エンジョイ! ヒーローズの夏休み! ② ~ラスボス、轟臨~

【前回のあらすじ】

 今日から夏休みだとワクワクしていた緑川みどりかわ隼人はやとホァン健介ケンスケ、そして赤崎あかざき進夢すすむだったが、彼らは衝撃の事実を知る。八月一日だったはずの世界が、九月二十日になっていたのだ!

 夏休みが、消えた……!

 三人はスーパーハッカー・墓基はかもとアキラの協力により、過去へ向かう!

 ぽん大生から夏休みを奪い去った犯人・Ωオメガを打倒し、夏休みを取り戻せ!




     ◇◇◇




 隼人は、硬質な感触で目が覚めた。


「うーん……?」


 ひんやりした床から起き上がり、周囲を見回す。

 屋内だった。

 道を照らす燭台の炎が、空間の全容をうすぼんやりと浮かび上がらせる。太陽光は入らない。天井は高く、どこかの王城の広間を思わせる。


「ここは……?」


 隼人はそこでハッとして、スマートフォンを見る。

 指し示す時刻は、七月三十一日の正午。


「ホントに過去に戻ってる……」

「ムッ! 気づいたようだな、グリーン!」

「赤崎先輩。無事だったんですね。ホァンは?」

「ウム。それが、近くにはいないようなのだ」

「えっ……?」


 周りを見回す隼人。この広間には障害物があまりなく、ゆえに、ホァンがいないこともすぐにわかってしまった。

 それに、この場所も何なのかわからない。墓基アキラは夏休みが奪われる前の過去にタイムリープさせると言っていたが……


「この場所はいったい? それに、ホァンは……?」

「あくまで私の推測だが、ここは敵のアジトかもしれんなッ。あの墓基アキラというハッカーが気を利かせて、直接アジトに座標を合わせて過去に飛ばしてくれたのだろうッ」

「気を利かせて、って……いきなりボスに出くわしたらどうする気だったんだ!?」

「そしてイエローに関しても推測できる! 墓基は刺客の攻撃を受け、かなりのダメージを負っていたようだった。その状態でタイムリープなどという大技を使ったのだから、飛ばす時間的座標をミスして、ここへ来る時刻に誤差が生まれても不思議ではないッ」

「つまりホァンは、俺たちより先にここへ来たか、俺たちより後にここへ来るかのどちらかっていうことですか?」


 進夢は赤いヒーロースーツの格好で、腕組みをして頷いた。


「可能性はあるッ。もしかすると、イエローは既に来ていて、敵の親玉を倒しているかもしれん。あるいは、まだ来ていなかったとしたら、我々が先に親玉を討ち果たしてしまうかもしれんなッ。ハッハッハッハッハ!」

「いやいや、あのスーパーハッカーの人はただならぬ凄い人って感じだったし、そんな極端な時間差が生まれるほどのミスはしないでしょ~」


   ~その一方~


 ホァンは一億五千万年前の白亜紀にいた。


「呵呵呵呵!! 滅茶面白!! 眼前、大恐竜悠然闊歩!! 呵呵呵呵呵呵呵呵呵!!」


 ひとしきり笑った後、真顔になる。


「………………?????????」


   ~一方、隼人と進夢は~


「それはそうだなッ。まあ、だとしてもイエローを探している時間はないッ。先へ進むぞッ!」

「ちょっと――待った」

「ムッ!」


 聞き慣れた声が聞こえ、隼人と進夢は振り返る。

 そこには、丸刈りにした銀髪の、長身痩躯の男子学生がいた。


「シルバー!」

銀島ぎんじまじゃん! 来てたんだな!」

「まあ――ハイ。変なスーパーハッカーに言われて――仕方なく」


 やる気なさげなラフな格好で、銀島は首の後ろを掻いた。

 銀島拓馬たくまは、隕力いんりょくという不可思議な異能を持つ、ヒーローズのシルバーである。

 大学では基本的にひとりで過ごしているが、孤独というよりは、孤高。馴れ合いを好まず、ヒーローズとしての活動も単独行動が多い。しかし正義感に関しては人並み以上にはあるようで、危ない時には助けてくれることもある。ちなみにヒーローズ最年少の、一年生である。


