隠しダンジョンを攻略せよ(前) ~うやむや! 早食い大会~

 いろいろとすごい教育機関、ぽんぽこ大学には……


 大学側から認められていないのに勝手に営業している学生食堂が数ある。


 それが大量に集まったレストラン街が、学食ストリートである。ぽん大の名物とされるそこでは今日も、公認の学食ではないからこそ用意できる怪しげな料理や独創的なメニューが並んでいた。店員そして客の怒号や笑い声が混ざり合った下町のような喧噪。そこを進んでいけば、少しすると小広場に辿り着く。


 そこはデデドン広場といわれ、限られたスペースながらも一定の広さがあるはずであったのだが……

 現時刻においては、多くの学生でごった返し、隙間の余裕がほとんどない。


「みんな、集まってくれてありがとー!☆」


 広場に、マイクを通した女子学生の声が響く。

 集まった学生たちが顔を上げれば、高台の上にふたりの女子が立っていた。

 片方は、髪を金色に染めた高校制服姿のギャル。もう片方は、黒髪の頭に犬耳を生やした雅な着物姿の少女であった。


「今回の司会と実況をお任せされた、ゲーム愛好会の喜吉良木ききらきミカだよーっ! よろしくねっ☆ それから~……」

「か、解説の、い、いぬ……いぬぅ……」

「頑張って、ひかちゃん!」

「い、犬塚いぬづか恋春光こいはるひかでひゅっ! ……あうぅ、噛んじゃったぁ……」

「きゃふふっ☆ だいじょーぶ、頑張ったね! よしよし☆」

「わっ……わふ……ありがと、ミカちゃん……」


 金髪ギャルが、犬耳少女の頭を撫でてあげている。歓声が上がった。主に男性陣からの歓声であった。恋春光と名乗った少女は、野太い男どもの大声に驚き、頭に生えた犬耳と腰に生えた犬しっぽを縮こまらせる。


「ふぇぇ……大量のかぼちゃがおっきな声出してるよぉ……」

「ひかちゃん、ミカが教えた緊張しない方法実践するのはいいけど、やりすぎだよ~!」

「喋るかぼちゃ……かぼちゃが喋る……な、なんでぇ……?」

「きゃひぇっ!? か、帰ってきてひかちゃん! もう早食い大会、始まっちゃうよ!」


 目をぐるぐるさせてふらつく恋春光。観衆から笑い声がする。しかしこれではイベントが始まらない。そこで喜吉良木ミカは、恋春光の両肩をがしっと掴んで呼びかけた。


!」


 恋春光の動きが止まった。

 その双眸に、熱が宿る。

 口の中で何事かを呟くと、犬耳としっぽの震えを収め、背筋を伸ばしてしゃんとした。


「……失礼いたしました……。粗相をいたしましたこと、どうかお許しくださいませ……。改めまして、本大会の解説を務めさせていただきます、料亭〝はるあかり〟の女将……犬塚恋春光でございます……。みなさまこのたびはお集まりいただきありがとうございます……。どうぞごゆるりと……」

「いやいや! ごゆるりとするところじゃないよっ! だって今日は半年に一度の一大イベントなんだから! それじゃいくよ☆」


 ミカと恋春光のふたりが、せーので声を合わせる。


「「第一二三回! ぽんぽこ大学早食い王決定戦、かいまーく!!」」


 昼休みの学食ストリートに、この日一番の喚声が響いた。


 早食い王決定戦。

 それは年に二回くらいノリで開催される、腹ぺこの腹ぺこによる腹ぺこのためのイベントである。

 学生主催のイベントの中ではかなり大規模な方で、観客が多いというのももちろんのこと、参加するフードファイターの枠もすぐ埋まってしまうほどの人気ぶり。いかにぽん大生が暇と胃を持て余しているかということであろう。また、優勝者には学食ストリートだけで使える半額クーポン二億六千万年分が贈られる。それもまた魅力のひとつである。


 軽くイベントの概要に触れてから、ミカが腕をばっと広げてステージ上に注目を促す。


「それじゃさっそくフードファイターの紹介に移っていくよっ☆ エントリーナンバー1! おっきいドラゴンを倒して暮らすモンスターハンター。こんがり肉を『上手に焼けました~』して即平らげたことは数知れず! 一狩りいこうぜっ、意地ヶ谷いじがやごうーっ!!」


