ぽんぽこ大学秘境冒険記 ~単位の墓場・後編~

【前回のあらすじ】


 ぽん大の新聞記者サークル〝ぽんぽこタイムズ〟の編集長・読坂よみさかかたりは、新しいぽんぽこ大学ガイドをつくるため、秘境探索隊を結成した。

 メンバーは、かたりの他に、

 地獄耳の眼鏡女子・朝倉あさくらみみか、

 千里眼の天才幼女・毎沢まいさわしろ、

 四コマ漫画担当のちん日下くさかよんこ、

 そして用心棒役の風包かざくるまクルリである。

 五人で目指すのは、死期を悟った単位が集まって息絶えるという謎の秘境――――〝単位の墓場〟。墓守である双子の兄妹デュラハン・デュランダルギルスとデュライーザデュロルとの出会いもあり、一行は無事にその秘境へ到達した。しかし穏やかな雰囲気だったのも束の間、墓場を襲撃する侵入者が現れる。ひとりは、謎のドリル使い。もうひとりは、ぽんタイのメンバーを単位の墓場へ駆り立てた情報提供者、斉川さいかわ弥助やすけ――――




     ◇◇◇




 斉川弥助は、留年しそうなぽん大生である。

 理由はもちろん、単位取得が危ういから。


「どこだよぉ……僕の単位ぃ……」


 かたりたちを尾行し、単位の墓場を見つけた弥助は、墓場の外側から回り込んでかたりたちから遠い場所で探索していた。静かで冷たい薄靄の中、不気味な雰囲気に気圧されつつも、弥助は自分が落とした単位を探す。

 いや、正確には自分が落とした単位ではなく、単位である。


「おーい……! ドゥッダンツクツカツクドゥッダン学の単位~……! いたら返事してくれ~……!」


 ドゥッダンツクツカツクドゥッダン学は、ドンドコ学部においては二年次から三年次へと進級するための必修科目である。必ず単位認定を受けなければならないこの科目を、弥助はなんかサボっていた。結果、現時点で出席日数が足りていない。

 単位の墓場は、死期を悟った単位の集まる場所。

 弥助のドゥッダンツクツカツクドゥッダン学の単位も、ここをさまよっているはずなのである。


 つまり。

 弥助の目的は、自らの単位を連れ戻すことにより、なんやかんやで留年を免れることであった。


「厳泥丸のオジサンが時間稼ぎしてくれてるけど……早めに見つけないと……」


 きょろきょろと一生懸命に墓場を見渡す弥助。しかして、それは見つかった。


「いた! 僕の単位!」


 ドゥッダンツクツカツクドゥッダン学の単位は、今まさにいそいそと墓石の下に自分で入っていくところであった。

 棺桶の蓋が閉まり、その棺桶はなにやら不思議な力で墓標の下へズズズズと埋まっていく。

 弥助の目の前で、ドゥッダンツクツカツクドゥッダン学の単位は安らかな眠りについた。


「いやいやいやいやいや待って! まだ成績出るのはまだでしょうが! 確かに落単は確定だけど!」


 叫びながら墓標を揺するが、うんともすんともいわない。

 弥助は愕然とする。


 脳裏に浮かぶのは、ぽん大裏サークル〝ヒーローズ〟の一員、青井あおい麗華れいかの姿。


 弥助は彼女のことが好きだった。ゆえに、喋るモアイの前で麗華への告白の練習をしていた時期もある。


 弥助にとって留年とは――――同じ二年生である麗華と離れ離れになることを意味するのだ。


 頭を振り、弥助は気持ちを切り替えた。

 そしてリュックからとある本を取り出す。


「プランBだ」


 その分厚い古書は、真っ黒な革のカバーに覆われ、禍々しいオーラを纏っていた。


「黒魔術で、単位を蘇らせる!」




     ◇◇◇




 昼にもかかわらず黄昏時のように暗い墓場を、首無し馬が走っている。

 古めかしい馬車をひき、墓場の北北東を目指していた。


「遠回りするしかないのかい? 墓場の周りを走っているようだけれど」


 荷台に乗る読坂かたりが、前で手綱を握るデュラハンのふたり(胴体はひとり)に訊ねる。すると、兄・デュランダルギルスの胴体は、荷台に妹・デュライーザデュロルの首を寄越した。彼女が説明を始める。


