デンジャー! ぽんぽこタイムズの海水浴! ~降水確率99999999%~

 国道みょんみょこみょん号を、一台のジープが快走していた。


「それでは読坂よみさかかたり、歌います! 聞いてください……『OCEAN』」

「その曲はさっき歌ったにゃろが! てか歌うのやめてくんにゃい? 朕、寝たいんにゃけど」

「かたり先パイ、まさか酔ってないッスよね? 車運転して大丈夫なんスか!?」

「ウォウイェヘェ~~~イ!!!! ウォッオオ~~~ウ」

「うるせェにゃ!」


 賑やかな車内。青と黄色の迷彩柄をしたそのジープを運転するのは、ぽん大の記者サークル・ぽんぽこタイムズの編集長、読坂かたりである。

 助手席と後部座席にも、記者たちが乗っている。


「朕、睡眠時間削って締め切りをやっつけた翌日なんだから寝たいにゃ。おやすみにゃ~」


 助手席には四コマ漫画担当、日下くさかよんこ。自らの外見に頓着していなさそうなボサボサ髪だ。


「かたり先パイ、楽しいのはわかるッスけど、安全運転でお願いするッスよ? ……というか、何故ジープ……」


 助手席の後ろの座席には地獄耳の異能を持つ記者、朝倉あさくらみみか。野暮ったい黒縁眼鏡と大きなヘッドホンが特徴的である。


「だってさあ~! この四人で遠出して遊ぶのは初めてだろう? テンションもうなぎのぼりの鯉のぼりだよ~!」

「まあ、あたしも久々の海ッスから、高揚してるッス」

「でしょ? みみちゃんもこう言ってるし、しろちゃんも楽しみだろー?」


 運転席から投げかけられた問いに、その後ろの後部座席に『ちょこん』と座った小柄な少女が、目線を上げた。

 無表情かつ静かな声で、ささやくように言う。


「…………ふつう……」

「あっはっは! 服の下に水着を着てきてるくせに~!」

「…………! ……心……読むな…………!」

「ごめんごめん。でも、私だって楽しみだよ、海! 恥ずかしがることないじゃないか!」


 少女は、恥じらいに染まった頬を隠すように俯いた。

 彼女こそが、千里眼の異能を持つ記者、毎沢まいさわしろである。


 ギフテッドと呼ばれる偏差値四億の天才であり、飛び級に飛び級を重ねて学力でぽん大に入学したしろは、ぽん大の人気者であった。といっても、何か派手な活躍をしているわけではない。

 しかし……

 将来を期待されるほどの美少女であることや、無口だが挨拶にはこくんと頷いて応えてくれる愛らしさを持つところ、また、授業の時にも最前列でしっかり勉強をする真面目で健気なところなどが、しろを人気者たらしめている。人と接する時には無表情であることが多いが、時折見せる自然な微笑にハートを撃ち抜かれたぽん大生は多いという。


 以上の四名が乗ったジープが、コンクリートの上を走る。


 彼女たちは、夏休みが始まって早々に海水浴を楽しむため、サウザンドリーフ県の九十九万九千九百九十九里浜へと向かっているのだった。


「私だってこの服の下はビキニだし、昨日の夜は楽しみで楽しみで眠れなかったよ。三時間しか寝てない」

「遠足前の小学生ッスか!? えっ、ホントに運転してて大丈夫なんスか」

「だいじょーぶだいじょーぶ。私がショートスリーパーなのは知ってるだろう?」

「まあそうッスけど……」

「そんなことより、あと二十分くらいで着くよ? どきどきしてきたー! みんな準備はOKかい?」

「まだ二十分もあるのに……」

「あっははー! 楽しみぃ~!」


 楽しげに話しながらハンドルを握るかたり。

 その様子を一瞥してから、しろは窓の外に視線をやる。


 しろにとっては、来たことのない土地。

 千里眼で視たとしても、匂いや温度や風のくすぐったさは、経験できない。

 わくわくする気持ちがあって、どうしてもそれを無視できず、こっそりにまにましてしまう。


(…………海……楽しみだな……)


