ぽんぽこ大学秘境冒険記 ~単位の墓場・完結編~

【単位の墓場編 登場人物】


 読坂よみさかかたり

 →新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟編集長。四留。テレパス。


 朝倉あさくらみみか

 →〝ぽんぽこタイムズ〟記者。ッス。地獄耳。


 毎沢まいさわしろ

 →〝ぽんぽこタイムズ〟記者。九さい。千里眼。


 日下くさかよんこ

 →〝ぽんぽこタイムズ〟四コマ漫画担当。朕。にゃ。


 風包かざくるまクルリ

 →〈嵐の少女〉の異名を持つ地下ファイター。無邪気でアホな十六歳。


 デュライーザデュロル・ジグラドヴォルハン

 →デュラハン(妹)。双子の兄とともに単位の墓場の墓守を務める。


 デュランダルギルス・ジグラドヴォルハン

 →デュラハン(兄)。双子の妹とはひとつの胴体を共有している。


 穴熊あなぐま厳泥丸ごんでいまる

 →地底の王。熊のような大柄な体格のドリル使い。


 斉川さいかわ弥助やすけ

 →留年しそうな二年生。裏サークル〝ヒーローズ〟の青井あおい麗華れいかに想いを寄せる。


 黒魔導士

 →???



【前回のあらすじ】


 死期を悟った単位が集まって息絶えるという謎の秘境〝単位の墓場〟に到達した探索隊の五人。彼女らは、墓守のふたりとともに、墓場に現れたふたりの侵入者を迎え撃つことになる。侵入者のひとり、斉川弥助は、黒魔術により自らの単位を蘇らせようとしていたのだが……謎の黒魔導士に騙されたせいで〝単位の世界の現世と冥界を逆転させる黒魔術〟を使わされてしまった。このままでは真面目な学生が留年し、不真面目な学生が余裕で進級してしまい、その上、弥助の毛根が死滅してしまう。このままぽん大は混沌の渦に巻き込まれるのか? やらかした弥助の毛根に救いはあるのか? 駆けつけた探索隊と墓守は黒魔術を止められるのか?

 ……黒魔導士が、笑う。




     ◇◇◇




 ドリルと嵐が交差する。


 熊のような巨漢が豪快に振り回す掘削用ドリルは、容易に地面を砕き、土の破片を飛び散らした。目潰し狙いのそれらに対し、少女は腰を落として右腕の掌底を突き出す。途端に嵐が吹き荒れて、空中の土くれは全て吹き飛んだ。


 少女の長いポニーテールがたなびく。

 その全身は風にくるまれ、少女の周りから靄が引く。


 彼女は風包クルリ。

 〈嵐の少女〉の異名を持つ、ぽん大トップクラスの戦闘力を誇る格闘少女である。


 ドリル使い・穴熊厳泥丸は、「ヌゥ……!」と唸った。


「やはり手強い。だが、それでいい! それでこそリベンジのし甲斐があるというものだッ!」

「ぽんぺいまる……前よりつよくなってる……!」

「おまえ人の名前覚えるの本当苦手だな! ところで風包クルリ! 俺様を動物に例えるなら何だッ!」

「えっ? くまさん!」

「誰が……」


 厳泥丸が咆哮した。


「誰がくまさんだァ――――――――ッッ!!」


 全身に気合を漲らせる厳泥丸。すると、どるん、どるん、どるるるるんと駆動音が鳴り、ドリルの回転数がギュインギュインと上がっていく。


「オオオオ……! この改造ドリルは俺様がいかれば怒るだけ破壊力を増すッ! そして俺様は今ッ! 自分が熊に似ているというコンプレックスを弄ばれ、怒りが最高潮に達したッ!」

「言わせたんじゃん!」

「地底の王にその無礼! 万死に値するッ!」


 ドリルがちょっとこれ大丈夫なのかってくらい回り、周囲の靄を巻き込むようなつむじ風を発生させる。

 クルリはごくんと息をのみ、ちらりと一瞬遠くに目をやった。

 視界の端には、黒い火柱。


(ぬたりちゃん、めめかちゃん、しおちゃん、のんこちゃん……あと生首のふたりも。クルリが行くまで、がんばって……!)