「そうですね。墓場を蹄鉄の足跡だらけにするわけにはいきません。足音で死者の眠りを妨げることにも繋がりますし。……ところで……風包クルリさんなのですが」

「うん?」

「本当に、あの場を任せてきてよかったのでしょうか?」


 現在荷台に乗っているのは、かたりと、デュライーザデュロルの首と、みみかと、しろと、よんこである。クルリは現在謎のドリル使い――――穴熊あなぐま厳泥丸ごんでいまると交戦中だ。クルリが時間を稼いでいる間に、他の面子はもうひとりの侵入者・斉川弥助の方へと向かっているのであった。


「大丈夫なんじゃないかにゃ? クルリちゃんといえば、朕たちが勝手に発表したぽん大戦闘力ランキングの一年生部門で、一位に選ばれてたからにゃー」

「それに、クルリちゃんは一度厳泥丸に勝ってるッスからね。ふたりが繰り広げた広場での激闘と、クルリちゃんによるとどめの一撃は記憶に新しいッス」

「だからこそ、厳泥丸はクルリちゃんとの再戦を望んでいたようだけれどね。今回、彼は弥助くんと手を組んだ。厳泥丸は誰にも邪魔されない場所でクルリちゃんと戦い、弥助くんはその間に単位を生き返らせる。そういう連係をするためだ……と言っていたね」


 デュランダルギルスの胴体が、首無し馬・コシュに鞭を打つ。デュライーザデュロルの首が、暗い顔をする。


「どうして……単位を無理矢理生き返らせようとするんでしょう。そんなものは、死者の冒涜に他ならないというのに」


 こぼれた言葉に、かたりが遠い目をした。


「……私は合計で四回留年している。長期間ぽん大に在籍しているんだ。ゆえに私は、様々なぽん大生を見てきた……」

「古参の重鎮みたいなこと言ってるけどただモラトリアムを伸ばしたいだけのアホにゃ。うわやめ般若心経やめるにゃ観自在菩薩やめて行深般若波羅蜜多やめ時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色」

「そう様々なぽん大生を見てきた。そんな中で、不真面目な学生と出会うのも決して珍しいことではなかったよ。彼らは授業をサボり、学期末になってようやく慌てだすのさ。真面目な学生に賄賂を贈ってノートをコピーしたり、教授に土下座して泣きついたり、複数人で結託して試験の際にモールス信号で互いに答えを教え合ったり、試験中に試験官を吹き矢で眠らせて堂々と教科書を見たり……。正攻法以外の方法に甘えてしまう者たち。恐らく弥助くんもそうなのだろう」

「しかし、単位だけのためにこんな辺境まで来るものなのでしょうか……」


 理解しがたいというデュライーザデュロルの表情に、笑いかけるかたり。「来るものなのさ」と呟き、馬車の進行方向を見やる。


「バカで暇な大学生は、いくらでもバカをやるものさ。私は、嫌いじゃあないけどね」


 轟音が響いた。

 向かっている地点に、が立っている。

 デュランダルギルスの首が「まずい……!」と声を漏らし、コシュに鞭を打って加速させた。


「ギルスお兄ちゃん」

「うん。危険だね。デュロルも、探索隊のみなさんも、覚悟をしておいた方がいい」

「な、何が起こるッスか……?」


 デュラハン兄妹は声を揃えた。

 毅然とした面持ちではあるが、その声は僅かに、不安げに震えていた。


「「このままでは……単位の世界の現世と冥界が、逆転します」」




     ◇◇◇




 黒い火柱。

 天を突くそれの周辺は紫色の邪悪な光に照らされ、風圧で靄が吹き飛ばされている。

 火柱の根元付近では、斉川弥助が黒魔術の本をめくりつつ冷や汗を垂らしていた。


「え、ちょっと待って……? なんかおかしくね? これで合ってる……?」


 弥助は単位をひとつ蘇らせる黒魔術を使ったはずである。彼の想像では、単位蘇生の黒魔術はこんな大規模なものではなかった。しかし実際に術式を起動してみると、こちらの本能を揺さぶって恐怖させるような異常さがある。


「ちゃんと黒魔術の書の通りにやったのに……。ひょっとして、捧げる血の代わりにケチャップ使って、捧げる薬指の代わりにウインナー使って、捧げる左眼球の代わりに目玉焼きを使ったのがいけなかったのか……?」