 カンペを読み上げるミカに応じ、武骨な巨大ハンマーを振り回して現れたのは、リオレウス防具に身を包んだ、頬に古傷のある男。意地ヶ谷家の長男、意地ヶ谷轟であった。

 続いて、ヨガのポーズで浮遊しながら、ターバンを巻いたインド人が目をぎょろつかせて現れる。


「お次はエントリーナンバー2! インドの奥地からナマステー! ヨガで宇宙の真理と接続してたら、その胃も宇宙につながった!? カレーは飲み物、クシャトリヤ・G・ラマチャンドランっ!!」


 観衆の中にはホァン健介ケンスケ墓基はかもとアキラの姿がある。七賢者としてラマチャンドランの応援に駆けつけたようだ。

 次に現れたのは、セーラー服を身に纏い、長いポニーテールをなびかせて笑顔を弾けさせる少女。


「エントリーナンバー3! 食事の時は大切な人と語らいながらゆっくり食べるのがだぁい好き! だったらなぜ来た戦場に! 嵐の少女、風包かざくるまクルリーっ!!」


 クルリはステージの上で思いっきりぶんぶん手を振る。視線の先にいるぽん大の保健師・湯川ゆかわ柚香ゆずかが、呆れ気味な笑みを浮かべて軽く振り返した。


「まだまだいくよっ☆ エントリーナンバー4! 眼帯に隠されし魔眼と、呪いのかけられた二丁拳銃! 戦闘力抜群だけど、それ早食いで役立つの!? おどろおどろ学部スリジャヤワルダナプラコッテ学科四天王がひとり、ガンジマ! ……あれ?」


 紹介されたガンジマの姿が見えない。

 ミカが困惑し、運営スタッフも慌て出す。どうやら本当にいないらしかった。スタッフが、ミカちゃん一分くらい繋いでて、と指示を出すので、ミカは頷いて観客の方に向き直る。


 そして、観客たちが呆然と空を見上げていることに気づいた。

 ミカも遅れて上を見て、絶句する。


 上空から、一匹の巨大なガマガエルが降ってきた。


 二メートルの巨体が、ずごぅん、とステージに着陸する。

 みしり、と床が嫌な音を立てるのも意に介さず、巨大ガマガエルは着地で沈み込んだ姿勢を整える。


 そして何かを吐き出した。

 何か、とは……

 唾液まみれの、ガンジマであった。


 ミカと、恋春光と、スタッフたちとフードファイターたちと観客たちが唖然とする中。

 ぽん大サッカー部に所属するディフェンダー、蝦蟇がまは、唾を散らして咆吼した。


「GEKOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!」

「ひぇ!? な、なに!? なになになになに!?」

「すまない、司会の人! 蝦蟇は死ぬほど腹を空かせているんだ!」


 ミカが振り向けば、そこにいたのは二足歩行の鳥といった風体の有翼人種。何気にミカから奪ったマイクで語り出す。


「俺はサッカー部のキャプテン、大空おおぞら矢羽やばね。そしてこいつは……あっこら暴れるな蝦蟇! そうこいつはサッカー部メンバーの、だから暴れるなって! ええとこいつは蝦蟇、おいこら、こいつは蝦蟇といううちのサッカー部の、ちょ、いい加減に!」

「GEKOOOO!! GEKOWOOOOOOOOOO!!!!!!」

「ひゃあん! わ、わたくしの体を、な、舐めないでくださいませ~!」

「セクハラだぞ蝦蟇! と、とにかく事情を話そう。蝦蟇はエントリーナンバー5のフードファイターとして本大会に出場が決まっていた。だから大会に備えて、絶食をしていたんだ。しかし蝦蟇はもともと大食らい。数日食べないだけでも気が狂うほどの飢餓感に襲われ、この有様なんだ!」

「なにそれ!? やばいんだけど!!」

「ああくそっ、だめだ、もうキャプテンとしての威厳で抑えるのも限界だ! このままでは誰かが犠牲に――――」


 キャプテン有翼が叫んだ時、既に蝦蟇の狙いは定まっていた。

 粘液の付いた長い舌が伸びる。

 恋春光の、着物に包まれた小さな体が絡め取られ、ばくん! と蝦蟇の胃袋の中に収まった。


 静寂。

 そして、咆吼と悲鳴。


「UMEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!」

「きゃあああーっ!! ひかちゃんがっ!!」

「日本語喋れるのか蝦蟇」

「言ってる場合かー!! ひかちゃん食べられちゃったよ!? た、たすけなきゃ、あわわ、わわわわ」


 焦りを通り越しすぎて冷静になったらしいキャプテン有翼。そんな彼の肩をぐわんぐわん揺すりながら、ミカがより一層慌てだす。助けようにも、どうすればいいのか。自分も胃袋に飛び込み、引っ張り出せればいいのだが、そんな芸当ができれば苦労はしない。ミカの細腕では不可能だ。