     ◇◇◇




 単位の墓場、北北東。

 黒い火柱の立つそこでは、うなだれる斉川弥助と、柔和でありながらも邪悪な表情を崩さない黒魔導士の姿があった。

 そして弥助をかばうように立って黒魔導士を睨みつけるのは、ぽんぽこタイムズメンバーと、墓守のふたり(胴体はひとり)。


「「単位の眠りを妨げる者よ」」


 口火を切ったのは、墓守、デュランダルギルスとデュライーザデュロルであった。


「「もはやこの愚行の理由は聞きません。私たちは墓守としての責務を全うするのみ」」

「フフ……アハハハハッ!」


 黒魔導士は、いつの間にか、自らの身長ほどもある魔法の杖を手に持っていた。声を上げて笑い、天を突く黒い火柱を見上げる。


「既に〝単位世界逆転魔術〟は発動している。五分以内にその効果は表れ始めるだろうね。そして、解除はできない。もう間に合わないんだよ。君ら墓守はその責務を一ミリも果たせずに終わるのさ」

「ちょぉっと、ちょっと待ってー? ちょっとお話いいかい?」

「「読坂さん!? 危ないから下がって……!」」


 戦いを始めようとしていた彼らの間に割って入った読坂かたりが、黒魔導士へ向かって笑いかける。


「私はぽんぽこ大学の新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の編集長兼記者、読坂かたりだ。きみは黒魔術に非常に長けた黒魔導士のようだね。その素晴らしい力、ぽん大生に知られないのはもったいないと思わないかい?」

「何が言いたいんだ?」

「きみの記事を書かせてほしい」


 かたりはメモ帳代わりのタブレット端末を取り出し、ペンを指先で回す。


「私は正直、単位の現世と冥界が逆転しようがしまいが、どうだっていいんだ。というか私四回留年してるし、むしろ得する立場なんだよ。どんどん逆転してもらって構わない。それよりも、きみを取材させてほしいんだ。きみは存在自体が特ダネで、私の記者魂を刺激した。どうかな? 取材、受けてくれるかい?」


 怪訝な顔をしていた黒魔導士だったが、すぐに「ああ!」と納得のいったような声を出す。


「そういうことか。

「うん?」

「君のことは知っている。確か君は、テレパスだったよね? 相手の思考を読み、自分の思考をダイレクトに伝える異能力者。取材という体で僕の思考を盗み読み、黒魔術を止める術を見つけようというのだろうが……無駄だ。そんな手段はないし、そもそも僕の精神は、防御の魔術でコーティングされている」

「…………」

「ほら、頑張って心を読んでみなよ。魔ぁ、無理だと思うけどね」


 黙ってしまうかたり。みみかや、しろや、よんこが「先輩……?」と心配そうに声をかける。やがてかたりは、誤魔化すようにへらへらと笑った。


「ま、まいったな~。さっぱり読めないや……ごめんねデュラハン兄妹。


 首無し騎士の胴体が跳躍する。

 そこへ浮遊する首が飛んでくる。

 デュラハンの胴は、デュランダルギルスの頭部に右足を、デュライーザデュロルの頭部に左足を乗せ、空中を突き進む。

 かたりが話している間に練り上げた、デュラハンの妖精としての魔力を実体化させ、巨大な黒い大鎌と成して、大きく弧を描き振り抜いた。


 がぎいん、と硬質な音が鳴る。


 肩をかすめるように狙った大鎌の刃の切っ先は、黒魔導士に触れるか触れないかのところで、止まっていた。


「精神にまで防御魔術を展開できるんだよ? 肉体も防御できるに決まってるじゃないか」


 そして黒魔導士は杖を振り上げ、早口で呪文を唱える。それはいかなる魔術によるものか、普通に唱えれば数分かかりそうなものを一秒で一気に全て圧縮して詠唱したかのようであった。