「にしても、面倒くさがりな銀島が来てくれるとは正直、思ってなかったよ。銀島の異能はかなり強いからな、これで百人力だ」

「はあ――どうも。今回サボって後で疎まれるのと、今回働いて借りを作るのでは――どっちがマシかと思って」

「シルバーは相変わらずの損得勘定マンだなッ。だが、結果的に人々を救えるのならそれもまた良しッ! さあ、先に進もうッ!」


 三人で通路を進み、いかにも洋館といった趣の扉の前までやってくる。観音開きの扉は大仰で、この先に何か試練が待ち受けていることを予感させた。


 神妙な顔で頷き合い、三人がかりで開く。

 ギィィ、と古めかしい音が鳴る。

 なまぬるい風が正面から吹きつける。


 そこには……

 満身創痍でうずくまる、ヒーローズの女性陣がいた。

 青井あおい麗華れいかも、桃谷ももや夕乃ゆうのも、黒宮くろみや姫子ひめこも、息を荒げて動けずにいる。


「ブルー!? ピンクに、ブラックもッ!! いったい何が……」

「赤崎先輩、銀島! あれ!」


 隼人が指さすまでもなく、進夢と拓馬も気づいた。

 大広間の奥に、巨大な影がある。

 ぼうっと浮かび上がる燭台の炎に照らされて姿を現したのは、八つの頭を持つ蛇……八岐大蛇であった。

 さらには、聖なる白銀の古竜がその大きな翼を広げて咆吼した。

 そして、存在するだけで時空を歪める天上の神の第三形態が静かに佇んだ。

 あと全宇宙に根を張って養分を吸い取り続けた史上最悪の食植物がツタを伸ばした。

 無間地獄を耐え抜きその力を吸収して煉獄の魔王と成り果てた男が頬を歪めた。

 惑星に寄生し内側から食い破る地球外生命の幼体がその単眼をギロリと向けた。

 の外からすべてを無に変える第十三次元の住人が空間の亀裂からこちらを観測した。


 隼人は呟いた。


「無理では?」

「強敵の数々……腕が鳴るなッ!」

「まじかこの人」

『フハハハハ!!』


 聞こえてきたのは、ボイスチェンジャーにより秘匿された低い声。


「誰だ!」

『私ノ名ハ オメガ。オドロオドロ学部スリジャヤワルダナプラコッテ学科ヲ陰カラ牛耳ル、ヤバイヤツデアル』

「おまえが、Ω……! 姿を現せッ!」

『貴様ラニハココデ、ラスボス達ノ オ昼ゴ飯ニ ナッテモラウ』


 ラスボスたちがこちらに関心を向けた。それだけで、重圧が隼人たちに膝を突かせる。


『貴様ラガ 足掻イテイル間ニ、私ハ カキ氷デモ食ベヨウカナ~。夏休ミ奪掠計画ヲ進メナガラナ~』

「ッ! やはり、おまえが夏休みをッ! 何のためにそんなことをするのだッ!」

『ククク……知リタイカ? ナラバ、教エテヤロウ。ソノラスボス達ヲ倒シ、私ノイル〝玉座ノ間〟マデ 来ラレタラナァ!!』

「いや無理無理無理!! いくらヒーローズ最強の赤崎先輩がいたって無理だろ!! 難易度設定間違ってるって絶対!!」

『ワカル』

「わかられても!!」

『オ! 四天王ノミンナ、カキ氷機ヲ持ッテキテクレタンダネ! ミンナデ一緒ニ食ベヨウ! ワクワク! ……ア、マダ通信切ッテナカッタワ。ソレジャ、ヒーローズノ諸君。サラバダ!』

「待てッ!」


 Ωの声が聞こえなくなった。場では依然として、ラスボスたちがこちらを品定めするように眺めている。


「くッ……」

「赤崎先輩、逃げましょう! 戦略的撤退ですよ! 青井たちもやられちゃってるし!」

「いや――待った。もしもホァン先輩もまた――青井先輩たちと同じくおれたちより先に来ていたとしたら」

「えっ!? そうか……ホァンも青井たちと同じようにどこかで倒れているかもしれない……! 助けないと!」


   ~その一方~


 ホァンはティラノサウルスに乗って白亜紀を大冒険していた。


「出発進行~!」

「ギャオオオ~!」


   ~一方、隼人たちは~


「作戦はこうだッ。グリーンとシルバーが、やられたブルーたちをそれぞれ抱えて逃げる! その間、レッドたる私は全力でラスボスたちを引きつけるッ!」

「大丈夫なんですか!?」

「三十秒までなら持ちこたえてみせようッ。行くぞッ!」


 判断は早かった。隼人と拓馬と進夢が床を蹴って飛び出す。隼人は素早く麗華を抱え、拓馬も隕力のひとつ〝怪腕〟を使用して夕乃と姫子を片手でひとりずつ持ち上げる。そして進夢は持てる炎力のすべてを引き出しフェニックス形態となる。


 だが……

 本来ならば、集結したラスボスの前で一秒以上生き長らえているのが奇跡なのだ。


 八岐大蛇が濁流のように滑って突進してくる。聖なる白銀の古竜が羽ばたいて空から降ってくる。天上の神が『ヴン』と音を立てて眼前にワープしてくる。史上最悪の食全植物が根を脚のように動かして気味悪く接近してくる。煉獄の魔王が体勢低く猛ダッシュしてくる。地球外生命の幼体が地割れを起こしながら球のように転がってくる。第十三次元の住人が空間の亀裂を広げて三次元世界へ干渉を開始する。


 絶体絶命であった。

 やばい。

 死ぬ――――


「ぽんぽこ大学学則、第一〇八章、第七七七節、第九九九九九条」


 涼やかな、幼い声が響き渡る。


「〝本学をラスボスが襲撃し、学生に命の危険が及ぶほどの事態が発生した場合、学長は、これを自らのプライドに懸けて阻止する〟」


 静かになった。

 ラスボスたちの威圧感も消えた。

 死後の世界に来たのかな、と思い、隼人はゆっくりと瞼を上げた。


「まったく。ラスボスをこんなにも集めて、メイリンの奴さすがにやり過ぎだろが」


 そこはまだ現世。

 隼人は……

 否、隼人と拓馬と進夢と麗華と夕乃と姫子は、信じられないものを見た。


 八岐大蛇が、白銀の古竜が、天上の神が、食全植物が、煉獄の魔王が、地球外生命の幼体が、第十三次元の住人が――――


 ひとりの幼女に、ひれ伏している。


「だ……誰……?」


 姫子が呟く。幼女はそんな彼女に向かって振り向き、不機嫌そうな顔をした。


「入学式で会ったことを忘れたのか。この私は、学生全員の氏名と顔と趣味と長所を覚えているというのに」


 星空のような紋様にきらめく長髪。

 細腕をまるごと隠すような幅広の袖をした紺碧のガウン。

 サイズの合っていないアカデミックな角帽がずり落ちてくるのを押さえるのを見て、姫子と他のヒーローズたちは、皆一様に思い出した。


「あなたは……!」


 声を揃える。


「スターリースカイ・スカッシュメタル・リリカルサファイア学長!!」


 ぽんぽこ大学の創設者は、「むふん」と息を吐き、得意げに腰に手を当てた。






 【③に続く】

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