 彼女はまだ知らない。

 このジープを狙う、やべー奴らがいることを。




     ◇◇◇




 Wellness Absolute Young man――――

 通称〝WAYウェイ〟たちは、夏になるとアブラゼミのごとく活動を激化させる。

 セミが「ジジジジジ」「ミーンミンミン」なら、ウェイは「ウェ~イ」「ワンチャンアルッショ~」である。彼らはこのような鳴き声を発することで雌に対する求愛を行う。これをナンパという。


 真夏の国道みょんみょこみょん号沿い。

 三人のウェイが、双眼鏡を構えて佇んでいた。


「ウェ~イ(向こうからジープが走ってきますね)」

「ソレナ~(そうですね。あのカラーリング、ぽん大の読坂先輩のジープで間違いありません)」

「ワンチャンアルデコレ(ぽんぽこタイムズの四人が乗っているかもしれませんね。止まってもらって、ナンパしてみましょう)」


 独自の言語で意思疎通しながら、ウェイは段取りを思い描いている。

 自分たちが道路の真ん中に出てジープを止めさせ、ナンパを開始するのだ。仮に無理やりジープを発進されても、ジープにしがみついてナンパを継続するつもりである。


 ウェイの頬にニヤニヤとした笑みが刻まれた、その時であった。


「おい、おまえら」


 呼ばれて、振り返る。

 そこには白いローブのような服を着た謎の三人組がいた。

 フードを目深に被り、顔は見えない。


「おまえら、毎沢しろちゃんが乗ったあのジープを襲撃するつもりだな」

「なぜそのことを知っているのですか?(ウェ~イ)」

「ボスがおまえらの存在を知らせてくれた。おまえらの会話の内容もな」


 三人組は自分の白い上着を引っ掴む。


「しろちゃんの快適な旅を邪魔する奴は許さない」


 そしてバサァッと音を立てて上着を脱ぎ捨てた。

 正体が見えた。

 仮面の男と、侍と、モヒカンであった。


「毎沢しろちゃんファンクラブ、会員No.33! おどろ学部コッテ学科四天王がひとり、ドドメザカッッ!!」

「同じく会員No.18! 辻蹴りザムライズ、ゴザ斬衛門ざえもんッッ!!」

「会員No.21! モヒカンマツゲ吹奏楽団、縁下えんのした重明しげあきッッ!!」


「しろちゃんに気づかれないまま!」

「本人にファンクラブの存在さえ知られぬまま!」

「楽しく海水浴をしてもらうために……!」


「「「観念しろ、ウェイどもッッ!!」」」




     ◇◇◇




 毎沢しろちゃんファンクラブ会長は、ある場所から部下たちへ指示を出していた。


(D班ならウェイの撃退は確実だろう。他に問題が起きなければいいが……)


《こちらB班!》


 通信が入り、会長は耳を傾ける。そこへ割り込みの通信。


《こちらA班》《C班です! ちょっとやばいことが》《G班、やばいです!》《E班、全滅!》《こちらF班。今までありがとうございました》


《うるさいな!? 待て待て、落ち着け、ひとつずつ……E班全滅!?》


《はい! 海水浴場にて待機中のE班、フナムシが怖くて職務放棄中であります!》

《おまえらは除名だ! 他の班は!?》

《B班報告します! 見渡す限りの海面をサメの背びれが埋め尽くしています!》

《C班です! 九十九万九千九百九十九里浜へ巨大隕石がピンポイントで接近中、ご指示を!》

《G班! 海の家の焼きそばがおいしいです!》

《F班です。毎沢しろちゃんに栄光あれ》

《うおおおおおおなんだかよくわからなくなってきた!! ところでA班は大丈夫なのだろうな!?》

《こちらA班。もちろんです。問題なくワイキキビーチを巡回中》

《さっさと戻ってこいバカ!! くそっ、いいか、ひとつずつだ。ひとつずつ解決していくぞ!》


 その時であった。

 空から、ぽたっ、と雫が降ってきた。


(……? 雨? いや、予報では快晴だったはず――――)

《こちらH班。気象情報が更新されました》


 H班の通信役が、静かに呟いた。


《全国的に降水確率99999999%です》


 ンザアアアアアアーーーーーーーーー!!!!!!!!!