 杖に、魔力が集まっていく。


「「まずい……! 皆さん、逃げてください!」」

「もう遅い! 黒魔術により限定的に生成したブラックホールだ。呑まれて消えろ!」


 黒魔導士が勝ち誇った。

 デュラハン兄妹が青ざめた。

 みみかとしろとよんこが恐怖しうずくまった。


 かたりが、咳払いをした。


「すごいなーブラックホールかー。で、それはどこにあるの?」


 単位の墓場は、何事もなかったかのように、静けさで満ちていた。


「……!?」

「ついでに黒い火柱も消えてるけど、どうなったんだろうね?」

「な、何だ……!? 僕は確かに魔術を使ったはず。単位世界逆転魔術だって、高位の黒魔術使いにしか解除できないはずだ!」


 黒魔導士は明らかに動揺した。

 かたりは明らかにニヤニヤした。


「まさか……」

「『まさか君も魔術師なのか?』かい? そんなわけないでしょ。私はただのテレパスさ。ただ、テレパスだけどね。ふふふ、迫真の演技だったでしょ? 読まれてないと思った?」

「なっ……! こいつ」

「『こいつ本当に僕の心を読んでいるのか!? そんなバカな! 僕の精神防御魔術は完璧だ。打ち破れるわけがない!』」

「な、なん……、ええっ!? また」

「『また読まれた!? 何なんだこいつは……! 何が起きてるんだ!? くそっ、僕の心を実況しやがって! もう一度魔術でプロテクトして……だめだ、これ以上強くは防御できない!』」


 かたりに自分の思考をことごとく言葉にされて、黒魔導士は「ぐ」としか言えなくなる。その様子をむふむふ笑みをこぼして堪能してから、かたりは踵を返した。


「さ! これで単位の世界の現世と冥界は逆転しなくなったよ。どう? きちんと頭を使えば、活路は開けるのさっ」

「か、かたり先パイ。いったい何をしたんスか?」

「よんこちゃんに般若心経を言わせたのと同じ原理だよ」

「にゃ!?」

「私は彼の思考を読めないフリをして油断させつつ、彼の心にアクセスし、単位世界逆転魔術をキャンセルする呪文を知った。でもそれは彼の言う通り、高位の黒魔術使いにしか扱えない呪文だ。だから、のさ」

「…………かたりはテレパシーで黒魔導士の脳内に黒魔術解除呪文をしつこく送った……。…………そうしたら黒魔導士は自分が解除呪文を詠唱していることに気付かないまま呪文を唱えた……」

「そうそう、しろちゃん大正解!」


 呆気にとられる黒魔導士。それとは対極に、テンションを上げて騒いでいるのは弥助だった。すげえ、やったぜと歓喜しながら飛び跳ねる。想い人・青井麗華の単位が守られたのだから、その喜びようも当然であった。


「ありがとう読坂先輩! ん~よっしゃー!」


 弥助はガッツポーズしながら一際高く跳び上がった。

 そして着地した。

 勢いで髪がごっそり抜け落ちた。


「…………」


 自分で頭を触る。

 つるっつるんであった。


「うわああああああああああああああああああああ」

「落ち着け弥助くん! そして諦めて」

「あああああああ何で何で何で」

「ひょっとしたら、黒魔術の対価は発動してもしなくても支払われるものなのかもにゃ~」

「かもにゃ~じゃないよ!! こんな頭じゃ、あの人が振り向いてくれな……」


 それは刹那のことであった。

 肉体強化の魔術を使い、圧倒的な敏捷性を手に入れた黒魔導士が、一瞬にしてかたりとの間合いを詰め、杖を振り上げる。

 そのまま、とん、とかたりの頭を軽く叩いた。


 かたりは糸が切れたように力を失い、地面に倒れた。


「先パイ!?」「にゃッ!?」

「やれやれ……。僕のプロテクトをものとせずに心を読んでくるとはね。でも、魔ぁ、大魔導士である僕なら、すぐに対処法を編み出せるってわけ」

「「いったい何をしたのですかっ!」」


 デュラハン兄妹の攻撃。黒魔導士はそれを幻惑魔術で避けていく。


。僕の中のふたつの心、どちらが本物なのか読坂かたりが迷っている間に倒せばいい。さて、君たちは唯一の僕に対する対抗手段を失ったわけだけど……」


 黒魔導士は、ぐにゃりと笑った。

 杖を掲げ、先ほどまで黒い火柱が立っていた場所へ向ける。


「黒魔術には、って知ってるかい?」


 轟音が響く。

 みみかは、しろは、よんこは、デュラハン兄妹は……絶望の面持ちで空を見上げる。

 黄昏のように暗い天へと、再び、邪悪な漆黒の火柱が燃え上がるように伸びていた。


「クク……ククハハ……アハハハハハハハッ!! 単位の現世と冥界は、逆転へのカウントダウンをもう一度開始した! 今度こそ止めることはできない! 君たちの努力は無に帰したのさ!」


