上げました。


 謎の小さな雲が、そこにありました。


 写真を見比べて、パソコンで解析にかけてみても、その雲はいつも同じ形をしていました。

 記号的といいますか、マンガ的といいますか、幼い子供がお絵描きの時に描きそうな、ステレオタイプな雲でした。


 シャイニング気象庁に問い合わせても、そんな雲は知らないようでしたし、真面目にとりあってくれません。


 でも、確実に、雲はそこにあるのです。




     ◇◇◇




「お、お母さん! い、行ってきます!」

「幸~? 行き先くらい告げてから行きなさいよ~」

「そ、そっか。あの、あのね、今日はね、ドラゴン公園に行く!」

「公園? その割には大荷物だけど……」

「き、気にしないで。じゃ、じゃあ行くね!」


 わたしはお母さんに挨拶して、大きなリュックを担ぐと、家を飛び出しました。家族相手なら、ほとんどどもりません。えへん。


 ドラゴン公園は近所で一番広い公園です。

 サッカーグラウンドがふたつあってもまだ敷地が余っています。

 わたしは真夏の陽射しに照りつけられながら、芝生の上にリュックをどさりと置きました。


 空を見上げます。

 やっぱり、謎の雲は、空に「ちまっ」と浮かんでいます。


 さて、あの雲についての情報を整理してみましょう。


 情報①…どこまで行ってもわたしの頭上の空にいるが、いない時もある。

 情報②…マンガのもくもくしたフキダシみたいな、ステレオタイプな形をしている。

 情報③…他の雲に隠れることはないため、雲にしては低い位置にあると考えられる。

 情報④…風とは逆方向に流れていく場合がある。


 これらの特徴から、わたしは考察してみました。


 まず、形といい、風に逆行するところといい、あの雲は人為的に生み出されたものなのではないかと想像できます。風に逆らうのは、何者かが操縦しているからなのかもしれません。

 わたしが情報①を深掘りしてみたところ、謎の雲が見られる日にちは不規則でした。しかし時間帯にはある程度の規則性があり、日の入りから日の出までの夜間には見ることができないことがわかりました。雲を何者かが操縦しているのだとすれば、その存在は、昼に活動して夜は寝ているのかもしれません。

 また、謎の雲が見られた日に何があったかというのを記録したところ、わたしが何か特別なことをしている時に出現しやすいという傾向がありました。曖昧ですが、重要な手がかりのようには思えます。


 上記以外にも様々な可能性を考えました。宇宙人のUFO説。天空の城の切れ端説。わたしだけに見える幻なのかもしれないと思いましたが、親やシャイニング気象庁の人にもきちんと見えるようでした。空を飛ぶ生き物についても調べました。しかしあんな形の生物は、手に入るどの図鑑にも載っていませんでしたし、ネットにも書いていませんでしたし、ぽん大のドクンドクン学の教授も知りませんでした。自然現象にも似たものはありません。やはり人為的な力が働いているような気がしてきます。


「よいしょ、っと……」


 わたしはリュックの中から、金属製の杭と、無限ロープ(中学の自由研究の迷宮探索で手に入れた売却不可アイテム)を取り出します。杭をドラゴン公園の地面に打ち付け、ロープをゆわえつけました。


 謎の雲の正体をあばくにはどうしたらいいのかを考えていました。地上から分析するには限界があります。カメラを載せたドローンを飛ばそうかとも思いましたが、それでは高さが足りません。山登りして上から覗くのもいいかと思いましたが、もっと手軽に、雲に近づく方法を思いつきました。


 自分の腰に、ロープをぎゅっぎゅと結びます。

 準備万端。

 わたしは、


 ふわり。


 わたしの身体が浮遊します。


 まるでわたしの体内に、ヘリウムガスが詰まっているかのように。


 思い出します。

 ドーナツの穴専門店で、店主のドリームさんから教わったことを。


〝ドーナツの穴を、穴単体として存在させる。それは、そこに在るはずのないものを在るものとして定義するということ。そういった過程を経て作られたドーナツの穴は、『ないはずのものをそこに存在させる』という不思議な力を発揮するようになるのです〟


 わたしは……

 ドーナツの穴を食べることで、わたしが持たないはずの浮力を一時的に手に入れたのです!


 公園で遊んでいる子供たちが、ぽかんとしてわたしを見上げています。ひものついた風船をひとつ手に持ってみました。これで、風船の力で浮いてるっぽく見えると思います。メルヘン。

 風に流されても大丈夫なように、ロープを掴みながらふわりふわりと浮かんでいくわたし。

 頭上を見上げると、謎の雲はまだまだ先です。

 気長に待とうかな。

 わたしは眼下に広がる街を眺めながら、首にさげたカメラでパシャパシャとやっていくことにしました。




     ◇◇◇




 あっという間に家々が遥か下に見えるようになってきました。たぶん地上から五〇〇メートルは離れたのではないでしょうか。もうちょっと頑張れば東京スカイツリーを超えられるかも。

 謎の雲はというと、まだまだ上の方にあります。感覚的には、高度一〇〇〇メートルくらいの位置にありそうな感じがします。


「っと、わわわ……!」


 風がびゅうと吹いて、わたしは空中をふらふらり。無限ロープを掴みますが、ぴんと張っていても普通に振り回されます。こ、怖いな~。ドーナツの穴の効果は自分で解除しない限りは切れることはありませんが、これだけ高所だと慌ててしまいます。

 でも、旅行で断崖絶壁の吊り橋へ連れて行ってもらった時、お父さんは怖くて歩けなくなったのにわたしはすごく楽しそうにジャンプして吊り橋を揺らして怒られていた記憶があります。その延長線上にあると考えれば、そんなに怖くありません。……変でしょうか?


