平成108年度 夏休み

エンジョイ! ヒーローズの夏休み! ① ~夏休み、終了~

 強い陽射しが降り注ぎ、蝉の合唱が空へと響く。

 ぽんぽこ大学の夏休みが始まろうとしていた。




     ◇◇◇




 平成一〇八年、八月一日。

 ぽんぽこ大学、正門前。


「夏期休暇~♪ 夏期休暇~♪」


 そこではひとりの中国人留学生が、鼻歌をうたいながらリズミカルに体を揺らして歩いていた。


「夏夏夏 夏期夏期 夏期休暇~♪」


 彼はホァン健介ケンスケ

 三億二千万の偏差値を持つ、七三分けがチャームポイントの二年生である。


「ホァンってこういう楽しい時間にはすげー無邪気になるよな~」


 その隣で若干呆れているのは、同じくぽん大の二年生、緑川みどりかわ隼人はやとである。


「まあ、浮かれるのもわかるけどな。なにしろ今日から夏休み。一ヶ月半もあれば、いくらでも遊べるもんな。しかし、何で大学生ってこんなに夏休み長いんだろうな」

「夏休神、感謝~♪」

「夏休みの神なんていないだろ……まあとにかく、大学での用も済ませたし、どこ行く? 何する? てか、他の奴らも誘おうぜ。ゾンとかスカルとかはサッカーの練習があるかもだけど、釘桐くぎぎりとかどうせ暇だろ」

「女性陣、勧誘~!」

「ホァンのそういうとこもすげーと思うよ」

「ムッ! 君たちは、グリーンとイエローじゃあないかッ!」


 後ろから声をかけられ、ホァンと隼人は振り向いた。

 そこにいたのは、真っ赤なヒーロースーツで頭以外の全身を覆った、長身痩躯の男。

 首にはバンダナを巻き、燃えるような赤髪を風になびかせた、明るい顔の快男児であった。


「あ! 赤崎あかざき先輩!」

「久々!」

「ウム! 燃える心の熱血漢、レッドこと赤崎進夢すすむッ! 数週間前、久しぶりにぽん大に帰ってきたところだッ!」


 赤崎進夢。

 彼こそが裏サークル〝ヒーローズ〟の創設者であり、七人のヒーローをまとめるリーダーだ。


 そもそも、ヒーローズとは……

 異能をその身に宿した超人が所属する、正義と平和を守るためのサークルである。

 彼らはこれまでもぽん大の危機に際し現れたり現れなかったりし、襲い来る巨悪から守ったり守らなかったりしてきた。それぞれが持つ個性的な異能力はヒーローの名にたぶんふさわしく、また性格もヒーローのような正義感を持つ者がほとんどである。


 所属する七名はそれぞれがそれぞれなりに平和を守る活動をおこなっているのだが、時間や都合がなかなか合わず、七人全員が集結したことは今のところ全くない。


 こと赤崎進夢に至っては、その〝トラブル巻き込まれ&解決体質〟とでもいうべき性質により、ぽん大自体に来られない日が多かった。ぽん大に行こうとすると、必ず困っている人に遭遇し、必ずその困りごとを解決しようとするので、大学に着いたころには講義が終わっているということもざらなのだ。


「赤崎先輩、今日は重い荷物を運ぶおばあさんに会わなかったんですね」

「ハッハッハ! まあなッ! 絶対に遅れられない日には、困っている人に出会わないよう、異能を使って空を飛んでぽん大まで来ることにしているッ!」

「自分生活優先、良判断!」

「ありがとう、イエロー! まあ、そういう対策をしても、結局は学内でトラブルに巻き込まれるのだがなッ! ハッハッハッハ!」

「へー。今日はどんなトラブルに巻き込まれたんですか?」

「ム……。そういえば今日は何も起きていないなッ。まあ、こんな日もあるだろう。平和が一番だッ!」


 進夢が、キランと白い歯を見せて笑顔になった。

 隼人は、なんとなく嫌な予感がした。


「あー、先輩。俺ら、そろそろ行きますね。さ、行こうホァン」

「何故? 我望、赤崎先輩会話」

「(危ないからだよっ)」


 隼人がホァンに耳打ちする。「(赤崎先輩がまだトラブルに巻き込まれてないってことは、ってことだっ。その時に近くにいたら、俺たちもその厄介ごとの解決を手伝わされるだろっ)」