 ガシャン、と鎧の音がする。

 デュランダルギルスの胴体が、力なく膝をついていた。


「「守れない、のか……。私たちは……数々の単位を……数々の単位の祈りを見てきた。その祈りは、自分を落とした学生たちを応援するものばかりでした……! 彼らは……彼らはこんな形で乱暴に扱われていい存在じゃないのに……!」」

「知ったことじゃないよ。というか、単位に意思があるとか、バカバカしいこと言ってるのは墓守の君たちくらいじゃない?」

「「……っ!」」

「単位なんて、不正で手に入れてナンボなんだからさ。いいじゃん別に。見逃してよ」

「「おまえ……」」

「ああそれとも、逆転したことで自分たちが留年しちゃうものだから、無事に進級できる僕に嫉妬しちゃったかな?」


 デュランダルギルスとデュライーザデュロルが、激昂する。


「「おまええ――――――っっ!!」」


 怒りのままに飛びかかるデュラハン兄妹。やれやれとでも思っているのか、黒魔導士は溜息をついて杖を振る。その魔術による攻撃で、兄妹ふたりは易々と吹き飛ばされる……

 はず、であった。


 吹き飛んだのは、黒魔導士であった。


「!? ぐばああぁっ」


 兄の頭突きが腹部に激突し、空中に浮きあがった黒魔導士は、続いて妹の頭突きを食らい、無様に地面に叩きつけられた。何が起こったかわからないという顔のまま、黒魔導士は再び杖を掲げる。今度こそ魔術が発動し、衝撃波で兄妹の首は後退した。


「くっ……何だ今のは。魔術が不発になったのか……? いや、この魔力の感覚……まさか!」


 黒魔導士は振り返る。

 視線の先には、斉川弥助。

 彼は。

 黒魔術の書を開き、黒魔導士を睨んでいた。


「僕が拾わせた黒の書……その中に書いてある黒魔術を使って、僕の魔術を一時的に無効にしたのか! だが、素人が黒魔術を使う時の代償は重い。それでも、いいのかな?」

「ぼ、僕は……もうどうなってもいい。読坂先輩が気づかせてくれたんだ。頭を使えば、きっと活路は開けるって! だから僕は!」


 黒魔術の代償によりヤシの木みたいな髪型になった弥助は言い放った。


「頭を使うッ!」




     ◇◇◇




 一年前のあの日、僕はあのひとに見惚れていた。背中まで伸びた、艶めくストレートの青い髪。背筋をしゃんと伸ばして、きびきびと歩く姿。氷のように冷たい表情でも、両の瞳には熱い芯を宿す、カッコいい女性。

 青井麗華。

 最初は、おっ美人な女子いるじゃ~んうぇいうぇいという感じにしか思っていなかった。ヒーローズとかいう謎のサークルに入っていると知った時には、風変わりな人なのかなあと思ったりもした。戦隊ヒーローの真似事をするなんて子供っぽい……そう思って、ちょっと幻想が薄れたのは確かだった。

 ある日、ぽん大を散歩していると、ひとけのない通りに迷い込んでしまったことがあった。太陽の光も差さず、じめじめとしたその裏道めいた場所を、さっさと引き返せばよかったのだろうけれど……その判断をする前に、僕は、ウェイに絡まれていた。

 数人のウェイ(WAY:Wellness Absolute Young man)たちは「ウェ~イ」「ソレナ~」と独特な鳴き声を発しながら僕の周りで囃していた。ツイッターでウェイの存在は聞いたことがあったけれど、実物にエンカウントするのは初めてだった。怯えていると、ウェイたちは手を叩きながら「イッキ! イッキ!」「ミテミタイ~!」と騒ぎ始める。