 ファンクラブ会長は失神した!!




     ◇◇◇




「こちらB班! 海がサメだらけなんですが! 会長! 会長ォーッ! だめだ応答が無ぇ!」

「ツヨシ君、どうしたんだ」

「やべえぜ、帯巻おびまき先輩。会長が何らかのアクシデントに遭遇しちまったみてえだ」


 ここは九十九万九千九百九十九里浜海水浴場。海面にはサメの背びれの三角形が林立しており、既に海水浴客は浜辺へと逃げている。また、巨大隕石も接近しており、サウザンドリーフ県の滅亡を予感させる。

 そして、滝のような豪雨。

 海水浴場は地獄絵図と化していた。


 そんな中で雨に打たれる、ふたつの人影。

 毎沢しろちゃんファンクラブ会員のNo.38、ツヨシ・ブラッドフィールドと、同じく会員No.9の帯巻赤目あかめである。


 ツヨシの方はぽん大の地下バトルトーナメントでファイターをやっている巨漢だ。身長が三メートルあるので、隣にいる帯巻が小さく見える。帯巻はぽん大サッカー部に所属するミイラ男。しろちゃんファンクラブ会員として活躍していることは部活仲間には内緒であった。


「会長は当てにできないか。では、僕たちだけでなんとかする必要がありそうだ」

「そんなこと言ってもよお、割とポンコツ揃いなオレたちじゃ無理じゃねえの? 海を見ればサメ映画、空を見たならハルマゲドン。挙げ句の果てには土砂降りで、三時間は止まないときた。しろちゃんには悪いが、日を改めてもらうしかねえってこったな」

「…………」


 諦めるツヨシの言葉を聞き、帯巻は考え込んだ。ぽんぽこタイムズご一行が到着するまで、残り十分。

 いま、この場に集まっているファンクラブ会員だけでは、どうすることもできないだろう。

 だがそれは、


「……仕方ないか。ツヨシ君。今から僕がすることは他言無用で頼む」

「あん? 何をする気だよ」

「ちょっとね。――――スフィンクス!」


 帯巻が叫ぶと、浜辺の砂の下からズゴゴゴゴと音を立てて小型サイズのスフィンクス像が現れた。ぽん大サッカー部所属の一年生、スフィンクスである。ツヨシは突然のことに口をあんぐり開けている。


「出番だ、スフィンクス。久々の大仕事だ」


 声をかけても、スフィンクスは返事をしない。石像なので当たり前だが、喋れないのである。


「……………………(もしや我が躯体を使われるのですか? という意味の沈黙)」

「うん。ギザの大スフィンクスを起動する。できるか?」

「……………………(もちろんです、承知致しました、という意味の沈黙)」


 するとスフィンクスの全身が熱を持ち、橙色の光を放ち始めた。同時に、地球の彼方、エジプトの方角から何かが光の尾を引いて飛来してくる。

 それは、右腕、左腕、右脚、左脚、胴体、頭部。

 エジプトはカイロ郊外、三大ピラミッドの近くにある最も有名なスフィンクスをそのまま変形させた、計六つのロボットパーツであった。


「な、なんだぁありゃァ……!?」

「来い……! 僕の、愛機!」


 集結したロボットパーツは、合計、七つ。

 サッカー部一年生のスフィンクスは、巨大な人型ロボットのコアである!


 コアを胴体が格納!

 胴体に両腕両脚が『ガキャァーン!』と合体!

 最後に繋がった頭部が『リュミィィーン!』と両目を眩く光らせた!

 そう! これこそが古代エジプトの最終兵器――――神王獅獣機・スフィンクス!!