「(我、厄介事巻込、構無。厄介事、面白!)」

「(面白! じゃあないんだよ。夏休みなんだから遊びたいじゃんかっ。とにかく、さっさとこの場から立ち去……)」

「うぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!!」


 唐突に後ろの方から男性の野太い悲鳴が聞こえた。

 隼人は「ほらぁ~~~~!!!」と声を荒げながらも、ヒーローとしての正義感で一応振り向く。


「な、なちゅ、な……なちゅなちゅ……」


 悲鳴を上げて、現在は震えながら奇声を発しているのは、ぽん大生YouTuber、ぽこどんであった。


「なんだ、ぽこどんの動画撮影か。びっくりして損した」

「違う! 素だよっ! お、おい、緑川。やばい。僕らのなちゅ、夏休みが。やばい」

「? 配信者、大慌。何故?」

「ホァンも自分のスマホを見てみてよ! カレンダーが……な、なんなんだこれ、故障か? でも……」


 隼人とホァンは顔を見合わせ、カレンダーを確認する。

 進夢もガラケーのカレンダーを確認し、「バカなッ!?」と叫んだ。


「そ、そんな。夏休みが……!」




     ◇◇◇




 一方その頃。

 ぽん大ゲーム愛好会メンバー、喜吉良木ききらきミカと釘桐くぎぎり景介けいすけは、街角で待ち合わせをしていたが……


「きゃふふっ☆ 夏休みだー☆ ケイくんケイくん、今日は何で遊ぶ? ダンスダンスレボリューション?」

「※……ミカ。早速だが残念なお知らせだ。いや、俺にもわけがわからないことなんだが……」

「えー☆ なになに、シンコクな顔して。おなかすいた?」

「※お腹空いただけなら良かったんだがな……ちょっとスマホ起動してカレンダー見てみろ」

「んー? どれどれー? …………えっ……そ、そんな、そんなことって!?」

「※ああ。どうやら、俺たちの夏休みは……!」




     ◇◇◇




 一方その頃、ぽん大サッカー部たちは、青空の下、練習に励んでいたが……


「マサカ コンナ コト ニ ナッテ イヨウトハ」

「故人的にも……異常な状況だと……考えずにはいられ亡い……」

屍屍屍しししっ。どうりで今日は暑さがそこまで厳しくないと思ったぜ」

「ああ。オレも今日は汗をそんなにかいてない。まあ、汗腺がないからそもそもかかないんだが」

「あれ? 皆さん、集まって、どうしたんですか?」

「ラヴちゃん。どうやら、俺たちはとんでもない状況に置かれているらしい」


 キャプテン有翼がスマホのカレンダーや、アプリのニュースを見せる。

 ラヴは瞠目した。


「え……えぇっ!? じゃあ、ボクたちの夏休みは……!」




     ◇◇◇




 新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟も。学食ストリートの店長たちも。モヒカンマツゲ吹奏楽団も。その他、たくさんのぽん大生が、別の場所、同じ時間に、驚きの声を上げていた。


 彼らはカレンダーが九月二十日になっているのを確認した。

 ニュースアプリは今年九月の、聞いたこともないニュースを報じていた。

 ぽん大関係者以外の一般人は全員、今日が九月二十日だと認識していた。

 八月のカンカン照りは、九月の穏やかな残暑に変わっていた。


 そして多くのぽん大生の声が、今この瞬間、重なった。


〝夏休みが……終わってる……!?〟


「ね、ねえねえちょっと!」


 ぽこどんが、隼人とホァンと進夢に泣きつく。


「あんたたち、ヒーローなんだろ!? なんとかしてくれよ! 僕、この夏休み中に撮りたい動画がいくつもあって、他のYouTuberとのコラボの約束もしてたんだよ!!」