 僕は完全に腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでいた。

 ぽん大に入学して間もなかった。これが洗礼というやつなのか、と思った。

 だとするならば……ウェイたちにウェられることも運命と受け入れるしかないのかと、思った。

 うなだれる。

 あきらめる。

 そして。

 ふと、ひんやりとした空気が流れてくるのを感じた。


「失せなさい。私は〝ヒーローズ〟の青井麗華」


 僕は顔を上げた。


「無辜の学生に危害を加えるのは、私が許さないわ」


 散って光る、雪の結晶を見た時。

 すらりとなびく、青い髪を見た時。

 僕を守るように立つ、氷の異能使いの姿を見た時、ようやく、理解した。


 僕はこのひとのことが――――




     ◇◇◇




 単位の墓場。

 そこでは再び発生した漆黒の火柱が、靄を吹き飛ばしそびえ立っている。

 みみかとしろとよんこは昏倒させられたかたりを介抱しており、一方で、デュラハン兄妹と弥助は黒魔導士と対峙していた。


 黒魔導士が、「ハッ!」と嗤った。


「頭を使うだって? 確かにその書に載っている黒魔術は、代償として髪型がヤバイことになる分、強力なものが多い。だが、それが何だというんだい? 僕の方が魔術師として上手うわて。しかもだ! 君には好きな人がいる。そんな頭でその人に会ったら、きっと幻滅されるだろうなあ!」

「構わない」

「あ?」


 弥助が黒魔術の書のページをめくる。

 次の瞬間、黒魔導士の足下から錆びた鎖が伸び、彼を拘束した。

 その結果……弥助の頭は、ラフレシアみたいな髪型になった。


「くっ! こいつ……!」

「僕は自分がどうなろうが構わない。なんとしてでも単位世界逆転魔術を止める。麗華さんの単位を、守る」

「その人に拒絶され、気持ち悪いと蔑まれてもかい?」


 黒魔術の書のページをめくる。

 拘束した鎖が熱を発し、黒魔導士が呻き声を上げ、弥助の頭は五重塔になった。


「僕は自分があんまり好きじゃない。必修科目をなんかサボるし、変な方法で単位をとろうとするし、情けないことばっかりだ。こんな自分に、自信が持てるわけない。でも……だけど……!」


 鎖が今度は電撃を纏う。黒魔導士が痛苦に叫び、弥助の頭は紅白歌合戦の小林幸子になる。


「だけど、ひとつ! たったひとつだけ、誰にも負けない部分がある! ハゲたって関係ない。バカみたいな髪型になったって関係ない! 僕の中の、麗華さんが好きだっていう気持ちだけは! 絶対に譲っちゃいけないんだ!」

「知るかっ! こんな黒魔術、すぐに解除して……」

「今だ! っ!」


 黒魔導士の背後から迫るのは、嵐と、ドリル。


「うおりゃーっ!」風包クルリと。

「ドリャアアッ!」穴熊厳泥丸であった。


 衝撃波が巻き起こり、黒魔導士は吹き飛ばされる。墓石のひとつにぶつかり、「ぐえっ」と潰れるような声を発した。


「な……なぜ。なぜあのふたりが、ここに……」

「教えてあーげない! いくよ、どすこい丸!」

「厳泥丸だッ! オラアァ――――――ッッ!!」


 クルリと厳泥丸の追撃が、黒魔導士を空中へとブチ上げる。白目を剥き、気絶しかける黒魔導士。しかし彼にも意地がある。すんでのところで意識を手繰り寄せ、目を見開いた、その目の前に……