「そうだ! フードファイターのみんな! ひかちゃんを助けて!」


 ミカは轟たちに向き直り懇願する。

 モンスターハンターである轟や、格闘少女であるクルリなら、あるいは。

 そう思ったのだが、轟は注意深く蝦蟇を観察するのみ。クルリは助けようとしてくれているらしかったが、轟に腕を掴まれて、止められていた。


「轟くん! どうして!?」

「妙だ。私はハンターとして、こういった進化生物の生態に詳しい。しかし……この巨大ガマガエルは、犬塚恋春光さんという大きな餌を呑み込んだのにも関わらず、それにふさわしい腹の膨れ方や、蠕動運動をしていない。まるで……

「だろう……な」


 轟の言葉に反応したのは、先程蝦蟇に吐き出されて呻き声を上げていた眼帯の男、ガンジマ。

 粘液まみれで苦しそうにしながら、声を絞り出す。


「あの巨大ガマガエルの胃袋には、今、呑み込んだものは何一つ入っていない……。なぜなら…………

「きゃひぇっ!? い、イミフメーなんだけど!!」

「なぜかはわからないが……奴の胃袋は今、ぽん大の隠しダンジョンへのワープゲートへと繋がっている……。……

「そうか。だからガマガエル君は、腹を空かせているんだな。胃袋に入れてもそれがどこかへ転送されているなら、満腹にはなりえない。絶食したのではなく、食べても絶食と同じことになったというだけなのかもしれんな。……そして。呑み込まれたあの少女は今、隠しダンジョンの中にいるということか」

「そういうことだ……な」

「えぇーっ!! ダンジョンとかゲームみたい!! まじウケるんだけど!!」


 まじウケているミカ。しかしウケている場合ではない。慌てて「いやウケないし! じゃあダンジョンに突入しないと、ひかちゃんを助けられないってこと!?」と悲鳴に近い声で言う。


 その時だった。

 運営スタッフの席から、マイクを通して大声が響いた。


「お集まりのみなさん!!」


 その声は、先程まで椅子に座って事態を静観していた、本大会の主催者。

 四回留年しているベテランぽん大生であり、新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の編集長、読坂よみさかかたりであった。


「本日の前座『驚異! 暴走ガマガエルショー』はお楽しみいただけていますでしょうか。大迫力のパフォーマンスに感動された方は是非、この後発行されるぽんぽこタイムズ紙の号外をお受け取りください」


 運営スタッフ側や観客の一部からブーイングが飛ぶ。スタッフからは「事故をショー扱いすんな!」、観客からは「朕たちにいきなり号外書かせんにゃ!」という声が上がったがかたりはスルーした。


「本命の早食い王決定戦の開催についてはもう少しお待ちいただきまして、次はなんと! 『大迷宮! 胃袋の中の隠しダンジョンを攻略せよ!』のお時間です!」

「きゃひぇっ……!?」

「今から、喜吉良木ミカ、意地ヶ谷轟、クシャトリヤ・G・ラマチャンドラン、風包クルリの四名には、勇者パーティを組み……ダンジョン攻略RTAリアルタイムアタックをしてもらいます!」


 ミカが硬直した。

 轟が二度見した。

 ラマチャンドランがヨガのポーズをした。

 クルリが頭の上に「?」のマークを浮かべた。


「というわけで、ミカちゃんの頭には今、スタッフがヘッドカメラを装着しました!」

「えっ? えっ? えっ?」

「このカメラに映った様子が、リアルタイムでこのスクリーンに映し出される感じになっています!」

「あ、あの、かた、かたりちゃん」

「モンスターハンター・意地ヶ谷轟。謎のヨガマスター・ラマチャンドラン。嵐の格闘少女・風包クルリ。ただのゲーム好き・喜吉良木ミカ。勇者ご一行が織りなす大冒険をみなさま是非ご覧ください! そしてこの内容やインタビュー記事が書かれたぽんぽこタイムズが後日発行されますので是非お買い上げください!」


 呆然とするミカ。苦笑する轟。何を考えているのかわからないラマチャンドラン。目を輝かせるクルリ。

 彼ら彼女らへ、かたりが、きゅぴん☆とウインクした。


「それでは~~っ、ダンジョン攻略、スタートォッ!!」


 なぜか巻き込まれたミカは、「きゅぴん☆じゃないよぉ~~っ!」と泣き言を漏らしながら、すっごい乗り気なクルリに手を引かれて蝦蟇の大口の中に飛び込んでいったのであった。





【後編へ続く】

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