「そ、そんなこと言われても! 時間の流れがおかしくなったんだぞ、どうにもできねーよ!」

「うう……僕の収入が……」


 顔を真っ青にして俯くぽこどん。

 隼人やホァンもまた、愕然とする気持ちを隠しきれなかった。

 夏休みが、消滅した。

 とんでもないことがよく起こるぽん大でも、この事件は一線を画している。

 隼人とホァンとぽこどんは、がっくりと、肩を落とした。


「諦めるんじゃあないッ!」


 そしてその声に、思わず顔を上げた。

 赤崎進夢が、握った拳を掲げていた。


「諦めるなッ。夏休みが消える、確かに異常事態だ。しかしッ! 異常ということは、必ず、ッ!」

「赤崎先輩……」

「その黒幕を捕まえ、この事件を起こした理由を問いただし、反省してもらい、罪を償わせるッ! それこそが、我らヒーローズではないのかッ!!」


「<font size="4">その通りだ。諦めるのはまだ早い</font>」


 聞こえた声に振り返る。

 まず白い色が見えた。

 白コートを着て黒グラスで両目を隠した、ロン毛の青髪。

 彼は、ぽん大の偏差値をたった七人で二億六千万にまで引き上げている〝七賢者〟のうちのひとり。


 事象改竄のスーパーハッカー、墓基はかもとアキラ@END OF THE ENDである。


「墓基先輩! 何故、此処、居?」

「<b>黄健介。状況は理解しているな。ぽん大の夏休みが、消滅した</b>」

「そ、そうみたいですね。てか誰……?」

「<i>説明できる時間はごくわずかだ、簡潔に済ますぞ。黄健介、緑川隼人、赤崎進夢。そして残りの〝ヒーローズ〟メンバーたちに、ぽん大生の夏休みを取り戻してもらいたい</i>」


 墓基アキラは、どこか苦しげな面持ちで語る。地面に膝をついており、どうやら満身創痍のようだ。


「それよりッ! 君の体はボロボロのようにも見えるがッ!」

「<font size="5">気遣いは無用だ。とにかく聞いてくれ。夏休みが消えたのは自然現象ではない。赤崎進夢の推察の通りだ。</font>」

「俺たちから……夏休みを……!」

「<h3>私と脳マンは犯人の動きにいち早く気づき、対策を講じたが……一歩間に合わなかった。しかし私に残された力をフルに使えば、七名までなら、夏休みが消える前の過去にタイムリープさせることができる。私は犯人の妨害に遭ってこのざまだし、脳マンはもともと物理的には戦えない。だから、ヒーローズ、頼む。君たち七名に託したい</h3>」


 アキラが頭を下げた。

 そのクールな言い回しと外見から、人に頭を下げるタイプではないことは、彼を知らない隼人や進夢やぽこどんにもわかる。

 それでもアキラは決意と共に、英雄たちに懇願した。


「<strong>夏休みを奪った犯人……おどろおどろ学部スリジャヤワルダナプラコッテ学科の四天王を率いる悪の総帥――――〝Ωオメガ〟を討ち果たし! 奴が夏休みを奪うのを、阻止してくれ!</strong>」


 隼人はごくりと息をのみ、ホァンは武者震いして笑う。

 進夢が、一歩踏み出して、力強く叫んだ。


「いいだろうッ! 私たちヒーローズに任せたまえッ!」

「えぇっ、でも赤崎先輩、敵の正体もまだよくわかってないしそもそも過去に行くって危険なんじゃ」

「我等、絶対、夏期休暇取戻! 乞御期待!」

「ホァンまで!? ま、まあ、俺も頼まれたからやるけどさあっ!」

「<em>……ありがとう。時間がない、すぐにでも過去へ送る。他のヒーローズたちには既に私が事情を説明し、過去に行ってもらった。詳しい情報は彼らから入手してくれ。それでは、いくぞ</em>」


 アキラが事象をハックする。

 スーパーハッカーとしての到達点、すなわち時空への介入。


「<font size="7">Ctrl+Z――――!!</font>」


 ヒーローズは、夏休み開始前の過去へと消えていく……。






 【②へ続く】

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