 首無し騎士が飛んでいた。


「僕は」「私は」

「単位の眠りを脅かすあなたを」「仲間を傷つけ悲しませたあなたを」

「決して」「決して」

「「許さない!」」


 黒い大鎌が、デュラハンの胴体を軸に一回転した。

 魔術的防護障壁があろうとも、黒魔導士に直撃したその刃は、打撃となって彼を更に打ち上げた。

 ものすごい速度で飛ばされていく黒魔導士。

 目を血走らせて、杖を握り直す。


「ふざけるんじゃないぞ……! こうなったら単位の墓場ごと、君たちを消し飛ばしてやるっ!」


 呪文を詠唱し、杖を眼下の墓場へ向けた。


「くらえぇ――――――――っっ!!」


 黒魔導士は叫んだ。

 特に何も起こらなかった。

 いや、正確には……

 漆黒の火柱が、消滅した。

 はっとして、黒魔導士は自分が口走った呪文を思いだす。

 無意識に、攻撃魔術とは別の呪文を言わされていた気がする。

 次の瞬間、声がした。

 頭の中に直接届く、挑発的な、声だった。


〝単位世界逆転魔術、キャンセルのキャンセルのキャンセルをしてくれて、ありがと~♪〟


「ちくしょおおおお――――――――――――――!!!!!!」




     ◇◇◇




 黒魔導士は、そのままボロ布のように飛ばされていき、やがて星になって見えなくなった。

 秘境探索隊と、弥助と、厳泥丸と、デュラハン兄妹は、それを見送った。

 こうして、単位の墓場は守られたのであった。




     ◇◇◇




 それからのことをまとめると、こうなる。


 秘境探索隊は一時的かつ発展的に解散することになった。正直疲れたからであった(かたりはまだいけると息巻いたが、他のぽんタイメンバーからの反対に遭った)。しばらくしてかたりがまた駄々をこねる時があれば、その時に再結成されるだろう。次の助っ人枠はクルリではなく、他の誰かかもしれない。


 クルリは軽い擦り傷や切り傷があったので、彼女がゆじゅぅと呼ぶ保健師の湯川ゆかわ柚香ゆずかの元へと帰っていった。「今日はたのしかったー! またあそんでね!」と最後まで笑顔だった。厳泥丸にすらそのノリであった。


 厳泥丸はそんなクルリの脳天気に毒気を抜かれ、再戦は申し込まなかったようであった。熊のような巨体の肩をいからせ、ドリルを担いでクルリとは逆方向に去っていった。


 ちなみにクルリと厳泥丸が駆けつけて共闘したのは、ぽんぽこタイムズの暗躍があったためである。みみかの地獄耳としろの千里眼でクルリと厳泥丸の正確な位置を知り、かたりがその位置座標に「応援に来てくれ~」とテレパシーを送ったのだ。よんこはというと、にゃーにゃー言ってた。無能力者だし。


 そして弥助は墓守のふたりに懇々と説教されていた。だがぶっちゃけその説教には覇気がなかった。弥助の髪型が奈良の大仏になってるのが面白すぎるからであった。それに、彼は反省し、改心もしている。たぶん。たぶんしている。そう見える。ゆえに、心根の優しいデュラハン兄妹は強く言えないのだろう。


「「……まったく。とにかく、反省しているのなら、これからは授業をサボらず、自分の力で単位をとるのですよ」」

「はい……」しょげる弥助。

「「はあ……。……斉川弥助さん。最後にひとつ良いことを教えましょう」」

「良いこと?」

「「正しく単位を甦らせる方法です」」


 デュランダルギルスとデュライーザデュロルが、穏やかに微笑む。


「「落とした科目を再履修するのです」」

「あ……」

「「死した単位は学生に甦らせてもらうのを夢見て、眠りにつきます。あなたが落としたドゥッダンツクツカツクドゥッダン学の単位も、来年度のあなたの再履修を、きっと待っていますよ」」

「……! はい!」


 弥助は瞳に希望を映し、デュラハン兄妹の言葉に頷いた。

 それをやや遠くから見ていたぽんぽこタイムズの面々が、それぞれの反応を示す。かたりはくすっと笑い、みみかはふぅと息をつき、しろは無表情、よんこは興味なさそうにボサボサ気味の髪を指先で弄んだ。


「とりあえず、一件落着かにゃ」

「そうッスねえ」

「いやいやいや。まだ我々は大仕事が残っているでしょ。書くんだよ! 今回のスクープを!」

「ええええ朕はパス。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色」

「よんちゃんは快諾してくれる予定だけど、みみちゃんとしろちゃんはどうだい?」

「脅しは良くないと思うッスよ……。まあ、しょうがないッスね。書くッス」

「しろちゃんは?」

「…………どうせ暇。書く……」

「ふふふ、よおし。そうと決まれば部室で執筆だ! ぽん大ガイド、書くぞー! せーの!」


 かたりが「おー!」と勢いよく拳を突き上げ、みみかが「お、おー」と控えめに拳を上げ、しろが「…………」とジト目で返し、よんこが大悟に至った。


 ちなみに誰かがどこかで「黒魔導士がやられたか……」「奴は四天王の中で最弱……」みたいな会話をしていたのだが、それはまた別の話である。





【単位の墓場編 完】

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