 朝ごはんであった。


「くそ……。と、とにかくなんかヤバそうだし、一旦とりやめるか。えーと、中止の方法はっと……」

「ああ、一度行使された黒魔術を中断する方法はないんだ。いや、魔ぁ、ないこともないんだが、諦めた方がいいと思うよ」

「うわっ!?」


 背後から聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには黒いローブの優男がいた。


 魔法使い、という言葉がしっくりくる装いであった。くるぶしまで覆い隠した長い一張羅は、高級感のある漆黒。かぶったフードも黒く、どこか不気味だが、その下に覗く表情は柔和であった。


「誰!?」

「通りすがりの黒魔導士ウィザードさ。君が道端に落ちていたその黒魔術の書を拾った斉川くんだね? 魔ぁ、

「ウィザード……? 拾わせた……? な、何を言って……」

「いやぁ、ありがとうね。君のおかげで僕らの計画が大きく前に進むよ。君が発動したのは〝単位世界逆転魔術〟。その名の通り、単位の世界の現世と冥界を逆転させる黒魔術だ」

「単位の……現世と冥界を逆転? ちょ、ちょっと待って、どういうことなの」


 漆黒ローブの黒魔導士は、柔らかな表情を崩さず、目元をぐにゃりと歪めた。


「今から全ぽん大生の取得済単位は全て未取得扱いになり、逆に未取得の単位は全て取得済扱いになる。。ぽん大は混沌の坩堝と化すだろう。君のおかげさ。ありがとう」


 弥助は、徐々に理解し始めた。


 自分がとんでもないことをやらかしてしまったこと。

 しかし自分にとんでもないことをやらせた存在は、他にいるということ。

 その存在こそが、目の前にいる、魔法使いであること。


 この黒魔導士は、ぽん大に混沌をもたらすことを目論む……やべー奴だということ。


「あんたは……一体……!」

「魔ぁ魔ぁ、そう声を荒げないでよ。ところで、知ってるかい? 大がかりな黒魔術の行使には、それ相応の対価が必要なんだ」

「……?」

「この単位世界逆転魔術を使った時の代償は……どうだったかな……確か……そうだ!」


 黒魔導士が、指をぱちんと鳴らした。


んだ。そうだったそうだった。んじゃ、お疲れ。いやぁ、僕以外の人が黒魔術使ってくれて助かったぁ」


 弥助の視界がぐにゃあと歪む。それは錯覚だったが、それほどまでの絶望が弥助を襲った。

 弥助は想像する。

 ハゲた自分。

 ハゲたまま、想い人である青井麗華に告白する自分。

 嫌悪され、「ハゲは無理」と拒絶される自分…………


「い……嫌だ」

「そんなこと言ったってもう済んじゃったことだしねぇ。じゃ、僕は見届けるだけ見届けたし、帰ろうかな」

「ま、待っ……」


 馬が地面を蹴る音が聞こえる。


 青ざめた顔で立ち尽くす弥助を巨大な影が覆った。弥助の上を飛び越えた首無し馬は、そのまま黒魔導士に体当たりをぶちかます。直撃。しかし黒魔導士の体は黒い煙となって消えた。「デュロル、いくよ!」「うん、ギルスお兄ちゃん!」声がしたその直後、首無し馬の馬車から大きな弾丸のようなものが発射される。それは空中に向かっていき、空から逃げようとしていた黒魔導士に今度こそ直撃した。


「ぐはぁっ!」


 黒魔導士にぶつかり、撃ち落としたのは……

 デュラハンの頭部であった。


 馬車から四名の女子が降りてくる。読坂かたり、朝倉みみか、毎沢しろ、日下よんこ。そして最後に、首無し騎士が鎧をガチャガチャいわせて地面に降り立った。

 首無し騎士の両横には、先ほど弾丸の速さで撃ち出された、デュランダルギルスとデュライーザデュロルの首が浮遊していた。


「だいたい事情はッス」


 みみかが、弥助に声をかける。かたりも弥助の肩をぽんぽんと叩いた。


「災難だったね。ま、なんとかなるよ」

「ぼ……僕……とんでもないことを……しかも毛根死滅……」

「大丈夫」


 かたりは不敵に笑って、邪悪な威圧感を増していく黒魔導士の方を睨んだ。


「さあ~て取材だ。ぽんぽこタイムズの最新号は、大スクープになるよ!」





【単位の墓場完結編へ続く】

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