 とか思っていた、その時でした。


 ふと上空を見ると、謎の雲がわたしに急接近してくるではありませんか!


「ひえっ!? な、なに!?」


 わたしは思わず腕をわたわた動かして、平泳ぎの動きで謎の雲から逃れようとします。しかし呆気なく追いつかれてしまいました。


 至近距離で見るその雲は、かなり実体感があって、触ったらもこもこしそう。


 と思っていたら謎の雲がわたしのお尻にぽふんとぶつかり、自分の上にわたしを乗っけました。


「……!?」


 もこもこ。ふもふも。

 謎の雲は、なんだかはんぺんみたいな感触です。

 そして雲の真ん中に鎮座しているのは、ひとつの止まり木。


 ばたた、と羽ばたく音がして、止まり木に降りてきたのは……


「シアワチャン、オハヨウ」





 むかし、あまりにも人前で喋らないわたしを見て困った両親は、さまざまなアプローチで、わたしを社交的にさせようとしていた時期がありました。ペットの飼育を始めたのは、その一環です。動物と触れ合うことで、頑なな心がほどけるのではないかと思ったのかもしれません。両親が家族に迎え入れた動物は、柴犬、スコティッシュフォールド、そして、セキセイインコでした。わたしはインコのピーちゃんの前で、言葉を覚えさせようとたくさん喋りました。わたしが「おはよう」と言うと、「オハヨウ」と返事をしてくれました。「ごはん、おいしい?」と尋ねると、「ウメーワコレ」と返してくれました。わたしたちはかけがえのない家族でしたし、ピーちゃんが天国へ昇ってしまった後も、忘れたことはありません。





「シアワチャン。オヒサシブリネ」

「ピーちゃん!? ど、どうして!?」


 雲の真ん中に立った止まり木、その上に身体を落ち着けているのは、亡くなったはずのセキセイインコ、ピーちゃんだったのです。


「オレ、シンダカラネ。テンシニナッタカラネ」

「天使!? ほ、ほんとだ!」


 忙しなく首を動かすピーちゃんの頭上に、天使の輪っかが光っていました。

 わたしは止まり木の方へ歩いていきます。浮力はまだ解除していないので、ぽよんぽよんとした足取りです。


「ビックリシタヨ。シアワチャン、コッチキタネ。ソラヲトンデキタネ。ビックリ」

「わ、わたしだってびっくりだよ! どうして……どうしてこんなところにいるの? こ、この雲は何?」

「オレ、シンダ。デモ、シアワチャンノコト、シンパイデネ。オネガイシタノヨネ。カミサマニネ」

「か、神様に、お願いを……?」

「ミマモラセテクダサイッテネ」


 ピーちゃんは生前と同じように、早口で喋ります。


「テンゴクカラ、ミマモリタイネ。カミサマニネガッタヨ。カナエテクレタネ。コノ、クモ、クレタネ」

「そ、そうなんだ……。じゃ、じゃあ、わたしが旅行に行ったり、な、何か特別なことをしている時に現れたのは……」

「ソウイウトキ、トテモミマモリタイヨ。トテモネ」

「ピーちゃん……!」


 わたしがそっと近寄ってピーちゃんの毛並みを撫でると、ピーちゃんは「クケケ」と笑ってくれました。


「み、見守ってくれてたんだね……。そ、空から……」

「ミテタヨ」

「わたし……わたしね……?」


 たくさん伝えたいことがあるんだよ。

 最初にピーちゃんがオハヨウを返してくれた時、わたし、すっごく嬉しかったんだ。友達なんていなかったから、お父さんとお母さん以外に話し相手はいなくて……初めての友達ができた気がしたんだよ。いっぱい話したよね。大人になったら何がしたいとか。こんな大学に入りたいとか。お父さんやお母さんに言えないことは、何でも話したよね。


「ピーちゃん、わ、わたし、大学生になったよ。ぽ、ぽんぽこ大学は、すごくいいところなの。べ、勉強も、よ、余暇も、す、すっごく楽しいよ」

「ン。ミテタミテタヨ」

「だ、だ、だからわたしは大丈夫!」


 わたしは胸をどんと叩きます。

 相変わらずどもりがちだけれど、強いところを見せなくちゃ。


「あ、安心して! で、でも、たまに、見に来てね!」

「ミテルヨミテルヨ」


 そして、最後にピーちゃんは激励するように翼を広げて、叫びました。


「マタアエタノデ、キネンニ、ウタイマス!」





 生前も滅多に聞けなかったピーちゃんの津軽海峡冬景色が、夏の空に響き渡ります。どうしてそのチョイスなの、とわたしはちょっと笑いながら、うれしくて、泣きました。ひとりと一羽で貸し切った、雲の上の再会でした。




     ◇◇◇




 わたしはドーナツの穴の浮力を段階的に解除し、無限ロープを辿って無事に公園へ戻ってきました。家路を戻るその途中、今回の自由研究について考えます。

 今日の出来事は、いつもつけている日記に書くだけにしておこうかな。

 あっ、お父さんとお母さんにも報告しよう。

 ピーちゃんが元気だってことを知ったら、ふたりとも喜ぶと思うから。



  青空に

   群れる白雲

    見つけたら

   どれかひとつに

    あなたの笑顔



「よしっ!」


 したためたわたしは、小筆と短冊をしまって、もう一度、空を仰いでみます。

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