「さて」


 ミイラ男の帯巻が、自分を覆った包帯を自らほどき捨て、その素顔を見せる。


 褐色の肌、黒い髪、彫りの深い顔立ち。


 巻いた腰布の装飾が、エキゾチックに煌めいた。


「僕の……、いや」


 帯巻は跳躍し、人型の巨大ロボ・神王獅獣機のコクピットにその身を飛びこませた。

 古代エジプト第一王朝の第零代ファラオ・アカメィティスは、紀元前三千年以上前に実在したような気がする感じの、はじまりのファラオである。


の、本気を出すとしよう」




     ◇◇◇




 十分後。

 九十九万九千九百九十九里浜海水浴場は、先程までの阿鼻叫喚な様子からは想像もできないほどに平和であった。

 サメもかなり沖まで逃げた。巨大隕石も粉微塵に破壊された。そして、降水確率99999999%も覆り、快晴となった。


 そして今、ビーサンに浮き輪にビキニ姿の女子たちが走りだす。


「うぅぅーーーみだぁーーーーー!!」

「あっ、抜け駆けずるいにゃ! 朕も! うーみにゃァーーー!!」

「ふたりの先パイは元気ッスねえ。さ、しろちゃん。あたしらも行くッスよ」

「…………うん……!」


 子供のように海辺へと猛ダッシュするかたりとよんこ。みみかも、くすっと笑ってその背中を追いかける。しろはのんびりと歩いて、三人に続いた。


 そしてしろは、思い浮かべる。


 ウェイをやっつけてくれた人たちがいたこと。苦手なフナムシに立ち向かおうとしてくれた人たちのこと。サメや巨大隕石や豪雨を前にして、諦めかけつつもどうにかしようとしてくれた人がいたこと。

 帯巻が巨大ロボに搭乗し、サメを威嚇して追い払ってくれたこと。

 神王獅獣機スフィンクスを乗りこなし、切り札であるギガピラミッドブレイクを炸裂させて隕石から守ってくれたこと。

 ファラオとしての神権により、太陽神ラーと交信し、今日だけ晴れさせてくれたこと。


(…………ずっと……視てたよ)


 毎沢しろの異能は、千里眼。

 その力はもはやファンクラブの想定を超えており……彼らの存在はモロバレであった。


(…………でも、言わない……。みんな、常識的な範囲で、がんばってくれてる……。だから……知らないふりをする……)

「しろちゃん? 来ないんスか?」


 みみかが少し怪訝な顔で、それでも楽しそうにしろに向かって手を差し伸べている。

 しろは、知っている。

 みみかが、ジープの後部座席でずっとスマホをいじっていたこと。

 テキストチャットで、部下たちに指示を送っていたこと。

 途中、ざあざあと雨が降り注いだ時、あまりのことに失神していたこと。


 朝倉みみかがしろに一目惚れをしていて、本当はそのことを伝えたがっているが、『しろちゃんを怖がらせたくないから』と気持ちを封じ込めていること。


「…………いま行く……」


 しろは知っているが、言わない。言う必要がなかった。

 みみかが、毎沢しろちゃんファンクラブの会長なのであっても。

 そんなことは関係なく、みみかはしろにとっての、頼れるお姉さんなのだから。


(…………まあ……ちょっと愛が重すぎるけど……)


 それはまあ、事実であった。


「…………よおし……じゃあ……みみかと、わたしとで……波打ち際まで、競走ね……!」

「え、いいッスよ? でも歩幅も脚力も体力も全然違うと思うッスけど大丈夫ッスかって速ッ!? しろちゃん速すぎ!? アスリートのフォーム!!」

「おっ、しろちゃん来たね。うりゃ! 水鉄砲を喰らえ!」

「そんなガキっぽいおもちゃ持ってきてたのかにゃ……って、痛っ!? 威力強くにゃいそれ!?」

「おらおらおらおらあーッッ!!」

「うにゃああー!! 痛ぇ!!」

「……くすっ。あははっ!」


 三人の先輩がビキニ姿でじゃれ合うのを見て、しろも、フリルのワンピース水着姿で「まぜて……!」と飛びこんでいく。


 海のしぶきが太陽にきらめく、青い潮風の夏。

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